ロボット手術器具の洗浄プロセスに関する開発ガイダンス2024

ガイドラインID 2024-E-DE-061
発出年月日
発出番号
WG名 ロボット支援手術機器ツール部の洗浄処理に関する開発 WG
制度名 医療機器等開発ガイドライン策定事業(開発ガイドライン)
製品区分 医療機器
分野

ロボット手術

GL日本語版ファイル

2024-E-DE-061 ロボット手術器具の洗浄プロセスに関する開発ガイダンス2024

英文タイトル
GL英語版ファイル

GL:イントロ・スコープ

1. 序文
1.1. 背景
内視鏡手術に用いられるロボット支援手術機器は、Intuitive Surgical 社の da Vinci サージカルシステムが 2000 年に米国承認、2009 年に国内承認を受けて以降、国内では長らく同社の製品のみが使用されてきた。しかし同社の保有する基本特許の期限切れ等により国内外で製品開発が活発化している。
本邦でもロボット支援手術機器の開発に参入する事例が増加している。2020 年にはメディ
カロイド社の hinotori が本格的なロボット支援手術機器として国産初の承認に至った。その後も国内開発のロボット支援手術機器の上市が続いている。ロボット支援下内視鏡手術の保険適用は 45 術式(2024 年 3 月現在)に達して着実に拡大しており、今後も一層の普及が予想される。

図1:ロボット手術器具の例。 図省略
1. 序文
1.1. 背景
内視鏡手術に用いられるロボット支援手術機器は、Intuitive Surgical 社の da Vinci サージカルシステムが 2000 年に米国承認、2009 年に国内承認を受けて以降、国内では長らく同社の製品のみが使用されてきた。しかし同社の保有する基本特許の期限切れ等により国内外で製品開発が活発化している。
本邦でもロボット支援手術機器の開発に参入する事例が増加している。2020 年にはメディ
カロイド社の hinotori が本格的なロボット支援手術機器として国産初の承認に至った。その後も国内開発のロボット支援手術機器の上市が続いている。ロボット支援下内視鏡手術の保険適用は 45 術式(2024 年 3 月現在)に達して着実に拡大しており、今後も一層の普及が予想される。

図1:ロボット手術器具の例。内部構造等については C.1 ロボット手術器具を参照ロボット手術器具の豊富さ、使いやすさは実施可能な術式のバラエティや安全、所要時間やコストに関係する。現在のところ異なる企業間でロボット手術器具の互換性がない。そのためロボット手術器具の充実では先発企業がアドバンテージを有している。例えば da
Vince Xi サージカルシステムのロボット手術器具は 7 品目 36 種類が承認されている一方、hinotori のロボット手術器具は 6 品目 11 種類である(2024 年 3 月現在)。多数のロボット手術器具を開発して評価することは、ノウハウ等の蓄積を持たない新規参入企業にとっては大きな課題となっている。
これまでに、ロボット手術器具を特に対象とする医療機器開発ガイドライン及び次世代医療機器評価指標は公表されていない。内視鏡手術向けのロボット支援手術機器に関係する医療機器開発ガイドライン及び次世代医療機器評価指標としては、
- ナビゲーション医療分野共通部分開発ガイドライン 2008(H20.6) (H27.3 に改訂)
- 位置決め技術ナビゲーション医療機器の位置的性能の品質担保に関する開発ガイドライン 2010(H22.11)
- 軟組織に適用するコンピュータ支援手術装置に関する評価指標(H22.5.28 薬食機発
0528 第 1 号別添 2)
が公表され、ロボット支援手術機器の開発過程で検討すべき事項、評価において検討すべき事項が示されてきた。しかし、これらはロボット手術器具の開発と評価にも言及しているものの、ロボット支援手術機器の全般的な留意事項が中心であった。
2022 年の時点で、海外でもロボット手術器具を特に対象とする規格文書、ガイダンス文書、承認・認証の取得のために必要な事項については公表されていない。このため、ロボット支援手術機器の事業化にあたってはグローバルな事業展開が望まれるものの、国内企業が海外で事業展開するために必要な事項について明らかとなっていない状況である。ロボット支援手術機器の登場と普及により、医療施設においてもいくつかの問題が発生した。その中で最も危惧されるのがロボット手術器具の再生処理プロセスの一部である洗浄プロセスの品質保証である。ロボット手術器具は従来の手術器具と比較して複雑な構造と機構を持つため、以下のような問題点が指摘されて、またレギュラトリーサイエンスの立場で議論されてきた[1-5]。
- 手術時にロボット手術器具の内部に血液、体組織等が入り込む。製造販売業者の指示通りに洗浄しても、残留するタンパク質の量が海外規格や国内学会が推奨する許容値の数倍に達したケースがあったことが国内外で報告されている[6,7]。
- ロボット手術器具の残留タンパク質の抽出及び定量には知識やスキルと器材が必要であるため、一般的には医療現場で行うことは困難である。
- ロボット手術器具は構造が小型かつ複雑で、ブラシ等が入り込めない。これまでに販売されているロボット手術器具では目視で内部の汚染を確認できない。
- 取扱説明書による洗浄工程の指示が従来の手術器具と比較すると複雑である。
- 一般的に先発企業が設定した洗浄工程の指示に後発企業が追従する場合が多いが、参入企業の増加により、異なる洗浄工程が併存することとなれば現場が混乱する可能性がある。臨床現場の立場からの最大の課題は、現場で合理的に実行可能な、非破壊的な清浄性の確認方法が事実上存在しないことである。このため、洗浄プロセスの品質確保は、製造販売業者の指示を忠実に守ることによってのみ可能である。
ロボット手術器具の再生処理を確実に実施する体制を構築することは、医療施設において QMS を確立することに他ならない。医療施設では QMS の確立のノウハウは必ずしも豊富でないことから、ロボット支援手術機器とロボット手術器具の製造販売業者による情報提供と支援等の協力が欠かせない。
これらの状況に鑑みて、本ガイダンスのワーキンググループではロボット手術器具の製造販売業者が設定するロボット手術器具の洗浄プロセスとその妥当性確認、これに関する医療施設への情報提供について「医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021」に基づきつつ、グローバルな事業展開に対応できるように記載することとした。
1.2. 本ガイダンスの目的
本ガイダンスは、内視鏡手術用のロボット支援手術機器とロボット手術器具の製造販売業者がグローバルに事業展開することを前提に、その開発と評価を円滑化するために必要な、ロボット手術器具の洗浄プロセスとその評価試験による妥当性確認に関する技術的事項を明らかにする。同時に、平均的な臨床現場においてロボット手術器具の円滑かつ確実な洗浄プロセスの確立を促すために製造販売業者が提供すべき情報を明らかにすることを目的とする。
なお、本ガイダンスは医薬品医療機器等法上の要求事項を規定するものではない。
2. 適用範囲
2.1. スコープ
院内又はアウトソーシングにて再生処理されたのち再使用されることを意図する内視鏡手術用のロボット手術器具(内視鏡を除く)の洗浄プロセスについて、製造販売業者がその設計・開発の段階において検討・実施すべき事項及び医療施設等に対して開示すべき情報を示す。
2.2. 想定する利用者
本ガイダンスは、ロボット手術器具を開発する製造販売業者、研究者を直接の想定利用者とする。本ガイダンスは、ロボット手術器具の washer disinfector (WD)、洗剤を開発する企業、ロボット手術器具の洗浄を行うアウトソーシングサービス、ロボット手術器具の認証評価を行う認証機関、そして院内で洗浄プロセスを確立する医療施設の関係者にとっても有益である。
2.3. 本ガイダンスの構成
本ガイダンスは以下の構成となっている。
4 章 一般的検討事項 ロボット手術器具の洗浄プロセスの開発及び評価に関して検討を推奨する事項の概略を示す。
5 章 リスクマネジメントにおいて検討すべき事項 ロボット手術器具の製造販売業者がロボット手術器具のリスクマネジメントプロセスにおいて洗浄の観点から含めるべき事項を述べた。特に5章で述べる洗浄評価試験の試験条件の設定に当たって必要な、リスクアセスメントで明確化すべき要因については附属書 B にて具体的に例示した。
6 章 洗浄評価試験の試験条件の設定の考え方 ロボット手術器具の製造販売業者が実施する、洗浄プロセスの妥当性確認としての洗浄評価試験条件の設定について、ISO 15883-5 及び ISO 17664-1 への適合性を確保するための考え方を示した。テストソイルを用いる試験条件と、臨床状況を再現した条件で付着する汚れに対する試験条件について解説した。
7 章 洗浄担当者に向けて情報提供すべき事項 ロボット手術器具の製造販売業者が、ロボット手術器具の取扱いに関して洗浄担当者に対して提供すべき情報を設定し、取扱説明書を作成する際に考慮すべき事項を述べた。
ロボット手術器具を開発する製造販売業者は全ての章を、その他の利用者は必要に応じてそれぞれの章を利用する。
そのほか、附属書として以下を添付した。
附属書 A: 解説
附属書 B: ロボット手術器具の洗浄プロセスに関連する、「安全に関する特質の明確化」において検討すべき要因の例附属書 C: 機材の基礎知識附属書 D: 洗浄評価試験プロトコルの例
2.4. 本ガイダンスの必須文書
本ガイダンスを利用するに当たって最小限の必須文書は以下の通りである。
- 医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021(日本医療機器学会)
- ISO 15883-5:2021 Washer-disinfectors — Part 5: Performance requirements and test method criteria for demonstrating cleaning efficacy(相当 JIS なし)
- ISO 17664-1:2021 Processing of health care products — Information to be provided by the medical device manufacturer for the processing of medical devices — Part 1: Critical and semi-critical medical devices(相当 JIS なし)
- JIS T 14971:2020 医療機器―リスクマネジメントの医療機器への適用
なお、ロボット手術器具の開発、検証及び国内外の規制対応にはここに挙げた以外の文書、規格類への適合性が求められる。

1. 序文
1.1. 背景
内視鏡手術に用いられるロボット支援手術機器は、Intuitive Surgical 社の da Vinci サージカルシステムが 2000 年に米国承認、2009 年に国内承認を受けて以降、国内では長らく同社の製品のみが使用されてきた。しかし同社の保有する基本特許の期限切れ等により国内外で製品開発が活発化している。
本邦でもロボット支援手術機器の開発に参入する事例が増加している。2020 年にはメディ
カロイド社の hinotori が本格的なロボット支援手術機器として国産初の承認に至った。その後も国内開発のロボット支援手術機器の上市が続いている。ロボット支援下内視鏡手術の保険適用は 45 術式(2024 年 3 月現在)に達して着実に拡大しており、今後も一層の普及が予想される。

図1:ロボット手術器具の例。内部構造等については C.1 ロボット手術器具を参照ロボット手術器具の豊富さ、使いやすさは実施可能な術式のバラエティや安全、所要時間やコストに関係する。現在のところ異なる企業間でロボット手術器具の互換性がない。そのためロボット手術器具の充実では先発企業がアドバンテージを有している。例えば da
Vince Xi サージカルシステムのロボット手術器具は 7 品目 36 種類が承認されている一方、hinotori のロボット手術器具は 6 品目 11 種類である(2024 年 3 月現在)。多数のロボット手術器具を開発して評価することは、ノウハウ等の蓄積を持たない新規参入企業にとっては大きな課題となっている。
これまでに、ロボット手術器具を特に対象とする医療機器開発ガイドライン及び次世代医療機器評価指標は公表されていない。内視鏡手術向けのロボット支援手術機器に関係する医療機器開発ガイドライン及び次世代医療機器評価指標としては、
- ナビゲーション医療分野共通部分開発ガイドライン 2008(H20.6) (H27.3 に改訂)
- 位置決め技術ナビゲーション医療機器の位置的性能の品質担保に関する開発ガイドライン 2010(H22.11)
- 軟組織に適用するコンピュータ支援手術装置に関する評価指標(H22.5.28 薬食機発
0528 第 1 号別添 2)
が公表され、ロボット支援手術機器の開発過程で検討すべき事項、評価において検討すべき事項が示されてきた。しかし、これらはロボット手術器具の開発と評価にも言及しているものの、ロボット支援手術機器の全般的な留意事項が中心であった。
2022 年の時点で、海外でもロボット手術器具を特に対象とする規格文書、ガイダンス文書、承認・認証の取得のために必要な事項については公表されていない。このため、ロボット支援手術機器の事業化にあたってはグローバルな事業展開が望まれるものの、国内企業が海外で事業展開するために必要な事項について明らかとなっていない状況である。ロボット支援手術機器の登場と普及により、医療施設においてもいくつかの問題が発生した。その中で最も危惧されるのがロボット手術器具の再生処理プロセスの一部である洗浄プロセスの品質保証である。ロボット手術器具は従来の手術器具と比較して複雑な構造と機構を持つため、以下のような問題点が指摘されて、またレギュラトリーサイエンスの立場で議論されてきた[1-5]。
- 手術時にロボット手術器具の内部に血液、体組織等が入り込む。製造販売業者の指示通りに洗浄しても、残留するタンパク質の量が海外規格や国内学会が推奨する許容値の数倍に達したケースがあったことが国内外で報告されている[6,7]。
- ロボット手術器具の残留タンパク質の抽出及び定量には知識やスキルと器材が必要であるため、一般的には医療現場で行うことは困難である。
- ロボット手術器具は構造が小型かつ複雑で、ブラシ等が入り込めない。これまでに販売されているロボット手術器具では目視で内部の汚染を確認できない。
- 取扱説明書による洗浄工程の指示が従来の手術器具と比較すると複雑である。
- 一般的に先発企業が設定した洗浄工程の指示に後発企業が追従する場合が多いが、参入企業の増加により、異なる洗浄工程が併存することとなれば現場が混乱する可能性がある。臨床現場の立場からの最大の課題は、現場で合理的に実行可能な、非破壊的な清浄性の確認方法が事実上存在しないことである。このため、洗浄プロセスの品質確保は、製造販売業者の指示を忠実に守ることによってのみ可能である。
ロボット手術器具の再生処理を確実に実施する体制を構築することは、医療施設において QMS を確立することに他ならない。医療施設では QMS の確立のノウハウは必ずしも豊富でないことから、ロボット支援手術機器とロボット手術器具の製造販売業者による情報提供と支援等の協力が欠かせない。
これらの状況に鑑みて、本ガイダンスのワーキンググループではロボット手術器具の製造販売業者が設定するロボット手術器具の洗浄プロセスとその妥当性確認、これに関する医療施設への情報提供について「医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021」に基づきつつ、グローバルな事業展開に対応できるように記載することとした。
1.2. 本ガイダンスの目的
本ガイダンスは、内視鏡手術用のロボット支援手術機器とロボット手術器具の製造販売業者がグローバルに事業展開することを前提に、その開発と評価を円滑化するために必要な、ロボット手術器具の洗浄プロセスとその評価試験による妥当性確認に関する技術的事項を明らかにする。同時に、平均的な臨床現場においてロボット手術器具の円滑かつ確実な洗浄プロセスの確立を促すために製造販売業者が提供すべき情報を明らかにすることを目的とする。
なお、本ガイダンスは医薬品医療機器等法上の要求事項を規定するものではない。
2. 適用範囲
2.1. スコープ
院内又はアウトソーシングにて再生処理されたのち再使用されることを意図する内視鏡手術用のロボット手術器具(内視鏡を除く)の洗浄プロセスについて、製造販売業者がその設計・開発の段階において検討・実施すべき事項及び医療施設等に対して開示すべき情報を示す。
2.2. 想定する利用者
本ガイダンスは、ロボット手術器具を開発する製造販売業者、研究者を直接の想定利用者とする。本ガイダンスは、ロボット手術器具の washer disinfector (WD)、洗剤を開発する企業、ロボット手術器具の洗浄を行うアウトソーシングサービス、ロボット手術器具の認証評価を行う認証機関、そして院内で洗浄プロセスを確立する医療施設の関係者にとっても有益である。
2.3. 本ガイダンスの構成
本ガイダンスは以下の構成となっている。
4 章 一般的検討事項 ロボット手術器具の洗浄プロセスの開発及び評価に関して検討を推奨する事項の概略を示す。
5 章 リスクマネジメントにおいて検討すべき事項 ロボット手術器具の製造販売業者がロボット手術器具のリスクマネジメントプロセスにおいて洗浄の観点から含めるべき事項を述べた。特に5章で述べる洗浄評価試験の試験条件の設定に当たって必要な、リスクアセスメントで明確化すべき要因については附属書 B にて具体的に例示した。
6 章 洗浄評価試験の試験条件の設定の考え方 ロボット手術器具の製造販売業者が実施する、洗浄プロセスの妥当性確認としての洗浄評価試験条件の設定について、ISO 15883-5 及び ISO 17664-1 への適合性を確保するための考え方を示した。テストソイルを用いる試験条件と、臨床状況を再現した条件で付着する汚れに対する試験条件について解説した。
7 章 洗浄担当者に向けて情報提供すべき事項 ロボット手術器具の製造販売業者が、ロボット手術器具の取扱いに関して洗浄担当者に対して提供すべき情報を設定し、取扱説明書を作成する際に考慮すべき事項を述べた。
ロボット手術器具を開発する製造販売業者は全ての章を、その他の利用者は必要に応じてそれぞれの章を利用する。
そのほか、附属書として以下を添付した。
附属書 A: 解説
附属書 B: ロボット手術器具の洗浄プロセスに関連する、「安全に関する特質の明確化」において検討すべき要因の例附属書 C: 機材の基礎知識附属書 D: 洗浄評価試験プロトコルの例
2.4. 本ガイダンスの必須文書
本ガイダンスを利用するに当たって最小限の必須文書は以下の通りである。
- 医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021(日本医療機器学会)
- ISO 15883-5:2021 Washer-disinfectors — Part 5: Performance requirements and test method criteria for demonstrating cleaning efficacy(相当 JIS なし)
- ISO 17664-1:2021 Processing of health care products — Information to be provided by the medical device manufacturer for the processing of medical devices — Part 1: Critical and semi-critical medical devices(相当 JIS なし)
- JIS T 14971:2020 医療機器―リスクマネジメントの医療機器への適用
なお、ロボット手術器具の開発、検証及び国内外の規制対応にはここに挙げた以外の文書、規格類への適合性が求められる。
(図省略)
内部構造等については C.1 ロボット手術器具を参照ロボット手術器具の豊富さ、使いやすさは実施可能な術式のバラエティや安全、所要時間やコストに関係する。現在のところ異なる企業間でロボット手術器具の互換性がない。そのためロボット手術器具の充実では先発企業がアドバンテージを有している。例えば da
Vince Xi サージカルシステムのロボット手術器具は 7 品目 36 種類が承認されている一方、hinotori のロボット手術器具は 6 品目 11 種類である(2024 年 3 月現在)。多数のロボット手術器具を開発して評価することは、ノウハウ等の蓄積を持たない新規参入企業にとっては大きな課題となっている。
これまでに、ロボット手術器具を特に対象とする医療機器開発ガイドライン及び次世代医療機器評価指標は公表されていない。内視鏡手術向けのロボット支援手術機器に関係する医療機器開発ガイドライン及び次世代医療機器評価指標としては、
- ナビゲーション医療分野共通部分開発ガイドライン 2008(H20.6) (H27.3 に改訂)
- 位置決め技術ナビゲーション医療機器の位置的性能の品質担保に関する開発ガイドライン 2010(H22.11)
- 軟組織に適用するコンピュータ支援手術装置に関する評価指標(H22.5.28 薬食機発
0528 第 1 号別添 2)
が公表され、ロボット支援手術機器の開発過程で検討すべき事項、評価において検討すべき事項が示されてきた。しかし、これらはロボット手術器具の開発と評価にも言及しているものの、ロボット支援手術機器の全般的な留意事項が中心であった。
2022 年の時点で、海外でもロボット手術器具を特に対象とする規格文書、ガイダンス文書、承認・認証の取得のために必要な事項については公表されていない。このため、ロボット支援手術機器の事業化にあたってはグローバルな事業展開が望まれるものの、国内企業が海外で事業展開するために必要な事項について明らかとなっていない状況である。ロボット支援手術機器の登場と普及により、医療施設においてもいくつかの問題が発生した。その中で最も危惧されるのがロボット手術器具の再生処理プロセスの一部である洗浄プロセスの品質保証である。ロボット手術器具は従来の手術器具と比較して複雑な構造と機構を持つため、以下のような問題点が指摘されて、またレギュラトリーサイエンスの立場で議論されてきた[1-5]。
- 手術時にロボット手術器具の内部に血液、体組織等が入り込む。製造販売業者の指示通りに洗浄しても、残留するタンパク質の量が海外規格や国内学会が推奨する許容値の数倍に達したケースがあったことが国内外で報告されている[6,7]。
- ロボット手術器具の残留タンパク質の抽出及び定量には知識やスキルと器材が必要であるため、一般的には医療現場で行うことは困難である。
- ロボット手術器具は構造が小型かつ複雑で、ブラシ等が入り込めない。これまでに販売されているロボット手術器具では目視で内部の汚染を確認できない。
- 取扱説明書による洗浄工程の指示が従来の手術器具と比較すると複雑である。
- 一般的に先発企業が設定した洗浄工程の指示に後発企業が追従する場合が多いが、参入企業の増加により、異なる洗浄工程が併存することとなれば現場が混乱する可能性がある。臨床現場の立場からの最大の課題は、現場で合理的に実行可能な、非破壊的な清浄性の確認方法が事実上存在しないことである。このため、洗浄プロセスの品質確保は、製造販売業者の指示を忠実に守ることによってのみ可能である。
ロボット手術器具の再生処理を確実に実施する体制を構築することは、医療施設において QMS を確立することに他ならない。医療施設では QMS の確立のノウハウは必ずしも豊富でないことから、ロボット支援手術機器とロボット手術器具の製造販売業者による情報提供と支援等の協力が欠かせない。
これらの状況に鑑みて、本ガイダンスのワーキンググループではロボット手術器具の製造販売業者が設定するロボット手術器具の洗浄プロセスとその妥当性確認、これに関する医療施設への情報提供について「医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021」に基づきつつ、グローバルな事業展開に対応できるように記載することとした。
1.2. 本ガイダンスの目的
本ガイダンスは、内視鏡手術用のロボット支援手術機器とロボット手術器具の製造販売業者がグローバルに事業展開することを前提に、その開発と評価を円滑化するために必要な、ロボット手術器具の洗浄プロセスとその評価試験による妥当性確認に関する技術的事項を明らかにする。同時に、平均的な臨床現場においてロボット手術器具の円滑かつ確実な洗浄プロセスの確立を促すために製造販売業者が提供すべき情報を明らかにすることを目的とする。
なお、本ガイダンスは医薬品医療機器等法上の要求事項を規定するものではない。
2. 適用範囲
2.1. スコープ
院内又はアウトソーシングにて再生処理されたのち再使用されることを意図する内視鏡手術用のロボット手術器具(内視鏡を除く)の洗浄プロセスについて、製造販売業者がその設計・開発の段階において検討・実施すべき事項及び医療施設等に対して開示すべき情報を示す。
2.2. 想定する利用者
本ガイダンスは、ロボット手術器具を開発する製造販売業者、研究者を直接の想定利用者とする。本ガイダンスは、ロボット手術器具の washer disinfector (WD)、洗剤を開発する企業、ロボット手術器具の洗浄を行うアウトソーシングサービス、ロボット手術器具の認証評価を行う認証機関、そして院内で洗浄プロセスを確立する医療施設の関係者にとっても有益である。
2.3. 本ガイダンスの構成
本ガイダンスは以下の構成となっている。
4 章 一般的検討事項 ロボット手術器具の洗浄プロセスの開発及び評価に関して検討を推奨する事項の概略を示す。
5 章 リスクマネジメントにおいて検討すべき事項 ロボット手術器具の製造販売業者がロボット手術器具のリスクマネジメントプロセスにおいて洗浄の観点から含めるべき事項を述べた。特に5章で述べる洗浄評価試験の試験条件の設定に当たって必要な、リスクアセスメントで明確化すべき要因については附属書 B にて具体的に例示した。
6 章 洗浄評価試験の試験条件の設定の考え方 ロボット手術器具の製造販売業者が実施する、洗浄プロセスの妥当性確認としての洗浄評価試験条件の設定について、ISO 15883-5 及び ISO 17664-1 への適合性を確保するための考え方を示した。テストソイルを用いる試験条件と、臨床状況を再現した条件で付着する汚れに対する試験条件について解説した。
7 章 洗浄担当者に向けて情報提供すべき事項 ロボット手術器具の製造販売業者が、ロボット手術器具の取扱いに関して洗浄担当者に対して提供すべき情報を設定し、取扱説明書を作成する際に考慮すべき事項を述べた。
ロボット手術器具を開発する製造販売業者は全ての章を、その他の利用者は必要に応じてそれぞれの章を利用する。
そのほか、附属書として以下を添付した。
附属書 A: 解説
附属書 B: ロボット手術器具の洗浄プロセスに関連する、「安全に関する特質の明確化」において検討すべき要因の例附属書 C: 機材の基礎知識附属書 D: 洗浄評価試験プロトコルの例
2.4. 本ガイダンスの必須文書
本ガイダンスを利用するに当たって最小限の必須文書は以下の通りである。
- 医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021(日本医療機器学会)
- ISO 15883-5:2021 Washer-disinfectors — Part 5: Performance requirements and test method criteria for demonstrating cleaning efficacy(相当 JIS なし)
- ISO 17664-1:2021 Processing of health care products — Information to be provided by the medical device manufacturer for the processing of medical devices — Part 1: Critical and semi-critical medical devices(相当 JIS なし)
- JIS T 14971:2020 医療機器―リスクマネジメントの医療機器への適用
なお、ロボット手術器具の開発、検証及び国内外の規制対応にはここに挙げた以外の文書、規格類への適合性が求められる。

GL:本体

3. 用語及び定義
3.1
洗浄 (cleaning)
滅菌を効果的に遂行できる程度まで、あるいは、意図する使用に適するまで、対象物から汚染物を除去すること
(出典:医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021)
3.2
ロボット手術器具 (robotic surgical instrument)
ロボット支援手術機器に装着されて使用されることを意図する手術器具
参考 1: インスツルメント、インストゥルメント(アーム)と呼ばれることがある。
参考 2: 本ガイダンスは内視鏡、単回使用の器具を対象としない。
参考 3: ロボット手術器具の一般的名称は、「再使用可能な内視鏡用能動処置具」「再使用可能な高周波処置用内視鏡能動器具」「単回使用内視鏡用能動処置具」「超音波処置用能動器具」等となっている。
3.3
ロボット支援手術機器 (robotically assisted surgical device)
医療機器の一般的名称「手術用ロボット手術ユニット」に該当する機器
参考 1: 手術用ロボット手術ユニットの一般的名称定義は、「縫合、剥離、切断等の組織に対する処置や人工装具の装着等を行う、手術支援装置をいう。直視下あるいは内視鏡下の手術で使用される。制御システムはコンピュータ技術に基づいており、通常、術者用コンソール、器具操作用のアーム等の一連のシステムから構成される。外科医の訓練補助装置として用いる場合もある。」とされている。
参考 2: IEC 80601-2-77:2019 では robotically assisted surgical equipment (RASE)、FDA は robotically assisted surgical device と称している。「手術用ロボットナビゲーションユニット」「脳神経外科手術用ナビゲーションユニット」の一般的名称を持つ品目にも RASE に該当する品目が存在するが、それらは内視鏡手術を対象としていないため、本ガイダンスでは「手術用ロボット手術ユニット」に該当する機器のみを扱う。
3.4
エネルギーデバイス (energy device)
高周波、超音波、レーザー、マイクロ波等、運動エネルギー以外のエネルギーを主に作用させる手術器具。
3.5
プロセスケミカルズ (process chemicals)
製品の再生処理に使用する洗剤、消毒薬、中和剤、界面活性剤、防錆潤滑剤等の薬剤の総称。
(出典:医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021)
3.6
製品ファミリー (product family)
再生処理プロセスの目的に対して、同等であると判断された類似の属性をもつ製品の集まり。製品ファミリーは同一のプロセス条件で再生処理が可能である。材質、形状、汚染程度等の特性に基づいて製品ファミリーを選定するが、外観上では判断が困難な製品もあるので製造販売業者による取扱説明書や情報に基づくことが必要である。
(出典:医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021、一部の用語を変更)
3.7
マスター製品 (master product)
プロセスが仕様どおりに機能していることを確認することを目的とした製品ファミリーを代表する製品。洗浄/消毒/滅菌においては、製品ファミリーの中で最も洗浄/消毒/滅菌が困難な製品を指す。
(出典:医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021)

本ガイダンスで使用する略語
CSSD: central sterile supply department: 滅菌供給部門
PQ: performance qualification: 稼働性能適格性確認
QMS: quality management system: 品質マネジメントシステム
RMD: reusable medical device: 再使用可能医療機器
WD: washer-disinfector: ウォッシャーディスインフェクター

4. 一般的検討事項
ロボット手術器具の製造販売業者は、医療施設にて実施するロボット手術器具の洗浄手順、使用する洗剤等を含む洗浄プロセスを少なくとも1つは規定し、その妥当性確認を行い、洗浄プロセスに関して医療施設に情報提供する。
これらの活動の一切は、リスクマネジメントのもとに実施する。その際に検討すべき事項については 5 章及び附属書 B を参考にすることができる。
洗浄プロセスの妥当性確認を行うための洗浄評価試験の実施にあたっては、6 章及び附属書 D を参考にすることができる。
洗浄プロセスについて医療施設に提供すべき情報の決定に当たっては、7 章を参考にすることができる。
5. リスクマネジメントにおいて検討すべき事項
5.1. 一般
ロボット手術器具の開発は、JIS T 14971 及び JIS T 62366-1 を適用したリスクマネジメントの元に行う必要がある。本章ではリスクマネジメントにあたって、ロボット手術器具の洗浄プロセスに関連して特に留意すべき事項を JIS T 14971:2020 の章立てに沿って示す。
5.2. 意図する使用及び合理的に予見可能な誤使用
JIS T 14971 の細分箇条 5.2 に従い、意図する使用及び合理的に予見可能な誤使用を文書化する。ロボット手術器具の洗浄プロセスの観点から以下の点を考慮する。附属書 B にてロボット手術器具の洗浄プロセスに関連する事項を例示した。
- 意図する洗浄(用手洗浄、機械洗浄)
- 材質及び特性(構造、組成、製造法等)
- 医療施設で用いる洗浄装置、プロセスケミカルズ及び処理方法
- 洗浄評価時に発生する夾雑物の影響
- ロボット手術器具に付着する生体組織、その他の異物(手術及び再生処理で使用する物品の一部を含む)の種類
- 初回使用前の処置
- 洗浄前の準備
- エネルギーデバイス等に熱固着した汚染物質
- 再生処理を繰り返すことによる材質、部品及び「標識と表示」 への影響
- ロボット手術器具の形状及び構造の複雑さ
- RMD と単回使用医療機器の組み合わせによる影響
5.3. 安全に関する特質の明確化
JIS T 14971 の細分箇条 5.3 に従い、医療機器の安全に影響する定性的及び定量的特質を特定し、文書化する。
ーーーーーーーーーーーーーーー
₁「標識と表示」とは、JIS T 0601-1:2017 箇条 7 にて用いられている用語で、図記号(アイコン等)、文字その他による製品への印刷、刻印、又は表示素子等による情報提供を指す。IEC 60601-1:2020 では identification and marking と記載されている。

5.4. ハザード及び危険状態の特定
JIS T 14971 の細分箇条 5.4 に従い、意図する使用、合理的に予見可能な誤使用及び安全に関する特質に基づいて正常状態及び故障状態の両方においてハザード及び危険状態を特定し文書化する。それにあたり、JIS T 14971 附属書 C の表 C.1-ハザードの例、表 C.2-事象及び周囲の状況の例及び表 C.3-ハザード、予見可能な一連の事象、危険状態と起こり得る危害との関連を参考にするとよい。
さらに、再生処理の現場においては内部の異常を目視等で発見できないことにも留意する。
5.5. リスクコントロール手段の選択
JIS T 14971 の細分箇条 7.1 に従い、リスクを受容可能なレベルまで低減するための適切なリスクコントロール手段を決定するにあたり、次の優先順位に従って、一つ以上のリスクコントロール手段を用いる。
a) 本質的に安全な設計及び製造
b) 医療機器自体又は製造プロセスにおける保護手段
c) 安全に関する情報、及び適切な場合、ユーザートレーニングここで、
a)又は b)を選択した場合、ISO 15883-5 に基づき、洗浄評価方法の妥当性を検証することが望ましい。例えば、
- 汚染方法及び汚染箇所、
- 洗浄後の汚染物の検出法、

- 測定方法
の妥当性確認が含まれる。
c)を選択した場合、ISO 17664-1 に沿って医療施設へ提供すべき情報を決定する。

6. 洗浄評価試験の試験条件の設定の考え方
6.1. 概要
ロボット手術器具の設計開発において、再使用可能又は使用回数制限を設定したロボット手術器具を設計するのであれば、手術に関わる電気的・物理的な機能性に加えて、洗浄・滅菌性についても検証する必要がある。製造販売業者は少なくとも 1 つ以上の妥当性が確認された再生処理手順を提供しなければならない(ISO 17664-1:2021 6.2.1 項)。その妥当性確認には洗浄評価試験が必要不可欠である。本章では、設計開発時におけるテストソイルを用いた洗浄評価試験と臨床状況を再現した条件で付着させた汚れの洗浄評価試験に分け、その方法や考え方、そして注意すべき点等について解説する。なお、この一連の洗浄評価手順については、製造販売業者の QMS に基づいて作成する必要がある。
注釈: 洗浄評価試験プロトコルの例を附属書 D に示す。
6.2. 開発した再生処理方法の妥当性確認として行う洗浄評価試験
開発した洗浄プロセスの妥当性を確認する方法として、一般的に、テストソイルでロボット手術器具を汚染させて洗浄し、その残留量を測定する ISO 15883-5 に準拠した洗浄評価方法が用いられる。その試験を実施する場合の留意点について解説する。
a. テストソイルの選定
製造販売業者は、洗浄評価試験に用いるテストソイルの選定根拠を確立する。
ISO 15883-5:2021 Annex A に、RMD の洗浄評価に使用する代表的なテストソイルの例が記載されている。これらテストソイルは、実際の臨床使用時に生じうる、バイポーラやモノポーラ等焼灼による熱変性させた汚染を想定していないことに注意が必要である。よって、臨床使用で付着する汚れについては、リスクマネジメントを実施した上で必要に応じ、洗浄プロセスの妥当性確認とは別に、開発した洗浄プロセスが臨床汚れについても有効であることを検証する(6.3 参照)。
b. 試験対象製品の選定
製造販売業者は、製品の構造・機能・大きさ等からファミリー分類を行い、そのファミリーの中で最悪な状態の特性(マスター製品)に対して洗浄評価試験を行う(ISO 17664-1:2021
4.3 項、「医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021」参照)。
1 回の試験に用いる製品の本数については、一般的には 3 本以上であるが、その製品の製造過程で発生する寸法のバラつき等を考慮する必要がある。また、製造時のコンタミネーションによる定量試験への影響を検証し、必要であれば前処理を行ってその影響を排除した後、試験に用いる。
c. 汚染方法
(汚染箇所)
製造販売業者は、汚染箇所の設定根拠を確立する。リスクマネジメントのプロセスを実施した上で汚染箇所の設定と妥当性について検討し、評価を行う。
(乾燥時間)
製造販売業者は、汚染から洗浄までの放置時間の設定根拠を確立する。なお、汚染箇所の決定と同様に、リスクマネジメントのプロセスを実施した上でその設定と妥当性について検討、評価するとよい。また、その際に放置時間が部材や材質に与える影響や放置時間中に行う一時処理についても検討するとよい。
注釈: 附属書 C.3.4「ロボット手術器具の使用から洗浄までの時間の影響」を参照。
d. ネガティブコントロールとポジティブコントロール
ロボット手術器具は、他の外科手術で使用する器械とは異なり、多くの材料が複合されて作られている。よって、その材質から添加物や材質成分が溶出する、又はすすぎ不良によりプロセスケミカルズが残留し、定量試薬と反応し偽陽性となる可能性が考えられる。よって、テストソイルを付着させずに洗浄するネガティブコントロールを試験系に組み込むとよい。また、初期の汚染量を算出するため、テストソイルを付着させて洗浄せずに抽出定量を行う、ポジティブコントロールを取り入れるとよい。
e. サンプリング
- サンプルが 60℃以上の水に暴露すると、残留しているタンパク質が熱変性し、回収が困難になるとされているため、60℃以上の洗浄工程や熱水消毒工程を適用しない。
WD の製造販売業者へ依頼し、洗浄評価試験用のプログラムを構築しておくことが望ましい。
- 洗浄後は抽出定量評価までの間の検体の腐食と残留物の腐敗を防ぐため、室温乾燥させるか、5℃未満で輸送する。
- 未消毒品であるため、試験検体として適切な包装形態で輸送する。
f. 試験回数
製造販売業者は、リスクマネジメントのプロセスを実施した上で、再生処理回数の設定等から試験回数について根拠を確立する。製品ファミリー毎に 3 回以上実施するのが一般的である。
g. 残留物の定量
- 方法については、ISO 15883-5:2021 及び「医療現場における滅菌保証のガイドライン
2021」を参照する。
- 回収方法の妥当性を確認する必要がある。
- 試験は ISO 17025 認定を有する試験機関で行うとよい。
6.3. 臨床状況を再現した条件で付着する汚れの洗浄評価試験
6.2 項で妥当性が確認された洗浄プロセスは、リスクマネジメントを実施した上で必要に応じ、臨床状況を再現した汚染条件で実践し、その有効性について確認する。主な目的は、
- 6.2 項で使用したテストソイルは、実際の臨床使用時に生じうるエネルギーデバイスによる汚染物の熱変性を想定していないため、変性した汚染物に対する洗浄効果を確認するため、
- 洗浄効果が指定した再生処理方法の遵守状況、医療施設で使用される水の水質やその他必要な洗浄器具・洗浄器・洗剤の使用方法によっても左右される可能性があるため、
である。以下に臨床状況を再現した条件で洗浄評価を行う場合の留意点を示す。
a. 試験対象製品の選定: 6.2 項 b と同様。
b. 汚染方法: 気腹下では腹腔側が大気圧に対して陽圧となる。気腹圧によって血液等が気密シールを超えてシャフト部内部に逆流する可能性に留意する。必要に応じて気腹圧を再現する実験条件を設定する。
c. ネガティブコントロール: 6.2 項 d と同様。製造販売業者の手順通りに洗浄した場合であっても、用手によるすすぎ操作においてプロセスケミカルズの残留等が考えられるため、ネガティブコントロールを取り入れることが望ましい。
d. サンプリング: 6.2 項 e と同様。
e. 試験回数: 6.2 項 f と同様。
f. 残留物の定量: 6.2 項 g と同様
7. 洗浄担当者に向けて情報提供すべき事項
7.1. 概要
新しい手術器具についてはその革新性、独自性のため、その機器の仕組み、構造、特徴について医療現場における情報や知識が不足することもある。そのため、従来から使用してきた医療機器で培われてきた洗浄方法や目視による洗浄の確認方法が利用できない場合、従来の知識で判断することが却って不適切な場合がありうる。
本章では、臨床現場の立場から、製造販売業者がロボット手術器具の取扱いに関して洗浄担当者に対して提供すべき情報を設定し、取扱説明書を作成する際に考慮すべき事項を述べる。
7.2. ロボット支援手術機器の特質
現在までに発表されているロボット手術器具は、次の特徴を有する。
- ワイヤ機構等微細で複雑な機構を持つ。
- 使用者による分解を前提としていない。
- 外装で覆われているため、目視によって、あるいは院内で一般的に利用できる機材によって内部の残留物を確認できない。
このため、洗浄担当者は次のことを行うことができない。
- 洗浄に用いている金属製のブラシ等を用いることができない(破損のおそれ、内部まで洗浄できない、内部にブラシの破片が混入する恐れ)
- 院内で実施可能な残留物の確認方法を用いることができない(目視できない、破壊的な検証方法を用いることができない)
- 一般的な医療施設では、院内でバリデーションを行うことができない。
このため、一般的な医療施設では取扱説明書の通りに作業することによってのみ、滅菌に必要な清浄度を達成する品質マネジメントができる。
そのため、取扱説明書には一般的な医療施設における最悪条件を想定したバリデーション済みの洗浄方法を記載する。
また、複数社からロボット支援手術機器が販売されていることに鑑みて、他の品目の洗浄方法との部分的差異等が誤解されないことにも留意する必要がある。
7.3. 取扱説明書に記載すべき事項
7.3.1. 共通する留意事項
用手洗浄、機械洗浄及び乾燥工程につき取扱説明書に記載すべき事項を以下に示す。
ISO 17664-1:2021 細分箇条 6.6 及び細分箇条 6.8 に準じて記載した。一般的な医療機器のそれらの工程に対する追加事項についてのみ、典型的な手順に沿って記載している。いずれの場合も、取扱説明書の記載に当たっては、ISO 17664-1:2021 細分箇条 6.1 から 6.5 までの各項に追加して、次の事項にも留意する。
- 不要の手順はその旨明記する。
- 手順が一般的な手順と異なる場合、作業の順番が重要な場合はその旨明記する。
- ロボット手術器具の製造販売業者の推奨(指示)と異なる手順、洗剤を用いて作業した場合に起こりうる事象を例示する。
- 洗浄を行うべきでない状態(過剰な汚染、汚染後長期間の放置、等)があれば例示する。
7.3.2. 用手洗浄工程
a) 段階的説明による手作業方法及び個々のプロセス手順の順序の説明
- 洗浄工程の概要
- 使用から洗浄までの保管方法
- 予備洗浄の方法
- 本洗浄の方法
- ロボット手術器具先端の洗浄方法
- ロボット手術器具内腔の洗浄方法
- ロボット手術器具表面の洗浄方法
- 使用するブラシ、洗浄時間、すすぎ時間、乾燥方法とその時間
- 洗浄が適切に行われたことの確認方法
- すすぎが適切に行われたことの確認方法
b) ロボット手術器具が洗浄終了後に適切に機能することの確認方法
- 再洗浄が必要な場合、その方法
- 超音波洗浄が必要な場合、その手順、出力、洗浄時間等の条件
c) 医療機器が耐えることができる限度を含むプロセス及び処理のパラメータの説明
- 例えば、フラッシュポートに加圧する水圧の限度、陰圧を加えて良いか、等 d) 必要なアクセサリ
e) 必要なプロセスケミカルズの識別及び濃度
- pH、酵素含有の有無等
f) 使用する洗剤の接触時間 g) 使用する水質
- 硬質、軟質の範囲、
- 水圧、
- 水温、等
h) すすぎの方法
- 洗浄及びプロセス残留物が、消毒剤又は滅菌剤と負の相互作用をする可能性がある。中間すすぎが必要な場合はその方法と回数を記載する。
i) 分かっている場合には,ロボット手術器具に対する洗剤の不適合性の識別
7.3.3. 機械洗浄工程
機械洗浄の場合も、現状では完全な機械化(自動化)が行えないので用手洗浄との組み合わせとなる。よって、取扱説明書に記載すべき項目も概ね用手洗浄のそれと同一になる。
以下に前項の用手洗浄との相違点を差分として示す。
a) 段階的説明による手作業方法及び個々のプロセス手順の順序の説明
- 用手的予備洗浄の方法(使用するブラシ等の選定)
- 洗浄機にセットする際の方法、例えばハウジングのポートにチューブを接続する、鉗子の先端部分を開くなどの指示
- 洗浄機(専用ラックが必要な場合にはその指定)、洗浄時間、すすぎ時間、乾燥方法とその時間
7.3.4. 乾燥工程
乾燥は洗浄プロセスの一部として実施される。
a) 医療機器が耐えることができる限度を含むプロセス及び処理のパラメータの説明
- 乾燥に用いる送風の強さ、温度等の限度値、等
b) 必要な場合、乾燥工程に必要なアクセサリの説明
c) 必要な場合、使用する乾燥促進剤の仕様
d) 使用する技法及び乾燥を促進するための特別要求事項
- 乾燥が適切に行われたことの確認方法、等
7.3.5. その他
- 必要な場合、潤滑剤等の種類、量及び使用方法。

GL:付属資料

附属書 A 解説
A.1 本ガイダンスの審議で議論となった事項
A.1.1 本章の目的
本章では、ワーキンググループが本ガイダンスについて議論した事項について説明する。
A.1.2 ロボット手術器具の洗浄に求められるもの
ロボット手術器具を医療施設にて洗浄するには、「洗浄方法が妥当であること(必要な洗浄性能が得られること)」「洗浄の品質マネジメントができていること(その洗浄性能が安定的に得られること)」の2点が必要である。ワーキンググループでは、ロボット手術器具の洗浄に関して製造販売業者と医療施設の間の責任分限が繰り返し議論となった。さらにロボット手術器具の洗浄に関しては各国で規制状況に若干の相違がある。グローバルに事業展開するために必要な事項として国際規格の要求事項と、国内規制上の要求事項を以下に整理する。
A.1.2.1 海外での規制要求事項
欧州の医療機器規制(MDR)では、医療機器への規制として EN 規格又はこれとハーモナイズする国際規格への適合性を要求する。ロボット手術器具の洗浄に関係する国際規格としては、IEC 60601-1、ISO 15883-5 と ISO 17664-1 が存在する。さらに、ドイツ、米国等では医療施設における洗浄プロセスを ISO 13485 に基づく品質マネジメントシステムとして運用すること、監査を受けて認証を受けることが求められている。
ロボット手術器具に関する製品規格として IEC 60601-1 とその個別規格である
IEC 80601-2-77 が適用される。同規格は細分箇条 11.6.6(ME 機器及び ME システムの清掃及び消毒)、11.6.7(ME 機器及び ME システムの滅菌)において、清掃(本ガイダンスの「洗浄」と同義)が耐久性に及ぼす影響の評価を求めているが、洗浄そのものについては要求を定めていない。
ISO 15883 シリーズは WD に関する規格群であり、このうち ISO 15883-5 は WD の洗浄性能の評価方法を規定している。同規格は厳密には医療機器の洗浄評価方法の規格ではないが、WD を用いた医療機器の洗浄方法の評価に用いられている。他に国際標準化された洗浄評価方法が存在しない。洗浄性能に関する MDR 上の規制値は規定されていないが、ドイツでは DGKH, DGSV, AKI によるガイドラインが医療施設に対する基準として設定されている[8]。この基準を達成できない医療機器はドイツの医療施設では使用できないため、医療機器にとってもこの基準は必須である。
米国では、FDA からガイダンス”Reprocessing Medical Devices in Health Care
Settings: Validation Methods and Labeling” (2015)[9]が公表されており、これに従う。この中では基本的な考え方、AAMI TIR 12 及び 30 等の参考とする文書、Human factor と取扱説明書による情報提供、再生処理方法のバリデーションを主に述べている。この中では最悪条件を模した評価試験を行うことが述べられており、本ガイダンス 6.3 章等で扱っているエネルギーデバイスによる加熱の影響、使用時の汚染源への曝露、使用後の乾燥の影響にも言及している。なお、2024 年 2 月時点で、FDA は ISO 15883 シリーズを
recognized consensus standards としておらず、ISO 17664-1 を部分的に recognized している。細分箇条 6.6.1.1(自動化された洗浄方法に関する要求)は[9]と整合しないとしている。
ISO に代表される欧州の考え方は、機械洗浄を主とし用手洗浄を従とするもの、その背景として洗浄評価のバリデーションでは Human factor を極力排除することを重視したと捉えることができる。一方、米国の考え方は、医療施設によっては機械洗浄が必ずしも可能ではないことから機械洗浄を必須とせず、製造販売業者と医療施設にとって適した洗浄方法を選ぶ余地を残したと捉えることができる。また、洗浄担当者の労働安全に関して、欧州は防護具よりも本質的な消毒を優先し、米国は現場の現況を重視した考え方と言える。
A.1.2.2 国内での規制要求事項
2022 年 1 月までに国内で認可されたロボット手術器具は 24 品目存在する。ベッセルシーラー等の一部のエネルギーデバイスを除き、医療機器クラス分類Ⅱとなっている。8品目が基づく大臣承認品目、残りは認証品目である。
ロボット手術器具の洗浄に関係する要求事項としては、
- 医療機器の基本要件 第7条(医療機器の化学的特性等)、第8条(微生物汚染等の防止)
- 「医療機器の製造販売承認申請書添付資料の作成に際し留意すべき事項について」(平成 27 年 1 月 20 日付 薬食機参発 0120 第 9 号) 使用方法の妥当性に関する評価、再滅菌を行って使用することを前提とする医療機器の耐久性に関する検討、滅菌バリデーションの実施状況
- 基本要件により引用される、JIS T 0601-1:2017 細分箇条 11.6.6 及び 11.6.7
- 医療機器の添付文書の記載要領(「医療機器の添付文書の記載要領の改正について」(平成 26 年 10 月 2 日付 薬食発 1002 第 8 号)と関連通知
が挙げられる。薬食機参発 0120 第 9 号では「使用方法が従前と異なる医療機器にあっては、使用方法の妥当性について評価する」とされている。また滅菌バリデーションの前提には、適切な洗浄が実施されていることが含まれている。JIS T 0601-1「清掃」では耐久性に及ぼす影響の評価を求めている。一方、洗浄性能に関する医療機器規制上の基準値は規定されていない。
我が国の医療施設では、医療法により定められている「医療の安全の確保のための措置」が実施されている。「医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021」は洗浄を含む再生処理プロセスを QMS の元で実施することを勧告している。
A.1.3 ロボット手術器具の洗浄に適用可能な WD
本ガイダンスではロボット手術器具の製造販売業者が使用可能な WD の機種を挙げて提示することとしなかった。しかし使用可能な WD を拡充していくことが期待される。
用手洗浄は医療施設の現場の負担が大きいので WD による機械洗浄が期待される。WD に関する現場の主な関心は「どの WD なら利用可能か」「現在保有している WD は利用可能か」であろう。現場はロボット手術器具の洗浄に適した WD の条件、なるべくならば機種名が明示的に示され、使用可能な WD を選ぶ際の参考になる情報を望んでいる。
一方、ロボット手術器具の製造販売業者にとっては、多数存在する WD 機種と洗浄条件(洗剤、水質等を含む)について試験評価を実施することは大きな負担となる。本ガイダンスで述べてきたように、ロボット手術器具の内部の清浄性を現場で確認する簡便な方法がないので、洗浄方法の妥当性はロボット手術器具の製造販売業者が担保しなければならない。この点は用手洗浄でも WD による洗浄でも同じである。WD の規格適合を以てロボット手術器具の洗浄性能を担保するということが(現段階では)できないが、WD のマスター製品を定めてその WD で評価するといった方法も考えられる。
これらに鑑みて、本ガイダンスでは用手洗浄と機械洗浄の両方を扱うこととし、ロボット手術器具の製造販売業者が使用可能な WD の機種を挙げて提示すべきであるか否かには言及しないこととした。
A.1.4 温度・化学的条件の洗浄への影響
本ガイダンス 6 章では「60℃以上の洗浄工程や熱水消毒工程を適用しない」とした。これは、タンパク質の熱変性により残留タンパク質の回収が困難となり、その定量結果に影響を与えるためである(参考:「医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021」 8.1 章)。
WD で実施する場合は途中で装置を止めて洗浄物を取り出さねばならない。WD は高温を加えることを意図する装置であるから、この洗浄評価試験はその WD 自身の洗浄能力の評価としてはある種の妥協を含んでいる。
残留タンパク質の定量には化学的な条件も強く影響する。残留タンパク質の微量定量にあたっては洗浄に用いるケミカルズの影響も含めて検討する必要がある。さらに、熱変性したタンパク質を溶解させる条件も報告されており[10]、将来的には熱水消毒工程を経た後のタンパク質定量方法の確立が期待される。規格等で設定されている残留タンパク質の定量方法と影響する因子、これらの技術動向については参考文献[11] V 項に詳述されており参考になる。
A.2 本ガイダンスにて扱わないこととした事項
A.2.1 整形外科用のロボット手術器具
国内外にて整形外科手術用のロボット支援手術機器が開発・上市されている。しかし、ワーキンググループは次の理由で本文書にてこれらを扱わないことにした。
- これまでに上市された整形外科手術用のロボット支援手術機器ではロボット手術器具がリーマといった既存の手術器具であることから、ロボット支援手術機器に特有の洗浄プロセスに関する特段の要求事項がない.
- 整形外科分野は全体的に清潔性に関して要求が厳しく、内視鏡手術用のロボット手術器具と同じ注意事項が適用できるとは限らない。
A.2.2 再製造や修理に該当する再生処理
これらはそれぞれ再製造を行う製造販売業者、修理業者による業行為であり、洗浄に対する要求も異なっている。
A.2.3 医療施設が実施するロボット手術器具の洗浄の PQ
本ガイダンスは、製造販売業者を主な利用者として想定したので、医療施設がロボット手術器具の洗浄手順について PQ を行う方法については扱わなかった。一般の手術器具を扱う洗浄プロセスの PQ については「医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021」にその方法が解説されている。また、da Vinci のロボット手術器具の再生処理 PQ に関する実践的な解説が公表されており参考になる[12]。
附属書 B ロボット手術器具の洗浄プロセスに関連する、「安全に関する特質の明確化」において検討すべき要因の例
JIS T 14971 の細分箇条 5.3 では、医療機器の安全に影響する定性的及び定量的特質を特定し、文書化することとされている。以下に、ロボット手術器具の洗浄プロセスの観点から考慮することが望ましい要因を TR T 24971 附属書 A.2 に沿って例示した。以下、
(A.2.x)は同附属書 A.2 の項目番号である。なお、同附属書は全ての医療機器に適用するように記載されているので、ここではロボット手術器具の洗浄プロセスに関連しない事項は省略した。

どのような物質若しくは部品が医療機器に組み込まれているか、又は医療機器とともに使われるか、若しくは接触するか (A.2.4)
洗浄プロセスがロボット手術器具及び洗浄時に必要なアクセサリ の物質の組成や物性に影響を与える可能性がある。
患者にエネルギーを与えるか (A.2.5)
エネルギーデバイスの方が機械式ツールよりも多くの残留物が検出されたとの研究発表がある。エネルギーデバイスは患者にエネルギーを与え、その結果自身も温度が上昇する。その熱作用によりロボット手術器具に生体組織が固着して洗浄性に影響を与える可能性がある。
医療機器は、ユーザーが定期的に洗浄及び消毒することを意図しているか (A.2.9)
製造販売業者におけるロボット手術器具の洗浄プロセスの設計・開発に関連する事項。例えば、
- 各洗浄工程における汚染物の減少の変化。
- どのような箇所に汚染物の付着が残留しやすいか。
- 各洗浄工程により汚染物の再付着する可能性はあるか。
安全性に影響を与えないプロセスケミカルズ及び消毒剤の選定。例えば、
- pH 値。
- 浸漬時間等の耐薬品・腐食性・錆の影響。
- すすぎ性。
- 洗浄を実施する際の水質。

洗浄時の操作性に関連する事項。例えば、
- 安全に洗浄作業を実施できるか。
- ロボット手術器具のシャフト部内部(気密シールで区画された部分)の洗浄が必要か。
- 洗浄が必要なアクセサリがロボット手術器具に与える影響。
- 洗浄が必要なアクセサリ自体の劣化。
- (該当する場合)洗浄機毎の機能及び性能がロボット手術器具の洗浄結果に与える影響。
- (該当する場合)エアーブローの実施がロボット手術器具の洗浄結果並びに機能及び性能に与える影響。
好ましくない物質を排出するか (A.2.14)
意図しない物質のロボット手術器具への残留。例えば、
- 製造工程にて使われる物質(除去するための新品処理洗浄が必要になる可能性)。
- 材料又はプロセスケミカルズ等に由来する成分(洗浄評価に用いる測定に影響を与える可能性)。
医療機器は、環境的影響を受けやすいか (A.2.15) 例えば、手術室から中央材料室への輸送時の影響。
医療機器は、環境に影響を及ぼすか (A.2.16)
例えば、中央材料室内の汚染。
医療機器は消耗品又は附属品を必要とするか (A.2.17)
例えば、アクセサリの仕様及び交換時期。
医療機器は、情報へのアクセスを許可するか (A.2.20)
例えば、ロボット手術器具内にあるメモリーに接続されている電気接点への影響。
医療機器は、どのような機械的力を受けるか (A.2.24)
考慮することが望ましい要因としては、搬送時の振動、ブラッシング又はフラッシングによる機械的な力、アクセサリによる機械的な力の及ぼす影響がある。例えば、
- 振動や操作(洗浄操作等)の影響。
- 材質の変化による劣化、伸長。
- 動作による損傷(ワイヤの損傷、等)。
何が医療機器の寿命を決定するか(A.2.25)
例えば、洗浄の繰り返しによるストレス(機械的、化学的、熱的)の影響。
医療機器の使用は、特別な訓練又は特別な技能を必要とするか (A.2.28)
例えば、洗浄担当者への特別な訓練又は特別な技能の要否。
安全に関する情報がどのように供給されるのか (A.2.29) 例えば、洗浄担当者への情報提供の要否。
医療機器の適切な使用は、ユーザーインターフェイスのユーザビリティに依存するか
(A.2.31)
- 洗浄担当者は「使用者」とみなす必要がある。
どのようにして医療機器が誤使用されるのか(故意か、どうか) (A.2.33) 考慮することが望ましい要因は、例えば、
- 医療施設において、術後の使用済みロボット手術器具を回収する際に製造販売業者が推奨した回収方法で回収されない可能性。
- また回収後の洗浄プロセスにおいて、指示する取扱説明書通りに実施せず、手順の省略又は改変する可能性。  

附属書 C 機材の基礎知識
C.1 ロボット手術器具
C.1.1 概要
ロボット支援手術機器のロボット手術器具は、一般的に製造販売業者の定める使用回数まで複数回の手術に使用できる仕様とされている。複数回の手術に使用する場合には、手術完了後に医療施設にてロボット手術器具の洗浄滅菌を実施する。
ロボット手術器具の種類は、エネルギーデバイスと非エネルギーデバイスに大別することができる。エネルギーデバイスの代表例は、モノポーラ、バイポーラ、及びステープラ等の高周波能動処置具としての機能をもつものである。非エネルギーデバイスの代表例は、高周波能動処置具としての機能をもたない把持用ロボット手術器具や切離用ロボット手術器具等である。
C.1.2 国際規格
IEC 80601-2-77 (Medical electrical equipment – Part 2-77: Particular requirements
for the basic safety and essential performance of robotically assisted surgical
equipment)にロボット手術器具 (robotic surgical instrument)に関する記述があり、参考とすることが可能である。
C.1.3 形状、構造、及び原理
ロボット手術器具の一般的な形状、構造及び原理を示す。
- ハウジング部、シャフト部、先端部から構成される(図 C-1)。
- ハウジング部は、ロボット手術器具をロボットアーム先端に装着する部分であり、カートリッジ部背面にはロボットアーム先端からの動力をロボット手術器具に伝達する駆動子がある。また、カートリッジ部端面には、ロボット手術器具内部を洗浄するためのフラッシュポートがある。
- シャフト部は、内視鏡下での手術を実現する為に一定以上の長さをもち、内部にはロボット手術器具先端を駆動させるためのワイヤや、洗浄水を先端部まで流すためのルーメンがある。エネルギーデバイスの場合には、シャフト部内に電線等も配置される。 ワイヤ及び電線類がシャフト部内外を貫通する部分には、内視鏡手術における気腹圧を維持するための気密シールが存在する(図 C-1 矢印部)。
- 先端部は、用途により形状が異なり、例えば、把持、切離、電気焼灼、ステープリング等のそれぞれの目的に応じた形状がある。先端部に 2 つ以上の関節をもつものもあり、鋼製器具や内視鏡処置具に比較して複雑な構造をもつ傾向にある。
- ロボット手術器具はユーザーが分解できない構造となっている。


図 C-1:ロボット手術器具模式図例 上:フラッシュポートとシャフト内部の通水管
下:先端部の構造(ワイヤ及び電線類が気密シールを介してシャフト内外を貫いている) 図省略

C.2 ウォッシャーディスインフェクター (WD)
C.2.1 概要
WD は 1970 年代にドイツで開発された洗浄器であり、現在、国内の医療施設が採用する自動洗浄方法において、他の方法と比較して多用されている。対象とする RMD は一般的な手術器械以外に、鏡視下手術器具、マイクロ手術器具、麻酔用具、各種容器等広範囲におよぶ。
チャンバ内に取り入れた洗浄液やすすぎ水を循環ポンプで加圧し、スプレーアームやノズルを通じて汚染された RMD に噴射することで、洗浄、すすぎ、90~93℃の熱水を用いた消毒、ヒータにより加温された温風を槽内に供給することで乾燥を行う。
近年、WD はロボット手術器具のハウジングとシャフト内部への通水が可能な専用ラック、アクセサリとともに、ロボット手術器具の洗浄に応用されているが、医療現場においては WD を適用する前に、前処理(浸漬、加圧水によるフラッシング、エアガンによる水切り、等)が施されている。
ロボット手術器具は、一般的な RMD と比較して処理時間が長く、前洗浄から機械洗浄に至る過程で消費されるプロセスケミカルズの消費量も多い。これはロボット手術器具の構造や材質の特性に起因するため、より簡便に汚染を除去できる特性を備えることが今後の課題といえる。
C.2.2 ロボット手術器具に適用する WD の条件
C.2.2.1 国際規格
ISO 15883-1 は、医学、歯学、製薬及び獣医学の領域において RMD の洗浄と消毒に用いられる WD 全般に対する水平規格であり、パート 2 以降で異なる類型の WD が共通して備えるべき機械的要求事項、性能要求事項及びそれらに対する適合性を確認するための試験要求事項を規定している。また、ISO 15883-2 は、手術器具、麻酔用具等の洗浄と消毒に用いられる WD に対する個別規格であり、手術医療を実施する施設の CSSD で使用される WD の多くが、同規格に適合している(規格認証の有無は WD の製造販売業者に確認する必要がある)。
前述の規格適合性の確認とは、すなわちバリデーションであり、同規格に適合する WD とは、国際的に必要とされる各種要求事項に適合していることになる。
ロボット手術器具の製造販売業者が WD による清浄化方法の評価及び製品適格性確認を実施する際には、その WD が ISO 15883-2 に適合していることが選定基準の一つとなる。
ただし、日本国内では WD 以外の洗浄器(例:超音波洗浄器)も多数用いられていることに鑑みて、日本国内での実情に合わせた洗浄器の選定、例えばロボット手術器具の洗浄工程が検証された実績を有する洗浄器を用いて製品適格性確認を行うことも考えられる。
C.2.2.2 実行可能な工程及び設定範囲
WD は、一般的に洗浄、すすぎ、熱水消毒、乾燥の各工程を連続したプロセスで自動実行するが、設定する工程と範囲(時間、温度、圧力、プロセスケミカルズの投入量等)については、RMD の要求に適合していなければその WD を使用できない。このことはロボット手術器具に対しても同様である。製造販売業者はロボット手術器具の洗浄プロセスを開発するにあたり、臨床上、付着することが予想される汚染の種類、及び製品適格性確保等の観点から、その WD が適用可能であるかを判断する。
C.2.2.3 監視可能なプロセス変数の範囲
WD のプロセス変数としては温度、時間、プロセスケミカルズの投入量、スプレイアームの回転、洗浄圧力が挙げられる。複数の材質が組み合わされるロボット手術器具の清浄化及び製品適格性確保の観点から、必要なプロセス変数に対する監視機能を装備している必要がある。
C.2.3 ラック、アクセサリ
ロボット手術器具はハウジング、シャフト、先端部が一体化されて分解できない構造である上、ハウジングと先端部をつなぐワイヤがシャフト内に収納される複雑な構造を有する。手術で使用されたロボット手術器具は、先端部内側とシャフト内部が汚染されるため、WD 本体から供給される水流を器具内部に還流させる必要がある。また、医療現場における WD は、ロボット手術器具以外にも様々な手術で使用された RMD を洗浄しており、槽内や循環系統に取り残された不溶性の微細な異物が、灌流によってロボット手術器具の内部に入り込むことで、製品適格性が損なわれる可能性があることを考慮し、必要に応じ、それらから製品を保護する施策を取り入れなければならない。
さらに加圧水流による揺動が、ロボット手術器具を破損させる恐れがあるため、固定方法についても検討、検証する必要がある。
ロボット手術器具は一般的な RMD と異なる特性を有することから、適用するラックとアクセサリは、清浄化と製品適格性確保の両面から設計される必要がある。
C.2.4 WD 以外の設備
ロボット手術器具は複雑な構造を有することから、WD による洗浄を適用する前に予備洗浄を行う場合がある。予備洗浄にはシンクの活栓による流水、恒温槽への浸漬、超音波洗浄、ウォーターガン、エアガンが使用されるのが一般的である。また、ブラシ、スポンジを使用する場合は、ロボット手術器具の製品適格性に影響を与えないものを選定する。
C.3 洗剤
C.3.1 概要
RMD の再生処理における洗浄工程は、無菌性保証水準(SAL≦10-6)を達成するために必要不可欠な工程であり、適切な洗浄を実施することが求められる。その洗浄工程における洗剤の化学的作用は重要であり、物理的作用と組み合わせることにより、洗浄効果が飛躍的に向上する。一方、洗剤は様々な化学物質から成る混合物であり、RMD は洗浄中それら化学物質と長時間接触する場合もあることから、RMD を構成する素材に対する影響を考慮しなければならない。よって、洗剤の特性を把握することは重要である。洗剤の特性や材質適合性等の基礎的な情報については、「医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021」の「第 2 章 医療現場における洗浄」に詳細に記載されているため割愛し、本章ではロボット手術器具を洗浄する際に知っておくべき洗剤の選定に関する情報について記載することとする。
C.3.2 洗剤選定で考慮すべき事項
RMD は、洗浄工程において洗剤と繰り返し接触するため、洗剤を選定する際は、洗剤が RMD の製品適格性に与える影響を考慮する。RMD の製品適格性とは、「安全性」・「品質」・「性能」であり、洗浄プロセス終了後に問題がないことを確認する。洗剤は、各確認項目に対して影響を及ぼす可能性が考えられるため、検証を行い、妥当性を確認するとよ
い。RMD の製品適格性と確認項目、そしてそれに対する洗剤関連因子と検証方法について表 C-1 に示す。
なお、RMD の品質及び性能に対する影響は、洗浄プロセス後ではなく、滅菌プロセス後に発生する場合があることに留意する。これは、洗浄プロセス中に洗剤成分が RMD 材質へ浸透し、蒸気滅菌など高温高圧に曝されることによりはじめて RMD 材質に変化をもたらす可能性があるためである。

表 C-1:製品適格性と検証方法
表省略

C.3.3 効果的な洗浄について
洗浄効果に影響を与える因子は多く、それらを最適化することにより効果的な洗浄が実現可能となる。洗浄効果に影響する因子と最適化例について表 C-2 に示す。
表 C-2:洗浄効果に影響を与える因子と最適化例
表省略

C.3.4 ロボット手術器具の使用から洗浄までの時間の影響
上記を検討して実施することで洗浄効果と製品適格性を両立させることができるが、現実には手術室にてロボット手術器具を使用してから洗浄を行うまでの時間を考慮する必要がある。使用後に洗浄するまでの時間を取扱説明書で規定しても、現場がこれを厳守することは様々な事情により容易でない。長時間放置が生じうるとの前提にたち、その影響の評価と対策、情報提供も重要である。
長時間放置される一例として、CSSD 業務時間外に器具類が持ち込まれるケースが生じうる。一般的な RMD が長時間放置された際に生じうる影響とその事前対策の一例を以下に紹介する。
- 影響① 付着した汚染物が乾燥して固着して洗浄抵抗性が高くなる可能性がある。その対策としては乾燥凝固防止策の適用又は前処理の実施がある。
- 影響② 汚染物との長時間接触によりロボット手術器具の材質腐食が生じる可能性がある。その対策としては、より腐食しにくい材質の選定、乾燥凝固防止剤の散布がある。  

附属書 D 洗浄評価試験プロトコルの例
D.1 本附属書について
6.2 章「開発した再生処理方法の妥当性確認として行う洗浄評価試験」にて述べた洗浄評価試験のプロトコルの一例を示す。細部が省略されているので、洗浄評価試験を実施しようとする者は、社内の品質管理規定等に従って再現性のあるプロトコルを確立する必要がある。
注釈: このプロトコルは一例であり、全てが必須とは限らない。例えばヘモグロビン定性試験は「医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021」に含まれていない。
D.2 洗浄評価試験の流れ

図 D-1:洗浄評価試験の流れ
図省略

D.3 洗浄評価試験プロトコル
D.3.1 試験項目と合否判定基準
リスクアセスメントの結果に基づいて試験項目と合否判定基準を決定する。
表 D-1:試験項目と合否判定基準
表省略

D.3.2 供試器械
- 機械式鉗子 x 本
- モノポーラ鉗子 y 本
- バイポーラ鉗子 z 本
D.3.3 試験検体新品処理
D.4「洗浄」と同じ手順を 2 回実施する。
D.3.4 汚染
D.3.4.1 テストソイル
1mL あたり 10 単位(IU)のヘパリンを添加したヒツジ血 10mL を用い、1mL あたり 15 単位(IU)になるように硫酸プロタミン(ヘパリン添加ヒツジ血 10mL に 1%硫酸プロタミンを
0.15mL)を加える。
ISO 15883-5:2021 附属書 A、「医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021」 8.5.2 テストデバイスの準備に基づく。
D.3.4.2 汚染手順
規定した汚染手順を実施する。

表 D-2:汚染手順
番号  検体の汚染手順
1  手袋を装着する。
2  疑似汚染物を調製する。
3  鉗子先端部を疑似汚染物へ浸漬し、鉗子可動部を規定回数動作させる。
4  鉗子シャフト内へ疑似汚染物を注入する。
5  室温で1時間乾燥させる。

D.4 洗浄
評価対象とする洗浄手順を実施する。
D.5 抽出
ISO 15883-1:2006 附属書 C に記載されている 1%SDS 溶液を用いた抽出方法に基づき実施する。
表 D-3: 検体の抽出手順
番号  検体の抽出手順
1  鉗子先端部を 1%SDS 溶液へ浸漬し、鉗子可動部を規定回数動作させ、溶液を回収する。
2  鉗子シャフト内へ 1%SDS 溶液を注入し、鉗子可動部を規定回数動作させ、溶液を回収する。

合否判定
D.5.1 判定項目
D.5「抽出」で得た溶液に対して次の試験を行ない、合否判定する。
D.5.2 ヘモグロビン定性試験
試験紙に規定量の溶液を染み込ませ、試験紙が呈色したか否かを目視にて確認する。
D.5.3 残留タンパク質測定
ISO 15883-1 附属書 C に基づき実施する。「医療現場における滅菌保証のガイドライン
2021」に記載の残留タンパク質の許容量を下回っていることを確認する。
注釈: 1%SDS 溶液を用いて抽出したので、CBB 法を用いることはできない。「医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021」8.6 蛋白質の定量測定を参照。

附属書 E 参考文献

[1] Wallace B, Wille F, Roth K, Hubert H: Results of Performance Qualification Testing on Clinically-Used da Vinci EndoWrist Instruments at Hospitals in Germany. Central Service 3:182-187, 2015.
[2] Saito, Y, Yasuhara, H, Murakoshi, S, Komatsu, T, Fukatsu, K, Uetera, U. Challenging residual contamination of instruments for robotic surgery. Infect Control Hosp Epidemiol 10:1-4, 2016.
[3] von Landenberg, Nicolas, Alexander P. Cole, Philipp Gild and Quoc-Dien Trinh. Challenging Residual Contamination of Instruments for Robotic Surgery in Japan. Infect Control Hosp Epidemiol 38(4): 501-502, 2017.
[4] Wallace, B. A Response to the Validity of an Article Reporting Contrary Cleaning Efficacy Results for Robotic Surgical Instruments. Infect Control Hosp Epidemiol 38(5): 625-626, 2017.
[5] Saito, Y., Yasuhara, H., Murakoshi, S., Komatsu, T., Fukatsu, K., & Uetera, Y. Concerns Associated with Cleaning Robotic Surgical Instruments—Response to Wallace. Infect Control Hosp Epidemiol, 38(8): 1014-1015, 2017.
[6] Wehrl M, Albers G, Bühler K, Diedrich D, Frister H, Heintz M, Hubert H, Köhnlein J, Michels W, Rosenberg U, Roth K, Wallace B. Round robin tests conducted by the working group DaVinci («AG DaVinci») to establish a method for testing the cleaning of MIS robotic instruments. Central Service, 22(3): 165179, 2014.
[7] 高階 雅紀, 藤田 敏, Wallace Brian. 国内多施設におけるロボット支援手術機器の洗浄後蛋白質残留量調査. 医療機器学, 89(2): 173, 2019.
[8] Guideline compiled by DGKH, DGSV and AKI for the validation and routine monitoring of automated cleaning and thermal disinfection processes for medical devices, 5th Edition, Central Service Suppl., 2017.
(日本語訳) https://www.smplabjapan.com/de-guideline2017

[9] USFDA. Reprocessing Medical Devices in Health Care Settings: Validation Methods and Labeling, Guidance for Industry and Food and Drug Administration Staff, FDA-2011-D-0293, March 2015.
[10] 植松 美幸, 宮本 優子, 伊藤 嘉章, 他. 再使用可能および再製造医療機器の清浄性評価における新規残留タンパク質回収・定量法. 医療機器学, 92(4): 400-14,
2022.
[11] 厚生労働省再製造 SUD 基準策定等事業, 令和 3 年度再製造 SUD 推進検討委員会報告書, 2022. https://dmd.nihs.go.jp/rsud_public/
[12] IG WiG Working Group 編, Recommendation, Validation of da Vinci Instrument
Reprocessing Process
(日本語訳) https://www.smplabjapan.com/single-post/スイス ig-wig-da-vinci 機器の再生処理プロセスバリデーションに関するガイドラインの和訳掲載についてロボット支援手術機器ツール部の洗浄処理に関する開発 WG 委員

座長 高階 雅紀 大阪大学医学部附属病院 病院教授材料部部長、サプライセンター長、
         MEサービス部部長、手術部副部長
安藤 岳洋 朝日サージカルロボティクス株式会社 代表取締役社長
   池田 誠 エスエムピー・ラボラトリーズ・ジャパン株式会社 副社長
   市橋 友子 聖路加国際大学 聖路加国際病院 中央滅菌課
   小林 英津子 東京大学大学院 工学系研究科精密工学専攻 教授
篠原 一彦 東京工科大学 教授医療保健学部 臨床工学科 医療保健学部長
清水 応健 株式会社イヌイメデイックス開発研究所 所長
辻 昭弘 株式会社メディカロイド 開発部 兼 マーケティング部 係長
深柄 和彦 東京大学医学部附属病院教授手術部 手術部部長、材料管理部部長
藤田 敏 クリーンケミカル株式会社 技術部 第一開発グループ 課長
松本 慎一 村中医療器株式会社 システム営業部 部長
宮下 清照 リバーフィールド株式会社 薬事統括部 部長
(敬称略、委員所属等は WG 活動当時のものである)

引用関連規格

附属書 A 解説
A.1 本ガイダンスの審議で議論となった事項
A.1.1 本章の目的
本章では、ワーキンググループが本ガイダンスについて議論した事項について説明する。
A.1.2 ロボット手術器具の洗浄に求められるもの
ロボット手術器具を医療施設にて洗浄するには、「洗浄方法が妥当であること(必要な洗浄性能が得られること)」「洗浄の品質マネジメントができていること(その洗浄性能が安定的に得られること)」の2点が必要である。ワーキンググループでは、ロボット手術器具の洗浄に関して製造販売業者と医療施設の間の責任分限が繰り返し議論となった。さらにロボット手術器具の洗浄に関しては各国で規制状況に若干の相違がある。グローバルに事業展開するために必要な事項として国際規格の要求事項と、国内規制上の要求事項を以下に整理する。
A.1.2.1 海外での規制要求事項
欧州の医療機器規制(MDR)では、医療機器への規制として EN 規格又はこれとハーモナイズする国際規格への適合性を要求する。ロボット手術器具の洗浄に関係する国際規格としては、IEC 60601-1、ISO 15883-5 と ISO 17664-1 が存在する。さらに、ドイツ、米国等では医療施設における洗浄プロセスを ISO 13485 に基づく品質マネジメントシステムとして運用すること、監査を受けて認証を受けることが求められている。
ロボット手術器具に関する製品規格として IEC 60601-1 とその個別規格である
IEC 80601-2-77 が適用される。同規格は細分箇条 11.6.6(ME 機器及び ME システムの清掃及び消毒)、11.6.7(ME 機器及び ME システムの滅菌)において、清掃(本ガイダンスの「洗浄」と同義)が耐久性に及ぼす影響の評価を求めているが、洗浄そのものについては要求を定めていない。
ISO 15883 シリーズは WD に関する規格群であり、このうち ISO 15883-5 は WD の洗浄性能の評価方法を規定している。同規格は厳密には医療機器の洗浄評価方法の規格ではないが、WD を用いた医療機器の洗浄方法の評価に用いられている。他に国際標準化された洗浄評価方法が存在しない。洗浄性能に関する MDR 上の規制値は規定されていないが、ドイツでは DGKH, DGSV, AKI によるガイドラインが医療施設に対する基準として設定されている[8]。この基準を達成できない医療機器はドイツの医療施設では使用できないため、医療機器にとってもこの基準は必須である。
米国では、FDA からガイダンス”Reprocessing Medical Devices in Health Care
Settings: Validation Methods and Labeling” (2015)[9]が公表されており、これに従う。この中では基本的な考え方、AAMI TIR 12 及び 30 等の参考とする文書、Human factor と取扱説明書による情報提供、再生処理方法のバリデーションを主に述べている。この中では最悪条件を模した評価試験を行うことが述べられており、本ガイダンス 6.3 章等で扱っているエネルギーデバイスによる加熱の影響、使用時の汚染源への曝露、使用後の乾燥の影響にも言及している。なお、2024 年 2 月時点で、FDA は ISO 15883 シリーズを
recognized consensus standards としておらず、ISO 17664-1 を部分的に recognized している。細分箇条 6.6.1.1(自動化された洗浄方法に関する要求)は[9]と整合しないとしている。
ISO に代表される欧州の考え方は、機械洗浄を主とし用手洗浄を従とするもの、その背景として洗浄評価のバリデーションでは Human factor を極力排除することを重視したと捉えることができる。一方、米国の考え方は、医療施設によっては機械洗浄が必ずしも可能ではないことから機械洗浄を必須とせず、製造販売業者と医療施設にとって適した洗浄方法を選ぶ余地を残したと捉えることができる。また、洗浄担当者の労働安全に関して、欧州は防護具よりも本質的な消毒を優先し、米国は現場の現況を重視した考え方と言える。
A.1.2.2 国内での規制要求事項
2022 年 1 月までに国内で認可されたロボット手術器具は 24 品目存在する。ベッセルシーラー等の一部のエネルギーデバイスを除き、医療機器クラス分類Ⅱとなっている。8品目が基づく大臣承認品目、残りは認証品目である。
ロボット手術器具の洗浄に関係する要求事項としては、
- 医療機器の基本要件 第7条(医療機器の化学的特性等)、第8条(微生物汚染等の防止)
- 「医療機器の製造販売承認申請書添付資料の作成に際し留意すべき事項について」(平成 27 年 1 月 20 日付 薬食機参発 0120 第 9 号) 使用方法の妥当性に関する評価、再滅菌を行って使用することを前提とする医療機器の耐久性に関する検討、滅菌バリデーションの実施状況
- 基本要件により引用される、JIS T 0601-1:2017 細分箇条 11.6.6 及び 11.6.7
- 医療機器の添付文書の記載要領(「医療機器の添付文書の記載要領の改正について」(平成 26 年 10 月 2 日付 薬食発 1002 第 8 号)と関連通知
が挙げられる。薬食機参発 0120 第 9 号では「使用方法が従前と異なる医療機器にあっては、使用方法の妥当性について評価する」とされている。また滅菌バリデーションの前提には、適切な洗浄が実施されていることが含まれている。JIS T 0601-1「清掃」では耐久性に及ぼす影響の評価を求めている。一方、洗浄性能に関する医療機器規制上の基準値は規定されていない。
我が国の医療施設では、医療法により定められている「医療の安全の確保のための措置」が実施されている。「医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021」は洗浄を含む再生処理プロセスを QMS の元で実施することを勧告している。
A.1.3 ロボット手術器具の洗浄に適用可能な WD
本ガイダンスではロボット手術器具の製造販売業者が使用可能な WD の機種を挙げて提示することとしなかった。しかし使用可能な WD を拡充していくことが期待される。
用手洗浄は医療施設の現場の負担が大きいので WD による機械洗浄が期待される。WD に関する現場の主な関心は「どの WD なら利用可能か」「現在保有している WD は利用可能か」であろう。現場はロボット手術器具の洗浄に適した WD の条件、なるべくならば機種名が明示的に示され、使用可能な WD を選ぶ際の参考になる情報を望んでいる。
一方、ロボット手術器具の製造販売業者にとっては、多数存在する WD 機種と洗浄条件(洗剤、水質等を含む)について試験評価を実施することは大きな負担となる。本ガイダンスで述べてきたように、ロボット手術器具の内部の清浄性を現場で確認する簡便な方法がないので、洗浄方法の妥当性はロボット手術器具の製造販売業者が担保しなければならない。この点は用手洗浄でも WD による洗浄でも同じである。WD の規格適合を以てロボット手術器具の洗浄性能を担保するということが(現段階では)できないが、WD のマスター製品を定めてその WD で評価するといった方法も考えられる。
これらに鑑みて、本ガイダンスでは用手洗浄と機械洗浄の両方を扱うこととし、ロボット手術器具の製造販売業者が使用可能な WD の機種を挙げて提示すべきであるか否かには言及しないこととした。
A.1.4 温度・化学的条件の洗浄への影響
本ガイダンス 6 章では「60℃以上の洗浄工程や熱水消毒工程を適用しない」とした。これは、タンパク質の熱変性により残留タンパク質の回収が困難となり、その定量結果に影響を与えるためである(参考:「医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021」 8.1 章)。
WD で実施する場合は途中で装置を止めて洗浄物を取り出さねばならない。WD は高温を加えることを意図する装置であるから、この洗浄評価試験はその WD 自身の洗浄能力の評価としてはある種の妥協を含んでいる。
残留タンパク質の定量には化学的な条件も強く影響する。残留タンパク質の微量定量にあたっては洗浄に用いるケミカルズの影響も含めて検討する必要がある。さらに、熱変性したタンパク質を溶解させる条件も報告されており[10]、将来的には熱水消毒工程を経た後のタンパク質定量方法の確立が期待される。規格等で設定されている残留タンパク質の定量方法と影響する因子、これらの技術動向については参考文献[11] V 項に詳述されており参考になる。
A.2 本ガイダンスにて扱わないこととした事項
A.2.1 整形外科用のロボット手術器具
国内外にて整形外科手術用のロボット支援手術機器が開発・上市されている。しかし、ワーキンググループは次の理由で本文書にてこれらを扱わないことにした。
- これまでに上市された整形外科手術用のロボット支援手術機器ではロボット手術器具がリーマといった既存の手術器具であることから、ロボット支援手術機器に特有の洗浄プロセスに関する特段の要求事項がない.
- 整形外科分野は全体的に清潔性に関して要求が厳しく、内視鏡手術用のロボット手術器具と同じ注意事項が適用できるとは限らない。
A.2.2 再製造や修理に該当する再生処理
これらはそれぞれ再製造を行う製造販売業者、修理業者による業行為であり、洗浄に対する要求も異なっている。
A.2.3 医療施設が実施するロボット手術器具の洗浄の PQ
本ガイダンスは、製造販売業者を主な利用者として想定したので、医療施設がロボット手術器具の洗浄手順について PQ を行う方法については扱わなかった。一般の手術器具を扱う洗浄プロセスの PQ については「医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021」にその方法が解説されている。また、da Vinci のロボット手術器具の再生処理 PQ に関する実践的な解説が公表されており参考になる[12]。
附属書 B ロボット手術器具の洗浄プロセスに関連する、「安全に関する特質の明確化」において検討すべき要因の例
JIS T 14971 の細分箇条 5.3 では、医療機器の安全に影響する定性的及び定量的特質を特定し、文書化することとされている。以下に、ロボット手術器具の洗浄プロセスの観点から考慮することが望ましい要因を TR T 24971 附属書 A.2 に沿って例示した。以下、
(A.2.x)は同附属書 A.2 の項目番号である。なお、同附属書は全ての医療機器に適用するように記載されているので、ここではロボット手術器具の洗浄プロセスに関連しない事項は省略した。

どのような物質若しくは部品が医療機器に組み込まれているか、又は医療機器とともに使われるか、若しくは接触するか (A.2.4)
洗浄プロセスがロボット手術器具及び洗浄時に必要なアクセサリ の物質の組成や物性に影響を与える可能性がある。
患者にエネルギーを与えるか (A.2.5)
エネルギーデバイスの方が機械式ツールよりも多くの残留物が検出されたとの研究発表がある。エネルギーデバイスは患者にエネルギーを与え、その結果自身も温度が上昇する。その熱作用によりロボット手術器具に生体組織が固着して洗浄性に影響を与える可能性がある。
医療機器は、ユーザーが定期的に洗浄及び消毒することを意図しているか (A.2.9)
製造販売業者におけるロボット手術器具の洗浄プロセスの設計・開発に関連する事項。例えば、
- 各洗浄工程における汚染物の減少の変化。
- どのような箇所に汚染物の付着が残留しやすいか。
- 各洗浄工程により汚染物の再付着する可能性はあるか。
安全性に影響を与えないプロセスケミカルズ及び消毒剤の選定。例えば、
- pH 値。
- 浸漬時間等の耐薬品・腐食性・錆の影響。
- すすぎ性。
- 洗浄を実施する際の水質。

洗浄時の操作性に関連する事項。例えば、
- 安全に洗浄作業を実施できるか。
- ロボット手術器具のシャフト部内部(気密シールで区画された部分)の洗浄が必要か。
- 洗浄が必要なアクセサリがロボット手術器具に与える影響。
- 洗浄が必要なアクセサリ自体の劣化。
- (該当する場合)洗浄機毎の機能及び性能がロボット手術器具の洗浄結果に与える影響。
- (該当する場合)エアーブローの実施がロボット手術器具の洗浄結果並びに機能及び性能に与える影響。
好ましくない物質を排出するか (A.2.14)
意図しない物質のロボット手術器具への残留。例えば、
- 製造工程にて使われる物質(除去するための新品処理洗浄が必要になる可能性)。
- 材料又はプロセスケミカルズ等に由来する成分(洗浄評価に用いる測定に影響を与える可能性)。
医療機器は、環境的影響を受けやすいか (A.2.15) 例えば、手術室から中央材料室への輸送時の影響。
医療機器は、環境に影響を及ぼすか (A.2.16)
例えば、中央材料室内の汚染。
医療機器は消耗品又は附属品を必要とするか (A.2.17)
例えば、アクセサリの仕様及び交換時期。
医療機器は、情報へのアクセスを許可するか (A.2.20)
例えば、ロボット手術器具内にあるメモリーに接続されている電気接点への影響。
医療機器は、どのような機械的力を受けるか (A.2.24)
考慮することが望ましい要因としては、搬送時の振動、ブラッシング又はフラッシングによる機械的な力、アクセサリによる機械的な力の及ぼす影響がある。例えば、
- 振動や操作(洗浄操作等)の影響。
- 材質の変化による劣化、伸長。
- 動作による損傷(ワイヤの損傷、等)。
何が医療機器の寿命を決定するか(A.2.25)
例えば、洗浄の繰り返しによるストレス(機械的、化学的、熱的)の影響。
医療機器の使用は、特別な訓練又は特別な技能を必要とするか (A.2.28)
例えば、洗浄担当者への特別な訓練又は特別な技能の要否。
安全に関する情報がどのように供給されるのか (A.2.29) 例えば、洗浄担当者への情報提供の要否。
医療機器の適切な使用は、ユーザーインターフェイスのユーザビリティに依存するか
(A.2.31)
- 洗浄担当者は「使用者」とみなす必要がある。
どのようにして医療機器が誤使用されるのか(故意か、どうか) (A.2.33) 考慮することが望ましい要因は、例えば、
- 医療施設において、術後の使用済みロボット手術器具を回収する際に製造販売業者が推奨した回収方法で回収されない可能性。
- また回収後の洗浄プロセスにおいて、指示する取扱説明書通りに実施せず、手順の省略又は改変する可能性。  

附属書 C 機材の基礎知識
C.1 ロボット手術器具
C.1.1 概要
ロボット支援手術機器のロボット手術器具は、一般的に製造販売業者の定める使用回数まで複数回の手術に使用できる仕様とされている。複数回の手術に使用する場合には、手術完了後に医療施設にてロボット手術器具の洗浄滅菌を実施する。
ロボット手術器具の種類は、エネルギーデバイスと非エネルギーデバイスに大別することができる。エネルギーデバイスの代表例は、モノポーラ、バイポーラ、及びステープラ等の高周波能動処置具としての機能をもつものである。非エネルギーデバイスの代表例は、高周波能動処置具としての機能をもたない把持用ロボット手術器具や切離用ロボット手術器具等である。
C.1.2 国際規格
IEC 80601-2-77 (Medical electrical equipment – Part 2-77: Particular requirements
for the basic safety and essential performance of robotically assisted surgical
equipment)にロボット手術器具 (robotic surgical instrument)に関する記述があり、参考とすることが可能である。
C.1.3 形状、構造、及び原理
ロボット手術器具の一般的な形状、構造及び原理を示す。
- ハウジング部、シャフト部、先端部から構成される(図 C-1)。
- ハウジング部は、ロボット手術器具をロボットアーム先端に装着する部分であり、カートリッジ部背面にはロボットアーム先端からの動力をロボット手術器具に伝達する駆動子がある。また、カートリッジ部端面には、ロボット手術器具内部を洗浄するためのフラッシュポートがある。
- シャフト部は、内視鏡下での手術を実現する為に一定以上の長さをもち、内部にはロボット手術器具先端を駆動させるためのワイヤや、洗浄水を先端部まで流すためのルーメンがある。エネルギーデバイスの場合には、シャフト部内に電線等も配置される。 ワイヤ及び電線類がシャフト部内外を貫通する部分には、内視鏡手術における気腹圧を維持するための気密シールが存在する(図 C-1 矢印部)。
- 先端部は、用途により形状が異なり、例えば、把持、切離、電気焼灼、ステープリング等のそれぞれの目的に応じた形状がある。先端部に 2 つ以上の関節をもつものもあり、鋼製器具や内視鏡処置具に比較して複雑な構造をもつ傾向にある。
- ロボット手術器具はユーザーが分解できない構造となっている。


図 C-1:ロボット手術器具模式図例 上:フラッシュポートとシャフト内部の通水管
下:先端部の構造(ワイヤ及び電線類が気密シールを介してシャフト内外を貫いている) 図省略

C.2 ウォッシャーディスインフェクター (WD)
C.2.1 概要
WD は 1970 年代にドイツで開発された洗浄器であり、現在、国内の医療施設が採用する自動洗浄方法において、他の方法と比較して多用されている。対象とする RMD は一般的な手術器械以外に、鏡視下手術器具、マイクロ手術器具、麻酔用具、各種容器等広範囲におよぶ。
チャンバ内に取り入れた洗浄液やすすぎ水を循環ポンプで加圧し、スプレーアームやノズルを通じて汚染された RMD に噴射することで、洗浄、すすぎ、90~93℃の熱水を用いた消毒、ヒータにより加温された温風を槽内に供給することで乾燥を行う。
近年、WD はロボット手術器具のハウジングとシャフト内部への通水が可能な専用ラック、アクセサリとともに、ロボット手術器具の洗浄に応用されているが、医療現場においては WD を適用する前に、前処理(浸漬、加圧水によるフラッシング、エアガンによる水切り、等)が施されている。
ロボット手術器具は、一般的な RMD と比較して処理時間が長く、前洗浄から機械洗浄に至る過程で消費されるプロセスケミカルズの消費量も多い。これはロボット手術器具の構造や材質の特性に起因するため、より簡便に汚染を除去できる特性を備えることが今後の課題といえる。
C.2.2 ロボット手術器具に適用する WD の条件
C.2.2.1 国際規格
ISO 15883-1 は、医学、歯学、製薬及び獣医学の領域において RMD の洗浄と消毒に用いられる WD 全般に対する水平規格であり、パート 2 以降で異なる類型の WD が共通して備えるべき機械的要求事項、性能要求事項及びそれらに対する適合性を確認するための試験要求事項を規定している。また、ISO 15883-2 は、手術器具、麻酔用具等の洗浄と消毒に用いられる WD に対する個別規格であり、手術医療を実施する施設の CSSD で使用される WD の多くが、同規格に適合している(規格認証の有無は WD の製造販売業者に確認する必要がある)。
前述の規格適合性の確認とは、すなわちバリデーションであり、同規格に適合する WD とは、国際的に必要とされる各種要求事項に適合していることになる。
ロボット手術器具の製造販売業者が WD による清浄化方法の評価及び製品適格性確認を実施する際には、その WD が ISO 15883-2 に適合していることが選定基準の一つとなる。
ただし、日本国内では WD 以外の洗浄器(例:超音波洗浄器)も多数用いられていることに鑑みて、日本国内での実情に合わせた洗浄器の選定、例えばロボット手術器具の洗浄工程が検証された実績を有する洗浄器を用いて製品適格性確認を行うことも考えられる。
C.2.2.2 実行可能な工程及び設定範囲
WD は、一般的に洗浄、すすぎ、熱水消毒、乾燥の各工程を連続したプロセスで自動実行するが、設定する工程と範囲(時間、温度、圧力、プロセスケミカルズの投入量等)については、RMD の要求に適合していなければその WD を使用できない。このことはロボット手術器具に対しても同様である。製造販売業者はロボット手術器具の洗浄プロセスを開発するにあたり、臨床上、付着することが予想される汚染の種類、及び製品適格性確保等の観点から、その WD が適用可能であるかを判断する。
C.2.2.3 監視可能なプロセス変数の範囲
WD のプロセス変数としては温度、時間、プロセスケミカルズの投入量、スプレイアームの回転、洗浄圧力が挙げられる。複数の材質が組み合わされるロボット手術器具の清浄化及び製品適格性確保の観点から、必要なプロセス変数に対する監視機能を装備している必要がある。
C.2.3 ラック、アクセサリ
ロボット手術器具はハウジング、シャフト、先端部が一体化されて分解できない構造である上、ハウジングと先端部をつなぐワイヤがシャフト内に収納される複雑な構造を有する。手術で使用されたロボット手術器具は、先端部内側とシャフト内部が汚染されるため、WD 本体から供給される水流を器具内部に還流させる必要がある。また、医療現場における WD は、ロボット手術器具以外にも様々な手術で使用された RMD を洗浄しており、槽内や循環系統に取り残された不溶性の微細な異物が、灌流によってロボット手術器具の内部に入り込むことで、製品適格性が損なわれる可能性があることを考慮し、必要に応じ、それらから製品を保護する施策を取り入れなければならない。
さらに加圧水流による揺動が、ロボット手術器具を破損させる恐れがあるため、固定方法についても検討、検証する必要がある。
ロボット手術器具は一般的な RMD と異なる特性を有することから、適用するラックとアクセサリは、清浄化と製品適格性確保の両面から設計される必要がある。
C.2.4 WD 以外の設備
ロボット手術器具は複雑な構造を有することから、WD による洗浄を適用する前に予備洗浄を行う場合がある。予備洗浄にはシンクの活栓による流水、恒温槽への浸漬、超音波洗浄、ウォーターガン、エアガンが使用されるのが一般的である。また、ブラシ、スポンジを使用する場合は、ロボット手術器具の製品適格性に影響を与えないものを選定する。
C.3 洗剤
C.3.1 概要
RMD の再生処理における洗浄工程は、無菌性保証水準(SAL≦10-6)を達成するために必要不可欠な工程であり、適切な洗浄を実施することが求められる。その洗浄工程における洗剤の化学的作用は重要であり、物理的作用と組み合わせることにより、洗浄効果が飛躍的に向上する。一方、洗剤は様々な化学物質から成る混合物であり、RMD は洗浄中それら化学物質と長時間接触する場合もあることから、RMD を構成する素材に対する影響を考慮しなければならない。よって、洗剤の特性を把握することは重要である。洗剤の特性や材質適合性等の基礎的な情報については、「医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021」の「第 2 章 医療現場における洗浄」に詳細に記載されているため割愛し、本章ではロボット手術器具を洗浄する際に知っておくべき洗剤の選定に関する情報について記載することとする。
C.3.2 洗剤選定で考慮すべき事項
RMD は、洗浄工程において洗剤と繰り返し接触するため、洗剤を選定する際は、洗剤が RMD の製品適格性に与える影響を考慮する。RMD の製品適格性とは、「安全性」・「品質」・「性能」であり、洗浄プロセス終了後に問題がないことを確認する。洗剤は、各確認項目に対して影響を及ぼす可能性が考えられるため、検証を行い、妥当性を確認するとよ
い。RMD の製品適格性と確認項目、そしてそれに対する洗剤関連因子と検証方法について表 C-1 に示す。
なお、RMD の品質及び性能に対する影響は、洗浄プロセス後ではなく、滅菌プロセス後に発生する場合があることに留意する。これは、洗浄プロセス中に洗剤成分が RMD 材質へ浸透し、蒸気滅菌など高温高圧に曝されることによりはじめて RMD 材質に変化をもたらす可能性があるためである。

表 C-1:製品適格性と検証方法
表省略

C.3.3 効果的な洗浄について
洗浄効果に影響を与える因子は多く、それらを最適化することにより効果的な洗浄が実現可能となる。洗浄効果に影響する因子と最適化例について表 C-2 に示す。
表 C-2:洗浄効果に影響を与える因子と最適化例
表省略

C.3.4 ロボット手術器具の使用から洗浄までの時間の影響
上記を検討して実施することで洗浄効果と製品適格性を両立させることができるが、現実には手術室にてロボット手術器具を使用してから洗浄を行うまでの時間を考慮する必要がある。使用後に洗浄するまでの時間を取扱説明書で規定しても、現場がこれを厳守することは様々な事情により容易でない。長時間放置が生じうるとの前提にたち、その影響の評価と対策、情報提供も重要である。
長時間放置される一例として、CSSD 業務時間外に器具類が持ち込まれるケースが生じうる。一般的な RMD が長時間放置された際に生じうる影響とその事前対策の一例を以下に紹介する。
- 影響① 付着した汚染物が乾燥して固着して洗浄抵抗性が高くなる可能性がある。その対策としては乾燥凝固防止策の適用又は前処理の実施がある。
- 影響② 汚染物との長時間接触によりロボット手術器具の材質腐食が生じる可能性がある。その対策としては、より腐食しにくい材質の選定、乾燥凝固防止剤の散布がある。  

附属書 D 洗浄評価試験プロトコルの例
D.1 本附属書について
6.2 章「開発した再生処理方法の妥当性確認として行う洗浄評価試験」にて述べた洗浄評価試験のプロトコルの一例を示す。細部が省略されているので、洗浄評価試験を実施しようとする者は、社内の品質管理規定等に従って再現性のあるプロトコルを確立する必要がある。
注釈: このプロトコルは一例であり、全てが必須とは限らない。例えばヘモグロビン定性試験は「医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021」に含まれていない。
D.2 洗浄評価試験の流れ

図 D-1:洗浄評価試験の流れ
図省略

D.3 洗浄評価試験プロトコル
D.3.1 試験項目と合否判定基準
リスクアセスメントの結果に基づいて試験項目と合否判定基準を決定する。
表 D-1:試験項目と合否判定基準
表省略

D.3.2 供試器械
- 機械式鉗子 x 本
- モノポーラ鉗子 y 本
- バイポーラ鉗子 z 本
D.3.3 試験検体新品処理
D.4「洗浄」と同じ手順を 2 回実施する。
D.3.4 汚染
D.3.4.1 テストソイル
1mL あたり 10 単位(IU)のヘパリンを添加したヒツジ血 10mL を用い、1mL あたり 15 単位(IU)になるように硫酸プロタミン(ヘパリン添加ヒツジ血 10mL に 1%硫酸プロタミンを
0.15mL)を加える。
ISO 15883-5:2021 附属書 A、「医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021」 8.5.2 テストデバイスの準備に基づく。
D.3.4.2 汚染手順
規定した汚染手順を実施する。

表 D-2:汚染手順
番号  検体の汚染手順
1  手袋を装着する。
2  疑似汚染物を調製する。
3  鉗子先端部を疑似汚染物へ浸漬し、鉗子可動部を規定回数動作させる。
4  鉗子シャフト内へ疑似汚染物を注入する。
5  室温で1時間乾燥させる。

D.4 洗浄
評価対象とする洗浄手順を実施する。
D.5 抽出
ISO 15883-1:2006 附属書 C に記載されている 1%SDS 溶液を用いた抽出方法に基づき実施する。
表 D-3: 検体の抽出手順
番号  検体の抽出手順
1  鉗子先端部を 1%SDS 溶液へ浸漬し、鉗子可動部を規定回数動作させ、溶液を回収する。
2  鉗子シャフト内へ 1%SDS 溶液を注入し、鉗子可動部を規定回数動作させ、溶液を回収する。

合否判定
D.5.1 判定項目
D.5「抽出」で得た溶液に対して次の試験を行ない、合否判定する。
D.5.2 ヘモグロビン定性試験
試験紙に規定量の溶液を染み込ませ、試験紙が呈色したか否かを目視にて確認する。
D.5.3 残留タンパク質測定
ISO 15883-1 附属書 C に基づき実施する。「医療現場における滅菌保証のガイドライン
2021」に記載の残留タンパク質の許容量を下回っていることを確認する。
注釈: 1%SDS 溶液を用いて抽出したので、CBB 法を用いることはできない。「医療現場における滅菌保証のガイドライン 2021」8.6 蛋白質の定量測定を参照。

附属書 E 参考文献

[1] Wallace B, Wille F, Roth K, Hubert H: Results of Performance Qualification Testing on Clinically-Used da Vinci EndoWrist Instruments at Hospitals in Germany. Central Service 3:182-187, 2015.
[2] Saito, Y, Yasuhara, H, Murakoshi, S, Komatsu, T, Fukatsu, K, Uetera, U. Challenging residual contamination of instruments for robotic surgery. Infect Control Hosp Epidemiol 10:1-4, 2016.
[3] von Landenberg, Nicolas, Alexander P. Cole, Philipp Gild and Quoc-Dien Trinh. Challenging Residual Contamination of Instruments for Robotic Surgery in Japan. Infect Control Hosp Epidemiol 38(4): 501-502, 2017.
[4] Wallace, B. A Response to the Validity of an Article Reporting Contrary Cleaning Efficacy Results for Robotic Surgical Instruments. Infect Control Hosp Epidemiol 38(5): 625-626, 2017.
[5] Saito, Y., Yasuhara, H., Murakoshi, S., Komatsu, T., Fukatsu, K., & Uetera, Y. Concerns Associated with Cleaning Robotic Surgical Instruments—Response to Wallace. Infect Control Hosp Epidemiol, 38(8): 1014-1015, 2017.
[6] Wehrl M, Albers G, Bühler K, Diedrich D, Frister H, Heintz M, Hubert H, Köhnlein J, Michels W, Rosenberg U, Roth K, Wallace B. Round robin tests conducted by the working group DaVinci («AG DaVinci») to establish a method for testing the cleaning of MIS robotic instruments. Central Service, 22(3): 165179, 2014.
[7] 高階 雅紀, 藤田 敏, Wallace Brian. 国内多施設におけるロボット支援手術機器の洗浄後蛋白質残留量調査. 医療機器学, 89(2): 173, 2019.
[8] Guideline compiled by DGKH, DGSV and AKI for the validation and routine monitoring of automated cleaning and thermal disinfection processes for medical devices, 5th Edition, Central Service Suppl., 2017.
(日本語訳) https://www.smplabjapan.com/de-guideline2017

[9] USFDA. Reprocessing Medical Devices in Health Care Settings: Validation Methods and Labeling, Guidance for Industry and Food and Drug Administration Staff, FDA-2011-D-0293, March 2015.
[10] 植松 美幸, 宮本 優子, 伊藤 嘉章, 他. 再使用可能および再製造医療機器の清浄性評価における新規残留タンパク質回収・定量法. 医療機器学, 92(4): 400-14,
2022.
[11] 厚生労働省再製造 SUD 基準策定等事業, 令和 3 年度再製造 SUD 推進検討委員会報告書, 2022. https://dmd.nihs.go.jp/rsud_public/
[12] IG WiG Working Group 編, Recommendation, Validation of da Vinci Instrument
Reprocessing Process
(日本語訳) https://www.smplabjapan.com/single-post/スイス ig-wig-da-vinci 機器の再生処理プロセスバリデーションに関するガイドラインの和訳掲載についてロボット支援手術機器ツール部の洗浄処理に関する開発 WG 委員

座長 高階 雅紀 大阪大学医学部附属病院 病院教授材料部部長、サプライセンター長、
         MEサービス部部長、手術部副部長
安藤 岳洋 朝日サージカルロボティクス株式会社 代表取締役社長
   池田 誠 エスエムピー・ラボラトリーズ・ジャパン株式会社 副社長
   市橋 友子 聖路加国際大学 聖路加国際病院 中央滅菌課
   小林 英津子 東京大学大学院 工学系研究科精密工学専攻 教授
篠原 一彦 東京工科大学 教授医療保健学部 臨床工学科 医療保健学部長
清水 応健 株式会社イヌイメデイックス開発研究所 所長
辻 昭弘 株式会社メディカロイド 開発部 兼 マーケティング部 係長
深柄 和彦 東京大学医学部附属病院教授手術部 手術部部長、材料管理部部長
藤田 敏 クリーンケミカル株式会社 技術部 第一開発グループ 課長
松本 慎一 村中医療器株式会社 システム営業部 部長
宮下 清照 リバーフィールド株式会社 薬事統括部 部長
(敬称略、委員所属等は WG 活動当時のものである)

国内関連GL

海外関連GL

WG開始年月

2021-07-01

WG終了年月

2022-05-01

WGメンバー

令和 3 年度 ロボット支援手術機器ツール部の洗浄処理に関する開発 WG 委員名簿
(※は座長、五十音順、敬称略)

氏 名 所 属
安藤 岳洋    朝日サージカルロボティクス株式会社 代表取締役社長
池田 誠     エスエムピー・ラボラトリーズ・ジャパン株式会社 副社長
市橋 友子    聖路加国際大学 聖路加国際病院 中央滅菌課
小林 英津子   東京大学大学院 工学系研究科精密工学専攻 教授
篠原 一彦    東京工科大学 教授
        医療保健学部 臨床工学科 医療保健学部長
清水 応健    株式会社イヌイメデイックス 開発研究所 所長
※高階 雅紀   大阪大学医学部附属病院 病院教授
        材料部部長、サプライセンター長、ME サービス部部長、手術部副部長
辻 昭弘     株式会社メディカロイド開発部 兼 マーケティング部 係長
深柄 和彦    東京大学医学部附属病院 教授 手術部 手術部部長/材料管理部部長
藤田 敏     クリーンケミカル株式会社 技術部 第一開発グループ 課長
松本 慎一    村中医療器株式会社 システム営業部 部長
宮下 清照    リバーフィールド株式会社 薬事統括部 部長

開発 WG 事務局
鎮西 清行    産業技術総合研究所 生命工学領域 健康医工学研究部門 副部門長

報告書(PDF)

2024-E-DE-061-R3-報告書

報告書要旨(最新年)

承認済み製品(日本)

承認済み製品(海外)

製品開発状況

Horizon Scanning Report