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4.用語の定義
本評価指標における用語の定義は、「ヒト(同種)体性幹細胞加工医薬品等の指針」の定義による他、以下のとおりとする。
(1) 肝硬変:B 型肝炎、C 型肝炎、アルコール、NASH(非アルコール性脂肪肝炎)、自己免疫疾患、代謝異常、胆汁うっ滞などに起因する慢性炎症によって肝傷害が繰り返された結果、肝細胞が壊死して再生していく過程において線維組織が増生し、肝機能が低下した状態、すなわち慢性肝疾患の終末像の病態を指す。
(2) 非代償性肝硬変:肝硬変のうち、比較的肝機能が保たれ、臨床症状がほとんどない代償性肝硬変に対して、肝性脳症、黄疸、腹水、浮腫、出血傾向など肝不全に起因する症状が出現するものを非代償性肝硬変と称する。なお、一般に(3)で示す Child-Pugh スコア 7 点以上を非代償性肝硬変の目安とすることが多い。日本消化器病学会・日本肝臓学会肝硬変診療ガイドライン 2020(改定第 3 版)を参照のこと。
(3) Child-Pugh スコア:肝硬変の機能評価法であり、①肝性脳症(なし: 1 点、軽度: 2 点、昏睡:3 点)、②腹水(なし:1 点、軽度:2 点、中等量以上:3 点)、③血清ビリルビン値(mg/dL)(2.0 未満:1 点、2.0~3.0:2 点、3.0 超:3 点)、④血清アルブミン値(3.5 超:1 点、2.8~3.5:2 点、2.8 未満:3 点)、⑤プロトロンビン時間活性値(%)(70 超:1 点、40~70:2 点、40 未満:3 点)の 5 項目における点数の合計で評価する。点数により class A (5~6 点)、class B (7~9 点)、class C (10 ~15 点)に分類され、上述の通り 7 点以上(class B、C)を非代償性肝硬変と定義する。日本消化器病学会・日本肝臓学会肝硬変診療ガイドライン 2020(改定第 3 版)を参照のこと。
(4) 間葉系幹細胞:中胚葉性組織(間葉)に由来する体性幹細胞の一種であり、①プラスチック培養容器に接着する、②CD105, CD73, CD90 が陽性かつ CD45, CD34, CD14 ,CD11b, CD79a, CD19, HLA-ClassII(DR)が陰性、③間葉系細胞(骨、脂肪、軟骨)への分化能を有する、 の3条件を満たすものと定義する。脂肪組織、骨髄、臍帯、歯髄から分離することが可能である。また MHC Class-II を発現せず、サイトカインや増殖因子を分泌する等の作用で免疫調整機能を持ち、組織再生・修復を促進するなどの特徴を示す。
(5) Model for End-Stage Liver Disease(MELD)スコア:12 歳以上の非代償性肝硬変患者の短期予後予測および肝移植適応の判断に用いられる予測式である。①血清ビリルビン値、②プロトロンビン時間-国際標準化比(PT-INR)、③血清クレアチニン値の 3 項目より算出される。
MELD スコア=9.57ln(血清クレアチニン値 mg/dl)+3.78ln(血清ビリルビン値 mg/dl)+ 11.20ln(PT-INR(血液凝固能))+6.43
(6) 原材料:再生医療等製品の製造に使用する原料又は材料の由来となるものをいう。(生物由来原料基準(平成 15 年厚生労働省告示第 210 号)の定義と同じ)
(7) 原料等:原料若しくは材料又はそれらの原材料をいう。(生物由来原料基準(平成 15 年厚生労働省告示第 210 号)の定義と同じ)
(8) セル・バンク:均一な組成の内容物をそれぞれに含む相当数の容器を集めた状態で、一定の条件下で保存しているものである。個々の容器には、単一の細胞プールから分注された細胞が含まれている。(「生物薬品(バイオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医薬品)製造用細胞基剤の由来、調製及び特性解析」について(平成 12 年 7 月 14 日付け医薬審第 873 号厚生省医薬安全局審査管理課長通知)の定義と同じ)
(9) クロスコンタミネーション:サンプル間の混入のこと。交叉汚染とも呼ばれる。製造に用いられる原料の間、中間体の間等での混入を意味する。例えば、あるセル・バンクに由来する細胞に別のセル・バンクに由来する細胞が混入する場合や、ウイルス不活化後の原料に不活化前の原料が混ざってしまう場合等が挙げられる。
5.評価に当たって留意すべき事項
本評価指標は、ヒト(同種)間葉系幹細胞を含むヒト脂肪組織を原料として製造所に受け入れ、これを製造所においてセル・バンク・システムを構築し、加工して製造された細胞を非代償性肝硬変の治療を目的として肝臓に適用することを想定している。
(1)原料等
原料(ヒト脂肪組織)及び材料(ウシ血清や培地等)、さらにそれらの製造に用いられる原材料の管理項目については、最終製品に求められる品質が確保できるよう設定することが原則となるが、その原料等を用いても最終製品に安全上の懸念が生じないよう、原料等の品質(無菌性、不純物等)についても考慮し設定することが求められる。ウイルス等の外来性感染性物質の混入リスクについては、「生物由来原料基準」に基づいて必要な情報を得た上で、そのリスクが管理できるよう管理項目を設定する。「生物由来原料基準」の規制対象となる原料等の範囲は、「生物由来原料基準の運用について」(平成 26 年 10 月 2 日付け薬食審査発 10021 第 1 号・薬食機参発 1002 号第 5 号厚生労働省医薬食品局審査管理課長、厚生労働省大臣官房参事官(医療機器・再生医療等製品審査管理担当)連名通知)を参照すること。
① ドナーの選択基準、適格性
ドナーが倫理的に適切に選択されたことを示すこと。また、年齢、性別、民族学的特徴、病歴、健康状態、採取細胞・組織を介して感染する可能性がある各種感染症に関する検査項目、免疫適合性等を考慮して選択基準、適格性基準を定め、その妥当性を明らかにすること。
特に B 型肝炎ウイルス(HBV)(HBs 抗原、HBV-DNA など持続感染を示唆する指標のみならず、既感染を示唆する HBs 抗体、HBc 抗体も測定されていることが望ましい)、C 型肝炎ウイルス(HCV)、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症、成人 T 細胞白血病ウイルス(HTLV)およびパルボウイルス B19 感染症については、検査(血清学的試験や核酸増幅法等)により否定すること。また、サイトメガロウイルス(CMV)感染、エプスタイン・バーウイルス(EBV)感染及びウエストナイルウイルス(WNV)感染については必要に応じて検査により否定すること。この他、次に掲げるものについては既往歴、問診等の診断を行うとともに、輸血、移植医療を受けた経験の有無等からドナーとしての適格性を判断すること。
・梅毒トレポネーマ、クラミジア、淋菌、結核菌等の細菌による感染症
・敗血症及びその疑い
・悪性腫瘍
・重篤な代謝及び内分泌疾患
・膠原病及び血液疾患
・肝疾患
・伝達性海綿状脳症及びその疑い並びにその他の認知症
・特定の遺伝性疾患や家族歴
・原料となる細胞・組織の採取が困難となる病態(易出血性等)
② ドナーに関する記録
原料となる細胞・組織について、安全確保上必要な情報が確認できるよう、ドナーに関する記録が整備、保管されていること。また、その具体的方策を示すこと。
③ ヒト(同種)脂肪組織由来間葉系幹細胞を含む脂肪組織の採取
ヒト(同種)脂肪組織由来間葉系幹細胞を含む脂肪組織の採取部位の選定理由、採取方法を示し、これらが科学的及び倫理的に適切に選定されたものであることを明らかにすること。採取方法については、用いられる器具、微生物汚染防止、取り違えやクロスコンタミネーション防止のための方策等を具体的に示すこと。
(2)製造工程において特に注意が必要な事項
最終製品であるヒト(同種)脂肪組織由来間葉系幹細胞の製造にあたっては、製造方法を明確にし、可能な範囲でその妥当性を以下の項目で検証し、一定の品質を保持すること。
① ロット構成の有無とロットの規定
最終製品及び中間製品がロットを構成するか否かを明らかにすること。ロットを構成する場合には、ロットの内容について規定しておくこと。
② 製造方法
ヒト(同種)脂肪組織由来間葉系幹細胞を含む脂肪組織の製造所への受入れから、出発原料となるヒト(同種)脂肪組織由来間葉系幹細胞のセル・バンク・システム構築までの履歴、及びヒト(同種)脂肪組織由来間葉系幹細胞の培養工程等を経て、最終製品に至る製造方法の概要を示すとともに、具体的な処理内容及び必要な工程管理、品質管理の内容を明らかにすること。
a) 受入検査
採取したヒト(同種)脂肪組織由来間葉系幹細胞を含む脂肪組織について、製造所への受入のための試験検査の項目(例えば、目視検査、顕微鏡検査、細胞の生存率、細胞の特性解析、細菌、真菌、ウイルス等の混入の否定等)と各項目の判定基準を設定すること。また、(ア)組織運搬状況の確認(断熱容器に封印されているか、発送から何時間かかっているか等)及び(イ)ヒト(同種)脂肪組織由来間葉系幹細胞を含む脂肪組織の外観の確認(運搬用チューブの破損・液漏れはないか、ヒト(同種)脂肪組織由来間葉系幹細胞を含む脂肪組織が組織運搬液中に浸漬されているか、運搬液に汚染が無いか等)を行うこと。
b) 細菌、真菌及びウイルス等の不活化・除去
採取したヒト(同種)脂肪組織由来間葉系幹細胞を含む脂肪組織について、表現型、遺伝形質、特有の機能等の特性、細胞生存率及び品質に影響を及ぼさない範囲で、必要かつ可能な場合は細菌、真菌及びウイルス等を不活化又は除去する処理を行うこと。当該処理に関する方策と評価方法について明らかにすること。
c) 細胞のバンク化
製造所に受入れたヒト(同種)脂肪組織由来間葉系幹細胞を含む脂肪組織からヒト(同種)脂肪組織由来間葉系幹細胞のセル・バンクを作製する方法及びセル・バンクの特性解析、保存・維持・管理方法・更新方法その他の各作業工程及び試験に関する手順等について詳細を明らかにし、その妥当性を示すこと。ICH-Q5D 等を参考とすること。ただし、より上流の過程で評価されていることに起因する正当な理由により検討事項の一部を省略することは差し支えない。製造工程中のドナーに起因しないリスク、特にウイルス汚染に関しては、マスター・セル・バンク(MCB)及び規定の培養期間を超えて培養した細胞において、必要なウイルス否定試験を行う。
d) 製造工程中の取り違え及びクロスコンタミネーション防止対策
最終製品であるヒト(同種)脂肪組織由来間葉系幹細胞の製造に当たっては、製造工程中の取り違え及びクロスコンタミネーションの防止が重要であり、工程管理における防止対策を明らかにすること。
(3)製品の品質管理
品質規格の設定について、治験を開始する前段階にあっては、それまでに得られた試験検体での実測値を提示し、これらを踏まえた暫定値を示すこと。なお、出荷製品そのもの又はその一部に対して規格試験の実施が技術的に困難である場合にあっては、妥当性を示した上で並行して製造した製品を用いて規格試験を実施すること。
① 細胞形態の確認
細胞形態の確認として、例えばヒト(同種)脂肪組織由来間葉系幹細胞が顕微鏡(倒立型もしくは共焦点)での観察等により、細胞が紡錘状の形態をしていることを確認する。
② 細胞数及び生存率細胞数を測定する方法としては、最終製品の細胞懸濁液(細胞塊の場合は、一部を酵素処理する)を、血球計算盤やセルカウンターで測定する方法がある。生細胞率を測定する方法として、トリパンブルーを用いた色素排除法があり、生細胞数及び死細胞数を計算することができる。
③ 確認試験
目的とする細胞の形態学的特徴、生化学的指標、免疫学的指標、特徴的生産物質、その他適切な表現型の指標を選択して、目的とする細胞であることを確認すること。
④ 性能試験・特性試験
加工したヒト(同種)脂肪組織由来間葉系幹細胞については、加工に伴う変化を調べるために、例えば、形態学的特徴、増殖特性、生化学的指標、免疫学的指標、特徴的産生物質、核型、その他適切な表現型(表面マーカーCD73, CD90, CD105 等の発現)の指標を解析するとともに、必要に応じて機能解析(脂肪細胞、骨細胞、軟骨細胞への分化確認等)を行うこと(文献 1)。開発品の作用機序を考慮した品質特性の解析及び評価を行うことが重要である。
⑤ 細胞の純度試験
目的細胞であるヒト(同種)脂肪組織由来間葉系幹細胞の割合を算出する試験方法及び判断基準を設定すること。例えば適切な表現型(表面マーカーCD73, CD90, CD105 の発現)の指標を基に算定する。ヒト(同種)脂肪組織由来間葉系幹細胞を含む脂肪組織からヒト(同種)脂肪組織由来間葉系幹細胞を培養する場合、目的外細胞の混入として血球細胞、線維芽細胞、脂肪細胞等の混入が考えられる。
⑥ 無菌試験及びマイコプラズマ否定試験
最終製品の無菌性については、あらかじめ試験的検体を用いて全製造工程を通じて無菌性を確保できることを十分に評価しておく必要がある。最終製品について、患者に適用する前に無菌性(一般細菌及び真菌否定)を試験により示すこと。また、適切なマイコプラズマ否定試験を実施すること。マイコプラズマ否定試験については、検証された核酸増幅法を用いることでもよい。最終製品の無菌試験等の結果が、患者への投与後にしか得られない場合には、投与後に無菌性等が否定された場合の対処方法をあらかじめ設定しておくこと。また、この場合、中間製品で無菌性を試験により示し、最終製品に至る工程の無菌性を厳密に管理する必要がある。また、同一施設・同一工程で以前に他の患者への適用例がある場合には、全例において試験により無菌性が確認されていること。ロットを構成する製品で密封性が保証されている場合には、代表例による試験でよい。抗生物質は細胞培養系で極力使用しないことが望まれるが、使用した場合には、無菌試験に影響を及ぼさないよう処置すること。
⑦ エンドトキシン試験
試料中の夾雑物の影響を考慮して試験を実施すること。規格値は必ずしも実測値によらず、日本薬局方等で示されている最終製品の 1 回投与量を基にした安全域を考慮して設定すればよい。また、工程内管理試験として設定することも考えられるが、その場合には、プロセスバリデーションの結果を含めて基準等を設定し、その妥当性を説明すること。
⑧ 製造工程由来不純物試験
ウシ血清を使用する場合は、ウシ血清アルブミン残存試験の規格を設定し、実測値をもとに規格値を設定する。動物由来成分、抗生物質等に関しては、該当するアレルギー既往の患者に対し、本品を使用しない旨を添付文書等に記載する。
(4) 製品の安定性試験
最終製品又は重要なそれらの中間製品について、保存・流通期間及び保存形態を十分考慮して、細胞の生存率及び効能を裏付ける代替指標等を指標に実保存条件での安定性試験を実施し、貯蔵方法及び有効期間を設定し、その妥当性を明らかにすること。特に凍結保管及び解凍を行う場合には、凍結及び解凍操作が製品の解凍後の培養可能期間や品質へ与える影響を確認すること。また、必要に応じて標準的な製造期間を超える場合や標準的な保存期間を超える長期保存についても検討し、安定性の限界を可能な範囲で確認すること。ただし、製造終了後直ちに使用するような場合はこの限りではない。
また、出発原料、中間製品及び最終製品を運搬する場合には、それぞれの条件と手順(容器、輸送液、温度管理等を含む)等を定め、その妥当性について明らかにすること。空路輸送に関しては、気圧の変化や X 線検査等による影響についても考慮すべきである。細胞を凍結状態で輸送する場合には、凍結時に使用する培地又は凍結保存液、凍結保護剤等について、製造工程で使用する材料と同様に適切に選択すること。また、非凍結状態で輸送する場合の輸送液等も同様である。製品形態又は細胞種によって、製品安定性を保つための適切な保存形態、温度条件、輸送液等が異なる可能性があるため、製品毎に適切な組み合わせを検討し、安定性を担保する必要がある。
(5) 非臨床試験
ヒト細胞加工製品については、動物試験において異種免疫反応が惹起される場合があること、またヒト細胞加工製品では、低分子医薬品等で実施されるような曝露評価もなじまないことなどから、量的なリスク評価は困難であり、非臨床安全性試験で得られる安全性情報は限定的と考えられる。したがって、このような限界を理解した上で、ヒト細胞加工製品の非臨床安全性試験を検討することが重要である。「再生医療等製品(ヒト細胞加工製品)の品質、非臨床試験及び臨床試験の実施に関する技術的ガイダンスについて」(平成 28 年 6 月 14 日付け薬機発第 0614043 号独立行政法人医薬品医療機器総合機構理事長通知)等を参考とすること。
① 一般毒性試験ヒト細胞に対する異種免疫反応を回避するために、免疫不全動物の利用が考えられる。用量は対照群と投与群の少なくとも 2 群で評価可能である。また、その際の最高用量は、ハザード(有害性)を確認するために、最大耐量、投与可能な最大量及び動物福祉を考慮し、可能な限り多くの細胞数を設定することが重要である。投与回数は可能な限り臨床で予定されている用法と同様とし、臨床適用経路で実施することが望ましい。ただし、動物に反復投与しても生体内で蓄積する懸念が低く、毒性所見の増悪が考えにくい場合には、必ずしも反復投与の実施は必要としない。観察期間については、全身毒性を評価可能と考える最短の期間である最終投与後 14 日間程度とすることは可能であるが、Proof-of-Concept(POC)試験等を参考に、適切な試験期間を設定する。
② 造腫瘍性試験
再生医療等製品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令(平成 26 年厚生労働省令第 93 号)に準拠した工程管理の下に培養・加工され、既定の培養期間を超えた細胞の増殖特性解析で異常がないことを確認したヒト(同種)脂肪組織由来間葉系幹細胞加工製品については、in vitro 試験 での造腫瘍性の評価は必要となるが、通常、免疫不全動物を用いた in vivo 試験を行う必要はない。
③ 最終製品の効力又は性能を裏付ける試験
技術的に可能かつ科学的に合理性のある範囲で、対象疾患に対する適切なモデル動物等を用いて、最終製品の機能発現、作用持続性、ヒト(同種)脂肪組織由来間葉系幹細胞加工製品として期待される臨床効果の実現可能性(POC)を示すこと。モデル動物としては、四塩化炭素誘導肝硬変モデルマウス・ラット(イヌ)等が挙げられるが、最終製品の効力又は性能を示すための妥当性のあるモデルである必要がある。(肝硬変モデル動物での、抗炎症効果:aspartate aminotransferase(AST)及び alanine aminotransferase(ALT)の低下など、肝機能改善効果アルブミンの上昇、総ビリルビン低下など、線維化効果:Sirius Red 染色での線維面積の改善や Hydroxyproline の定量結果の改善などが示されることが望ましい。)最終製品の効力又は性能を発揮する作用機序について、検討することも望まれる。
(6)臨床試験(治験)
臨床データパッケージ及び治験実施計画書は、対象疾患、目的とする効能、効果又は性能、当該治療法に期待される臨床上の位置づけ等に応じて、非臨床データ等も踏まえて計画することが必要である。初めてヒトへの投与を行う試験など開発初期の試験では、安全性を慎重に評価していくことが重要である。一般的に臨床試験においては盲検化の有無にかかわらず、臨床試験においてより科学的に有効性及び安全性の情報を収集するためには、プラセボ群などの同時対照群を設定した比較臨床試験が望ましいが、試験の目的、選択する対象、開発している再生医療等製品の臨床上の位置づけ、製品の特徴、評価項目の特徴を踏まえた開発可能性を考慮して適切に計画されるべきである。また、評価項目(エンドポイント)も製品毎に設定する必要がある。なお、具体的な治験の立案に際しては、独立行政法人医薬品医療機器総合機構の RS 戦略相談又は治験相談等を利用することが望ましい。
① 臨床試験における評価技術に関する基本的考え方
臨床試験は被験者の人権の保護、安全及び福祉に関するリスク並びにデータの質に関するリスクを最小限とし被験製品による効果が最大限に評価できるように計画されるべきである。特に目的とする細胞・組織の由来、対象疾患及び適用方法等を踏まえて適切な試験デザイン及びエンドポイントを設定して実施することが推奨される。
評価項目に関しては、その最終目的に応じて主要評価項目(Primary endpoint)、 副次的評価項目(Secondary endpoint)を設定する。有効性評価項目として、検証試験の主要評価項目は、製品の臨床的意義が明確となる指標を設定する必要がある。非代償性肝硬変の治療におけるハードエンドポイントとしては、肝臓関連死亡や肝不全の発症などが考えられる。細胞投与後一定期間での肝機能(予備能)改善効果、抗線維化効果を評価する事ができる項目が一部もしくは全部含まれるものが望ましい。
② 対象疾患
非代償性肝硬変:
肝硬変は B 型肝炎、C 型肝炎、非アルコール性脂肪肝炎、アルコール性、自己免疫性などの慢性的な肝障害により肝臓全体に再生結節が形成され、再生結節を線維性隔壁が取り囲む病変であり肝疾患の終末像といえる。肝硬変は肝機能がよく保たれ、臨床症状がほとんど出ない代償性肝硬変と肝性脳症、黄疸、腹水、浮腫、出血傾向など肝不全に起因する症状が出現する非代償性肝硬変に分けられる。一般に ChildPugh B 以上(Child-Pugh スコア 7 点以上または過去に非代償性肝硬変の既往、治療歴がある場合)を非代償性肝硬変とすることが考えられる。
一般的に肝臓は非常に再生能力が高い臓器として知られているが、肝硬変では、線維化形成に伴いその再生能力は低下していく。肝硬変に対して、代償性肝硬変においては B 型及び C 型肝炎ウイルス、アルコール、脂肪肝等の原因が解決されると線維化が改善すること、再生が起こることが知られているが、非代償性肝硬変では肝再生、線維化改善能力が落ちていき肝機能改善は乏しいことが知られている。現在、特に非代償性肝硬変に対しては既存の薬物療法に加え、新たな薬物療法の登場で、以前より肝機能(肝予備能)の改善が期待できる時代となっており、対象者の前提としてまずはこのような基本的な治療の介入が一定期間行われていることが望ましい。しかし、そのような治療介入にも関わらず一定期間(厚生労働省の重度肝機能障害の身体障害認定では、90 日以上(180 日以内)の間隔をおいた連続する 2 回の検査により評価している)Child-Pugh スコア 7 点以上が持続する症例に関しては、再生促進、線維化改善を促す細胞療法などの新たな治療法の開発が望まれている。Child-Pugh 分類 B 以上が持続する非代償性肝硬変患者を対象とするのが適切である。また、肝硬変の特に進行例では肝移植は根本的治療として知られているが、本邦では脳死肝移植の機会は少なく生体肝移植に頼る現状があり、ドナーから提供を受けられる機会は限定されている。細胞治療はこのような背景を持つ患者にとって重要な治療機会になり得るとして期待されている。
非代償性肝硬変には、Child-Pugh C(肝機能高度低下症例)も含まれており、肝機能高度低下例の組み入れは、有害事象が起きた際に重篤になりやすい可能性があり特に注意を要する。
また、これは肝硬変一般に共通する事象であるが、肝硬変は肝細胞癌の発生母地であり、また、食道胃静脈瘤の合併もあることが知られているため、事前検査によるスクリーニング、投与後の経過観察は十分に行われる必要がある。
なお、Child-Pugh スコアの評価にあたっては、後述の臨床有効性評価の項でも述べるが、プロトロンビン時間(PT)は 2 種類の評価指標(活性値:%と国際標準比: INR)で表す手法があることや、脳症や腹水の評価には主観が影響しやすいため、評価にあたっては一定の基準の策定が必要になる。PT は活性値(%)で評価を行う、腹水は厚生労働省の重度肝機能障害の身体障害認定を参考に、原則として超音波検査、体重の増減、穿刺による排液量を勘案して見込まれる量が概ね 1L 以上を軽度(Child-Pugh スコアで 2 点)、3L 以上を中等度以上(Child-Pugh スコアで 3 点)とする、脳症は犬山シンポジウムで制定された肝性脳症の昏睡度分類(なし: 1 点、軽度 I~II 度:2 点、昏睡 III 度以上:3 点)で評価する、International Society for Hepatic Encephalopathy and Nitrogen Metabolism (ISHEN)基準における Covert(不顕性)脳症は 1 点とするなど一定の基準の策定が望ましい。
③ 臨床有効性評価ア.臨床情報
臨床情報としては診察所見、血液所見、画像所見、肝生検所見等から目的に応じて必要な検査を選択して行く必要がある。なお、臨床試験の組入れに際しては、一定期間(例えば、厚生労働省の重度肝機能障害の身体障害認定では 3 か月:90 日以上、 180 日以内で継続していることを確認している)、既存の治療介入を行っても炎症、線維化、肝機能の変化がないことを確認しておく。さらに有効性を評価するに当たっては、新規薬剤の追加(アルブミン製剤、新鮮凍結血漿などを含む)、薬剤の用量変更、腹水穿刺排液などの処置などが加わると修飾される可能性もあることも考慮に入れる必要がある。
イ.有効性の評価
一般的に主要な有効性評価として、イベント(死亡、肝不全、肝移植など)の発現を評価することが、臨床的意義を検討する上で有用であるが、評価尺度を使用する場合は、信頼性及び妥当性が検討され国際的に普及した評価尺度を用いることが必要であり、評価時における評価尺度のベースラインからの変化や改善症例の割合等を評価に用いる。評価尺度を用いる場合は、評価尺度の臨床的に意義のある変化について説明できるか検討することが重要であり、効果の持続性も重要である。副次的な有効性評価は、主要評価項目で得られた結果の妥当性を検討するだけでなく、得られた結果の臨床的意義を検討するために有用である(文献 2)。
細胞治療に伴い、肝機能及び線維化の変化が期待される。有効性を評価するにあたり適切な評価項目の設定がなされている必要がある。そしてこれらは改善に一定の期間が必要と考えられるため評価時期の設定については、前相試験の結果等を参考にし、移植細胞の作用機序や試験実施可能性等を勘案して検討する必要がある。評価は最終評価時点(例えば半年、もしくは一年)だけではなく、経時的推移を確認できるように、適切な頻度で実施することが望ましい。それぞれの評価に際し、ポイントとなり得る項目を下記に示す。
a) 肝機能(予備能)改善効果
肝機能は非常に多くの評価項目が有り、評価に当たっては、その特性を理解する事が重要である。代表的なものとして Child-Pugh 分類(スコア)がある。これはアルブミン値、総ビリルビン値、PT、腹水、肝性脳症の数値もしくは評価を点数化して評価するシステムである。更に肝機能評価には Child-Pugh スコア同様に肝機能の指標から数値化した albumin-bilirubin (ALBI) スコアもしくは grade もある。その他に、肝機能改善に伴い、倦怠感、かゆみ、浮腫なども軽減する事があり、患者報告アウトカム、身体所見の評価も参考になる場合がある。その他にも MELD スコアがあり、これは総ビリルビン値、PT、血清クレアチニン値からスコアリングし、特に肝移植待機中の肝硬変における予後予測に関しての有用性が報告されている
(文献 3)。
b) 抗線維化効果
血液マーカー検索(ヒアルロン酸、IV 型コラーゲン 7S、P-III-P、M2BPGi、オートタキシン)、血液検査に基づく数式での評価、フィブロスキャン、超音波、MRI などを用いた肝硬度測定、肝生検での肝組織評価など多数が考えられる。一つの検査のみでの評価では評価に一定の傾向を見るのが困難な場合が有り、複数を組み合わせることでの評価が望ましい。なお、非代償性肝硬変は出血傾向を呈しているため、
非侵襲的検査で評価できれば肝生検は必須としないことも許容される。
また、血液検査において、AST、ALT、alkaline phosphatase (ALP)、γ-glutamyl transpeptidase (γ-GTP)、PT、血小板数等の評価も行うことが有用である。
Quality of Life の評価や肝臓、脾臓の体積の測定も、間接的な肝機能(肝予備能)、肝線維化改善、再生の探索的な指標になりうる。腹水に関しては量的な評価を行う際の指標として、厚生労働省の重度肝機能障害の身体障害認定では、「腹水は原則として超音波検査、体重の増減、穿刺による排液量を勘案して見込まれる量が概ね 1L 以上を軽度(Child-Pugh スコアで 2 点)、3L 以上を中等度以上(Child-Pugh スコアで 3 点)とする。」となっている。腹水は変動しやすく、治療が介入された時点での評価、例えば利尿剤投与されている患者でも腹水が消失していれば 1 点など一定の基準をもうけている事が望ましい。また、日本消化器病学会・日本肝臓学会肝硬変診療ガイドライン 2020(改定第 3 版)に記載されている European Association for the Study of Liver(EASL)ガイドラインも参考になる。日本消化器病学会・日本肝臓学会肝硬変診療ガイドライン 2020(改定第 3 版)を参照のこと。
肝性脳症に関しては、下記に示す、本邦では犬山シンポジウムにて制定された肝性脳症昏睡度 I~V に分類する方法や、国際的には、West Heaven Criteria(WHC)や ISHEN の基準で分けられている。評価にあたっては一定の基準を作成して行う事が望まれる。例えば、犬山シンポジウムで制定された肝性脳症昏睡度の評価では肝性脳症(なし: 1 点、軽度 I~II 度:2 点、昏睡 III 度以上:3 点)と評価し、ISHEN の基準では Covert(不顕性)脳症は 1 点とする等一定の基準をもうける事が望ましい。犬山シンポジウムで制定された肝性脳症昏睡度及び日本消化器病学会・日本肝臓学会肝硬変診療ガイドライン 2020(改定第 3 版)を参照のこと。
PT に関しては活性値(%)で表す手法と、INR で表す手法がある。活性値(%)、 INR の両方を測定しておく事が望ましい。ワーファリンなどの抗凝固剤の服用により容易に変動しうる値であり、評価の際には留意が必要である。
ウ. 安全性の評価
ヒト(同種)脂肪組織由来間葉系幹細胞加工製品は製品適用時点から観察終了時期まで全身所見、局所所見、自覚症状の有無を確認する。有害事象、感染症やアレルギー反応の有無を観察する。特に、ヒト(同種)細胞を用いるため、潜在的なウイルス感染や GVHD などの発症のリスク等に関しても充分な観察を行う。
また、細胞投与後、塞栓、血栓所見に十分注意する必要がある。末梢静脈からの投与の際には投与中もしくは投与後一定期間、肺塞栓の所見として、経皮的動脈血酸素飽和度の測定や投与後の D-ダイマー、fibrinogen degradation products (FDP) の測定を行うことが推奨される。更に、肝動脈経由での投与の際には、カテーテル手技の安全性に加え、投与後の肝胆道系酵素上昇などに注意をする必要がある。更に、非代償性肝疾患関連イベント発生率(食道・胃静脈瘤出血、腹水、肝腎症候群、肝性脳症)や肝細胞癌発生や死亡イベントの追跡を同時に行う事も望まれる。
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GL:付属資料 |
6.参考文献
1. Dominici M, et al. Minimal criteria for defining multipotent mesenchymal stromal cells.
The International Society for Cellular Therapy position statement. Cytotherapy 2006;8:315-7.
2. Lammertse D, Tuszynski MH, Steeves JD, Curt A, Fawcett JW, et al. Guidelines for the conduct of clinical trials for spinal cord injury as developed by the ICCP panel: clinical trial design. SpinalCord.45(3):232-242, 2007.
3. Cholongitas E, Marelli L, Shusang V, et al. A systematic review of the performance of the model for end-stage liver disease (MELD) in the setting of liver transplantation. Liver Transpl 12:1049-1061, 2006.
7. 参考資料 肝臓専門医テキスト 改訂第 3 版:日本肝臓学会編 南江堂, 2020 年 日本消化器病学会・日本肝臓学会肝硬変診療ガイドライン 2020(改定第 3 版) 厚生労働省 重度肝機能障害の身体障害認定基準(平成 15 年1月 10 日付障発第 0110001 号厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部長通知)の別紙「身体障害認定基準」、「「身体障害者障害程度等級表の解説(身体障害認定基準)について」の一部改正について」(平成 28 年 2 月 4 日付け障発 0204 第 1 号厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部長通知)
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WGメンバー |
座長
吉治仁志 奈良県立医科大学 消化器内科 教授
委員(五十音順)
梅澤明弘 国立成育医療研究センター 研究所 副所長
鍛治孝祐 奈良県立医科大学 消化器内科 講師
酒井佳夫 金沢大学 医薬保健研究域医学系 准教授
高見太郎 山口大学大学院医学系研究科 消化器内科学 准教授
土屋淳紀 新潟大学医歯学総合病院 消化器内科 講師
中村 徹 久留米大学医学部 内科学講座 消化器内科 講師
中本安成 福井大学学術研究院医学系部門 内科学(2)分野 教授
日浅陽一 愛媛大学大学院 消化器・内分泌・代謝内科学 教授
疋田隼人 大阪大学大学院医学系研究科 消化器内科学 講師
厚生労働省
高梨文人 厚生労働省 医薬・生活衛生局医療機器審査管理課/再生医療等製品審査管理室 課長補佐
佐々木佳名子 厚生労働省 医薬・生活衛生局医療機器審査管理課/再生医療等製品審査管理室
医療機器規制国際調整官/新医療材料専門官
柳澤真央 厚生労働省 医薬・生活衛生局医療機器審査管理課/再生医療等製品審査管理室 主査
丸智香子 厚生労働省 医薬・生活衛生局医療機器審査管理課/再生医療等製品審査管理室
独立行政法人 医薬品医療機器総合機構
國枝章義 医薬品医療機器総合機構 再生医療製品等審査部 審査専門員
河西翔平 医薬品医療機器総合機構 再生医療製品等審査部 審査専門員
小野寺陽一 医薬品医療機器総合機構 医療機器調査・基準部 部長
水上良明 医薬品医療機器総合機構 医療機器調査・基準部医療機器基準課 課長
遠藤 健 医薬品医療機器総合機構 医療機器調査・基準部医療機器基準課 主任専門員
オブザーバー
鎮西清行 産業技術総合研究所 健康医工学研究部門 副研究部門長
廣瀬志弘 産業技術総合研究所 健康医工学研究部門 生体材料研究グループ 研究グループ長
国立医薬品食品衛生研究所(事務局)
佐藤陽治 国立医薬品食品衛生研究所 再生・細胞医療製品部 部長
澤田留美 国立医薬品食品衛生研究所 再生・細胞医療製品部 第二室 室長
河野 健 国立医薬品食品衛生研究所 再生・細胞医療製品部 第四室 室長
草川森士 国立医薬品食品衛生研究所 再生・細胞医療製品部 主任研究官 |