3. 三次元積層造形プロセス
3.1. 顎顔面再建の臨床的問題点に対する解決策
術中に骨プレートを骨形状に沿うようにするため、顎顔面再建後にプレートが破損する症例が散見される。これは骨プレートを複数回曲げ加工することに起因する応力集中と金属疲労による。
これらの臨床的な課題を解決するためには、術中の曲げ加工を必要としない骨形状に適合した骨プレートの開発が期待される。
図 2 顎顔面骨再建後のプレートの破損
3.2. 積層造形技術を用いた顎顔面インプラントの製造
積層造形技術により、患者の CT 等の画像データから顎顔面インプラントを設計することで患者の顎顔面の構造に最適な形態を付与することが可能となる。具体的には患者の骨欠損に適合するように CT 等の画像データから顎顔面インプラントを作製し、臨床使用する。
上顎顎顔面インプラントの製造プロセスの例を図 3 に示す。患者の画像データ(CT 等)より骨欠損の状態を確認し、CAD ソフトを使用し手術シミュレーションを行い顎顔面インプラントのデザインを行う。設計された顎顔面インプラント形状データを CAM ソフトで読み込み、積層造形の為のサポートの設定および造形テーブルのレイアウトを設定する。積層造形機にて造形を行い表面研磨等の仕上げ処理後に滅菌処理を施す。
顎顔面での使用例を図 4 に示す。腫瘍の切除を目的に顎顔面区域切除術を行うと、顎顔面の連続性が喪失する。同骨欠損に対し患者の顎欠損に適合するように CT 等の画像データより患者の顎顔面形状に適合する顎顔面再建顎顔面インプラントを設計・作製し臨床使用する。
図 3 顎顔面インプラントの製造プロセスの例
図 4 顎顔面への顎顔面インプラントの使用イメージ
3.3. 患者データの取得から積層造形プロセスにおいて考慮すべき項目
患者の画像データを用いた三次元積層技術によるカスタムメイド整形外科用インプラント等に関する評価指標(平成 27 年 9 月 25 日付け薬食機参発 0925 第 1 号厚生労働省大臣官房参事官通知「次世代医療機器・再生医療等製品評価指標の公表について」別紙 3)、及び 三次元積層技術を活用した整形外科用インプラントに関する評価指標(平成 26 年 9 月 12 日付け薬食機参発 0912 第 2 号厚生労働省大臣官房参事官(医療機器・再生医療等製品審査管理担当)通知「次世代医療機器・再生医療等製品評価指標の公表について」別紙 3 等を参考とした場合の、患者データの取得から積層造形プロセスまでにおいて、考慮すべき項目を表 1 に示す。
表 1 患者データの取得から積層造形までの造形プロセスにおいて考慮すべき項目
3.4. 積層造形材の安全性評価のポイント
三次元積層技術を活用した整形外科用インプラントに関する評価指標(平成 26 年 9 月 12 日付け薬食機参発 0912 第 2 号 厚生労働省大臣官房参事官(医療機器・再生医療等製品審査管理担当)通知「次世代医療機器・再生医療等製品評価指標の公表について」別紙 3)を参考とした場合の顎顔面インプラントに対する安全性評価のポイントを表 2 に示す。具体的な試験項目を表 2 のポイント(A+B)に示す。
表 2 顎顔面インプラントの安全性評価のポイント
4. 力学的安全性等の評価の一例
製品開発等の促進のため、力学的安全性評価等に関する考え方を中心に示す。現状の技術水準での結果を例示したもので、積層造形技術の急速な進歩により特性は向上する。特性が向上するメカニズムの詳細は、文献(1)が参考となる。これらの例示データは、あくまでも1機関による試験結果を示したもので、同一粉末を用いた複数機関によるラウンドロビンテストを実施したものではない。
(1) 積層造形用粉末
チタン材料等の金属粉末粒子は、造形装置等によって異なるが、レーザー積層造形の場合の球形粉末粒子径では、100 μm 以下が主に用いられている。レーザー積層造形用チタン粉末粒度径分布の測定例を図 5 に示す。d10, d50, d90 の代表値表記が基本となる。ある粒子径よりも小さい粒子径の存在割合の分布を示したものが累積分布量で、累積分布量が 50%の粒子径を平均粒子径と呼び d50 で表記される。d10、d90 は同様に累積分布量が 10%、90%の粒子径である。プラズマアトマイズ法によって製造した EOS 製 2 種チタン(C.P. Ti G 2)粉末、アルゴンアトマイズ法により製造した TILLOP 2 種チタン粉末の粒度分布は、異なっているが、どちらの粉末を用いても同等な力学特性を持つ純チタン積層造形材となる。
図 5 に示した EOS 及び TILOP 粉末を用いて、同じ粉末を 10 回まで繰り返し造形した場合の酸素濃度の変化を図 6 に示す。EOS 製造形装置(EOS M290, M270, M100 )を用い、装置製造メーカが推奨する積層条件下で造形されたもので、例えば、レーザーの出力: 280~300 W、スポット径:100 μm、走査速度:1200~1300 mm/min、Z 方向の積層造形間隔: 30 μm、X-Y 方向の走査間隔: 120~140 μm、 単位体積当たりのエネルギー密度: 55~75 J/mm3の積層条件下で、直径 9 mm、長さ 50 mm の丸棒試料を縦方向に造形した試料での測定例を示している。
図 5 レーザー積層造形用純チタン粉末の粒度分布及び
走査電子顕微鏡(scanning electron microscopy, SEM)組織
図 6 繰り返し積層造形した 2 種純チタン材中の酸素濃度の変化
(2) 純チタン材料の化学成分
JIS T 7401-1 では、鍛錬材の純チタンの化学組成が示され、積層造形材でも同等の化学成分であることが期待される。表 3 に JIS T 7401-1 に規定された純チタンの化学成分を示す。純チタンでは、酸素及び鉄濃度の増加により、力学特性(室温引張り特性及び疲労特性)が向上するため、
1 種[グレード(G) 1]から 4 種(G 4)まで酸素と鉄濃度の高い純チタンが規格化されている。純チタンの鍛錬過程でのビレットの割れを考慮して、鍛錬チタン材の酸素(O)の上限値は、0.4%以下となっている。積層造形材では、ビレット角(冷却部)からの鍛造割れの懸念は生じないため、0.4%以上の酸素濃度の含有が可能となる。
ここで、チタン合金に用いられる Al 等量=[%Al]+10[%O]を用いて、積層造形チタン材料で許容できる酸素濃度の上限を検討する。Ti-6Al-4V 合金では、酸素濃度の上限が 0.2%と規定されており、Al 等量は、8 となる。純チタンでは、アルミニウム(Al)を含まないため、この Al 等量と等しくなる O 濃度は、0.8%と算出され、この値の半分の 0.4%までの酸素を含む純チタン粉末を用いることで、力学特性の向上が期待される。
表 3 純チタンの化学成分
(3) ミクロ構造
積層造形材の金属組織は、造形後の状態(as-built)では急冷凝固組織で溶接と類似した組織となる。チタン材料では、鍛造後、鍛造による鍛造歪みの影響を除去するため、焼鈍熱処理が一般的に行われる。積層造形後、700℃で 2 時間保持後、空冷した焼鈍熱処理材では、鍛錬後同じ温度で焼鈍した組織と同等な金属組織となる。造形方向の影響(異方性)は、鍛錬材と同じく許容範囲にあり、積層造形方向の影響は無視できるレベルである。ベースプレートに対して 90°(縦)方向に造形した材料が基本となる。
横断面及び縦断面では、同等な金属組織となるため鍛錬材同じ横断面での金属組織が基本となる。純チタン積層造形後の焼鈍材の光学顕微鏡組織(400 倍)を図 7 に一例として示す。図 7 には、横断面と縦断面が比較して示されているが、類似の組織であり横断面の組織が基本となる。
純チタン積層造形材の透過電子顕微鏡観察(transmission electron microscopy, TEM)を図 8 に示す。純チタン積層造形材では、体心立方構造(body-centered-cubic structure, bcc)を有する β 相が結晶粒界に析出し、母相は稠密六方構造(hexagonal closed-packed structure, hcp)で、この β 相が微細分散した組織は、鍛錬組織では見られない金属組織で、力学特性の向上に寄与している。
図 7 積層造形材(a)~(d)、鍛錬材(e)及び歯科鋳造材(f)の光学顕微鏡組織
(a,b): EOS10 回目 90°造形材の横断面(T)及び縦断面(L), (c): TILOP 初回 90°造形材の横断面 (T)及び TILOP 初回 0°造形材の横断面(T)、(e): 鍛錬材の横断面、(f): 歯科鋳造材の横断面の組織
図 8 TILOP 2 種純チタン 90°造形材横断面の透過電子顕微鏡(TEM)組織
(c): (b)に示した析出物 p の電子線回折結果(bcc)、(d): 母相 m の電子線回折結果(hcp)
(4) 積層造形チタン材料の融点及び密度
チタン積層造形材の融点は、示差熱分析(differential thermal analysis, DTA)による測定が一般的となるが、チタン材料の融点は高く、示差熱分析装置の上限に近くなる。固相線温度での評価が、一般的で、積層造形 2 種純チタンでは、1661±2℃となり、2 種純チタン鍛造材で、 1663±1 ℃、4 種純チタン鍛造材で、1665±3 ℃となり、鍛錬材と積層造形材で同じ温度になる。
チタン材料の文献(2)が参考となる。
積層造形チタン材の密度は、4.5 g/cm3と鍛錬材の密度と同等となる。
(5) チタン材料等の耐食性
加速試験溶液を用いた評価が推奨され、下記に示した金属材料の溶出(静的浸漬)試験が推奨される。
溶出(静的浸漬)試験は、JIS T 0304 等により規格化され、生体内の模擬環境下で、金属材料から溶出する金属イオンの定量的なデータを提供することを目的とした試験である。苛酷抽出条件の一例を以下に示す。
· 試 験 溶 液 :1 mol/L 塩酸+0.9%塩化ナトリウム(pH=2.0)
· 試 料 の 数 :3 枚以上
· 環境 及 び期 間:37±1 ℃等、7 日間±1h
· 浸漬溶液量:例えば、試験片(幅:2 cm、長さ:4 cm、厚さ:0.1 cm)1 枚当たり 50 mL
· 元 素 分 析 :化学組成が 1 質量%以上の元素の定量分析
· 溶出イオン量(μg/cm2/7d)の測定
(6) 積層造形材の機械的性質
チタン材料では、JIS T 7402-1 に適合することが推奨される。図 9 に示した形状の力学試験片が推奨され、積層造形方向は、縦方向が基本となる(図 10 参照)。造形方向を変化させた積層造形後の焼鈍材での室温引張り試験結果及び JIS T 7402-1 の規格値を表 4 に示す。機械的性質に及ぼす積層造形の繰り返し回数の影響を図 11 に示す。同じ粉末を用いて、10 回までの繰り返し造形の影響は、ほとんど見られない。
図 9 力学試験片の形状
試験速度:0.2%耐力測定まで、0.5 %/min (ひずみ制御) 以降破損まで、3 mm/min (ストローク制御)
図 10 積層造形の方向
表 4 室温引張試験結果(n=3~5)
図 11 機械的性質に及ぼす積層造形回数の影響
(7) 積層条件の影響
三次元積層造形材の特性は、粉末が溶解する際の溶解プールの制御により変化する。溶解プールの模式図を図 12 に示す溶解プールが適切となるようなエネルギー密度で三次元方向に積層造形することで、機械的性質を向上ができる。三次元積層造形材のエネルギー密度は、次式となる。
単位体積当たりのエネルギー密度 E(J/mm3) =出力(W)/{スキャン速度(mm/s) × X-Y 方向の走査間隔(mm) × Z 軸方向の積層間隔(mm)}
また、積層造形材の異方性は、(縦方向造形材の 0.2%耐力)/ (横方向造形材の 0.2%耐力)の値で評価できる。
図 12 積層造形に及ぼす溶解プールの影響
(8) 積層造形材の疲労特性
内部応力の集中、微細な内部欠陥等が含まれるため、疲労特性の把握が推奨される。大気中での疲労試験により得られた、チタン材料の積層造形材及び鍛造材の S-N 曲線(縦軸に最大負荷応力(S)を等間隔目盛で、横軸に破損までの繰り返し数(N)を対数目盛で表示した曲線)の比較を図 13 に示す。S-N 曲線において、疲労強度は、横軸に水平となる場合の最大負荷応力の値か、
或いは 107回の繰り返し数における最大負荷応力となる。JIS T 7401-1 に準じたインプラント用チタン材料鍛錬材の結果を示している。純チタン積層造形材では、鍛錬材の疲労特性より、積層造形材の疲労特性が優れることがわかる。表 4 に 107回の疲労強度(σFS)及び疲労強度/引張り強度の比が示されている。疲労強度/引張り強度の比は、鍛錬材に近い値となっている。
積層造形材は、直径 9 mm、長さ 50 mm の丸棒試料を縦方向に造形し、図 9 に示した形状の引張及び疲労試験片を作製した。疲労試験の条件は、JIS T 0309 に準じ、大気雰囲気中、サイン波を用いて、負荷応力(最小/最大)比=0.1、周波数 10~15 Hz の条件とした。
図 13 チタン材料の疲労特性(S-N 曲線)の比較
(9) 表面仕上げ処理
チタン積層造形材の表面仕上げは、樹脂メディアを用いたイオン交換による電解研磨技術
(First dry electropolishing system, DLyte)等により可能となる。
(10) 顎顔面インプラントの力学的安全性評価
JIS T 0312 に規定されている骨プレートの力学的安全性評価方法に準じ行うことができる。多くの骨接合材料を用いて、製品の 4 点曲げ特性と耐久性をまとめた結果が参考となる。4 点曲げ試験及び圧縮試験による骨接合材料の耐久性は、骨接合材料の静的強度の 7 割となることが明らかとなっている。文献(3)が参考となる。 |