参考文献
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(3) EU GMP annex1 draft 2020 (2020)
(4) 再生医療等製品(遺伝子治療用製品を除く)の製造におけるチェンジオーバーに関するガイドライン2019(手引き)(経済産業省 2019 年 12 月)
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(6) 第十八改正日本薬局方 (厚生労働省 2021 年 6 月)
(7) ISO 13408-1:2008 Aseptic processing of health care products (2008)
(8) ICH Q9, 品質リスクマネジメントに関するガイドライン (厚生労働省 2006 年 9 月)
Appendix
A1. 原料等・工程資材の適切な導入の事例
A1.1. 除染パスボックスの適用と運用指針
再生医療等製品の製造プロセスで原料等及び工程資材などの導入物の清浄化は汚染管理戦略における重要な要素の1つであり、持ち込む環境へ対応した操作・運用・検証を行わねばならない。導入物は内部が無菌であり、その外装を清浄化する手段として除染パスボックスが用いられる。無菌操作等区域へ持ち込む物は操作する環境条件に相応していることが望ましく、除染パスボックスは清浄度管理区域から無菌操作等区域に持ち込む場合に適用される。図 A1.1 に無菌操作等区域として、アイソレータシステム(A)および安全キャビネット(B)に対して、除染パスボックスを採用した施設例を示す。アイソレータシステムを使い無菌操作等区域で製品や容器を環境に開放する操作を行う製造プロセスの場合、清浄度管理区域を経由した導入物の清浄化は、除染パスボックスによりアイソレータシステムの内部環境の無菌化を行う場合と同等の処理によって行われる。また、安全キャビネットに対して除染パスボックスを採用する場合にも、清浄度管理区域を経由した導入物の清浄化も同等の処理によって行われることが望ましい。除染パスボックスは微生物を対象とした無菌化が中心ではあるが、清浄化の機能を有すべきである。無菌化には芽胞を対象として、薬剤を用いた化学的な手法、電子線や光パルス、UV などの物理的な手法がありそれぞれの特徴を理解して製造プロセスに合致したシステムを適用するべきである。除染プロセスが作業者や細胞に暴露された場合、共に有害であるため作業者の安全衛生に配慮し、再生医療等製品の安全性を考慮した設備・装置としなければならない。除染中または除染完了後においても除染パスボックス内部の陽圧保持など論理的な無菌性維持が可能であることが望ましい。除染プロセスが初期の設計通りに実行されたことを確認できる計器類の設置又は運用を行い、除染プロセスのバリデーションを実施しておかなければならない。除染パスボックスの清浄化のプロセスに応じた重要管理点とリスクポイントを明確にし、対応した予防処置を講じておくことが望ましい。微粒子の除去については、除染パスボックスのエアレーション機能を用いて行うことが望ましく、除染プロセス完了時に、無菌操作等区域と同等の清浄度とすべきである。
尚、除染パスボックスについては、「除染パスボックス設計ガイドライン2010」(1)が発行されており、薬剤を用いた化学的手法の参照文書として有用である。
図 A1.1 アイソレータシステム(A)および安全キャビネット(B)に対して、
除染パスボックスを採用した施設例。➡は手操作を意図する。
(図省略)
A1.2. 導入操作事例(過酸化水素除染の事例)
微粒子や微生物汚染防止の観点から、無菌操作等区域へ原料等及び工程資材等を持ち込む際に、除染パスボックスを使用した場合について以下に示す。
A1.2.1. 過酸化水素蒸気除染の特徴
第十八改正日本薬局方 参考情報(2)に滅菌手法としてガス法の中に「酸化エチレン(EO)ガス滅菌法」と「過酸化水素による滅菌法」の 2 つの記載があり、過酸化水素による滅菌における管理項目、ユーティリティ及び制御装置が表として詳細にまとめられておりこれらの記載事項は管理項目のみならず、導入時や定期のバリデーション項目として参考になる。また、薬剤を用いた除染として、過酸化水素と過酢酸、ホルムアルデヒドについて微生物除染の機序や評価法、留意事項がまとめられているので合わせて参考にするとよい。除染剤として過酸化水素を使用する場合、過酸化水素を蒸発させ対象空間に拡散させるが、大きく分けて、除染対象空間を低湿度として過酸化水素を蒸気状態のまま除染する場合と、蒸気状態から凝縮状態に相転換させて除染する 2 つの方式がある。いずれの方式においても過酸化水素を適格に除染対象面に触れさせることが必要であり、除染パスボックス内に除染対象物を置いて外装表面を除染する場合においては、外装面を極力露出させるよう接触部分を網の上に置いたり吊り下げたりするなどして、対象物に対して除染プロセスの運用上のリスクを考慮した除染治具等の設置が望ましい。過酸化水素の蒸気状態の浸透性はその他の薬剤に比較してよい方であるが酸化エチレンに比べて劣るため、ガス透過性滅菌バック(タイベック®)に包装された状態で内部の資材を除染する場合には特別な設計が必要なこともある。逆にガス透過性滅菌バックで包装した滅菌済み資材の外装を除染するとした時、ガス透過性滅菌バックを通過して過酸化水素が内部の資材に触れて残留または吸着していることがある。特に製品や中間製品に直接触れる資材は、残留や吸着の除去に注意しなければならない。
A1.2.2. 過酸化水素除染の事例の前提条件
無菌操作等区域(グレード A)のアイソレータシステムに持ち込むものとする。
「注:アイソレータシステムは無菌操作等区域から作業者を排除し、高度な無菌操作法を行う設備・装置であり、外部からの導入物に関しては汚染管理戦略に則った清浄化の手法が適用される。」
設置する隣接区域はグレード C とする。
グレード C までは適切な持ち込み手段を用いている。
人手操作による持ち込みを行うものとする。
A1.2.3. アイソレータシステムへの持ち込み除染手順(グレード C からグレード A) 図 A1.1(A)に原料等及び工程資材の持ち込み事例(アイソレータシステム)を示す。
除染パスボックスへ原料等及び工程資材を設置する前に、殺芽包剤を用いて外部を清拭する。(薬剤除染のリスクとして、除染中の接触部位が除染できないため、事前に清拭する)
除染パスボックス内へ原料等及び工程資材を設置する。
過酸化水素による除染を行う。
エアレーションにより、過酸化水素の濃度を下げる。
除染パスボックス内部の過酸化水素蒸気濃度を測定し、規定値以下であることを確認する。アイソレータ内へ原料等及び工程資材を移動し、アイソレータ内で外装の除去を行う。
外装の除去中は微粒子の発生が予期されるので、関連する無菌操作に影響がない運用とする。
A1.3. 導入操作事例(電子線照射除染の事例)
A1.3.1. 電子線照射を利用した除染
電子線照射は、細胞中の核酸を直接的に切断あるいは間接的に損傷する作用により微生物を殺滅することが可能で、最終滅菌の方法として収載されている。(2-7)
高エネルギー(一般に印加電圧 5 MV 以上)の電子線照射により、工程資材等の滅菌処理が実施されている。一方、低エネルギー(一般に印加電圧 80~300 kV)の電子線照射を利用する場合でも滅菌処理が可能であることが明らかにされている。(8) 両者の大きな違いは、物質に対する電子線の透過力の差にあり、高エネルギー電子線の場合、水(密度 1 g/cm3)に対する侵入深さは最大 5 cm 程度(印加電圧 10 MV の場合)であるが、低エネルギー電子線の場合の侵入深さは約 150 μm となる(印加電圧 100 kV の場合)。(9) 低エネルギー電子線の照射により、表層近傍に集中して電子線のエネルギーが付与されることを示しており、導入物の内部へ及ぼす影響は小さく、表面に付着する微生物のみを殺滅することが可能となる。電子線の照射時間は数秒から数十秒程度となり、迅速な除染手段として有用となる。一例として、図 A1.2 に、電子線照射除染よる Bacillus pumilus (spores)の生残曲線の D 値測定の例を示す。(10) 得られた D 値は 2.0 kGy であり、菌数を 100 万分の 1 に減少させる吸収線量は 12 kGy である。電子線照射による除染において吸収線量は重要なパラメータとなり、かつ精度よく測定ができる物理量であり、電子線除染システムの適正な運用のため、電子線発生器の電圧、電流、回転や搬送速度などと共に除染を制御、管理することが望ましい。
図 A1.2 電子線除染による Bacillus pumilus に対する生残曲線法による D 値測定の例。(図省略)
D=2.0 kGy を示す。(10) 導入する原料等には、直前まで温度管理を伴うものがあり、工程資材と同時に導入できる効率的な迅速導入法が望まれる。導入物の外装除染に電子線照射による除染手段を採用する場合、電子線の導入物に対する侵入深さと吸収されるエネルギーの関係性を利用し、外装を選択的に照射するのに低エネルギーの電子線照射装置(印加電圧 100~150 kV)が適している。
電子線照射除染の運用においては、電離放射線障害防止規則に基づいて、電子線照射時に
2 次的に発生する X 線の漏洩防止(11)と、HEPA フィルタを通して清浄なエアーを供給し、電子線照射時に 2 次的に発生するオゾンガス等の排気を行う必要がある。
電子線照射による除染導入の除染バリデーションにおいて、導入物の表層の吸収線量の分布を測定し、最大と最小の吸収線量を決定し、管理点を定めて、管理を行う必要がある。
吸収線量の測定は、ISO/ASTM 51818:2013 (12)が参考にできる。
A1.3.2. 電子線照射による除染導入システムの設計事例
電子線を照射する際、外装に適切な吸収線量分布を形成するために導入物を駆動する方式がある。導入物の駆動方式は、導入物の形態や製造の規模などにより、適切なものを選択することが望ましい。ここでは、パスボックス内に固定した導入物に電子線照射しながら昇降や回転させる駆動方式(単回型)と、導入物をコンベアで搬送しながら電子線照射する駆動方式(連続型)の設計事例を示す。
A1.3.2.1. 単回型
図 A1.3 に、単回型電子線除染導入システムの外観と内部構造及び電子線照射部の模式図を例示する。電子線照射部において、除染対象物を昇降や回転させながら電子線を表層に照射することで、複雑な表面形状の対象物外装にも適正な線量分布を与えられる。様々な形状の導入物の除染に対応できるため、単回型は、導入物が多品種で少量である場合に適しているが、スループットが比較的低く、連続処理には限界がある。導入システムにおいては、搬入扉(低清浄度側)から定位置に導入物を設置し、搬入扉および搬出扉を閉めた後に、導入物を昇降、回転させながら電子線発生器より電子線を照射することができる。照射時及び、照射終了後は HEPA フィルタを通して清浄な空気を供給し、一定時間のエアレーション後に搬出扉(高清浄度側)から導入物を手作業で取り出す。
図 A1.3 単回型電子線除染導入システムの外観、内部構造及び電子線照射部の模式図 (図省略)
A1.3.2.2. 連続型
図 A1.4 に、連続型電子線除染導入システムの外観と内部構造及び電子線照射部の模式図を例示する。電子線照射部において、連続的に同一形状の複数の除染対象物を除染する為に、コンベア搬送方式を用いて除染対象物の外装に適正な線量分布を得ながら処理を行う。連続型は、複雑な表面形状の除染対象物には適さないが、製造数が大量となる場合に有用となる。導入システムでは、搬入口から導入物を投入し、コンベア搬送しながら電子線発生器より電子線を照射することができる。HEPA フィルタを通して清浄な空気を常時供給しながら搬出口より導入物は連続的に搬出される。
図 A1.4 連続型電子線除染導入システムの電子線照射部(図省略)
A2. 微生物迅速試験法を用いた環境モニタリングの事例
A2.1. 微生物迅速試験法の概要
微生物迅速試験法は、従来の培養法を代替・補完する様々な新手法によって、より迅速に測定結果が得られるとともに、特定の菌種のみ検知するのではなく、網羅的に微生物の検知が可能であり、検出感度も従来法に比べて優れている場合も多い。また微生物迅速試験法の目的は、より迅速かつ正確に、より効果的かつ合理的に微生物管理を実施することにある。微生物迅速試験法には様々な手法が確立されており、その選択と適用に当たっては種々の文献が参考となる。(13-17)
A2.1.1. 環境モニタリングと微生物迅速試験法
再生医療等製品の製造施設には、製造工程における微生物学的な品質管理や環境モニタリングは重要であり、製品への微生物学的汚染のリスクを最小限にし、その環境をモニタリングする必要がある。また環境モニタリングのサンプリング作業等による交叉汚染のリスクも最小限にすることは必要な要件である。この時、再生医療等製品の細胞加工区域における環境モニタリングは、微生物迅速試験法の導入が適正かつ有効であり、効果的な環境モニタリングの実施・運用が可能となる。
A2.1.2. 汚染管理戦略における環境モニタリング
環境モニタリングの主な目的は、細胞加工区域の清浄度を維持する上で、無菌操作等区域と清浄度管理区域において、①微生物数及び微粒子数が要求される基準を超えないよう管理すること、②環境の悪化を事前に把握し製品の汚染を防ぐこと、③清浄度維持のための清浄化及び消毒又は除染・滅菌の効果を継続的に評価することである。環境モニタリングには微生物管理と微粒子管理の2つがある。また環境モニタリングは、細胞加工区域の環境品質を保証するための汚染管理戦略の重要な目的として、製造工程全体での無菌性を保証することが望まれる。
汚染管理戦略における環境モニタリングは、製造プロセス全体でタイムリーに無菌性を保証するシステムを構築することが重要であり、環境モニタリングに微生物迅速試験法を用いることで、より網羅的で迅速な監視と汚染リスクの予見ができ、高度な無菌性確保が可能となる。
A2.1.3. 環境モニタリングへの活用
従来の培養法では結果判定に 72 時間以上を要するためリアルタイムでの微生物学的清浄度管理が実施できない課題があった。一方、微生物迅速試験法では微生物学的清浄度が迅速に監視可能となり、適切な清浄度が維持できているかを適時に確認ができる。環境モニタリングに適用可能である微生物迅速試験法の装置を以下の章より順次例示するので参考にしてもらいたい。
A2.2. 浮遊微粒子及び浮遊微生物の環境モニタリング
細胞加工区域の清浄度管理において、環境モニタリングの対象として浮遊微粒子及び浮遊微生物があげられ、その結果が出来る限り迅速に得られることが望まれる。そこで、微生物迅速試験法の採用を検討することが有用であり、このような用途の微生物迅速試験法に必要とされる主な特性は、以下の4点である。
① 定量性 :定量評価ができること
② 迅速性 :結果が迅速もしくはリアルタイムに得られること
③ 連続性 :連続的に測定ができること
④ 低汚染リスク :測定により環境の汚染リスクを増やさないこと
微生物迅速試験法の中でも、フローサイトメトリーの一つであるバイオパーティクルカウンタは、上記の特性を備えた装置であり、細胞加工区域の浮遊微粒子及び浮遊微生物の環境モニタリングに適している。
A2.2.1. バイオパーティクルカウンタの測定原理
バイオパーティクルカウンタとは、試料(空気・水)中の非微生物粒子と微生物粒子の粒径と個数を、光学的にリアルタイム・連続で測定する微生物迅速試験装置である。その測定原理は、連続的に吸引した試料にレーザー光を照射し、試料中に含まれる微粒子からの散乱光及び自家蛍光を検出することで、粒子の粒径と個数の測定、及び微生物粒子か否かの判定を行っている。粒径と個数の測定には光散乱法が用いられる。微生物粒子か否かの判定には、LIF(Laser Induced Fluorescence: レーザー誘起蛍光法)と呼ばれる技術が用いられている。LIF による微生物粒子検出の基本は微生物構成成分の自家蛍光である。蛍光する物質は細胞生存性と関係する特定の細胞代謝物質で、紫外線光などに励起された時に蛍光する。最も一般的な細胞生存性と関係している代謝物質はトリプトファン、NADH、フラビン(リボフラビン)の 3 種類の物質で、これらの代謝物質はそれぞれ固有の励起と蛍光特性を持つが、環境に浮遊する微生物及び微生物が付着した微粒子による蛍光スペクトルは、様々な代謝物質の混合物で、微生物の種類を特定するに十分なものではないので、LIF によって菌種を同定することはできない。図 A2.1 に非微生物粒子と微生物粒子の光散乱及び蛍光の概念図を示す。
図 A2.1 非微生物粒子と微生物粒子の光散乱及び蛍光の概念図 (図省略)
図 A2.2 にバイオパーティクルカウンタの光学系の構成例を示して測定原理を説明する。空気中の粒子は装置に吸引され連続的に光学系に導入される。各粒子には収束された 405 nm のレーザー光が照射され、粒子からの散乱光は光検出器(APD:アバランシェフォトダイオード)に集光される。粒子からの蛍光は収束され、ダイクロイックフィルターにより 2 つの波長帯域に分離され、2 つの光検出器(PMT:光電子増倍管)にそれぞれ集光される。独立した 3 つの光学信号は電気信号に変換・デジタル化され、最適化された検出アルゴリズムで処理される。APD から得られる散乱光強度の情報は、Mie 散乱理論に則して粒径の指標として扱われ、散乱パルス信号数が粒子数として計数される。PMT から得られる蛍光強度は、粒子が微生物粒子か否かの判定に用いられるが、例示した装置では、散乱光強度、低波長域(430~500 nm)蛍光強度、高波長域(500~650 nm)蛍光強度の 3 つの光学パラメータを利用することで、非微生物粒子と微生物粒子の識別精度の向上が図られている。
図 A2.2 バイオパーティクルカウンタの光学系構成例 (図省略)
A2.2.2. バイオパーティクルカウンタの使用方法
バイオパーティクルカウンタの使用方法は従来の微粒子測定用パーティクルカウンタとほぼ同様で、専門技術者による高度な操作を必要とせず、設定や制御は通信で自動や遠隔で行うことが可能な装置が多い。図 A2.3 に装置例を示す。試料空気の吸引口であるサンプリングプローブを、監視・評価したい汚染リスク対象と気流に対し適切な位置と向きに設置し、あらかじめ設定したデータ収集周期で連続測定を指示する。設定や制御は通信で行うことができ、測定操作の為に作業者が測定環境に介入する必要が無く、測定に起因する汚染リスクの低減を図ることができる。測定データはデジタルで、人の手を介さず通信によって収集と記録が可能で、データ完全性の向上にも寄与する。
図 A2.3 バイオパーティクルカウンタの装置例 (図省略)
前述のように、バイオパーティクルカウンタは光学的に検出した微生物の菌種同定ができない。しかし、図 A2.3 に示す装置では、光学的に検出された微粒子や微生物をフィルタで捕集し、別途オフライン分析することができる機能を備えており、菌種同定などで測定結果を補完することが可能となる。図 A2.4 にこの機能の操作フローを示す。
図 A2.4 捕集フィルタの操作フロー(図省略)
A2.2.3. バイオパーティクルカウンタを環境モニタリングに適用する際の留意事項
微生物迅速試験法の運用における一般的な検討事項の他に、バイオパーティクルカウンタの活用においては特に以下について留意が必要である。
① 気流への影響
バイオパーティクルカウンタは環境中の空気を連続的に吸引して測定する。従って、空気のサンプリング位置と吸引流量は測定の有効性に大きく影響すると同時に、細胞加工区域の気流に影響を及ぼすリスクがある。サンプリングによって、細胞加工区域の清浄度や製品汚染リスクに悪影響を及ぼさないよう確認することが求められる。
② 干渉懸念物質
適用する工程で発生し得る非微生物粒子の干渉(偽陽性)について事前に調査し、干渉の抑制や発生時の処置手順を準備しておくことが求められる。例えば、工程で使用されるアルコールや培地などの資材や、設備・装置の駆動部やグローブ、作業者の着衣・手袋等からの発塵など、偽陽性を示す可能性がある対象物等を事前に整理し、運用現場で偽陽性を示す可能性を抽出して事前に検証し、必要かつ可能であるならば、偽陽性発生の可能性が低い部材・資材の利用や、測定位置の変更などの発生低減策や、偽陽性発生時の処置をあらかじめ決めておくことが重要である。
A2.2.4. バイオパーティクルカウンタの環境モニタリングへの適用事例
A2.2.4.1. 無菌操作等区域の浮遊微粒子と浮遊微生物の連続モニタリング
従来の微粒子測定用パーティクルカウンタと、浮遊微生物測定用のエアーサンプラーや落下菌プレートの併用では、吸引または捕集する試料が異なる為、浮遊微粒子数と浮遊微生物数の動態(経時変化)を厳密に比較することは出来ないが、バイオパーティクルカウンタでは同一試料中の浮遊微粒子数と浮遊微生物数を同時計数する為、これらの比較が可能となり、関係性を考察でき、微生物汚染に繋がる発塵事象の特定や原因の絞り込みに有効である。また、装置を無菌操作等区域外に設置し、設定や制御を通信により自動・遠隔で行うシステムを構築することで、無菌操作等区域の環境汚染リスク低減が可能である。図 A2.5 にバイオパーティクルカウンタによる無菌操作等区域の浮遊微粒子及び浮遊微生物のモニタリングシステムの構成例概要を示す。
図 A2.5 バイオパーティクルカウンタを用いた環境モニタリングシステム例概要図 (図省略)
A2.2.4.2. その他の適用事例
バイオパーティクルカウンタの連続性とリアルタイム性を活かした活用事例を以下に挙げる。
① 作業者の教育、適格性評価(更衣、無菌操作など)
② 製造プロセスや設備・装置の清浄度に係る最適化のための調査
③ メンテナンス後などの環境清浄度復帰確認
④ 汚染源の調査など
バイオパーティクルカウンタはリアルタイムにデータが得られるので、定点での清浄度監視だけでなく、サンプリングプローブを移動させながら汚染発生箇所の調査などにも有用である。図 A2.6 に測定例を示す。
図 A2.6 スキャンプローブを用いた汚染源調査 (図省略)
A2.3. 表面付着菌測定
無菌操作等区域での清浄度管理において、環境モニタリングの対象として表面付着菌の管理が求められる。この場合、検査結果がより迅速に得られることが望まれ、微生物迅速試験法の採用を検討することが有用である。このような用途の微生物迅速試験法に求められる特性は、以下の 5 点である。
① 生きた菌のみ検出可能
② 短時間で結果判定可能
③ 1 生菌レベルの検出感度
④ 多検体を同時測定可能
⑤ 自動測定が可能
微生物迅速試験法の中でも、生物発光法(13)の 1 つである高感度 ATP 法(High-sensitivity ATP 法、以下 High ATP 法)は、サンプル液中に存在する微生物を 1 生菌レベルで、数時間で検出し、多検体を同時に測定することができ、様々な設備やサンプリング箇所における表面付着菌の検出に適している。
A2.3.1. High ATP 法の検出原理
ATP とは、アデノシン三リン酸(Adenosine tri-phosphate)の略称であり、生物におけるエネルギーの放出や貯蔵を行うために使用され、エネルギー通貨にも例えられる物質である。 ATP は動物、植物、微生物などすべての生物がエネルギーとして利用しており、生物由来の汚染指標として拭き取り型のキットが食品業界などで多く使われている。High ATP 法での発光反応は図 A2.7 の通りである。
図 A2.7 ルシフェラーゼの触媒採用による ATP と D-ルシフェリンの発光反応 (図省略)
発光基質である ATP、D-ルシフェリンおよび酸素存在下で、酵素であるルシフェラーゼの触媒作用により、オキシルシフェリンが生成され、その際に発光する。その光を PMT により発光量を測定する。酵素反応は環境の影響を受けやすいため、校正は測定毎に行われることが望ましく、ATP を含まない ZERO 点と濃度既知の ATP 標準液を用いて発光量と ATP 量を校正し、サンプル測定時の発光量から ATP 量を算出する手法などがとられる。
A2.3.2. High ATP 法の測定プロトコル
High ATP 法の測定プロトコルは、以下に示す 5 つの主要工程からなる。
① サンプル液のろ過濃縮工程(液中に存在する微生物をフィルタ上に補足)
② 前処理工程(死菌由来の ATP、遊離 ATP を消去し、芽胞を発芽させる)
③ ATP 抽出工程(微生物の細胞膜を破壊し内部の ATP を抽出)
④ ATP 発光計測工程
⑤ 測定バッチ毎の 0 点と基準点での校正による ATP 値の算出
図 A2.8 High ATP 法を用いた微生物迅速試験法のプロトコル例 (図省略)
図 A2.8 に High ATP 法を用いたら微生物迅速試験法のプロトコル例を示す。これらの工程を実施できる装置の一例を図 A2.9 に示す。 (図省略)
図 A2.9 High ATP 法を用いた微生物迅速試験装置の例(左:ろ過装置、右:測定機)サンプル液を図 A2.9 左に示すろ過装置を用いてろ過濃縮を行い、これを図 A2.9 右に示す測定装置にセットすると自動的に ATP 量を測定することができる。測定機には自動分注装置や PMT 等が搭載されており、試薬操作から発光計測、そして結果の出力までの全てのプロトコルが自動で行われることにより、オペレータによる試験エラーを防いで高感度な測定が可能となる(図 A2.10)。
本装置は、ろ過濃縮が可能な液中の微生物は測定可能であり、表面付着菌がスワブ等によりサンプル液中に懸濁されることで測定可能となる。
図 A2.10 High ATP 法を用いた微生物迅速試験装置での測定事例 (図省略)
A2.3.3. High ATP 法を表面付着菌検査へ適用する際の検討事項
微生物迅速試験法の運用における一般的な検討事項の他に、 High ATP 法を採用する際には、あらかじめ各作業工程における微生物汚染のリスクアセスメントを行ったうえで、下記の検討事項を明らかにし、測定装置の検出限界を考慮した上で一連のモニタリングの運用条件を決定する。下記を参考に必要事項を決定する。
① 清浄剤の影響
High ATP 法はサンプル液中に含まれる菌体由来 ATP を生物発光により計測している。例えば、サンプリングの直前に行われる清浄化で用いられる清浄剤が残存している場合、測定プロトコルの各反応に影響を及ぼさないことを確認する。
② 菌体回収の溶媒選定
菌体回収の溶媒に含まれる成分が、測定プロトコルの各反応に影響を及ぼさないことを確認する。
③ ろ過濃縮工程での洗浄除去の要否
①、②において測定プロトコルの各反応に影響を及ぼす場合、ろ過濃縮工程で影響を与える物質の除去・希釈により影響を除く。例えば、過剰な遊離 ATP の存在や、発光反応を阻害もしくは促進する物質がサンプル液中に存在する場合、ろ過濃縮時にこれらの物質を洗浄除去することでより正確な ATP 測定を行うことが可能である(図 A2.11)。
図 A2.11 ろ過濃縮時の夾雑物質の除去 (図省略)
A2.3.4. High ATP 法による表面付着菌検査への適用事例
表面付着菌の検出に High ATP 法を適用する事例を示す。
A2.3.4.1. チェンジオーバー時における清浄度管理への適用
チェンジオーバー実施時には、直前の工程が終了した際に無菌操作等区域の清浄度が維持されていることを確認する必要がある。従来法では結果が出るまでに数日を要し、その間に多くの工程が未確認のまま進めるか、待機する必要がある。ここに微生物迅速試験法を適用することで、無菌性を迅速に確認することができ、これまでと比較して未確認での工程の進行を大きく減らすことができる。当該工程に微生物迅速試験法を採用する場合、 A2.3.3 の検討事項を基にリスクアセスメントし必要事項を検討する。決められた清浄化後、無菌操作等区域において作業手順に従いサンプリングを行い、High ATP 法による測定を行い逸脱が無いことを確認する。
A2.3.4.2. 導入作業の妥当性評価における表面付着菌評価
4.4 では、無菌操作等区域への導入作業において、微生物汚染が生じないことを確認するため、妥当性評価を求めている。新規採用の導入物への清浄化も含めた一連の導入作業時のバリデーションに対して、High ATP 法を用いることで、より迅速に実運用に移行させることが可能となる。
A2.3.4.3. 作業手袋の表面付着菌検査への適用
各工程の終了時に作業者の手袋等表面における付着微生物の検査を行うことで、無菌操作の適切性の評価として有効である。この評価に High ATP 法を適用する場合は、注射用水等の無菌性が担保された菌体回収溶媒に手袋表面を浸漬して表面付着微生物汚染を懸濁した回収液を ATP 測定に供する。この様に複雑な形状をした表面であっても High ATP 法を適用でき、迅速に結果が出ることから各作業者の作業のへの効果的な教育訓練にも活用できる。
A2.3.5. High ATP 法のその他利用事例
表面付着菌の検出だけでなく、その他の応用事例について説明を行う。
A2.3.5.1. 毒剤の評価における試験菌懸濁法への適用事例
評価対象となる消毒剤に対して、規定量の菌体を入れた①評価対象と、芽胞(Bacillus subtilis :NBRC3134)であれば 100 倍希釈、それ以外であれば 1000 倍希釈した菌体を、消毒剤の代わりに滅菌水等に入れ②参照対象とする。規定時間作用させた後、High ATP 法でろ過濃縮の際に消毒剤を洗浄液で希釈もしくは除去することにより菌体に影響がない状態にする。この検体①②の ATP 量を測定し、消毒剤を作用させた①評価対象と、②参照対象の測定値を統計的に比較することで、消毒剤の有効性を判定できる。(図 A2.12)(18)
図 A2.12 消毒剤の評価における試験菌懸濁法への適用事例 (図省略)
A2.3.5.2. 消毒剤の評価における硬質表面キャリア法への適用事例
評価対象の消毒剤に対して、規定量の菌体を接種したキャリア①評価対象と②参照対象を用意する。①評価対象に消毒剤を規定量滴下し、②参照対象に消毒剤と同量の滅菌水等の菌体に影響を与えないものを滴下する。規定時間作用させたのち、回収液でキャリア上の試験菌を回収する。回収液には必要に応じて不活化剤等を用いて消毒剤を中和する。回収方法は、JIS T 11737-1:2013 (19)を参考に、再現性の良い手法を用いるのが望ましい。① 評価対象の回収液と、芽胞であれば 100 倍希釈、それ以外であれば 1000 倍希釈した②参照対象の回収液を、High ATP 法により同量計測し、それぞれの ATP 量から目的の対数減少量を達成しているかを評価することが可能である。(図 A2.13)
図 A2.13 消毒剤の評価における硬質表面キャリア法への適用事例 (図省略)
A2.3.5.3. 除染効果の評価におけるバイオロジカルインジケーター法への適用事例
バイオロジカルインジケーター(BI)の評価法において、『培養法以外にも、同等以上の方法であれば迅速法などを使用することができる。』と記載されている。(18) その事例を以下に示す。(図 A2.14)
High ATP 法により培養法の代替となる検出を行うには、BI から溶液系への回収とフィルタ濃縮ができる必要がある。High ATP 法にはステンレスディスクに固定化された BI を用いることができる。①評価対象は、滅菌処理後、BI を、回収液(滅菌水もしくは 0.1%tween 80 を含む滅菌水)を用いて、試験菌を回収する。②参照対象は、滅菌処理をしていない BI に対しても同様に試験菌を回収し、その後、装置の測定レンジに合うように回収液で 100 倍もしくは 1000 倍に希釈する。①②両者を High ATP 法でろ過濃縮及び洗浄液で洗浄し菌体計測に影響がない状態にする。①の ATP 量を測定し、滅菌されていることを確認する。② の値から滅菌前の菌体総量を推定する。
図 A2.14 除染効果の評価におけるバイオロジカルインジケーター法への適用事例 (図省略)
A3. 環境の初期化を伴わないチェンジオーバーにおける清浄化手順の構築事例
環境の初期化を伴わないチェンジオーバーでは、細胞加工区域の清浄度が管理値外であっても適切な環境維持操作で継続が可能と判断される場合が存在し、例えば工程終了時に隣接区域の清浄度が管理値内となるケースでは無菌操作環境の清浄化により次工程に進むことができる。これは、「再生医療等製品(遺伝子治療用製品を除く)の製造における チェンジオーバーに関するガイドライン2019(手引き)」(20)(以下、チェンジオーバーガイドライン)の表 1 における、「B. 無菌操作等区域のみの環境維持操作により無菌操作環境の継続性が維持できる」状態に相当する。本項では状態 B における無菌操作等区域の清浄化を例に手順構築の考え方を示す。
A3.1. 工程内発生物の考察による残留物の想定と残留物のリスク評価
A3.1.1. 工程内発生物の考察による残留物の想定
6.2 項に記載の通り、チェンジオーバーにおける清浄化は、チェンジオーバーを行う直前の作業工程(以下、前工程)の残留物リスクに応じてそれが次工程へ影響を及ぼさないように、前工程それぞれに対して専用の手順を構築する。
初めに、前工程終了時点の残留物を想定するために、前工程で発生しうる工程内発生物を洗い出し、それぞれについて発生原理を考察すると、由来、起点、経路に大別することができる。
① 由来
原料等、工程資材、更衣、作業者、設備機器、隣接区域の環境など
② 起点となる事象
飛沫の発生、液体の揮発、付着物の再飛散、落下、接触など
③ 伝播の経路
飛散、浮遊、接触など
前工程終了時点での残留物を想定するため、工程内発生物の動態について考察し、対象とする工程内発生物が前工程の終了時点でどこに残留しているかを予測する。この際、工程内発生物が発生位置(起点)から作業工程中に伝播し、発生位置とは異なる1つまたは複数の場所(終点)に残留する可能性があることに留意する必要がある。
予測に基づき、実際の残留物の量や位置について予め定量化しておくことで、次に行う残留物のリスク評価はよりエビデンスベースで行うことができ、また、清浄化手順構築に際して清浄化の評価指標を設けることができる。
A3.1.2. 残留物のリスク評価
リスクアセスメント手法には、新規性の高い製品の開発などで用いられ、網羅的に問題を洗い出すことに有効な FMEA(Failure mode and effects analysis)、それぞれの原因の関係性を示すことができ、逸脱解析などに用いられる FTA(Fault tree analysis)、潜在危険を洗い出すことに活用される HAZOP(Hazard and operability studies)など種々の方法があり、適切に組み合わせることでより強固なリスクアセスメントが可能となる。(21,22)
想定した残留物の種類と位置ごとに、それぞれの残留物が次工程へ影響を及ぼすリスクを評価する。FMEA において、リスクの大きさは影響度、発生度、検出度の積で示されるが、前項で考察した、工程内発生物の発生原理や動態に基づき、これらに一定のルールで重みづけをすることで、それぞれの残留物リスクについて相対的評価を行うことができる。表 A3.1 に、安全キャビネットを用いて行われる一般的な培地交換操作を対象とした工程内発生物の残留リスク評価の際のスコアリング方法と重みづけの例を示す。
表 A3.1 工程内発生物の残留物リスク評価におけるスコアリング方法と重みづけの例 (表省略)
A3.2. 対象とする残留物リスクに対する清浄化手順の構築
A3.1 で行ったリスク評価の結果、スコアが高く清浄化が必要と判断された残留物リスクに対し、清浄化手順を構築する。
A3.2.1. 清浄化の評価指標
清浄化の効果は、定量的手法で評価することが望ましい。残留物が培地などの複合物である場合には、その代表的な組成もしくは定量測定が可能な構成物をその指標として用いることができる。但し、その場合、残留物と指標物質との量的関係性を予め把握しておく必要がある。残留物の指標物質の例として、以下が挙げられる。
例) 総タンパク質量、TOC(Total Organic Carbon)、ATP 量 など
A3.2.2. 清浄化手順の組み立て
環境の初期化を伴わないチェンジオーバーにおける、清浄化作業の代表的なものは、薬剤等を用いた手操作による作業である。図 A3.1 に、安全キャビネットの作業台面への残留物を除去する場合を想定した、清浄化手順の構成例を示す。この例では清浄化を 3 つの工程で構成しており、これらは更に 7 つの操作要素で構成されている。
① 異物除去
目に見える異物を取り除くこと。
目に見える強固な汚れが有る場合の清掃の手段であり、清浄化においては省略される場合が多い。
② 拭き上げ
洗浄剤、不織布等を使用した、バイオフィルム等の固着した汚れや粒子等の異物を取り除く清掃の手段。(20)
操作要素として、(i)洗浄剤を対象表面に接触させる塗布、(ii)その状態を所定時間保持する静置、(iii)塗布した洗浄剤を拭き取る剥離で構成されるが、塗布や静置は清浄化対象とリスクアセスメントの結果に応じて省略できる。
③ 清拭
不織布等を使用した、汚れや粒子などの異物を取り除き、一度取り除いた汚染物質を再付着させない清掃の手段。(20)
操作要素として、(i)塗布、(ii)静置、(iii)塗布した清浄剤および除去対象の汚れを清浄剤あるいは不織布に吸着させて除去する吸着で構成されるが、塗布や静置は清浄化対象とリスクアセスメントの結果に応じて省略できる。
清浄化操作の作用機序としては以下の 3 つが考えられる。
① 物理学的剥離
清浄化の対象表面を力学的に押す力で残留物を除去すること
② 化学的剥離
清浄化で用いる清浄剤と残留物との接触により、残留物が清浄剤に溶解もしくは化学的吸着反応を生じ、これを不織布などの清浄材で吸収することにより残留物を除去すること
③ 不活化
清浄化で用いる清浄剤と残留物との接触により、残留物を不活化し次工程に影響を及ぼさない状態に変化させること異物除去における作用機序は物理学的剥離である。これに対し、拭き上げや清拭は物理学的剥離、化学的剥離、不活化の組み合わせによる複合的な操作である。拭き上げや清拭における塗布および静置は化学的剥離や不活化のための反応時間に相当し、後に続く物理学的剥離操作に相当する剥離や吸着との組み合わせで塗布した清浄剤や除去対象の汚れを除去する。
図 A3.1 清浄化手順の構成例 (図省略)
残留物の種類および量に合わせて、これらを適切に組み合わせ、残留物の残留量を許容値まで低減する手順を構築する必要がある。尚、清浄化の各操作工程で用いられる清浄剤や、不織布などの清掃道具については、チェンジオーバーガイドライン(20)に記載があり、参考にできる。
A3.3. 浄化手順の構築と評価方法の考え方の一例
A3.3.1. 清浄化の各操作工程の設計
清浄化の各操作工程において、用いる清浄剤や清掃道具を決定した後、これらを再現可能な工程として設計するためには、清浄化効果に影響を及ぼすパラメータについて考察しておく必要がある。具体的なパラメータの例を以下に示す。
① 清浄剤の量
② 静置時間(洗浄剤を塗布した後、動作までの時間)
③ 拭く速度
④ 拭く圧力
⑤ 拭く向きと繰り返し回数
これらのパラメータについては、定量的な評価系を構築し評価することで、清浄化効果についての基本的特性を知ることが可能である。望ましい評価系の構成を以下に示す。
① 模擬残留物モデル
既知量の残留物を残留位置に添加したもの。残留位置は試験片などのサンプルを用いることも可能だが、例えば金属の場合、その表面仕上げなども含めて実際の残留位置と同じ仕様のものである必要がある。
② 清浄化操作の自動装置
動作速度や圧力を制御して手操作を再現する。ウエットワイパー類の除菌性能試験に用いられる自動装置(日本衛生材料工業連合会)などが参考にできる。
③ 残留物回収
対象となる残留物を残留位置から全量もしくは一定の回収率で回収する。対象となる残留物の回収率を予め評価しておく必要がある。
例)スワブ法、スタンプ法など
④ 残留物の定量測定
対象となる残留物を定量測定可能な測定系を用いる。対象となる残留物の回収率および検出下限を予め評価しておく必要がある。
A3.3.2. 手操作としての作業手順への落とし込み
前述したように、清浄化作業の最も代表的なものは、手操作による作業である。手操作の作業手順を構築するにあたり、予め定量的評価系を用いて、各操作工程を定量的パラメータで考察しておくことで、再現性の高い作業手順の構築に役立てることができる場合がある。この際、例えば動作速度や動作圧力のような定量的パラメータで手操作を制御することは困難であり、手操作で再現し易い要件に置き換えることが必要である。具体的な置き換え方法について以下に示す。
① 手操作の腕の角度や手の形と動作速度、動作圧力との関係を予め評価し、動作速度や動作圧力の要件を手操作時の作業者の姿勢の規定に置き換える。
② 静置時間を充分量確保するなどして、動作圧力に依存せず残留物を低減可能な条件を採用する。
図 A3.2 に、安全キャビネット作業台面上のタンパク汚れに対する清拭における、圧力と静置時間の影響の評価例を示す。(24) 静置時間が 30 秒の場合ではウシ血清アルブミン(BSA) 除去率が不安定で特に圧力 1kPa 未満では大幅に低下するが、静置時間を 180 秒とすると、圧力に依らず除去率が 90%以上に安定することが分かる。こうした分析に基づき手操作のばらつきに依存しない作業手順の構築を図ることができると考えられる。
図 A3.2 異なる静置時間における清拭時の圧力による BSA 除去率への影響(24) (図省略)
最終的に構築した手順が所望の清浄化効果を満たしていることは、清浄化手順の設計で用いた定量評価系のうち清浄化操作の自動装置を実際の手操作に置き換えて評価し、その適格性評価を行う。
A4. 清浄化を伴わないチェンジオーバーの運用に関わる製造装置の設計・検証事例
A4.1. 概要
製品が機械操作による製造装置で製造される場合、作業者による無菌操作環境への介入が抑制されることでその環境に残留する飛沫等の微粒子(以下、発生物)の拡散およびそれに伴う交叉汚染リスクが抑制される。このとき無菌操作等区域内のグレード A の環境(微粒子および微生物清浄度)が継続していること、および工程中で生じた発生物の残留が容器内および製品を暴露できる環境が維持される領域(以下、重要対象領域)の気流を汚染せず、次工程において影響しないことが想定されれば、工程終了時における無菌操作の環境は、チェンジオーバーガイドライン(20)の表 1 における、「A. 無菌操作環境が維持されている」状態であると判断でき、工程維持操作において残留物を除去するための清浄化を必要としないと考える。
本項では、清浄化を伴わないチェンジオーバーを実施可能な製造装置設計の検証手順構築の考え方と、その設計事例を示す。
A4.2. 無菌操作環境が継続可能な製造装置設計の基本概念
容器を開放して細胞加工の操作を行う製造装置の設計では、工程中における発生物を完全に否定することは困難である。そのため、発生物の発生機序、動態および次工程への影響をリスクベースで分析・判断し、無菌操作環境が、チェンジオーバーガイドライン(20)の図 1 における、「(無菌操作)環境の清浄度管理」に加え、「維持できる工程・運用」を満たすことを予測的に評価する必要がある。ここで「維持できる工程・運用」は、図 A4.1 のように、発生物の動態を制御、かつ発生物由来の残留による影響の否定と解釈できる。これらを満たせば、工程終了時に「環境維持操作」における清浄化手順の省略が可能となり、清浄化を伴わないチェンジオーバーが採用でき、満たさなければ、初期化あるいは初期化を伴わないチェンジオーバー(清浄化が要求される)になると考える。
清浄化を伴わないチェンジオーバー運用の適格性評価は、製品毎あるいは工程毎でリスクベースにより実施される。
図 A4.1 チェンジオーバー時における清浄化(初期化)の要否判断フロー (図省略)
A4.3. 製造装置の設計およびその妥当性評価手順の考え方
製造装置が工程終了時の環境維持操作のうち、清浄化の手順が省略可能であることを検証するには、図のように、①環境の清浄度管理、②発生物の動態制御、および、③残留した発生物からの影響を考慮した設計が必要となる。例えば、下記のように、製造装置の設計方針や、妥当性の予測的評価方法を策定し、設置された設備および装置における妥当性評価方法を決定する。
①環境の清浄度管理
原料等・工程資材の導入や廃棄物の片づけを含む一連の工程作業において、無菌操作等区域およびその隣接区域が適切に清浄度クラスを維持できるように、清浄空気の風向きや風量などが適切に制御された設備・装置の設計および運用を行う必要がある。
設備・装置における重要対象領域の清浄度は、作業時の微粒子および微生物の環境モニタリングを実施することで評価が可能である。具体的に、無菌操作の環境は、グレード A の維持を確認することで、重要対象領域を含む無菌操作の環境は維持されていると考える。
②発生物の動態制御
工程中における発生物は、採用する製造プロセスより、予め発生機序と動態を理解し、リスク評価しておく必要がある。工程設計時において、作業時の動作を解析することで、リスクを制御するためにポイントとなる動作パラメータを決定しておくことが望ましい。
一定の風速を持つ気流下での発生物は気流に乗らない粒径と気流に乗る粒径に分けられる。
飛沫等で気流に乗らない粒径での発生物動態の評価は、例えばチェンジオーバーガイドライン(20)の、蛍光色素や特定の微粉末などを原料等の代替に使用した作業により、飛沫等の発生物を可視化し、動作パラメータに対する発生物量を検証できる。これにより、製造時において、動作パラメータの調整により、発生物を制御・管理することが可能である。気流に乗る飛沫等の粒径では、可視化が困難であるため、気流シミュレーションにより微粒子の挙動予測を行うことで、動態を視覚的に予想でき、気流制御による発生物を制御・管理が可能となる。
③残留した発生物からの影響
工程中に飛散し残留した気流に乗らない発生物より生じる気流に乗る粒径の再浮遊物が、重要対象領域の清浄空気に影響しないことを予測的に評価するには、設計時に、気流シミュレーションにより、残留位置から気流に乗る微粒子の挙動を予測・分析することで実施できる。設置した設備および装置において、気流が予測的に評価した通りに管理されていることは、スモーク試験で検証することができる。
A4.4. 検証工程内発生物による影響評価の実施例
工程内発生物の制御が可能な培養操作ユニットを用い、工程終了時の環境維持操作のうち清浄化の手順を伴わない製造装置の設計および検証を行ったので、実施例として示す。
A4.4.1. 製造装置モデル
モデルとして用いた製造装置の外観と各機器の配置は、図 A4.2 に示す通りである。本装置は、アイソレータシステム内に、双腕型ロボットシステムを遠心分離機や電動式のピペットなどの培養操作ユニットとともに配置した無菌操作等区域を有し、人の手操作と同じ培養容器等の工程資材を用いて、同様の容器を開放した操作を行える仕様とした。無菌操作等区域では、図 A4.3 のように、上面から HEPA フィルタを通した清浄空気が給気され、正面手前の床面あるいは奥面の下部から排出されることで、グレード A を維持可能とした。開放を行う容器の周囲とその上方の一定空間を重要対象領域、注液を実施する時の容器周辺を予想する発生物の位置とし、その下流が気流に乗る発生物を運ぶリスクのある気流と設定した。また、試薬や工程資材(原料等)の導入装置および炭酸ガスインキュベータは、いずれもグレード A を維持できるように設計して、導入作業が無菌的に実施できる。
図 A4.2 モデルとして用いた製造装置の外観(左)と筐体内の平面図(右) (図省略)
図 A4.3 製造装置の側面イメージ (図省略)
A4.4.2. 気流シミュレーションおよび微粒子の挙動予測
製造装置の設計時において、工程内の発生物を想定し、気流に乗る発生物が速やかに排出されることを想定するため、気流シミュレーションおよび気流の中で微粒子が発生したとして微粒子の挙動予測を実施した。給気口での流速 0.3 m/secの条件で行ったところ図 A4.4 のような結果が得られた。気流シミュレーションでは、重要対象領域が清浄空気の一方向流で構成され、その下流の気流は、逆流を生じず排気される軌跡を得た。また微粒子の挙動予測では、残留した発生物が予想される範囲で気流に乗る粒子が気流によって移動する軌跡を得た。これらの結果より、環境の清浄度が維持できていること、また、リスクのある気流が重要対象領域に影響しないことが予測され、環境維持操作を伴わずとも、継続的に複数工程の無菌操作が実施可能であることが示唆された。
図 A4.4 気流シミュレーショおよび微粒子の挙動予測(装置側面)
(図省略)
A4.4.3. スモーク試験
製作された本製造装置モデルの検証において、気流がシミュレーション通りであることをスモークテストで確認した。庫内内部にスモークマシン本体を設置し、ホースを用いてスモーク発生位置を調節した。スモーク発生量:0.15 L/h とし、庫内内部に設置した小型カメラによって、スモークの塊をトレースすることで気流の動きを確認したところ、設計時の想定と同じく重要対象領域に対して上部から一方向の気流が当たり、そのまま下方に一方向で流れることが確認された。また、下流領域から重要対象領域への影響は確認されなかった。
A4.5. 清浄化を伴わない製造装置の設計例
清浄化を伴わないチェンジオーバーが実施可能な製造装置を効果的に運用するには、装置本体(無菌操作等区域)の稼働率を向上できることが望ましい。その達成には、例えば、試薬や工程資材(原料等)の導入装置および炭酸ガスインキュベータが、グレード A を維持したまま短時間で脱着、交換できる設計が挙げられる。
本製造装置モデルは、装置本体と導入装置の間および本体とインキュベータ装置間に、経済産業省「無菌接続インターフェース設計ガイドライン」に準じた、無菌接続インターフェースを備えることで、複数の導入装置あるいはインキュベータ装置を連結・脱着可能な、モジュール方式の製造装置とした。モジュール方式の製造装置は、無菌接続インターフェースにより、短時間で無菌化された複数のモジュールを接続できるため、高スループットで複数の工程を実施することができる。図 A4.5 に示すような運用により、従来の手操作より製造のランニングコストが削減可能であり、製品単価が削減できる。
図 A4.5 モジュール方式を採用した双腕ロボットシステムの製造装置運用例(AMED 再生医療の産業化に向けた評価基盤技術開発事業「再生医療の産業化に向けた細胞製造・加工システムの開発」)
(図省略)
A5. 参考
(1) 「除染パスボックス設計ガイドライン2010」(経済産業省 2010 年 11 月)
(2) 第十八改正日本薬局方 参考情報「滅菌法及び滅菌指標体」(厚生労働省 2021 年 6 月)
(3) Guide to good manufacturing practice for medicinal products Annex 12 (Use of ionising radiation in the manufacture of medicinal products) (July 2021)
(4) 「最終滅菌法による無菌医薬品の製造に関する指針」(厚生労働省 2007 年 6 月)
(5) 「無菌操作法による無菌医薬品の製造に関する指針」(厚生労働省 2011 年 4 月)
(6) ISO11137-1:2006, Sterilization of health care products -- Radiation -- Part 1: Requirements for development, validation and routine control of a sterilization process for medical devices (April 2006)
(7) ISO 11137-2:2013, Sterilization of health care products — Radiation — Part 2: Establishing the sterilization dose (June 2013)
(8) Nablo S.V. et al.,: Developments in low energy electron beam machineryand processes. Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B, 208: 90–97 (2003)
(9) 平野智子ほか、「低エネルギー電子線滅菌の包装に用いられるプラスチック材料への影響評価」、ファームテクジャパン、37(6): 46-57 (2021)
(10) 「EB 技術を利用した材料創製と応用展開」160-167 (2016)
(11) 「電離放射線障害防止規則」(厚生労働省 2020 年 4 月)
(12) ISO/ASTM 51818:2013, Practice for dosimetry in an electron beam facility for radiation processing at energies between 80 and 300 keV (June 2013)
(13) 第十八改正日本薬局方 参考情報「微生物迅速試験法」 (厚生労働省 2021 年 6 月)
(14) USP1223, Validation of alternative microbiological methods (代替微生物試験法のバリデーション) (May 2018)
(15) USP1071, Rapid microbial tests for release of sterile short-life products (無菌短命製品のリリースのための微生物迅速試験法) (December 2019)
(16) European Pharmacopoeia Chapter 2.6.27, Microbiological examination of cell-based preparations (細胞由来製剤の微生物学的検査) (August 2015)
(17) PDA Technical Report No.33 (TR33), Evaluation, Validation and Implementation of Alternative and Rapid Microbiological Methods (代替および迅速微生物学的手法の評価,バリデーション,導入) (October 2013)
(18) 第十八改正日本薬局方 参考情報「消毒法及び除染法」 (厚生労働省 2021 年 6 月)
(19) JIS T 11737-1:2013, 医療機器の滅菌-微生物学的方法-第 1 部:製品上の微生物群の測定方法 (2013)
(20) 再生医療等製品(遺伝子治療用製品を除く)の製造におけるチェンジオーバーに関するガイドライン2019(手引き)(経済産業省 2019 年 12 月)
(21) ICH Q9, 品質リスクマネジメントに関するガイドライン (厚生労働省 2006 年 9 月)
(22) 浦久保知也ほか、「バイオ医薬品の品質リスクマネジメント」、PDA Journal of GMP and Validation in Japan、10(2): 23-36 (2008)
(23) ウエットワイパー類の除菌性能試験方法 ((一社) 日本衛生材料工業連合会 日本清浄紙綿類工業会 2021 年 5 月)
(24) 加藤宏明ほか、「チェンジオーバー時の無菌操作等区域の清浄化に関する基礎検討」
第 18 回日本再生医療学会総会 (2019 年 3 月)
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