3. 人工股関節全置換術の臨床的な状況
3.1 日本における人工股関節全置換術の現状
附属書 A に示したように、欧米と比較して日本人の患者では、股関節疾患の状況が異なり、また、大腿骨の解剖学的形状に差異があり、選択する大腿骨コンポーネントの適合性が必ずしも良好とはいえない場合がある。さらに、同じ股関節疾患であっても体格に差があるため、大腿骨の長さや太さが異なり、欧米に比べて小さいサイズが多く臨床使用される傾向にある。
3.2 セメントレス人工股関節の骨との固定域
骨セメントを用いないセメントレス人工股関節ステム[大腿骨側材料・大腿骨ステム(直接固定型)]の臨床的な固定域の例を図 1 に示す。図 1 に示した赤ラインが自家骨によるステムの固定域で、セメントレスステムの開発コンセプト(表面処理の種類と表面処理の領域及びステムの断面形状等)により臨床的な固定域が異なる。図 1 の左側が、HA–TCP ファイバーメタルテーパーでの固定域、右側がアロクラッシック SL ステムでの固定域である。セメントレス人工股関節ステムでは、ステムのデザインに応じて近位部から遠位部にわたり、自家骨の固定力で固定されている。セメントレス人工股関節ステムの耐久性評価では、臨床的な固定域を反映させた試験が今後重要と考えられる。
図 1 セメントレス人工股関節ステムの固定域の例.
赤ラインが自家骨によるステムの固定域.
3.3 臨床的状況に応じた耐久性試験の動向
ISO 7206-4 に規定された人工股関節ステムの耐久性試験におけるステムの固定方法を図 2 に示す。圧縮力だけでなくねじり力を加えた試験とするため、荷重軸とステム軸の角度(α)として 10°、荷重軸とステムヘッド中心とステム遠位先端(CT)間との角度(β)として 9°傾斜させている。ステムの固定域(D)に関しては、ISO 7206-4 第 2 版では、D=0.4×CT であった。CT は、ステム先端から骨頭中心までの距離である。欧米人では、骨セメントで固定するセメントステム(間接固定型) の使用量が比較的多く、また、人工股関節を使用する年齢での体重が 80~120 kg と大柄な患者が多く、骨セメントのゆるみに起因する破損がみられたため、骨セメントの大部分がゆるんだ状態を模擬した D=80 mm での固定に第 3 版において改定された。
ISO 7206-4 第 3 版に記載されているように耐久限の 2300 N に関しては、欧米(特にヨーロッパ)の平均的な(大柄な)患者向けのステムを対象としたもので、欧米の平均的な患者向けではない小柄な患者向けのステムを長期臨床使用したところ破損はしなかったが 2300 N を満足していないステムが存在する。5 年以上の臨床使用実績のあるステムと同等の強度であることを証明できる場合には 2300 N の値は下げられるとの記載がある。セメントレスタイプの人工股関節での臨床使用で自家骨での固定域は、図 1 に示したように近位側での固定となるため、D=80 mm の遠位固定とは状況が大きく異なっている。欧米人に比べて小柄な日本人(東洋人)に対しては、今回のような近位側で固定するセメントレスステムに対しては、D=80 mm での固定と 2300 N を超えることにこだわるのではなく、臨床使用での固定域を反映させた固定での耐久性試験が重要と考えられる。
4. 人工股関節ステムの耐久性試験及びその材料力学解析
ISO 7206-4 人工股関節ステムの耐久性試験方法に示されている固定方法での材料力学解析を附属書Bに示す。附属書Bに示した方法で計算されるミーゼス(von Mises)の相当応力(σeq)は、素材の疲労強度(σFS)と比較することが可能となる。
図 2 ISO 7206-4 に準じた人工股関節ステムの耐久性試験におけるステムの固定方法.
5. 力学特性評価の一例
レーザー積層造形を一例として示すが、電子ビーム積層造形においても同様な特性となる。Ti 合金の金属粉末粒子は、造形装置等によって異なるが、レーザー積層造形の場合の球形粉末粒子径では、100 μm 以下が主に用いられている。ある粒子径よりも小さい粒子径の存在割合の分布を示したものが累積分布量で、累積分布量が 50%の粒子径を平均粒子径と呼び d50 で表記される。d10、d90は同様に累積分布量が 10%、90%の粒子径である。これらの d10, d50, d90が粉末粒子径分布の代表値表記となる。プラズマアトマイズ法、アルゴンアトマイズ法等により Ti 合金粉末が製造される。
EOS 製造形装置(EOS M290, M270, M100)を用い、製造業者により推奨される粉末及び積層条件下で造形されたもので、例えば、レーザーの出力: 280~300 W、スポット径: 100 μm、走査速度: 1200~1300 mm/min、Z 方向の積層造形間隔: 30 μm、X–Y 方向の走査間隔: 120~140 μm、単位体積当たりのエネルギー密度: 55~75 J/mm3の積層条件下で、直径 9 mm、長さ 50 mm の丸棒試料及び人工股関節ステムを縦方向に造形した試料での測定例を示している。
これらの例示データは、あくまでも1機関による試験結果を示したもので、同一粉末を用いた複数機関によるラウンドロビンテストを実施したものではない。試験条件及び結果詳細は、文献(1) が参考となる。
(1) 積層造形 Ti 合金の化学成分の例
Ti-15Zr-4Nb-4Ta(Ti-15-4-4)及び Ti-6Al-4V(Ti-6-4)合金積層造形材の化学成分の例を表 1 に示す。比較のため、表 1 には、比較のため Ti-15Zr-4Nb(Ti-15-4)合金熱間鍛造ステムの化学成分が示されている。2 種類の Ti 合金積層造形材の化学組成の変化はほとんど見られない。特に、Ti は酸素との親和力が強いため酸素濃度の増加が懸念されていたが、積層造形技術の進歩により、酸素濃度の増加は、かなり少なくなっている。
表1 積層造形材の化学組成の例.
(2) 積層造形 Ti 合金のミクロ構造
Ti 合金積層造形材の金属組織は、急冷凝固の繰り返しとなるため針状組織となる。積層造形後の焼鈍材の光学顕微鏡(光顕)組織(400 倍)、走査電子顕微鏡(SEM)及び透過電子顕微鏡(TEM)組織を図 3 に一例として示す。図 3(d)の l と m に示した位置での電子線回折結果を図 3(e)及び図 3(f)にそれぞれ示す。l で示したようにマトリックスは、α(hcp 構造)相で、m で示したように粒界に β(bcc 構造)相がわずかにみられる。レーザー積層造形 Ti-15Zr-4Nb-4Ta(Ti-154-4)合金ステムでも図 3 と同様な針状組織がみられた。積層造形ステムの耐久限の向上のためには、図 3(a)及び図 3(b)にみられる針状組織を ISO 20160 で示されている鍛造(鍛錬)材でみられるような α(hcp)相と β(bcc)相の 2 相(混合)組織に変える熱処理条件(保持温度、保持時間及び冷却方法)等の検討が今後の課題と考えられる。
図 3 積層造形された Ti-6Al-4V 合金の(a) 光学顕微鏡組織, (b) 走査電子顕微鏡(SEM)組織, 及び(c), (d) 透過電子顕微鏡組織(TEM)組織. (e): 写真(d)に l と m で示した位置での電子回析パターン及びミラー指数及び面間隔 d の実測値と計算値の比較.
(3) 粉末の繰り返し使用による力学特性及び酸素濃度への影響
積層造形の方向は、縦(90˚)方向が基本となる。Ti-6Al-4V(Ti-6-4)合金粉末を用いた縦方向造形材(直径:9 mm、長さ: 50 mm の丸棒)の機械的性質(強度と延性)及び積層造形材の酸素濃度の変化に及ぼす積層造形の繰り返し回数の影響を図 4(a)及び図 4(b)に示す。図 4 には、 5 本の引張試験用試験片[図 5(b)に示した平行部直径:3 mm、標点間距離:15 mm、平行部長さ:21 mm、全長: 50 mm]での平均値と標準偏差が示されているが、標準偏差はマーク内になっている。同じ粉末を用いて、10 回までの繰り返し造形の影響は、ほとんど見られない。
図 4 Ti-6Al-4V 合金積層造形材の(a)機械的性質及び(b)酸素濃度の変化に及ぼす積層造形回数の影響.
(4) Ti 合金積層造形材の疲労特性
高温型鍛造ステムでの力学試験片(室温引張試験及び疲労試験)の採取位置及び試験片形状を図 5に示す。Ti合金積層造形材及び鍛造材の S–N 曲線[縦軸に最大負荷応力(S)を等間隔目盛で、横軸 に破損までの繰り返し数(N)を対数目盛で表示した曲線]の比較を図 6 に示す。 S–N 曲線において、疲労強度(σFS)は、横軸に水平となる場合の最大負荷応力の値か、或いは 1×107 回の繰り返し数における最大負荷応力となる。鍛造ステム材と積層造形材の室温引張り特性、1×107回の疲労強度(σFS)及び疲労強度/引張り強度の比(σFS/σUTS)を表 2 に示す。室温引張強度と延性は、かなり良好な値となっている。また、積層造形丸棒材の疲労強度は 600 MPa を超えており、鍛錬初期の Ti 合金の疲労強度と同レベルとなっており、初期の Ti 合金 積層造形材に比べて疲労強度は向上している。
積層造形材の疲労強度/引張り強度の比は、鍛錬材に近い値となってきているが、図3に示したように金属組織が針状組織であり、鍛造材でみられるような α(hcp)相と β(bcc)相の 2 相(混合)組織ではないため、鍛造(鍛錬)材の疲労強度に比べれば低くなる。つまり、繰り返しの急冷凝固のみでは、鍛錬の効果に比較すると不十分となるためである。
図 5 (a)ミニサイズ試験片の採取位置,(b)室温引張試験片の形状,(c)疲労試験片の形状.
図 6 Ti 合金鍛造材及び積層造形材の疲労特性(S–N 曲線)の比較.
表 2 鍛造ステム及び積層造形材の室温引張特性, 疲労強度(σFS) 及び疲労強度比(σFS/σUTS)の比較.
Ti-6-4 合金
(5) 積層造形ステムの耐久性
高温型鍛造成型(左)及び積層造形(右)により作製した人工股関節ステムの例を図 7 に示す。
ステム長さ(L)及び幅(W)は、135 mm 及び 45 mm である。
図 7 型鍛造成型(左)及び積層造形(右)したステムの例.
今回の積層造形では、ステムヘッド側が下向きになるようにサポートを付けステム先端が 90°になるように積層造形した。Ti-15Zr-4Nb-4Ta 合金積層造形ステムでは、積層造形後、真空中、760℃で 4 時間保持後、空冷する焼鈍熱処理を行った。Ti-6Al-4V 合金積層造形ステムでは、真空中、840℃で 4 時間保持後空冷した。ステムサイズ(S)は、比較材であるアロクラッシック SL ステム(カタログ番号:2839、サイズ 01、ステム長さ:135 mm)と同じ形状である。
ISO 7206-4 第 2 版に準じた積層造形材の耐久性の試験結果を図 8 に示す。ISO 7206-4 第 2 版では、固定域(D)が D=0.4×CT(52 mm)となっている。図 1 に示したようにセメントレス人工股関節では、自家骨での固定域が大腿骨の近位側にあることを考慮して、D=0.4×CT で耐久性試験を行った。耐久性の比較材のステム(既承認ステム)としては、HA–TCP ファイバーメタルテーパー[65-7662-009-00、Ti-6Al-4V 合金製、ファイバーメッシュ部:純 Ti、 HA–TCP コーティング材:ハイドロキシアパタイト(HA)/リン酸三カルシウム(TCP)、サイズ 9、ステム長(CT):120 mm、近位径:9 mm、遠位径:6 mm]及び S–ROM(A) [9005-23-210、Ti-6Al-4V 合金製、CT:115 mm、近位径:12 mm、遠位径:6 mm)を用いた。
Ti-15Zr-4Nb-4Ta(Ti-15-4-4)合金製積層造形ステムの 500 万回における耐久限は、既承認品である HA–TCP 及び S–ROM ステムより高かったが、2300 N を超えることはできなかった。これは、Ti-6Al-4V 合金に対して開発された積層造形条件を用いた予備的な試験の結果であるためである。積層条件を Ti-15Zr-4Nb-4Ta 合金に最適となるように積層条件を改善することで、2300 N を超えるように向上できる。Ti-6Al-4V(Ti-6-4)合金製ステムの耐久性は、2300 N を超えている。HA–TCP 及び S–ROM は、国内においても非常に多く使用され、5 年以上の長期臨床使用での破損の報告はない。また、固定域が近位側であることを考慮すると、積層造形ステムは臨床使用が可能なレベルにあることが示唆される。
図 8 圧縮曲げ耐久性試験により得られた レーザー積層造形(selective-laser-melted)
Ti-15-4-4 and Ti-6-4 hip ステム(サイズ S), 及び既承認品の HA–TCP ファイバーメタル及び S–ROM hip ステムの L–N 曲線の比較.
D=80 mm での耐久性試験では、2300 N での負荷荷重では、20 万回付近で破断し、鍛錬材で得られたように 2300 N を超えることができなかった。ISO 7206-4 第 3 版にも記載されているように耐久限 2300 N は、欧米の大柄な患者向けのステムを対象としたもので、今回のような小柄な東洋人向けのセメントレスステム(近位固定)に対しては、D=80 mm と 2300 N を超えることにこだわる必要はないと考えられる。表 2 に示したように積層造形材の疲労強度が 600 MPa を超えていることから、エッジの影響がない断面形状が円形状の積層造形ステムでの耐久性試験の実施が期待される。
断面形状が長方形の今回のステムの高温型鍛造成型においても開発初期の段階では、エッジ効果により角からのねじりに起因する応力集中により、耐久性が 1000~1600 N と低かった。高温型鍛造の鍛造条件(鍛造開始温度、鍛錬比、熱処理条件等)を繰り返し改善することで、今回の優れた鍛造試験結果が達成されている。Ti 合金の疲労特性では、同じビレットから作製した丸棒試験片と板状試験片で疲労強度を比較すると、板状試験片では、エッジ効果により丸棒試験片での 67%と低くなっている[詳細は、参考文献(4)参照]。今回のステムの断面形状が円形状ではなく、非常に細い長方形であるためエッジの影響が著しく、耐久性が低くなったことが考えられる。日本人の平均体重が 60 kg で米国の 80 kg に比べ低く、国内の人工関節のレジストリーの登録では、セメントレスステムでの破損の報告はほとんど見られていない。ISO 7206-4 第 3 版でのD=80 mm への変更は、欧米で多いセメントステムでのセメント域のゆるみによる破損を基礎としている。これらの状況を考慮すると欧米人に比べて小柄な日本人(東洋人)においては、積層造形技術を用いた患者の骨格構造に最適なセメントレス人工股関節ステムの開発及び臨床使用が期待される。ヨーロッパ諸国を中心に積層造形による患者の骨格構造に最適な人工股関節ステムが既に臨床使用されているが、骨格との適合性が良好で破損の臨床報告は見られていない。
(6) 耐久性の力学解析結果
附属書 B に示した力学解析方法で計算した結果を表 3 に示す。表 3 に示した型鍛造ステムでのミーゼスの相当応力(σeq)は、σeq/σFSの値が 1 に近く、型鍛造材で得られた 1×107回の疲労強度(σFS)に近い値である。また、図 9 には、ステムの力学解析結果から得られた相当応力(σeq)の負荷荷重による変化が示されている。ISO 7206-4 第 3 版に示されている D=80 mm の固定では、負荷荷重の増大による相当応力の増加割合が大きく、耐久限 2300 N を達成するための相当応力(σeq)は、約 600 MPa となる。丸棒試料の積層造形材ではこの値を超えるレベルにある。また、図 9 に示した D=0.4×CT(52 mm)での計算結果は、ISO 7206-4 第 2 版で示された固定位置での計算である。さらに、今回のステムの形状では、相当応力(σeq)が小さく、ネック部からの破断は生じないことがわかる。詳細は、参考文献(1)が参考となる。
表 3 附属書 B に示した力学解析の計算結果及び ISO 7206-4 に準じた耐久限から計算したミーゼスの相当応力(σeq)と疲労強度(σFS)との比較
図 9 ステムの力学解析結果から得られたミーゼスの相当応力(σeq)の負荷荷重による変化.
6. 今後の課題
今後の課題としては、例えば、α 相からなる針状組織の内部応力を減少させるステム製品での積層造形条件(積層造形の方向、サポートの位置、製品の角での積層条件、X、Y、Z 方向の積層造形の速度及び積層造形の間隔、造形後の熱処理等)の検討が重要となる。特に、鍛造(鍛錬) 材でみられるような α(hcp)相と β(bcc)相の 2 相(混合)組織に変える熱処理条件(保持温度、保持時間及び冷却方法)の検討や HIP (Hot Isostatic Pressing)処理等の活用によるステム製品の
耐久性の向上が期待される。また、耐久限を向上させるステムの設計には、世界的に検討されているトポロジー最適化技術の適応が有用と考えられる。一方、積層造形によりステム全体を造形するのではなく、鍛造ステム表面に積層造形する新たな積層造形技術も期待されている。さらに、積層技術と焼結技術を組み合わせた新たな付加製造(AM)技術が世界的に検討されている。 |