3. 本ガイダンスにおける用語の定義
本ガイダンスにおける用語の定義は、次のとおりとする。
(1)カダバースタディー
「カダバースタディー」の用語の示す範囲については、現時点では明確に定められた基準はなく、関係学会において引き続き議論がなされているところであるが、本ガイダンスでは、手術手技の研究や医療機器の研究開発等、臨床医学・歯学の研究目的にご遺体を使用することを「カダバースタディー」と定義し、ご遺体を使用した医療機器の研究開発を「医療機器の研究開発におけるカダバースタディー」と定義する。
(2)ご遺体・ご遺族
献体者や遺族に敬意を払うため、献体された死体は「ご遺体」、遺族は「ご遺族」と尊称する。本ガイダンスで扱う医療機器の研究開発におけるカダバースタディーでは、国内の献体制度を尊重し、生前に、献体者およびそのご家族から医療機器の研究開発におけるカダバースタディーについて理解と承諾(同意)を得た上で、ご遺体提供時にご家族の承諾を得たご遺体のみを使用する注1)。
(3)献体
献体とは、医学・歯学の教育・研究のために自らの遺体を捧げる行為のことである。「献体」という言葉は、献体制度によって供されたご遺体そのものを指すものとして用いられることもあるが、本ガイダンスでは行為を指す本来の意味で用いる。
(4) CST
医師・歯科医師によるご遺体を用いた手術トレーニング(Cadaver Surgical Training)を「CST」と略称表記する。
(5) R&D
Research and Developmentは、広く研究開発を示す言葉であり、解剖学教室が行う解剖研究の一部、臨床医が行う外科手術やIVR(Interventional Radiology:画像下治療)の術式研究なども含む。このResearch and Developmentを「R&D」と略称表記する。
(6)オプトアウト
研究の実施に関する情報を献体者やご遺族などに通知し、または容易に知り得る状態に置き、研究が実施または継続されることについて、献体者やご遺族が拒否できる機会を保障する方法を「オプトアウト」と表記する。
(7)解剖学教室
医学・歯学系大学の解剖学系の教育研究を実施する研究室を総称し「解剖学教室」と表記する。
(8)倫理審査委員会
『倫理指針』では、研究内容の科学的・倫理的側面を審査する委員会を「倫理審査委員会」と表記しているが、各大学では短縮して「倫理委員会」と呼称・表記することが多く、『ガイドライン』や『リコメンデーション』でも「倫理委員会」などと表記されている。当ガイダンスでは『倫理指針』に倣い、「倫理審査委員会」の表記で統一する。
注1)「死体解剖保存法」に基づく行政解剖や、引き取り者のいないご遺体を使用した系統解剖(死体解剖保存法第2条第1項第2号に規定する解剖学の教授または准教授の指導のもとで医学生・歯学生や医師・歯科医師が人体の構造を学習・研究するために行う解剖で正常解剖ともいう)などでは生前同意のないご遺体が使用される場合があるが、生前同意が得られないため、医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの対象とならない。なお、死者に対する敬意は人類の普遍的な感情であり、献体されたご遺体であるかどうかを問わず敬虔感情を毀損(きそん)してはならないことを追記する。
4. 医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの概要
今日のように外科学や画像診断等の医療機器が進歩・発展を遂げるまでは、解剖以外で病気の原因を探る手段はなかった。また、解剖は生命の真理の探究において欠くことのできないものだった。そして、解剖学は今なお、医学の基礎を支える分野である。
人体解剖の歴史は古く、紀元前から古代ギリシャ時代のエジプトですでに行われていたが、近代医学の礎となっているのは16世紀、ルネサンス期のブリュッセルの医師ヴェサリウス(Andreas Vesalius)による研究である。外科学と解剖学の教授であった彼は、『ファブリカ(De Humani Corporis Fabrica Libri Septem:人体の構造に関する7つの本)』で人体構造を精緻な解剖図で描き、古代の権威による著作ではなく、人体こそが医学の研究の対象であると示したことで現代解剖学の創始者とされている。
国内の解剖学は江戸時代中期からはじまった。医学者の山脇東洋は、漢方医学の五臓六腑に疑念を抱くが、当時は人体解剖が禁忌であったため、カワウソの解剖を重ねていた。しかし、疑念は収まらず、宝暦4年(1754年)、初めて官許を得て刑死者の解剖に立ち会い、これを記録して『蔵志』として発表した。以後、国内で人体解剖が行われるようになり、明和8年(1771年)には蘭方医の杉田玄白・前野良沢・中川淳庵らが刑死者の解剖に立ち会い、安永3年(1774年)にドイツ人医師による解剖書の蘭訳本『ターヘル・アナトミア(Ontleedkundige Tafelen:解剖図譜)』を主な底本とした『解体新書』を刊行した。
近代的な医学教育としての人体解剖は、安政6年(1859年)にオランダの軍医のポンペ(Johannes Lijdius Catharinus Pompe van Meerdervoort)によって、長崎で行われたものが最初である。医学伝習所(長崎大学医学部の前身)の学生や医師たちの前で、ポンペ自らが刑死者を解剖した。解剖は2日間行われ、脳や眼球などを標本にした。解剖に際して、牢内の囚人たちから解剖に反対する騒ぎが起こったが、医学伝習所の教授・松本良順が牢に赴き、囚人たちに解剖実習の意義と、解剖後には僧の読経や石塔の建立を行うなどして手厚く葬ることを説明して騒動を収めた。これは解剖教育の端緒からすでに「死者に対する敬虔感情」と「公衆の持つ死者への敬虔感情」の双方への配慮が行われていたことを示している。
明治2年(1869年)には、医学校兼病院(東京大学医学部の前身)が政府の許可を得た上で、死後の解剖を希望した女性の解剖を行った。以後は政府の認可のもと、西洋医学の基礎分野として各大学で解剖学が教授されるようになった。解剖に使用するご遺体は大学自らが収集を行い、主に獄中死者かつ引き取り者のいないご遺体を使用した。
昭和24年(1949年)、「死体解剖保存法」が制定され、昭和30年(1955年)には東京大学で篤志献体団体「白菊会」が発足するなどしたが、1980年代初頭までは戦前と状況が変わらず、主に引き取り者のいないご遺体が解剖実習に使用されていた。しかし、1970年代に医学部の新設が相次いだことで解剖実習に必要なご遺体が不足する事態が生じた。当時は献体登録者が少なかった上に、生前に献体登録をしていても死後にご遺族による解剖の承諾を得られない場合もあった。この状況に危機感を抱いた解剖学者や献体希望者が、献体制度を広めるための「献体運動」を起こしたことで社会への周知が進むとともに、昭和58年(1983年)には「献体の意思」を尊重する法律「医学及び歯学の教育のための献体に関する法律」(「献体法」)が制定されるに至った。
以後は献体登録者が急増し、これまでの献体登録者数は32万9435名となり、そのうち16万1488 名が献体に供されている注1)。
注1)令和6年(2024年)3月31日時点。日本篤志献体協会調べ。
前節のとおり、歴史上、国内の人体解剖は容易に認められてきたわけではない。日本人の倫理観・死生観において、古来、ご遺体を毀損することは禁忌であり、たとえ刑死者のご遺体であっても、解剖には許可が必要で、実施後には手厚く葬られてきた。現在も死体損壊は刑法上の重罪と定められている注2)。ゆえに医学・歯学研究の現場でも、解剖は厳格なルールに基づいてのみ許
される行為であり、ご遺体への心からの敬意と感謝を持った上で行われるべきものである。
現在、国内の医学・歯学研究における解剖は「献体」によって支えられている。献体とは、医学・歯学の教育・研究に資するために自身の遺体を“無条件・無報酬”で提供することであり、生
前に篤志献体団体等に登録し、死後にご遺族からも理解と承諾(同意)を得る必要がある。
国内の医学・歯学の発展は、献体者とご遺族の“無償の善意”によって成立していることを深く理解する必要がある。
注2)刑法第190条:死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、3年以下の拘禁刑に処する。
4.3. 医療機器の研究開発におけるカダバースタディーとは
平成24年(2012年)に日本外科学会と日本解剖学会による『ガイドライン』が公表されたことで、「ご遺体を使用した医師・歯科医師による手術トレーニング」(CST)や、「手術手技の研究や医療機器の研究開発等、臨床医学・歯学の研究目的にご遺体を使用すること」(カダバースタディー)注3)が行われるようになった。『ガイドライン』は、違法性を問われないご遺体使用について明らかにした指針であり、CSTやカダバースタディーはこれを遵守して実施されるべきものとしている。
前述のとおり、献体制度は無償の善意で成立しており、献体者やご遺族に対価が支払われることはないこと注4)と公衆の持つ死者への敬虔感情への配慮から、ご遺体を営利目的で売買したり、使用したりすることは一切許されない。医療機器の研究開発におけるカダバースタディーは、その機器の実用化や改良によってより良い医療を提供することが目的だが、一方で企業の利益取得につながるものでもある。ここで生じる利益相反と契約内容を適切にマネジメントし、実施内容の情報公開を行う必要があるため、『ガイドライン』と合わせて『リコメンデーション』を遵守するとともに、“遺体ビジネス”と誤解されないような産学連携による取り組みの実施も必要不可欠となる。
注3)従来「臨床解剖」は、臨床において重要な構造の解明と理解を目的とした解剖学教室が主導する研究を表す用語として用いられていたが、CSTや医療機器の研究開発を含むご遺体を使用した臨床医学研究の普及に伴い、これらの外科系の教員が主導して行う臨床医学研究を目的としたご遺体使用も「臨床解剖」に含めて用いられることがある。実際、CSTを「死体解剖保存法」のいわゆる「系統解剖」と対比して、「クリニカルアナトミー:Clinical Anatomy」と称したり、CST関連施設を「臨床解剖教育研究センター」や「CAL:Clinical Anatomy Lab.」などと称したりする国内の大学がある。しかし、CSTやご遺体を使用した手術手技研究、医療機器の研究開発等は模擬手術形式をとることが多く、これまでの解剖学教室が主導する「臨床解剖」とは趣が異なる。
注4)献体同様に、医学・医療に対して市民が無償で協力する例として、献血や臨床試験への登録などがある。いずれも協力(提供)する側である協力者やご家族(ご遺族)には報酬がないが、協力(提供)された側は血液製剤や薬剤の販売により、一定の恩恵を受けることがあらかじめ想定されている。なお献血では、法律で禁止されている売血に抵触しない範囲で献血者に粗品が提供されたり献血回数に応じた記念品が贈られたりするが、献体においてはこのようなことは行われず、文部科学大臣からの感謝状がご遺族に贈呈されるのみである。
4.4. 医療機器の研究開発におけるカダバースタディー実施の必要性
医療機器の研究開発におけるカダバースタディーは、新しいアイデアの検証、既存機器の性能や安全性を高めるための改良試験、新規機器の審査・承認のための試験など、さまざまな場面での活用が期待されている。
現在、新規薬剤の研究開発では、患者や健常なボランティアを対象とした臨床試験が必須とされるが、医療機器の研究開発においても、人体への安全性の検証は重要な要件となる。このため、日本のPMDAや米国のFDA(Food and Drug Administration:アメリカ食品医薬品局)などの審査機関では、医療機器の承認要件に安全性の検証を挙げている。ただし、医療機器の研究開発において臨床試験は必須要件ではなく、機器によっては動物実験が行われてきたほか、一部の機器の承認においてカダバースタディーのデータが利用されている注5)。
医療機器の開発における審査・承認の過程においては、治験(生きたヒトでの試験)の要否が非常に重要であるが、個々の医療機器の特性、既存の医療機器との同等性、非臨床試験の試験成績等により、治験の実施の必要性を総合的に判断するとされている。すなわち、医療機器の臨床的な有効性・安全性が性能試験、動物試験等の非臨床試験成績または既存の文献等のみによって評価できない場合に治験の実施が必要とされている。医療機器の研究開発におけるカダバースタディーはご遺体を用いて人体に実施する検証試験であり、生体ではないものの極めて臨床に近い状況でのシミュレーションが可能となる手法であるため、PMDAやFDAなどの承認に必要な治験の要否の判断に大きな影響を与える非臨床試験の一部となり得る。また、動物実験のみで承認を取得した機器の実使用前に、人体での安全な使用条件を確認するなど、さまざまな場面で有効な手段となる。
以前は国内に医療機器の研究開発におけるカダバースタディー実施の基盤がなかったため、ご遺体を使用した検証試験は海外で行っていた。しかし海外での検証試験には、大型機器の搬入ができない、経費が多くかかる等の課題が大きい。また、移植医療の“死体ドナー”と同様、本来は国内で実施すべきという考え方もあり、国内での医療機器の研究開発におけるカダバースタディー実施が強く求められている。国内での実施体制を確立すれば、動物と人間との解剖の違いを考慮した上で、早いフェーズから医療機器の特性に基づいた臨床上の有効性・安全性が確認できるなどの利点があるため、医療機器の一層の品質向上やスムーズな開発の実現が期待できる。
注5)個別の案件については、PMDAやFDAの相談制度の利用を推奨する。PMDAの相談制度の詳細は、PMDAのホームページ(https://www.pmda.go.jp/)を参照のこと。
4.5. 遵守すべき法令、ガイドライン等
国内で医療機器の研究開発におけるカダバースタディーを実施する際、遵守すべき法令・ガイドライン等は以下のとおり。
■ 法令注6) 制定年・所管
死体解剖保存法 昭和24年(1949年)厚生労働省
系統解剖、病理解剖、法医解剖を行う際に遵守すべき法律
医学及び歯学の教育のための献体に関する法律(「献体法」) 昭和58年(1983年)文部科学省
本人の意思を尊重し、死後にご遺体を正常解剖の解剖体として提供する「献体」に関して、大学が遵守すべきルールを定めた法律
刑法第35条(「正当行為」) 明治40年(1907年)法務省
刑法上の違法性阻却事由のひとつである「正当行為」を定めている。条文は
「法令又は正当な業務による行為は、罰しない。」
刑法第190条(「死体損壊罪」) 明治40年(1907年)法務省
条文中(次項参照)の「死体」にはご遺体の一部(臓器等)も含まれる。また、保護法益は「死者に対する社会的風俗としての宗教的感情」とされる
■ 行政発出の倫理指針 制定年・所管
人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針
(『倫理指針』) 令和3年(2021年)
文部科学省・厚生労働省
・経済産業省
後出4.5.A.に記載
■ 学会発出のガイドライン等 制定年・所管
臨床医学の教育及び研究における死体解剖のガイドライン
(『ガイドライン』) 平成24年(2012年)
日本外科学会・日本解剖学会
後出4.5.B.に記載
遺体を用いた医療機器研究開発(R&D)の実施におけるリコメンデーション(勧告)(『リコメンデーション』) 令和2年(2020年)
日本外科学会CST推進委員会
後出4.5.C.に記載
注6)事例に応じて参照すべき法令等として、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(医薬品医療機器等法または薬機法)」「臨床研究法」「製造物責任法(PL法)」「個人情報保護指針」等がある。また、医療機器の研究開発におけるカダバースタディー終了後のご遺体は解剖学教室の管理のもと、ご遺族の意向等も踏まえ、ご遺族に引き渡すか、同教室自身が「墓地、埋葬等に関する法律(墓地埋葬法)」の定めるところに従い埋火葬することが適当であるが、国内の正常解剖に供されたご遺体は細部について詳細な解剖が行われることから、ご遺族の感情等に配慮し、献体者およびご遺族との合意内容に基づいて大学が火葬を行い、拾骨時または後日にご遺骨をご遺族に返還している。なお、ご遺族が納骨を希望される場合には、大学が管理する納骨堂や墓地にご遺骨を納めることもある。
法令について
現在、国内で実施されている臨床医学研究を目的としたご遺体使用(CSTやカダバースタディー)は、『ガイドライン』を遵守して行われている。「死体解剖保存法」のいわゆる「系統解剖」で行われる解剖実習は、死体解剖保存法第2条第1項第2号に規定する解剖学の教授または准教授の指導のもとで医学生・歯学生が行うものであるが、医師・歯科医師の行う注7)CSTや医療機器の研究開発におけるカダバースタディーについては「死体解剖保存法」には明確な記載がない。そこで現状では『ガイドライン』の遵守を条件に、現行法の中で社会的に見て正当なご遺体の使用として、解剖学教室の教授または准教授の指導・監督のもとで実施されている。
「死体損壊罪」(刑法第190条)の条文には「死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、3年以下の拘禁刑に処する」と記載されている。医療機器の研究開発におけるカダバースタディーは、物理的損傷をご遺体に加える行為であり、本罪でいう「損壊」にあたる行為であることから、「正当行為」(刑法第35条)としてその違法性が阻却されない限り、本罪に問われる(告発される)可能性がある。
注7)『ガイドライン』では「医師(歯科医師を含む)による手術手技研修等の臨床医学の教育及び研究に使用されること」と想定されており、医師以外の実施に関しては記載がない。このため、CSTや医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの実施現場においては、医行為の傷害罪に対する違法性阻却と対比させて「医師・歯科医師のみが、ご遺体に対して直接的な損傷(模擬手術)を加えることが可能」と説明することが多い。
4.5.A.『人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針』
『倫理指針』は、人を対象とする生命科学・医学系研究に携わるすべての関係者が遵守すべき事項を定めた指針であり、医療機器の研究開発におけるカダバースタディーは、当指針の対象となる研究である。『倫理指針』の前文注8)にもあるとおり、「研究対象者」(死者を含む。下表参照)の福利を優先し、人間の尊厳および人権を尊重しながら、円滑な研究開発を実施するための原則が示されている。
なお、『倫理指針』では「研究対象者」を下表の2項目と定義した上で「いずれかに該当する者」としているが、医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの献体者は、生前に理解と承諾(同意)を得る際には①と見なせるし、医療機器の研究開発におけるカダバースタディー実施時には②と見なせるため、両定義を併せ持つといえる。
■『倫理指針』に定義された「研究対象者」
次に掲げるいずれかに該当する者(死者を含む。)をいう。
① 研究を実施される者(研究を実施されることを求められた者を含む。)
② 研究に用いられることとなる既存試料・情報を取得された者
※ここでいう「試料」は、『倫理指針』の別箇所(第2 用語の定義)で「血液、体液、組織、細胞、排泄物及びこれらから抽出したDNA等、人の体から取得されたものであって研究に用いられるもの(死者に係るものを含む。)」と定義されている。
医療機器の研究開発におけるカダバースタディーでは、研究対象者すなわち献体者による理解と承諾(同意)が不可欠であるが、献体登録後、登録者が亡くなり、実際の献体が行われるまでには長い年月がかかる。また、生前に理解と承諾(同意)を得た時点では用途(正常解剖または CSTや医療機器の研究開発におけるカダバースタディー)を決めることができず、臨床研究自体も随時更新されるため、個別の研究に対する同意取得が困難という問題点がある。頻繁に実施される医療機器の研究開発におけるカダバースタディーに対しても、本来、献体者とご遺族から個々の研究に対して理解と承諾(同意)を得ることが望まれる。
一方、これを前提に、『倫理指針』では、生前の包括的な同意注9)を取得している場合または個人情報保護法上の学術研究例外、公衆衛生例外等が適用される場合には、研究概要等の情報を通知または公開し、研究が実施または継続されることについて拒否できる機会を設ける「オプトアウト」の手法をとることも可能としている。これらを踏まえ、献体者とご遺族の包括的な同意を得られていて、個々の研究に対して同意を得ることが困難な医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの場合には、「オプトアウト」の手法がとられる。この研究概要等は、実施する大学のホームページ等に公開されるのが一般的である。『倫理指針』では、「オプトアウト」の実施方法についても具体的に示されているため、参考にされたい。
■『倫理指針』に記載された、
「研究対象者等に通知し、又は研究対象者等が容易に知り得る状態に置くべき事項」
① 試料・情報の利用目的及び利用方法(他の機関へ提供される場合はその方法を含む。)
② 利用し、又は提供する試料・情報の項目
③ 利用又は提供を開始する予定日
④ 試料・情報の提供を行う機関の名称及びその長の氏名
⑤ 提供する試料・情報の取得の方法
⑥ 提供する試料・情報を用いる研究に係る研究責任者(多機関共同研究にあっては、研究代表者) の氏名及び当該者が所属する研究機関の名称
⑦ 利用する者の範囲
⑧ 試料・情報の管理について責任を有する者の氏名又は名称
⑨ 研究対象者等の求めに応じて、研究対象者が識別される試料・情報の利用 又は他の研究機関への提供を停止する旨
⑩ ⑨の研究対象者等の求めを受け付ける方法
⑪ 外国にある者に対して試料・情報を提供する場合には、1⑹イに規定する情報注10)
注8)『倫理指針』の前文(抜粋)は以下のとおり。
人を対象とする生命科学・医学系研究は、研究対象者の身体及び精神又は社会に対して大きな影響を与え、診療及び医療サービスの変化をもたらし、新たな倫理的、法的又は社会的課題を招く可能性がある。研究対象者の福利は、科学的及び社会的な成果よりも優先されなければならず、人間の尊厳及び人権は普遍のものとして守られなければならない。また、これらの研究は、社会の理解と信頼を得ることにより、より一層有益なものとなる。そこで、我が国では学問の自由を尊重しつつ、人を対象とする生命科学・医学系研究が人間の尊厳及び人権を尊重して適正かつ円滑に行われるために諸外国の制度も勘案し、制度的枠組みを構築してきた。
─中略─ 研究には、多様な形態があることに配慮して、本指針においては基本的な原則を示すこととし、研究者等は研究計画を立案し、その適否について倫理審査委員会が審査を行い、研究の実施においては、全ての関係者は、この原則を踏まえつつ、個々の研究計画の内容等に応じて適切に判断することが求められる。
注9)「生前の包括的な同意」は、『倫理指針』の第4章の第8の5㉑「研究対象者から取得された試料・情報について、研究対象者等から同意を受ける時点では特定されない将来の研究のために用いられる可能性又は他の研究機関に提供する可能性がある場合には、その旨、同意を受ける時点において想定される内容並びに実施される研究及び提供先となる研究機関に関する情報を研究対象者等が確認する方法」について事前に同意を得ていることが前提となる。
注10)『倫理指針』の「1⑹イ」の内容は以下のとおり。
イ 外国にある者に対し、試料・情報を提供する者が、アの規定において、研究対象者等に提供しなければならない情報は以下のとおりとする。
①当該外国の名称
②適切かつ合理的な方法により得られた当該外国における個人情報の保護に関する制度に関する情報
③当該者が講ずる個人情報の保護のための措置に関する情報
4.5.B.『臨床医学の教育及び研究における死体解剖のガイドライン』
『ガイドライン』では、日本特有の倫理観、死生観、宗教観に配慮しながら、臨床医学・歯学の発展に資するご遺体使用を推進している。CSTやカダバースタディー実施時には、これまで解剖学教室と献体者が培ってきた信頼関係を壊さず、篤志献体のもつ“無条件・無報酬”の原則を遵守する必要がある。また、その実施内容は臨床医学・歯学のニーズに合致するものでなくてはならない。これらを満たすために、『ガイドライン』では具体的な実施条件や運用上の留意点を記載している。
■『ガイドライン』が示す実施要件と運用上の留意点(要点)
・ 臨床医学の研究・教育を行い、医療安全の向上と国民福祉に貢献することを目的とする。
・ 医科大学(歯科大学、医学部・歯学部を置く大学)において、「死体解剖保存法」「献体法」の範疇で実施する。
・ 献体の受付とご遺体の管理は、解剖学教室に一元化する。
・ 解剖学教室の負担を軽減するために、大学内に「専門委員会」を組織し、
目的・方法・人数・期間等を解剖学教室と協議の上で、倫理審査委員会に諮る。
・ 実施計画書には、解剖学教室の指導監督者と臨床系診療科の実施代表者を明記する。
・ 大学の倫理審査委員会で実施内容の承認を得る。
・ 専門委員会は、運営経費等の詳細や実施内容等を取りまとめ、日本外科学会CST推進委員会へ報告する。
『ガイドライン』が示す具体的に実施可能なご遺体の使用例は、以下のとおりである。
■安全な医療の提供:医師の教育 ■新しい医療の開発:臨床研究
・ 外科基本手技の実習 ・ 新たな手術手技の研究開発
・ 標準手術の修練 ・ 新たな医療機器の研究開発
・ 高難度手術の習得
なお、正常解剖では、ご遺族の感情に配慮した上で、献体者の意思が尊重されるが(「献体法」)注11)、『ガイドライン』では、献体者のみならずご遺族の理解と承諾(同意)も必要としている注 12)。また、実施内容は事前に倫理審査等の承認を得る必要がある。さらに、ご遺体はまず医・歯学生の解剖実習に充てられ、ご遺体数に余裕がある場合に限り、CSTやカダバースタディーに充てられることにも留意する必要がある。
注11)「献体法」の第4条では、
「死亡した者が献体の意思を書面により表示しており、かつ、次の各号のいずれかに該当する場合においては、その死体の正常解剖を行おうとする者は、死体解剖保存法(昭和24年法律第204号)第7条本文の規定にかかわらず、遺族の承諾を受けることを要しない。
一 当該正常解剖を行おうとする者の属する医学又は歯学に関する大学(大学の学部を含む。)の長(以下「学校長」という。)が、死亡した者が献体の意思を書面により表示している旨を遺族に告知し、遺族がその解剖を拒まない場合二 死亡した者に遺族がない場合」としている。
注12)『ガイドライン』の「3.実施に必要な条件(表2)」では、
「2)献体登録者および家族の理解と承諾が得られた遺体を用いること
遺体を手術手技研修等に使用するにあたり,学生の正常解剖実習への使用とは別に,医師(歯科医師を含む)による手術手技研修等の臨床医学の教育及び研究での使用について献体登録者に状況説明をした上で,献体登録者から承諾を書面で得る必要がある.さらに,献体登録者に家族がいる場合には,家族からも理解と承諾を得る必要がある.」としている。
4.5.C.『遺体を用いた医療機器研究開発(R&D)の実施におけるリコメンデーション(勧告)』
医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの実施時には適切な説明同意、利益相反管理、個人情報保護等が不可欠であり、『リコメンデーション』ではそのための施策として、遵守すべき実施体制等を提示している。また、CSTとカダバースタディーに関する具体的な事例を含めたQ&Aが掲載されているため、参考にされたい。
■『リコメンデーション』が提示する、遵守すべき実施体制等(要点)
● 献体登録者の生前同意
『倫理指針』に定めるインフォームド・コンセントの手続きを遵守し生前同意が得られたご遺体を使用すること。
● 利益相反の審査体制の構築
既存の利益相反委員会の業務内容に該当しない場合には、外部の有識者を必要に応じて含めた、ご遺体を用いた R&Dの利益相反状態を審査する委員会(以下、既存の利益相反委員会とあわせて「利益相反委員会等」という。)を設置し、規程および手順書を整備すること。
● 事前審査における利益相反管理
大学の研究者等は、学内の専門委員会、利益相反委員会等による事前審査を経て、当該研究計画について倫理審査委員会から承認を得ること。研究が終了するまでの間、研究者等の利益相反の状況について変更が生じた場合には、適宜、利益相反委員会等により審査を受け、当該研究計画の変更についても倫理審査委員会に付議すること。
● 資金提供等に係る契約
医療機器の製造販売業者等の企業からの研究資金を受ける場合には、研究実施における研究者等と企業の役割について明確に定めた共同研究契約または受託研究契約等の契約を締結すること。
● 研究終了後の対応
『倫理指針』に定めるところにより、研究責任者注13)は、研究が終了した旨および研究の結果概要を文書または電磁的方法注14)により遅滞なく学長に報告し、学長は倫理審査委員会に同様に報告すること。また、ご遺体を使用したR&Dの実施代表者は当該研究の実施概要について日本外科学会CST推進委員会に報告すること。なお、研究計画において、あらかじめ研究責任者およびご遺体を使用したR&Dの実施代表者を定めること。
● 監査
利益相反管理を含む研究の適正実施について、当該大学の規定に基づき必要に応じて監査を行うこと。
注13)『ガイドライン』では、ご遺体を使用したCSTや医療機器の研究開発の総合的な臨床側の責任者として、臨床系診療科の教授または准教授を「実施代表者」としている。一方、『倫理指針』等では、研究実施の責任者を「研究責任者」(研究代表者)としており、こちらは教授または准教授以外もなり得る。医療機器の研究開発におけるカダバースタディー実施時の承認申請では、「研究責任者」のほかに「実施代表者」(教授または准教授)を明記すること。実施体制については「6.1.実施体制」の図版も参照されたい。
注14)『リコメンデーション』中に「電磁的方法」への言及はないが、後に制定された『倫理指針』に倣った。
4.6. 医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの国内実施状況
ご遺体に対する宗教的感情は各国の歴史や宗教によって異なり、医療機器の研究開発におけるカダバースタディーのご遺体使用のルールも国によってさまざまである。そのため、海外での経験に基づいて国内で同様の実施をすると、『ガイドライン』違反となる場合があり、また、「死体損壊罪」に問われる可能性がある。平成9年(1997年)には、輸入したご遺体の頭部を使用して開催された歯科インプラント講習が社会問題となり、厚生省(当時)が「死体損壊罪にあたるおそれがある」との見解を示した事例もある。
現在、北海道大学では医療機器の研究開発におけるカダバースタディーを実施しているが、従来は、学生の解剖実習が行われる4〜7月はご遺体の使用が不可となり通年実施ができないという問題を抱えていた。しかし、トレーニング機会の損失、医療機器の研究開発への支障を考慮し、令和2年(2020年)に通年でカダバースタディーの実施が可能な専用施設「臨床解剖実習室」を設置した。放射線透視装置やCTスキャン、MRIなどの機器を備え、数名での実習から大規模なセミナーまで開催できる環境を整備した。
国内での医療機器の研究開発におけるカダバースタディー実施の特徴としては、臨床医学研究におけるご遺体の使用にあたり、事後に実施内容の詳細(運営経費と利益相反状態を含む)を日本外科学会CST推進委員会に報告する必要性が挙げられる。
5. ご遺体の取り扱い
ご遺体は1体1体、それぞれに状態が異なるため、動物実験のように複数の対象に対して均一な条件で実験を行うことはできない。また、数も限定されるため、対照群との有意差を求める臨床試験のような研究は実験が困難な場合が多い。さらに、生前の病歴や手術歴、死因によって、ご遺体それぞれに「子宮が摘出されている」「片腎が切除されている」「肺の炎症がある」「臓器の癒着がある」「関節の変形が強い」等の状態があり、部位や臓器によっては医療機器の研究開発におけるカダバースタディーに使用することができないケースもある。このため、一部の大学では、死亡時画像診断(Ai:Autopsy Imaging)を行うことで、医療機器の研究開発におけるカダバースタディーに適したご遺体をあらかじめ選択している。特に、消化管の状況や血管内の血液凝固の状況は、ご遺体ごとに異なることに留意する必要がある。
さらに、ご遺体の臓器をすべて有意義に使用できるように、それぞれの研究で使用しない部位が他領域のCSTや医療機器の研究開発に用いられることにも留意したい。その際には、「腹壁にすでに損傷がある場合は腹腔鏡を用いることができない」「全身に損傷があると模擬血液が流出して血管造影を実施できないため、血管造影は最初に実施する必要がある」等の条件が伴うため、解剖学教室や学内の専門委員会でご遺体使用の順番を調整する必要がある。
医療機器の研究開発におけるカダバースタディーは、献体者の無償の善意があって初めて成り立つものである。そのため、ご遺体の取り扱いは、解剖中のみならず解剖前後においても献体者とご遺族への感謝を持って手厚く行われるべきものである。使用するご遺体は解剖学教室で一元的に管理され、通常は解剖に携わる者が献体者の個人情報と紐づけることができない形で提供される。また、前節のとおり、1体のご遺体を複数領域のCSTや医療機器の研究開発で使用することがあり、ご遺体を火葬し、ご遺骨を返還するまでに数年かかる場合もある。この点でもご遺族の協力に感謝しなくてはならない。
医療機器の研究開発におけるカダバースタディーに使用されるご遺体は、解剖が終了して火葬されるまで再びご遺族の目に触れることはない。実施する側には、終始大切なご遺体の尊厳を損なうことなく真摯に取り扱う責任がある。献体者の崇高なご意思と、火葬・収骨・納骨など葬儀における一連の式事を行うことなく献体に協力しているご遺族に対して感謝の念を込め、解剖の開始時と終了時には必ず黙とうを行うこと。こうした取り組みは、ご遺体やご遺族への敬意と謝意を示し、ご遺族との信頼関係を保つために必要不可欠なものである。
また、医療機器の研究開発におけるカダバースタディーに携わる企業や医師・歯科医師は、解剖学教室の負担軽減に配慮する必要がある。具体的には、企業が大学に支払う共同研究費等を技術職員の雇用や専任教員の配置等の実施支援や設備の維持管理に充てる、医師・歯科医師が解剖室を使用する際の機器の準備や実施後の原状復帰に協力する等が挙げられる。
医療機器の研究開発におけるカダバースタディーでは、献体者やご遺族との信頼関係を損なわないためにインフォームド・コンセントが重要な役割を果たす。献体登録時には献体の目的が説明され、その目的に理解と承諾(同意)したことを書面化する。この同意書において、正常解剖に加えて、CSTや医療機器の研究開発におけるカダバースタディーに供されることについて明確な理解と承諾(同意)がある場合にのみ、ご遺体を使用することが認められる。この献体者への理解と承諾(同意)の手続きについては『ガイドライン』を参照し、その内容を遵守されたい。
なお、前述(4.5.A.参照)のとおり、理解と承諾(同意)を得る時点では、献体者は正常解剖もしくはCSTや医療機器の研究開発におけるカダバースタディーのいずれに使用されるかを指定することはできない。そこで『倫理指針』では、生前の包括的な同意注1)を取得している場合または個人情報保護法上の学術研究例外、公衆衛生例外等が適用される場合には、文書や口頭で同意を得る代わりに、研究概要等の情報を通知または公開し、研究が実施または継続されることについて拒否できる機会を設ける「オプトアウト」の手法をとることも可能であるとしている。個別の CSTや医療機器の研究開発におけるカダバースタディーへの同意手続きには、『倫理指針』の「オプトアウト」を準用し、「オプトアウト」に関する情報については、研究の実施内容等を各大学の専門委員会等でとりまとめ、大学のホームページなどで公開するとよい。さらに、献体制度は無償の善意によって成立しているため、医療機器の研究開発におけるカダバースタディーにおいても献体者やご遺族に報酬や権利が発生することはない旨も説明する必要がある。
注1)4.5.A.の注9を参照されたい。
医療機器の研究開発におけるカダバースタディーにおいて、「正当行為」と認められない場合には「死体損壊罪」に問われる(告発される)可能性があり、各種の法令・ガイドライン等を遵守したご遺体の取り扱いが必要になる。また、実施情報や写真・動画の公開に関しても留意すべき点があるため、それらを以下に記載する。
● 遺体番号の確認などは各施設のルールを遵守して正しく実施する
ご遺体の取り違えはあってはならない事故であり、重大な問題を招く事案となる。医療機器の研究開発におけるカダバースタディーでは、ご遺体の必要部位のみを切断して使用する場合があるが、その場合も取り違えがないように、各施設のルールを徹底的に遵守することはもちろん、参加者全員が取り違え防止の意識を共有する必要がある。
● 火葬の際に遺残する可能性がある機器等はすべて回収する
医療機器の研究開発におけるカダバースタディーに使用したハサミや鑷子などの鋼製小物や人工関節などの機器の遺残が火葬後に確認されると、収骨の際にご遺族に不信感を抱かせるため、原則として確実に回収する。
● 解剖室などの決められた場所でのみ実施し、ご遺体あるいはその一部の外部への持ち出しは厳禁
「死体解剖保存法」の趣旨に則り注2)、死者に対して礼意を表せる場所を基本として、各大学の責任において、倫理審査委員会の審査などの適切な判断のもとで実施場所を選定する必要がある。
● 許可のない写真・動画撮影は行わない(6.6.も参照)
医療機器の研究開発におけるカダバースタディー実施時の写真・動画撮影は、各大学の指導監督者(死体解剖保存法第2条第1項第2号に規定する解剖学の教授または准教授)と当該研究の実施代表者、研究責任者の許可のもとで行う必要があり、撮影する内容も指導監督者と実施代表者、研究責任者の指示に従う必要がある。撮影時には個人が特定されないよう、ご遺体の身体的特徴など(入れ墨や特徴的な手術の痕など)の分かる撮影は避け、ご遺体の一部を手術用の覆布などできれいに覆う、研究に関係のない部位を写し込まないなどの配慮を行う。撮影された写真や動画は、実施代表者の責任のもと、指導監督者の許可を得た場合のみ保存および利用が認められるため、撮影物の利用に先立ち、大学によってはすべての撮影内容のチェックが必要とされる場合がある。また、SNSなど不特定多数への写真・動画公開や、不適切な投稿を行ってはならない。さらに、陰部等が不必要にあらわな状態で研究を実施したり写真・動画撮影を行ったりすることは厳に慎まなければならない。
● 情報公開は研究目的に限る
情報を公開する場合には、各大学の指導監督者と当該研究の実施代表者、研究責任者の許可のもとで行う。ご遺体の取り扱いについて不適切と感じる閾値(いきち:境界値)は人それぞれなので、写真や動画は、研究目的の情報公開であっても、できる限り慎重な配慮を持って取り扱う。情報公開方法については、コンサルティング契約を締結し、企業に対する指導を行っている大学もある。
注2)「死体解剖保存法」の第9条では「死体の解剖は、特に設けた解剖室においてしなければならない。但し、特別の事情がある場合において解剖をしようとする地の保健所長の許可を受けた場合及び第2条第1項第4号に掲げる場合は、この限りでない。」としており、解剖室に明確な定義はない。
ご遺体を保存・固定する方法としては、「ホルマリン法」「チール法(Thiel法)」「新鮮凍結法」等があり、それぞれ特徴が異なる。研究目的によっても適した方法が異なるため、各方法の特徴を把握した上で医療機器の研究開発におけるカダバースタディーに臨む必要がある。
医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの実施に際しては、ご遺体を介した感染リスクにも十分に留意すべきである。「ホルマリン法」や固定液にホルマリンを含む「チール法」では、病原体の多くは死滅していると考えられているが、ホルマリンでは死滅させることができないクロイツフェルト・ヤコブ病などの病原体もある。また、「新鮮凍結法」では、病原体への感染リスクに注意したい。手術時の検査として一般的な項目であるHIVや肝炎ウイルス(HBV、HCV)に関しては、一部の大学では事前に検査が行われているが、行われないケースもあるため、通常の手術と同様の感染対策が必要となる。参加者はこうした感染に関する可能性や対策、感染事故発生時の対応や責任の所在について、事前に同意する必要がある。
■ 主要な保存・固定法と安全上の留意点
表省略
注3)医療機器の研究開発におけるカダバースタディーには、ご遺体の保存費用のほか、搬送料や火葬費などの費用もかかることに留意する必要がある。
5.6. 非医療従事者の身体的・精神的留意点
医師・歯科医師、看護師といった医療従事者は、医学教育の一環として解剖学を学んでおり、医の倫理、個人情報保護などの知識も得ている上に、職業上の守秘義務も課されている。また、職務内で人の死に立ち会う機会も多く、経験を通じて各々の死生観を確立していることから、感情を表出させることなく、医療機器の研究開発におけるカダバースタディーを実施している。一方で、ご遺体に関わる機会の少ない非医療従事者が医療機器の研究開発におけるカダバースタディーに参加する際には、医療従事者とは異なる留意点がある。以下、非医療従事者が留意すべき点を、身体面と精神面に分けて示す。
身体的な留意点
医療機器の研究開発におけるカダバースタディーは解剖室や専用の実験室で実施され、通常十分な換気システムを備えているが、実施時に生じ得る身体的安全面のリスクについて事前に理解しておく必要がある。医療機器の研究開発におけるカダバースタディー実施施設ではリスクにさらされた際の対応策を設けているため、それを実施前に確認し、万が一、曝露(ばくろ:体液や薬品に接すること)・受傷したときには必ず実施代表者の医師・歯科医師に相談すること。なお、以下に、大学側が非医療従事者に対して配慮すべき事項を、主要な保存・固定法別に示す。
■ 主要な保存・固定法別の身体的配慮事項
表省略
精神的な留意点
ご遺体を目の前にした時の心理的動揺は誰にでも生じ得るものであり、非医療従事者が医療機器の研究開発におけるカダバースタディーに初めて参加する際には無理をせず、心理的負担のない範囲で業務を行うことが望ましい。特に、ご遺体の搬入、搬出、手術台への移動では、ご遺体全体を直接目にしながらご遺体に触れることになるため、これらの作業に心理的動揺を感じる場合には、実施代表者に退席したい旨を伝えるとよい。
■精神面での配慮事例(北海道大学)
ご遺体のセッティングは、医師・歯科医師、医療専門職者(いわゆるコメディカル)のみで行うこととし、工学系研究者等の非医療従事者はいったん退出の上、ご遺体が覆布で覆われた時点で再入室できるよう配慮を行っている。これは、通常の患者への手術とほぼ同じ状況とすることで、非医療従事者の心理的動揺を軽減するための措置である。
6. 医療機器の研究開発におけるカダバースタディー実施の手続き
医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの「実施代表者」は、『ガイドライン』の定める「実施代表者」(臨床系診療科の教授または准教授)の役割とともに、『倫理指針』の定める「研究責任者」の役割を担うことを想定している。なお、『倫理指針』の定める「研究責任者」は、研究機関内で研究の実施に携わり、研究業務を統括する者であり、必ずしも臨床系診療科の教授または准教授である必要はないが、本ガイダンスでは、医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの「実施代表者」を臨床系診療科の教授または准教授が務めるものとする。
医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの「実施代表者」は、「指導監督者」(解剖学教室の教授または准教授)が一元的に管理するご遺体に対して適切な医療機器の研究開発におけるカダバースタディーを実施する責任を負う。なお、「実施代表者」と「研究責任者」が異なる場合は、実施計画書の作成、審査承認手続きや「オプトアウト」において、それぞれの責任範囲を明らかにする必要があることに留意されたい。
■ 医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの実施体制図
図省略
医療機器の研究開発におけるカダバースタディー実施に際しては、事前に各大学の倫理審査委員会に諮り、実施の目的と実施内容が倫理的に認められるものであるかについて十分に審査を受けた上で承認を得る必要がある。また、利益相反状態についても学内の審査承認が必要である。
実施後は、透明性および公明性を担保するために、各大学内の専門委員会等を通して実施内容を日本外科学会CST推進委員会に報告する必要がある。医療機器の研究開発におけるカダバースタディーは臨床試験(治験)ではないものの、『倫理指針』や厚生労働省が策定した「医療機器の臨床試験の実施の基準に関する省令」のガイダンス(GCPガイダンス)の第71条注1)に沿った内容とするとよい。
■日本外科学会CST推進委員会への報告について
現在(令和6年(2024年)度時点)、医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの最終的な報告書は日本外科学会CST推進委員会への提出が義務付けられており、報告書の内容に疑義がある場合には日本外科学会CST推進委員会からさらなる報告を求められるほか、『ガイドライン』違反が認められた場合には遵守を勧告されることがある。カダバースタディーは外科領域のみならず、医学・歯学の広範な領域で実施されるため、今後は学会を横断したより中立的な立場で審査可能な組織の設立が望まれている。将来、そういった組織が設立されれば、医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの報告書をより厳密に審査できるようになると考えられる。
注1)「医療機器の臨床試験の実施の基準に関する省令」のガイダンス(GCPガイダンス)の第71条は以下のとおり。
第71条 治験責任医師等は、前条第1項の説明を行うときは、次に掲げる事項を記載した説明文書を交付しなければならない。
一 当該治験が試験を目的とするものである旨二 治験の目的三 治験責任医師の氏名、職名及び連絡先四 治験の方法五 予測される治験機器による被験者の心身の健康に対する利益(当該利益が見込まれない場合はその旨)及び予測される被験者に対する不利益六 他の治療方法に関する事項七 治験に参加する期間八 治験の参加をいつでも取りやめることができる旨九 治験に参加しないこと又は参加を取りやめることにより被験者が不利益な取扱いを受けない旨十 治験の参加を取りやめる場合の治験機器の取扱いに関する事項十一 被験者の秘密が保全されることを条件に、モニター、監査担当者及び治験審査委員会等が原資料を閲覧できる旨十二 被験者に係る秘密が保全される旨十三 健康被害が発生した場合における実施医療機関の連絡先十四 健康被害が発生した場合に必要な治療が行われる旨十五 健康被害の補償に関する事項十六 当該治験の適否等について調査審議を行う治験審査委員会の種類、各治験審査委員会において調査審議を行う事項その他当該治験に係る治験審査委員会に関する事項十七 被験者が負担する治験の費用があるときは、当該費用に関する事項十八 当該治験に係る必要な事項
2 説明文書には、被験者となるべき者に権利を放棄させる旨又はそれを疑わせる記載及び治験依頼者、自ら治験を実施する者、実施医療機関、治験責任医師等の責任を免除し、若しくは軽減させる旨又はそれを疑わせる記載をしてはならない。
3 説明文書には、できる限り平易な表現を用いなければならない。
医療機器の研究開発におけるカダバースタディーは、献体者とご遺族、関係者の倫理観や死生観を損なわないための配慮を最大限に行った上で実施されるべきものである。原則となる3要点を示す。
① 解剖学教室と献体者が培ってきた信頼関係を壊さない
② 篤志献体のもつ“無条件・無報酬”の原則を遵守する
③ 幅広い臨床医学のニーズに合致するものでなくてはならない
また、医療機器の研究開発におけるカダバースタディー実施時に遵守すべき項目として、『ガイドライン』等と『リコメンデーション』の要点を以下に示す。
『ガイドライン』等のチェック項目
『ガイドライン』等に従って、以下の適切な実施条件を遵守すること。
① 献体の理念に基づき、無償の原則を堅持すること
② 献体者とご遺族の理解と承諾(同意)を得られたご遺体を用いること注2)
③ 実施内容は、倫理審査委員会で審査の上、承認を得ること
④ 学内に専門委員会を設置して、解剖学教室の負担軽減を図ること注3)
⑤ 指導監督者は解剖学教室の教授または准教授とし、献体の受付とご遺体の管理は解剖学教室に一元化すること
⑥ 実施代表者(責任者)は臨床系診療科の教授または准教授とすること
⑦ 解剖室等の学内の専用施設で行うこと
⑧ 感染等の可能性とその対策について、参加者に同意を得ること
⑨ 参加者の氏名と所属を記録に残すこと
⑩ 利益相反状態を含む実施内容の報告により、透明性を担保すること
『リコメンデーション』のチェック項目
企業が参画する医療機器の研究開発におけるカダバースタディーでは、特に献体制度の無償の善意を鑑みながら、適切な手順を踏んで実施する必要がある。前記の『ガイドライン』等に加えて、
『リコメンデーション』が示す以下の要点を遵守すること。
① 『倫理指針』の対象となる生命科学・医学系研究として実施すること
② 献体者とご遺族に対して『ガイドライン』を遵守した適切な説明を行うとともに、『倫理指針』を遵守した研究内容・成果、研究の公益性、利益相反状態、個人情報保護などの説明を含む「オプトアウト」の機会を保障すること
③ 『倫理指針』を遵守し、倫理審査、利益相反管理、個人情報保護等の対策をとること
注2)通常の正常解剖(解剖実習)の承諾に加えて、臨床医学の教育研究目的のご遺体の使用について、生前の献体者とご遺族の理解と承諾(同意)を得られていることが必須。
注3)前述のとおり(5.2.参照)、医療機器の研究開発におけるカダバースタディーを計画する大学は、解剖学教室の負担を軽減するため、技術職員の雇用や専任教員の配置など、必要な学内体制の整備を適切に行う必要がある。また、企業との共同研究や委託・受託研究等を進める際には、研究費の一部を解剖学教室が提供する施設や機器の維持管理費、職員の人件費、ご遺体の管理費用などに充てる取り決めをあらかじめ設けることが重要である。医療機器の研究開発におけるカダバースタディーを行う企業も、臨床系教室への研究委託に加えて、解剖学教室で発生するこれらの費用を理解し、適切な費用負担を行うことが求められる。
医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの研究計画の策定では臨床試験や動物実験とは異なるさまざまな条件や制約によって限界が生じることも念頭におかなければならない。具体的には、ご遺体の状況は生前の疾患や死因によりさまざまであり、ご遺体の数も限られることから対象となる病変があるとは限らず、また均一な条件で実験回数を制限なく行うことも難しいこと等が挙げられる(5.1.参照)。
このため、研究計画書には、研究対象となるご遺体の性別(男性のみ、女性のみ、男女それぞれ 1体を含む3体など)、体格や疾患、身体特徴(標準的な体格、対象臓器の手術歴がない、肺炎がないなど)、その他の条件(腹腔鏡実施の支障となる腹壁の損傷がない、血管造影の支障となる他のCSTでの使用がないなど)をあらかじめ定める必要がある。特に対象となる病変の模擬病変を用いる場合には、研究内容の臨床的な妥当性を検討した上で、模擬病変を置く標的臓器の欠損や手術歴のないご遺体を使用する必要がある。
医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの実施場所は、「死体解剖保存法」第9条の趣旨に則り、死者に対しての礼意を表せる「特に設けた解剖室」等を選定した上で、倫理審査委員会の審査で事前に承認を受ける必要がある。その際、承認された実施場所からご遺体またはその一部を持ち出すことができないことにも留意する。
大学と企業の共同研究、委託・受託研究等で医療機器の研究開発におけるカダバースタディーを実施する場合には、大学側は事前に秘密保持契約を締結して企業の知的財産権を保護するとともに、研究資金の出所や利益相反、研究結果の帰属や公表についても契約を締結する。研究計画の策定に汎用の書式を使用した場合には、「研究対象者」の項には献体者に関して記載し、「症例」は研究に使用可能なご遺体と読み替えて記載する。以下に研究計画策定の要点を示す。
① 実施代表者注4)は医科・歯科大学、医学部・歯学部の臨床系診療科の教授または准教授とすること
② 研究実施体制(研究責任者注5)、研究分担者、研究協力者等)を明示し、研究資金の出所(企業との契約があれば明示する)および利益相反を明らかにすること
③ ご遺体を使用した研究を行う背景と目的、研究で用いる医療機器の概要を明らかにすること
④ 研究方法では、研究デザインと目標症例数(使用するご遺体の数)、評価項目とその根拠などを明示すること
⑤ 実施する研究内容(使用する機器、測定項目および方法)を明記し、ご遺体の使用方法の詳細(性別、使用する臓器・部位、保存・固定法など)を明示すること
⑥ 研究期間(研究後の解析を含む)、ご遺体の使用期間、実施場所を明らかにすること
⑦ 研究対象者は献体者となる。実施施設(大学)における献体登録制度と臨床医学の教育研究目的であることの説明・承諾の取り決めを明らかにし、研究参加による利益と不利益を明記すること(通常どちらも生じない)
⑧ 症例は医療機器の研究開発におけるカダバースタディーに使用するご遺体となる。適格性と中止の基準(ご遺体の条件)を定め、収集するデータとその測定方法を明らかにし、使用する試料があればその取り扱いを明らかにすること
⑨ 実施時の人権(献体者の尊厳)に対する配慮や、献体者の個人情報等の管理を含む、研究の実施における留意事項(学内の取り決め等)を明示すること
⑩ 安全に施行するための研究参加者の留意事項(学内の取り決め等)を明示し、研究参加者に対する倫理講習や安全講習、解剖に関する教育講座等の事前学習の方法を定めること
⑪ 終了後のご遺体の使用や保管方法、納棺や火葬、慰霊祭への参加などの留意事項(学内の取り決め等)を明示すること
⑫ 研究に関する情報公開や文書の開示方法を定めること(「オプトアウト」)。なお、あらかじめ締結した秘密保持契約がある場合、開示内容は契約に基づき知的財産を保護すること
⑬ 研究結果の公表方法、ならびに研究により得られた結果の二次使用に関するルール(知的財産の帰属や別途契約の必要性)等をあらかじめ定めること
注4)ここでいう「実施代表者」は、『ガイドライン』における「実施代表者」と、『倫理指針』における「研究責任者」を兼ねることを想定している。
注5)「研究責任者」と「実施代表者」が同一でない場合については、「6.1. 実施体制」を参照されたい。
6.5. 大学と企業の共同研究、委託・受託研究等の流れ
医療機器の研究開発におけるカダバースタディーで、大学と企業が産学連携で共同研究、委託・受託研究等を行う場合は、以下で示す項目を漏れなく実施する必要がある。大学側は『倫理指針』で規定された「研究者等の基本的責務」と「研究機関の長の責務等」注6)を遵守し、適切に実施する必要があるとともに、ご遺体とその使用に対する責を負う必要がある。以下、大学側が行うべきことを、研究進行順に示す。
<実施前>
① 実施大学の臨床系診療科の教授または准教授から実施代表者を選出する 法人や企業の担当者は実施代表者になることができない。また、実施代表者は、『ガイドライン』における実施代表者と、『倫理指針』における研究責任者を兼ねることを想定している。
② 共同研究、委託・受託研究等の契約の締結にあたり、必要な場合には秘密保持契約を締結する
③ 研究内容の検討を行う 実施代表者、研究支援部門、企業の担当者等で検討する。
④ 実施大学のルールに従って研究経費を決定する臨床系診療科への委任経理金や寄付金、NPO法人等への経費の支払いについては、 透明性を保ち、説明責任を果たすことができるかどうかについて、十分に考慮する。
⑤ 実施代表者(研究責任者)は企業と協力して実施計画書を作成する 『倫理指針』では「研究責任者」が行う業務とされる。「研究責任者」と「実施代表者」が同一でない場合については、「6.1. 実施体制」を参照されたい。
⑥ 実施大学のルールに従って、大学内の専門委員会で実施内容の事前審査を経て、大学内の審査機関で倫理審査と利益相反の審査を行う
⑦ 承認後、学内のルールに従って「臨床医学研究に関する情報公開」を行う 秘密保持契約によって実施内容の秘匿が必要な場合は、実施大学側でその配慮を行う。
⑧ 実施計画に沿って機器等の搬入や物品の準備を行う
⑨ 実施大学は倫理講習や安全講習、解剖に関する教育講座等をあらかじめ用意し、企業の参加者に対して教育の機会を講じる
⑩ 実施代表者は、企業が適切な成果発表をできるように指導を行う必要がある
<実施後>
⑪ 日本外科学会CST推進委員会や大学内の倫理審査委員会等の書式に従って実施内容を報告する日本外科学会CST推進委員会から疑義照会等があれば、適切に対応する注6)。
注6)医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの不適切な実施に対しては、実施代表者(研究責任者)、指導監督者に加えて、『倫理指針』上、研究機関の長も責任を負うことになる。以下、『倫理指針』から「研究機関の長の責務等」を抜粋する。
第5 研究機関の長の責務等
1 研究に対する総括的な監督
⑴ 研究機関の長は、実施を許可した研究が適正に実施されるよう、必要な監督を行うことについての責任を負うものとする。
⑵ 研究機関の長は、当該研究がこの指針及び研究計画書に従い、適正に実施されていることを必要に応じて確認するとともに、研究の適正な実施を確保するために必要な措置をとらなければならない。
⑶ 研究機関の長は、研究の実施に携わる関係者に、研究対象者の生命、健康及び人権を尊重して研究を実施することを周知徹底しなければならない。
⑷ 研究機関の長は、その業務上知り得た情報を正当な理由なく漏らしてはならない。その業務に従事しなくなった後も同様とする。
2 研究の実施のための体制・規程の整備等
⑴ 研究機関の長は、研究を適正に実施するために必要な体制・規程(試料・情報の取扱いに関する事項を含む。)を整備しなければならない。
⑵ 研究機関の長は、当該研究機関において実施される研究に関連して研究対象者に健康被害が生じた場合、これに対する補償その他の必要な措置が適切に講じられることを確保しなければならない。
⑶ 研究機関の長は、当該研究機関において実施される研究の内容に応じて、研究の実施に関する情報を研究対象者等に通知し、又は研究対象者等が容易に知り得る状態に置かれることを確保しなければならない。
⑷ 研究機関の長は、研究対象者等及びその関係者の人権又は研究者等及びその関係者の権利利益の保護のために必要な措置を講じた上で、研究結果等、研究に関する情報が適切に公表されることを確保しなければならない。
⑸ 研究機関の長は、当該研究機関における研究がこの指針に適合していることについて、必要に応じ、自ら点検及び評価を行い、その結果に基づき適切な対応をとらなければならない。
⑹ 研究機関の長は、倫理審査委員会が行う調査に協力しなければならない。
⑺ 研究機関の長は、研究に関する倫理並びに研究の実施に必要な知識及び技術に関する教育・研修を当該研究機関の研究者等が受けることを確保するための措置を講じなければならない。また、自らもこれらの教育・研修を受けなければならない。
⑻ 研究機関の長は、当該研究機関において定められた規程により、この指針に定める権限又は事務を当該研究機関内の適当な者に委任することができる。
医療機器の研究開発におけるカダバースタディー実施時のフロー例
以下に、医療機器の研究開発におけるカダバースタディーを実施する際の流れの一例を示す。
図省略
6.6.写真・動画の取り扱い
現在、国内のテレビ放送や新聞報道等では、死体の写真や映像を公表しない配慮が行われている。
死への恐れや悲しみ、死体に対する忌諱(きき:恐れはばかって避けること)は誰でも持ち得る感情であることから、この配慮は故人の尊厳を傷つけないためであり、また一般の方が不快な思いをすることを避けるためでもある。医療機器の研究開発におけるカダバースタディーにおいても同様の配慮が必要であり、不適切な写真や動画の公表や流出は実施した大学と企業等がマスコミ等から批判を受けるだけでなく、これまで培ってきた献体制度そのものを毀損する可能性があることを踏まえ、写真や動画の取り扱いは極めて慎重に行われるべきものである。
写真・動画撮影時には、手術室と同様のクリーンな環境で実施していることを示すため、医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの実施中には雑然とした様子にならないよう、清潔な覆布などでご遺体の不必要な露出を避け、参加者の姿勢や着衣等に乱れがないよう常に努め、写真・動画撮影時には、適切な写り込みができるよう配慮すべきである。
以下、「人体および人体標本を用いた医学・歯学の教育と研究における倫理的問題に関する提言」
(平成25年(2013年)、日本解剖学会・日本病理学会・日本法医学会)および、『リコメンデーション』の中で写真・動画撮影について記された箇所を抜粋するので、参考にされたい。
人体および人体標本を用いた医学・歯学の教育と研究における倫理的問題に関する提言
画像の取り扱いに関して触れている「序文」の抜粋と「提言」の全文を示す。
※注7)と注8)は、本ガイダンスにおいて付記した注釈。
■ 序文(抜粋)
〜前文省略〜もとより遺体には尊厳があり、その使用にあたっては、死体解剖保存法によって、「死因解明」、「医学教育」、「医学研究」という公共の利益となる明確な目的をもつこと、および、遺体の取扱に当たっては礼意を失わないように注意しなければならないことが規定されている(死体解剖保存法第一条および第二十条)。
しかしながら、近年、カメラ機能付き多機能情報端末、ブログ、ツイッター注7)、SNSの普及など個人によるネット向け情報発信の日常化を背景に、学習者によって、人体および人体標本が真摯な教育・研究以外の目的で撮影され、画像がインターネット上に流布される事例が散見されている。このような事例は、人体および人体標本に対する礼意を欠き、死体解剖保存法の精神から逸脱するものと強く批判されるべきものである。このような事態を放置しておくことは、医学・歯学の教育と研究における人体および人体標本の使用に対する社会の理解や協力を失い、医学・歯学の教育と研究に大きな支障を来すような事態を引き起こしかねない。さらに、人体および人体標本の提供者の個人情報の遺漏が伴うような事態となれば、その影響は計り知れないものと危惧する。
〜以下省略〜
■ 提言(全文)
1 大学側は、学習者に対して、人体および人体標本に接する前に、遺体やその一部である標本、手術による摘出標本等に対する礼意や倫理に関する教育、学習上知り得た個人情報などの秘密を守る義務(守秘義務)に関する教育、さらにネットリテラシー教育を行うこと。
2 大学等は、講義室・実習室において、学習者による人体および人体標本の撮影・録画・録音ならびにそのインターネット掲載の禁止を徹底させること注8)。ヒト以外の動物や動物標本を用いる場合も、人体標本と混同されることを避けるという観点に加え、生命体への畏敬の念を育む意味でも撮影を禁止する。また、実物だけでなくスライドで供覧される標本写真等についても撮影ならびにインターネット掲載を禁ずること。
3 大学等は、人体や人体標本提供者の個人情報の管理を徹底し、学生に提供する情報は教育上必要と認められる最小限なものに限定すること。
注7)令和5年(2023年)7月から、サービス名称が「X」に変更された。
注8)医療機器の研究開発におけるカダバースタディーでは、研究計画に従って撮影が行われる場合がある。その場合には、指導監督者と実施代表者、研究責任者の許可のもと、撮影を行う必要がある。(5.4.も参照)
遺体を用いた医療機器研究開発(R&D)の実施におけるリコメンデーション(勧告)
画像(写真や動画)の取り扱いに関するQ&A部分を抜粋する。
※太字部分は、本ガイダンスにおいて追記した。
※注9)と注10)は、本ガイダンスにおいて付記した注釈。
Q.CST実施時の写真や動画撮影は可能か?注9)
A 各大学の専門委員会の取り決めに従わなければならない。大学の指導監督者と当該研究の実施代表者、研究責任者の許可を得て、実施代表者の監督のもとで、学会発表・論文発表などの学術を目的とした撮影のみ可能であるが、その場合でも、「人体および人体標本を用いた医学・歯学の教育と研究における倫理的問題に関する提言」に即した適切な取扱いに留意が必要である。学術を目的としない撮影は許されず、たとえ学術目的であっても、個人を特定しうる画像の撮影は遺族感情を損ねる可能性があるため行うべきではない。
Q.学術目的の画像利用、教育教材の作成上の注意点は?
A 遺体の画像を用いた学術目的の書籍の出版には長い歴史があり、近代医学の進歩を支えてきた。医学教育上、教育教材の販売は必要なため、従前どおり個人が特定されないようにするなどの適切な配慮の下で可能である。ただし、献体同意書には、教育・研究の一般的に想定される例を挙げて、遺族は研究の成果物に対して権利を有さないことを記載し、同意を得ることが望ましい。
Q.CSTの映像を外部に中継する際の注意点は?注10)
A (前略)CSTの映像を外部にライブ配信する場合には、中継会場もCSTを行う解剖室に準じ、学会・研究会と実施代表者との共同の責任においてガイドラインを遵守して行うこと。
(中略)また、使用する回線は関係者以外が閲覧できないようにセキュリティ上の配慮が必要である。
注9)医療機器の研究開発におけるカダバースタディーにおいても、同様の考え方となる。
注10)ご遺体を使用した遠隔医療の研究開発においても、同様の配慮が必要である。
成果発表の際の不適切なご遺体写真・動画の公表は、医療機器の研究開発におけるカダバースタディーに参加する企業や大学が倫理的・法的責任を問われ、説明謝罪会見や訴訟対応などの措置をとらなければならないケースも生じ得る。このため、医療機器の研究開発におけるカダバースタディー実施前には、共同研究を行う大学側の成果発表に関するルールを確認し、十分に協議した上で、下記の事項に留意して成果発表を行う必要がある。また、写真・動画公表の適切な方法については、別途コンサルティング契約を締結し、アドバイスを得る仕組みを構築している大学もある。企業のリスク回避のためには、こうした取り組みも重要となる。
撮影した写真・動画類は、その帰属についてあらかじめ確認すること
研究終了後の写真・動画の二次使用に関しては、大学の指導監督者と当該研究の実施代表者、研究責任者の許可を得ること
倫理審査へ提出する研究計画には、学会等での成果発表時や審査機関への資料提出時の写真・動画使用に関する内容も盛り込み、事前に学内審査・承認を受けること
多くの大学では、学内の専門委員会や解剖学教室に写真・動画使用の許可を得る必要があるため、そのルールに従うこと
7. 医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの利用法と限界
7.1. バイオデザインと医療機器の研究開発におけるカダバースタディー
平成13年(2001年)に米国スタンフォード大学のポール・ヨック博士らによって開始された医療機器開発のための実践的な人材育成プログラム「バイオデザイン」によると、医療機器開発における試験プロセスは「非前臨床試験」「前臨床試験」「臨床試験」の3ステージに分けられる。医療機器の研究開発におけるカダバースタディーは、「非前臨床試験」における解剖学モデルによるシミュレーション試験のほか、必要に応じて「前臨床試験」においても有効に活用できる。
【バイオデザインにおける一連の試験項目】
図省略
以下、臓器別、医療機器タイプ別、ステージ別に「利用法」「限界」「ご遺体使用時の留意事項」等をまとめるので、参考にされたい。また、医療機器の承認目的で行う前臨床試験としてのカダバースタディーについては、「8. 医療機器の審査と承認」の章で詳細を記載した。
医療機器の研究開発におけるカダバースタディーでは、ご遺体によって保存状態や生前の疾患による臓器の欠損などの状態が異なり、臓器の状態はさまざまである。特に、脳や膵臓などの自己融解しやすい臓器では保存状態がご遺体によって顕著に異なる。また、生体反応が確認できないなどのご遺体の共通の限界を理解した上で利用を進める必要がある。加えて、献体数や献体者の年齢などが制限されるため、特定の疾患をあらかじめ有したご遺体を選択することは困難である。
そこで、研究開発を行う医療機器が標的とする臓器に対して人工的に模擬病変を作成して検討を行うことがあるが、この場合、模擬病変の妥当性や再現性について事前に検討し、模擬病変を置く標的臓器の欠損や手術歴がないご遺体を使用する必要がある。
以下、臓器別に医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの「医療機器開発の具体例」
「利用法」「限界」「ご遺体使用時の留意事項」をまとめるので、参考にされたい。
神経系・感覚器(脳・頭頸部・脊髄)
医療機器開発の具体例 手術顕微鏡/手術内視鏡等の手術機器/ナビゲーション手術に用いる診断機器/脳幹刺激装置/神経モニター装置/人工内耳/眼内レンズ等の治療機器/人工喉頭/手術支援ロボット
利用法 ・複雑な器官・臓器であるため、手術機器の安全使用についての検証に有効
・埋め込み型デバイスの人体での臨床上の有効性・安全性の検証も可能
限界 生体反応が確認できないため、神経活動を確認する診断機器や刺激装置の有効性の検証は不可能
ご遺体使用時の留意事項 ・脳は死後に自己融解するため、研究に適した状態で保つには固定法の工夫が必要
・ご遺体の固定法が脳を用いた研究に適しているかどうか、共同研究を行う大学側に確認すること
・「死体解剖保存法」に「死体の解剖は、特に設けた解剖室においてしなければならない」(第9条)と定められているため、ご遺体の一部を持ち出すことはできない
■ 循環器(心臓・血管)
医療機器開発の具体例 エコー装置(体表、血管内、経食道)/血管内診断・治療機器(IVR:Interventional Radiology)等の診断治療機器/人工弁/人工血管/血管内ステントなどの血管内・心臓内埋め込み型デバ イス/人工心臓/ペースメーカー/埋め込み型除細動器などの埋め込み型治療装置/手術支援ロボット
利用法 ・生体では確認できない埋め込み型デバイスの臨床上の有効性・安全性検証に有効
・模擬血液をご遺体に流すことにより、IVR製品の評価は一定程度の検証が可能
限界 心 拍、血流がないため、機器の機能評価におけるカダバースタディーの役割は限定的
ご遺体使用時の留意事項 ・目的の臓器の病歴・手術歴がないことをあらかじめ確認すること
・治療実験の実施には模擬病変を人工的に作成することも考慮する
・「死体解剖保存法」に「死体の解剖は、特に設けた解剖室においてしなければならない」(第9条)と定められているため、ご遺体の一部を持ち出すことはできない
呼吸器
医療機器開発の具体例 胸腔鏡/気管支鏡などの診断治療機器/自動吻合器/気管内ステント等の手術機器・治療機器/エクモ(ECMO)/持続陽圧呼吸器(CPAP)等の呼吸補助装置/手術支援ロボット
利用法 診断・治療機器の安全性や操作性の評価に有用
限界 生体の呼吸機能を補助する機器の性能評価は不可能
ご遺体使用時の留意事項 ・死因が肺炎の場合が多いため、あらかじめCTなどでご遺体の肺の状況を確認の上、研究に適するかどうかの判断が必要
・治療実験の実施には模擬病変を人工的に作成することも考慮する
・「死体解剖保存法」に「死体の解剖は、特に設けた解剖室においてしなければならない」(第9条)と定められているため、ご遺体の一部を持ち出すことはできない
■ 消化器(管腔臓器:食道、胃、小腸、大腸)
医療機器開発の具体例 診 断:エコー検査(体表、消化管)診断治療:消化器内視鏡/腹腔鏡
治 療:ポリープや早期がんに対する粘膜切除等の内視鏡治療機器/自動吻合器/手術支援ロボット
利用法 診断、治療機器の安全性や操作性の評価に有用
限界 消化管の生理機能を補助する機器の性能評価は不可能
ご遺体使用時の留意事項 ・目的の臓器の手術歴がないことを確認する
・腸管の状態に個体差があり、あらかじめ状態の良いご遺体を見極めるのは難しい
・治療実験の実施には模擬病変を人工的に作成することも考慮する
・管腔内の前処置がなされていないため、研究の実施前に洗浄が必要な場合がある
・エコー装置で血管を確認する際には、液体の点滴により血管を拡張させるとよい
・「死体解剖保存法」に「死体の解剖は、特に設けた解剖室においてしなければならない」(第9条)と定められているため、ご遺体の一部を持ち出すことはできない
消化器(実質臓器:肝臓、胆嚢、膵臓)
医療機器開発の具体例 診断治療:エコー検査(体表、消化管)/細径胆道鏡/腹腔鏡
治 療:エコー下穿刺装置/ラジオ波・マイクロ波治療/カテーテル治療/ 肝切除用エネルギーデバイス/移植用臓器灌流装置/手術支援ロボット
利用法 診断、治療機器の安全性や操作性の評価に有用
限界 臓器の生理機能を補助する機器(インスリン注射装置)の性能評価や肝の生理機能による検査(ICG:Indocyanine Green)は不可能
ご遺体使用時の留意事項 ・目的の臓器の手術歴がないことをあらかじめ確認すること
・膵臓は自己融解しやすいため、あらかじめ状態の良いご遺体を見極めるのが難しい
・治療実験の実施には模擬病変を人工的に作成することも考慮する
・エコー装置で血管を確認する際には、液体の点滴により血管を拡張させるとよい
・「死体解剖保存法」に「死体の解剖は、特に設けた解剖室においてしなければならない」(第9条)と定められているため、ご遺体の一部を持ち出すことはできない
■ 運動器(骨、軟骨、筋肉、関節)
医療機器開発の具体例 診断:関節鏡
治療:プレート/脊椎用のインプラント/人工関節等のインプラント/ナビゲーション手術/手術支援ロボット
利用法 ・診断機器の性能評価、インプラントの人体への安全性や臨床上の有効性・安全性の評価に有用
・X線透視装置を使った研究開発が可能
限界 インプラントの耐久性は検討できない
ご遺体使用時の留意事項 ・バイオメカニクスの研究の場合、新鮮凍結遺体の使用が望ましい
・「死体解剖保存法」に「死体の解剖は、特に設けた解剖室においてしなければならない」(第9条)と定められているため、ご遺体の一部を持ち出すことはできない
泌尿器
医療機器開発の具体例 診断:内視鏡治療:手術デバイス/ステント/手術支援ロボット
利用法 主に腫瘍の診断や治療機器の性能評価に有用
限界 生理機能に関する検討は不可能
ご遺体使用時の留意事項 ・目的の臓器の手術歴がないことをあらかじめ確認すること
・腫瘍診断に用いる場合は模擬病変を設定しなければならない
・「死体解剖保存法」に「死体の解剖は、特に設けた解剖室においてしなければならない」(第9条)と定められているため、ご遺体の一部を持ち出すことはできない
■ 女性生殖器
医療機器開発の具体例 診断:内視鏡治療:腹腔鏡/手術支援ロボット/ナビゲーション手術
利用法 主に腫瘍の診断や治療機器の性能評価に有用
限界 妊孕性温存治療や子宮移植などに関する医療機器の有用性の検討は困難
ご遺体使用時の留意事項 ・腟の状態はご遺体ごとに生体と異なる部分も多いため、事前の確認(診察)が必要
・腫瘍診断に用いる場合は模擬病変を設定しなければならない
・「死体解剖保存法」に「死体の解剖は、特に設けた解剖室においてしなければならない」(第9条)と定められているため、ご遺体の一部を持ち出すことはできない
■ 歯科
医療機器開発の具体例 診断:関節鏡/ナビゲーション手術治療:プレート/歯科領域のインプラント
利用法 診断機器の性能評価、インプラントの人体への安全性や臨床上の有効性・安全性の評価に有用
限界 インプラントの耐久性は検討できない
ご遺体使用時の留意事項 ・「死体解剖保存法」に「死体の解剖は、特に設けた解剖室においてしなければならない」(第9条)と定められているため、ご遺体の一部を持ち出すことはできない
7.3. 医療機器タイプ別の利用法と限界
医療機器には、疾患の診断に用いる内視鏡やエコー装置などの「診断機器」と、同じく内視鏡やエネルギーデバイスなどの「手術機器」、さらに、体内に留置するペースメーカーや人工関節などの「治療機器(インプラント)」がある。以下、機器別に医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの「利用法」「限界」「ご遺体使用時の留意事項」をまとめるので参考にされたい。
■ 診断機器
利用法 ・人体での臨床上の有効性・安全性について、早期の研究ステージで確認することが可能
・一定の仕様が確定した後に、薬事承認に必要となる、操作の安全性や従来機器に対する優位性の検証に有用
・性能試験における優位性・有効性の証明では、限られたご遺体の数であっても、被験者となる医師・歯科医師の参加人数を増やすことで有効性を明らかにすることが可能
限界 神経、心臓、呼吸器などを対象とした患者の生理機能を診断する機器の検証は不可能
ご遺体使用時の留意事項 診断能の評価では適切な模擬病変を設定しなければならないケースもある
■ 手術機器
利用法 ・人体への予想外の損傷等、安全性評価においてあらゆる研究ステージで有用
・一定の仕様が確定した後に、薬事承認に必要となる、操作の安全性や従来機器に対する優位性の検証に有用
・薬事承認後のFirst in human試験の実施前における、機器の安全使用に向けたトライアルに使用することが可能
限界 優位性の証明に手術時間等の客観的なアウトカムを設定することが難しいため、術者の主観的な感想を数値化して優位性を示す方法をとるなどの工夫が必要である
ご遺体使用時の留意事項 ・エネルギーデバイス(電気メス、超音波凝固切開装置)の使用では、固定液の影響により、使用時の機械の動作が生体と異なることに留意
・研究の目的に応じて新鮮凍結遺体を使用する必要がある
■ 治療機器(インプラント)
利用法 ・動物実験では検証不可能な整形外科領域や歯科領域の研究開発において有用
・人体への臨床上の有効性・安全性の検討においておおむね有用で、製品開発のステージでの試作・改良から検証的試験まで幅広く実施可能
・手術手技の実施の安全性を人体で検証できるため、安全性の評価に有用
限界 ・長期使用時の耐久性の評価は不可能
・神経、心臓、呼吸器などを対象とした生理機能を改善する治療機器の検証は不可能
ご遺体使用時の留意事項 研究の目的に応じて新鮮凍結遺体を使用する必要がある
7.4. ステージ別の利用法と限界
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)では、医療機器開発において事業の進捗状況等にかかる評価を適切な時点で行うための「振り返り地点」として、3つのステージゲートを設定している(下図参照)。医療機器の研究開発におけるカダバースタディーは、開発のすべてのステージ(下図中の1stステージ〜4thステージ)で実施可能である。以下、ステージ別に医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの「試験内容」「利用法」「限界」「注意点」をまとめるので、参考にされたい。
なお、薬事承認を目的として医療機器の研究開発におけるカダバースタディーを実施する場合の詳細については、後出の「8. 医療機器の審査と承認」を参照のこと。またその際には、審査機関であるPMDAの相談制度を利用して、実施の必要性や検討内容について相談することを推奨する。
図省略
■ 1st~2ndステージ:研究開発
試験内容 非前臨床試験(シミュレーション試験・パイロット試験)
利用法 解剖学的妥当性の検討:患者は均一ではないため、医療機器は幅広い条件での有用性が求められるが、ご遺体への礼意を欠かない範囲内で、生体反応による制限なく解剖学的に検討することが可能
解剖学的臨床上の有効性・安全性の検討:必要な場合、動物実験を並行して行い、プロトタイプが人体に安全に適合するか、目的とする作用が得られるかを確認することが可能
限界 患者の生理機能を診断・治療する機器については、操作性や安全性の検討は可能だが、医療機器を使用した際の生体反応(出血、免疫反応など)に関する有効性についての検討はできない
注意点 医療機器の研究開発におけるカダバースタディーを研究開発段階で実施する場合は、本ガイダンスの6.1.~6.7.に記載した要件を遵守すること
■ 3rd~4thステージ:評価試験
試験内容 薬事承認目的の非臨床試験(前臨床試験、評価試験)
利用法 薬事承認目的の有効性の検証:臨床試験の代替として、機器の安全性や従来機器に対する優位性を証明するのに有用
※個々の製品評価に関する医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの妥当性や、実施した試験成績報告書が信頼性基準を満たすかどうかについては、PMDAの相談制度などを積極的に利用することが望ましい
限界 ご遺体の状況は生前の疾患や死因によりさまざまであるため、動物実験と異なり、均一な条件で繰り返し実験することができない
注意点 薬事承認申請資料として、医療機器の研究開発におけるカダバースタディーを実施する場合は、本ガイダンスの6.1.~6.7.に記載した要件の遵守に加え、次章で触れる「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全 性の確保等に関する法律施行規則」の信頼性基準を満たす必要がある
4thステージ~市販後:安全対策・改良
試験内容 薬事承認後の試験
利用法 製品販売前の適正使用確認:臨床試験の実施なく動物実験のみで薬事承認を得た場合に、First in human試験実施前の安全使用のためのトライアルや、製品販売前の模擬手術で適正な使用方法を定めるために利用可 能
製品販売後のトレーニング:適切な操作・使用法を習得するためのトレーニングに有用
※いずれも対応学会と相談しながらの進行を推奨改良目的:海外製品を日本人向けに改良する際の試験に有用
注意点 市販後のトレーニングや学会等が定めた適正使用確認として、医療機器の研究開発におけるカダバースタディーを実施する場合は、本ガイダンスの6.1.~6.7.に記載した要件を遵守すること。 特に、関連学会が策定 する適正使用指針やトレーニング内容については、対応学会と相談しながら対応することが望ましい
8. 医療機器の審査と承認
国内の医療機器は人体へのリスク程度に応じて、リスクが低い「一般医療機器」、次にリスクが低い「管理医療機器」、最もリスクの高い「高度管理医療機器」の3タイプに分類される。一般医療機器は自己認証による届出が可能であるが、認証基準のある管理医療機器および一部の高度管理医療機器は第三者認証機関により認証され、それ以外の、認証基準のない管理医療機器と高度管理医療機器についてはPMDAの審査を経て、最終的に厚生労働大臣による承認を受けなければならない。
医療機器における治験とは、薬事承認のために行われる臨床試験を指す。このため治験では、薬事申請予定の医療機器が患者の治療や診断の際に、どのような有効性や安全性を示すのかを承認前に検証することを目的としている。薬事承認時に治験が必要かどうかについては、個々の医療機器の特性、既存の医療機器との同等性、非臨床試験の試験成績等とともに実現可能性の程度により総合的に判断されている注1)。
医療機器は製品の種類や生体リスクの程度等に応じて多種多様に存在しており、医薬品に比べて生産・販売数量が絶対的に少ない傾向にある。一方で機器の特性として、上市後も頻回の改良が求められることが多く、継続的な費用がかかる。このため、医療機器を開発する上では、開発時と初回承認にかかる費用だけでなく、承認後の保険償還の有無や複数回の改良にかかる費用も想定して臨む必要がある。さらに、医薬品の治験と比べ、プラセボを対象とした比較検証デザインにおいては、治療が行われず侵襲性の高い処置のみが実施されるプラセボ群(例:医療機器を埋植せずに麻酔、切開のみを行うような群)を人道的な配慮から置きづらい場合もある。
このような状況を鑑み、例えば、臨床評価の一部に医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの結果を外挿することで、単群試験の実施や、治験実施費用を削減し、医療機器の有効性や安全性の検証を行うことが可能な場合もある。医療機器の研究開発におけるカダバースタディーの利用法については、「7.2. 臓器別の利用法と限界」「7.3. 医療機器タイプ別の利用法と限界」を参考に検討することが望ましい。
なお、薬事承認申請資料の一部として医療機器の研究開発におけるカダバースタディーを実施する場合は、『ガイドライン』『倫理指針』等を遵守した試験の実施に加えて、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律施行規則」の第114条の22にある「申請資料の信頼性の基準」を満たす必要がある注2)。
具体的な医療機器の研究開発におけるカダバースタディー実施妥当性の判断や、得られたデータによる試験成績報告書が信頼性基準を満たすかどうかについては、PMDAの相談制度などを積極的に活用することが望ましい。
注1)参考として、「医療機器に関する臨床試験データの必要な範囲等について」(平成20年8月4日付、薬食機発第0804001号、厚生労働省医薬食品局審査管理課医療機器審査管理室長通知)の抜粋を以下に記す。
1. 医療機器の臨床試験の試験成績に関する資料の必要な範囲等について
(1) 医療機器の臨床的な有効性及び安全性が性能試験、動物試験等の非臨床試験成績又は既存の文献等のみによっては評価できない場合に臨床試験の実施が必要となり、臨床試験成績に関する資料の提出が求められるものであること。
(2) 臨床試験の試験成績に関する資料の要否については、個々の医療機器の特性、既存の医療機器との同等性、非臨床試験の試験成績等により総合的に判断されることから、その判断には必要に応じ、独立行政法人医薬品医療機器総合機構の臨床評価相談又は申請前相談を活用されたいこと。
なお、その性能、構造等が既存の医療機器と明らかに異なる医療機器(新医療機器)に該当するものについては、原則として臨床試験の試験成績に関する資料の提出が必要であること。
(3) 別途、通知等において臨床試験の試験成績に関する資料の取扱いが明記されている場合にはそれを参照すること。
(4) 臨床試験を実施する場合の症例数は、臨床試験の目的や主要評価項目等を踏まえ、当該医療機器の有効性、安全性の評価に適切な症例数とすること。希少疾病用医療機器等、適応疾患の症例自体が少ない等の事情がある場合には、事情を勘案して妥当な治験計画をたて、評価可能で実施可能な症例数を検討すること。
なお、比較対照をおく場合にあっては統計学的に症例数を設定する必要があることに留意すること。
注2)「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律施行規則」第114条の22は以下のとおり。
「申請資料の信頼性の基準」法第二十三条の二の五第三項後段(同条第十五項において準用する場合及び法第二十三条の二の六の二第五項の規定により読み替えて適用される場合を含む。)に規定する資料は、医療機器の安全性に関する非臨床試験の実施の基準に関する省令(平成十七年厚生労働省令第三十七号)、医療機器の臨床試験の実施の基準に関する省令(平成十七年厚生労働省令第三十六号)及び医療機器の製造販売後の調査及び試験の実施に関する省令に定めるもののほか、次に掲げるところにより、収集され、かつ、作成されたものでなければならない。
一 当該資料は、これを作成することを目的として行われた調査又は試験において得られた結果に基づき正確に作成されたものであること。
二 前号の調査又は試験において、申請に係る医療機器についてその申請に係る品質、有効性又は安全性を有することを疑わせる調査結果、試験成績等が得られた場合には、当該調査結果、試験成績等についても検討及び評価が行われ、その結果が当該資料に記載されていること。
三 当該資料の根拠になった資料は、法第二十三条の二の五第一項又は第十五項の承認(法第二十三条の二の六の二第一項の規定により条件及び期限を付したものを除く。)を与える又は与えない旨の処分の日まで保存されていること。ただし、資料の性質上その保存が著しく困難であると認められるものにあっては、この限りではない。
研究班・協力団体等名簿
※順不同・敬称略。肩書きは本ガイダンス作成当時のもの。協力団体・オブザーバー・ワークショップ等協力者は、掲載に同意を得られた団体と個人のみを記載。
【研究代表者】
七戸 俊明(日本外科学会 CST推進委員会 委員、北海道大学病院 先端医療技術教育研究開発センター センター長/診療教授、北海道大学 大学院医学研究院消化器外科学教室II 准教授)
【研究分担者】
波多野 悦朗(日本外科学会 CST推進委員会 委員長、京都大学医学研究科 肝胆膵・移植外科/小児外科 教授)
小林 英司(日本外科学会 CST推進委員会 副委員長、東京慈恵会医科大学 腎再生医学講座 教授)平松 昌子(日本外科学会 CST推進委員会 オブザーバー、大阪医科薬科大学 一般・消化器・小児外科臨床教育 教授)
鈴⽊ 崇根(日本外科学会 CST推進委員会 委員、千葉大学 大学院医学研究院環境生命医学 准教授)渡辺 雅彦(北海道大学 解剖学分野 特任教授)
平野 聡(北海道大学 大学院医学研究院消化器外科学教室II 教授)
村上 壮一(北海道大学病院 先端医療技術教育研究開発センター 助教)
【協力団体】日本外科学会
【オブザーバー】
俵⽊ 登美子(AMED 医療機器等に関する開発ガイドライン(手引き)策定事業 プログラムスーパーバイザー
(PS)、くすりの適正使用協議会 理事長)昌子 久仁子(AMED 医療機器等に関する開発ガイドライン(手引き)策定事業 プログラムオフィサー(PO)、神奈川県立健康福祉大学 大学院ヘルスイノベーション研究科 シニアフェロー)鎮西 清行(産業技術総合研究所 健康医工学研究部門 ⾸席研究員)
西田 正浩(産業技術総合研究所 健康医工学研究部門 総括研究主幹)岡本 吉弘(国立医薬品食品衛生研究所 医療機器部 性能評価室 室長)
⽮花 直幸(PMDA 医療機器審査第一部 部長)白土 治己(PMDA 医療機器審査第二部 部長)
郭 宜(PMDA 医療機器安全対策・基準部 医療機器基準課 課長)
⽳原 玲子(PMDA 医療機器審査第二部 審査役)
【ワークショップ等協力者】
北田 容章(日本解剖学会 倫理委員会/利益相反委員会 委員・解剖体委員会 委員、関西医科大学医学部解剖学講座 教授)
鈴⽊ 孝司(医療機器センター 主任研究員)橳島 次郎(生命倫理政策研究会 共同代表)犬塚 隆志(つくばグローバル・イノベーション推進機構 事務局長)岡本 摩耶(つくばグローバル・イノベーション推進機構 アドバイザー)谷下 一夫(日本医工ものづくりコモンズ 理事長)
小林 利彰(ふくしま医療機器開発支援センター センター長)石橋 毅(ふくしま医療機器開発支援センター 事業企画推進部長)五十嵐 雄大(ふくしま医療機器開発支援センター 事業推進グループ)
⽟手 雅人(札幌医科大学 産婦人科 講師)
小松 宏彰(⿃取大学 医学部附属病院女性診療科群 講師)
須田 康一(藤田医科大学 医学部総合消化器外科学講座 主任教授)住友 誠(藤田医科大学 腎泌尿器外科学講座 教授)近野 敦(北海道大学 情報科学研究院 システム情報科学部門 教授)
小野寺 雄一郎(北海道大学 産学連携推進本部イノベーション創造・導出LS部門 部門長)渡邊 祐介(北海道大学病院 医療・ヘルスサイエンス研究開発機構 特任講師、藤田医科大学 先端ロボット・内視鏡手術学講座 准教授)石田 稔(北海道大学病院 医療・ヘルスサイエンス研究開発機構 特定専門職員)武田 芳明(北海道大学病院 医療機器開発推進センター 特定専門職員)
三澤 宏充(北海道大学病院 先端医療技術教育研究開発センター 特定専門職員)梶谷 篤(梶谷綜合法律事務所 弁護士、信州大学社会基盤研究所 特任教授、順天堂大学医学部 客員准教授)井上 悠輔(京都大学 医学研究科医療倫理学分野 教授)
⾹西 豊子(佛教大学 社会学部現代社会学科 教授)
安藤 岳洋(朝日サージカルロボティクス株式会社 取締役最高開発責任者)築山 周作(オリンパスメディカルシステムズ株式会社 医療評価技術 医学生物学評価技術 部長)岸本 裕治(オリンパスメディカルシステムズ株式会社 医療評価技術 医学生物学評価技術 課長)長谷部 吉弘(帝人ナカシマメディカル株式会社 開発部設計開発1課 課長)藤原 路浩(帝人ナカシマメディカル株式会社 開発部設計開発1課)林 健太郎(株式会社HICKY 代表取締役)運天 記代子(株式会社メディカロイド 薬事臨床開発部)只野 耕太郎(リバーフィールド株式会社 代表取締役社長)西原 輝幸(リバーフィールド株式会社 事業戦略部 部長)
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