1.はじめに
ファーマコゲノミクスの進歩を反映し、試料中の複数の核酸断片の塩基配列や量を調べるDNAチップの開発が進められている。DNAチップは専用の測定・解析装置とともに使用され、物理的ないし生化学的な測定値を直接提供する従来の体外診断装置と異なり、多項目にわたる複数の測定値をアルゴリズムに基づいて解析し、医療情報として提供する。従って、測定の精度や信頼性だけでなく、解析に使われるアルゴリズムや統計処理の妥当性等が評価の対象となる。DNAチップはクラスⅢの体外診断用医薬品、専用の測定・解析装置はクラスⅠの医療機器として扱われている。
DNAチップを用いた遺伝子型判定用診断薬としては、ヒトの遺伝子多型や変異を解析して遺伝子型を判定するもの又は病原微生物の遺伝子型を判定するものが近い将来、市場に導入されると思われる。これらの基本的な原理としては、ゲノムの特定領域を対象として、プローブとのハイブリダイゼーションの程度を測定し、塩基配列を推定する場合が多い。この方法では、シークエンシングに比べて大量、迅速かつ、低コストで必要な情報が得られるが、塩基配列を正確に判定できることが重要である。本評価指標は、DNAチップ及びその専用測定・解析装置によって正確に遺伝子型が判定されることを確認するために必要な事項をまとめ、製造販売業者による申請の準備と(独)医薬品医療機器総合機構(以下、「総合機構」という。)による審査の迅速化に役立てることを目的とする。なお、本評価指標は、DNAチップを用いた遺伝子発現解析用診断薬など関連する製品においても参考となるものと考える。ヒトの遺伝子型情報に基づいて個別の薬物に対する応答性を推定する妥当性については、データの蓄積とともに、対象とする薬物毎に学会等の場において専門家による個別の議論が必要である。
2.本評価指標の対象
DNAチップを用いヒトや病原微生物の遺伝子型を判定する診断薬を対象とする。DNAチップと専用の測定・解析装置から成る測定系の評価を行うためのものである。
3.評価指標の位置づけ
本評価指標は、DNAチップを用いた遺伝子型判定用診断薬に求められる性能等において、現時点で重要と考えられる事項を示したものである。今後の技術革新や知見の集積等を踏まえて改訂されるものであり、申請内容に関して拘束力を持つものではない。本評価指標が対象とする製品の評価にあたっては、個別の製品の特性を十分理解した上で、科学的な合理性をもって柔軟に対応することが必要である。
4.評価に当たって留意すべき事項
(1)品目の概要に関する事項判定対象とするヒト遺伝子型または病原微生物の遺伝子型を説明すること。
1)臨床的意義
対象とするヒト遺伝子型や病原体遺伝子型の判定が、診断や治療に与える有用性等について、文献等を引用して説明すること。この際、日本人における遺伝子多型、日本国内における病原微生物株の分布等を考慮すること。
2)測定原理
DNAチップと測定・解析装置を使った遺伝子型判定の原理を詳細に示すこと。従来用いられたヒトまたは病原体遺伝子型の判定方法との原理的な相違について記載し、同一の結果が得られることを説明する。なお、測定原理が記載された論文、特許等の文献があれば引用し、必要な実測データを添付すること。測定・解析装置に類似の機器があれば、その資料を示すこと。海外のデータを用いる場合には、人種差、病原微生物株の分布等を踏まえた上で、その妥当性を説明すること。
3)プライマー、プローブ等の塩基配列検体の遺伝子を増幅するプライマー、プローブ等の塩基配列を示し、偽遺伝子や類似配列を持つ他の遺伝子の存在を含めて、それらの配列を選択した妥当性を説明すること。ミスマッチプローブ等を判定に利用する場合には、その配列を設定した根拠を説明すること。病原体には多くの変異体が存在することから、ゲノムの多様性への対応について説明すること。必要に応じ、実測データの添付または文献の引用によって詳細に説明すること。
なお、プローブの数が非常に多い場合は、資料の提出方法等に関して事前に総合機構の相談制度を利用することが望ましい。
4)DNAチップ構成
DNAチップにおけるプローブの空間的配置と固定方法の特徴を詳細に説明すること。
5)DNAチップに搭載される対照物質陰性対照と陽性対照の設定と妥当性を説明すること。陰性対照としては、検出する
DNA配列と類似の配列を複数搭載することが望ましい。陰性対照は、シグナルのバックグラウンド算定の根拠となる。バックグラウンドシグナル値、陽性対照物質による内部標準等を用いて測定データの補正を行う場合には、その原理、手法を実測データを用いて詳細に説明すること。
6)アッセイ条件
ハイブリダイゼーション、洗浄、乾燥等の反応条件(温度、時間、緩衝液の組成等)の概略(アッセイのプロトコル及び標準手順を含む。)を記し、非特異反応が生じる可能性等も説明すること。
7)ソフトウエア
蛍光や電流値などから得られるシグナル強度に基づき、解析機器に組み込まれたソフトウエア等により最終的な遺伝子型の判断を下す場合は、解析アルゴリズムの妥当性に関して説明すること。ソフトウエアの動作に関するバリデーションの方法を示すこと。
(2)仕様及び安定性に関する事項
1)品質管理の方法
DNAチップに固定化されたプローブの塩基配列とデザインした塩基配列の同一性に関して、実測データを用いて説明すること。
DNAチップが対象遺伝子を検出する感度、正確性及び同時再現性を保証する標準試験を設定し、標準試験の成績からこれらの項目を検証する具体的な方法を、実測データを用いて説明すること。
2)感度、特異性、測定範囲一定のゲノムコピー数を含む試料を希釈して測定し、検出限界を示すこと。可能な場合は、定性的検出限界と定量的検出限界を明らかにしておくこと。代表的な遺伝子型についての検討で、全体の測定範囲を設定することも差し支えない。遺伝子工学技術によって作製した核酸や培養等により得られた病原体ゲノムを標準試料として使う場合は、臨床検体由来試料の濃度や純度等に留意すること。
非特異的反応やバックグラウンドシグナルの安定性や均一性を検討し、誤判定の可能性を説明すること。シークエンシングを行う場合を想定し、適切なプライマーの配列や反応条件、繰り返し配列やGC含量等の情報を添付することが望ましい。
検体の遺伝子型を判定できる最小検体量(相当するDNAの最小必要量)を示すこと。定量する場合は直線性を保つ範囲について示すこと。必要に応じ、最大検体量について検討すること。
3)測定装置の較正
一定のシグナルを安定して発生する較正用DNAチップを装置の較正に用い、動作バリデーションを定期的に行うことができる場合は、較正用チップの妥当性を検討すること。較正用チップが利用できない場合には、DNAチップのバリデーションとあわせ、陽性及び陰性較正用試料を用いた測定値の評価等によって動作確認をとる方法を示すこと。較正用試料の妥当性を検討すること。DNAチップと測定・解析装置を一体として評価する際に、これらの情報が必要になることがあるので留意すること。
4)安定性に関する資料
DNAチップの保存条件、有効期限を設定し、その妥当性を説明すること。使用者が調製する試薬類がある場合は、調製方法や品質管理の方法を示すこと。
(3)性能に関する事項
1)遺伝子型判定の精度
①ヒト遺伝子型判定
・ヒト遺伝子型判定はヒト検体を用いた試験を実施し、ヘテロ接合性及びホモ接合性の両検体を調べたデータを示すこと。
・測定対象となる遺伝子型がすでに明らかにされている保管検体がある場合は、それらを測定したデータを示すこと。測定対象となる遺伝子型が明らかにされていないヒト検体を測定した場合は、測定データとDNAシークエンサーを用いた双方向の塩基配列解析結果を比較すること。
・判定対象とする遺伝子型をすべてヒト検体で測定するのが望ましいが、低頻度の遺伝子変異の場合、当該変異を持つDNAあるいは遺伝子工学で作製したDNAを添加した検体を使用することができる。ただし、添加検体の組成は、ヒトから採取した検体の組成に可能な限り近づけること。
②病原体の遺伝子型判定
・病原体の遺伝子型判定を目的とする機器では、検出対象となるすべての遺伝子型の検出データを示すことが望ましいが、出現頻度の低い遺伝子型には、遺伝子工学技術を使って作製した標準品を非感染者由来検体に混入させた疑似検体を用いて代用できる。
・遺伝子型判定の正確性は、既承認の体外診断用医薬品が存在すればそれを用いた結果、あるいは、シークエンシングにより得られた結果との一致をもって確認する。病原体に複数の遺伝子型が存在する時には、それらの特異的な検出、定量ができることを示すこと。
・複合感染の場合についても、定量性を含めて検討すること。病原体ゲノムには頻繁に変異が起こることが多いので、それらの変異が検出感度や判定へ及ぼす影響、対応について説明すること。
・シグナルカットオフ値の設定やアルゴリズムの設定において、変異の存在も考慮されなければならない。
2)検体と共に測定する対照試料陽性対照試料、陰性対照試料を選定し、選定した理由を説明すること。それらを用いた精度管理の方法を、実測データを用いて説明すること。
3)再現性、頑健性標準試料を用いた繰り返し測定によるシグナルおよび遺伝子型判定結果の再現性に関する検討を行うこと。複数施設における測定を行い、再現性を確認すること。必要に応じて頑健性に関する情報、外部精度管理の方法に関する情報を提供すること。
4)コンタミネーション対策、データの取り違え対策
検体の前処理にPCR等による核酸の増幅過程が含まれる場合、コンタミネーションによる誤判定の可能性とそれらを排除するための方策を、必要に応じて実測データを用いて説明すること。また、キャリーオーバーを否定する試験を実施して、コンタミネーション対策の妥当性を示すこと。
バーコード等を使ったデータ管理システムにより、検体情報および解析結果の対応に誤りが起こらないような方策が求められる。
5)検体の調製
検体の質が遺伝子型判定結果の精度に大きな影響を与える。高品質なDNAないしRNA試料を得るために、採取する検体の種類や対象となる病原体に応じて、採取、保管、運搬等に関する適切な取扱い方法を設定し、その妥当性を説明すること。特にRNA試料の場合は、分解を防ぐ方策を講じることが望ましい。
検体の種類(血液、口腔内採取物等)に留意しながら、検体から試料DNAないしRNAを抽出する方法と得られた試料の品質を評価するための方法及び参考値(量、純度、分解度等)を示すこと。
調製した試料の安定性について説明すること。反応を妨害する物質(血清中のトリグリセリド、ヘモグロビン、ビリルビン、脂質などや投薬された薬物、検体採取に用いた抗凝固剤等)について予め評価しておくこと。
病原体ゲノムの場合は、患者や常在菌のDNAないしRNAが混入し得るので、混入による妨害の有無を説明し、必要に応じて検体や試料の品質評価基準を示すこと。
(4)リスク分析に関する事項操作過程において、人為的及び機械的ミス、非特異反応等が発生する要因に関して
分析し、必要に応じて添付文書にて注意喚起を行うなどの対策を講じること。誤った判定結果が得られた場合に起こりうる、診断、治療上のリスクについて、文献等を使って評価すること。判定結果を別の手法を用いて個別に確認するための方法について、積極的に提示すること。 |