4.用語の定義
本評価指標における用語の定義は、「ヒト(同種)iPS(様)細胞加工医薬品等の品質及び安全性の確保について」(平成24年9月7日付け薬食発0907第5号厚生労働省医薬食品局長通知)の定義による他、以下のとおりとする。
(1) 軟骨組織:軟骨は、軟骨細胞外マトリックス中に軟骨細胞が散在する構造である。軟骨細胞が軟骨細胞外マトリックスを作り、維持する。軟骨は組織であり、軟骨と軟骨組織は同義である。本評価指標では、軟骨細胞と区別するために、軟骨組織という言葉を用いる。また、本評価指標では生体内の軟骨組織に相当するiPS(様)細胞を加工して生体外で製造される組織も軟骨組織と呼ぶ。
(2) 軟骨細胞外マトリックス:軟骨特異的なコラーゲン(タイプII、IX、XI等)とプロテオグリカンで構成され、組織に抗張力と抗圧縮力を付与している。軟骨組織の力学的機能を担い、また軟骨細胞を維持する作用がある。軟骨組織を酵素で消化するなどして軟骨細胞外マトリックスを除去した状態で軟骨細胞を培養すると、軟骨細胞は軟骨細胞の性質を失い、線維芽細胞様細胞に変質する。
(3) 軟骨周膜:発生過程において、軟骨組織の周囲を包む膜状の組織。軟骨細胞の分化を制御する因子を産生する。
(4) 軟骨細胞:体内にあって、軟骨組織中に散在し、軟骨細胞外マトリックスの成分であるコラーゲン(タイプII、IX、XI等)やプロテオグリカン(アグリカンを主とする)等を分泌する細胞を一般的には指すが、本評価指標では生体内の軟骨細胞に相当するiPS(様)細胞を加工して生体外で製造される細胞、及びその前駆細胞を含む。
(5) 原材料:再生医療等製品の製造に使用する原料又は材料の由来となるものをいう。
(生物由来原料基準(平成15年厚生労働省告示第210号)の定義と同じ)
(6) セル・バンク:均一な組成の内容物をそれぞれに含む相当数の容器を集めた状態で、一定の条件下で保存しているものである。個々の容器には、単一の細胞プールから分注された細胞が含まれている。(ICH-Q5D「生物薬品(バイオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医薬品)製造用細胞基剤の由来、調製及び特性解析について」(平成12年7月14日付け医薬審第873号厚生省医薬安全局審査管理課長通知)の定義と同じ)
(7) クロスコンタミネーション:サンプル間の混入のこと。交叉汚染とも呼ばれる。製造に用いられる原料の間、中間体の間等での混入を意味する。例えば、あるセル・バンクに由来する細胞に別のセル・バンクに由来する細胞が混入する場合や、ウイルス不活化後の原料に不活化前の原料が混ざってしまう場合等が挙げられる。
(8) 細胞シート:細胞同士が直接、あるいは間接的に結合してシート状の形態を呈しているものをいう。
5.評価に当たって留意すべき事項
本評価指標は、当面、既に再生医療等製品の原材料として株化されているヒト(同種)iPS(様)細胞(細胞株)を主たる原材料として製造所に受け入れ、これを製造所においてセル・バンク・システムを構築し、加工して製造されたヒト(同種)iPS(様)細胞加工製品としての軟骨組織又は軟骨細胞の評価に適用することを想定している。再生医療等製品の製造所内でヒト(同種)iPS(様)細胞を体細胞から新たに樹立し、これを原材料とした再生医療等製品の製造を意図するような場合には、本評価指標を参照しつつ、「ヒト(同種)iPS(様)細胞加工医薬品等の品質及び安全性の確保について」(平成24年9月7日付け薬食発0907第5号厚生労働省医薬食品局長通知)等を参考とすること。
(1) 原料
原料となるiPS(様)細胞は、再生医療等製品の原材料として株化され、セル・バンク・システムを構築したヒト(同種)iPS(様)細胞であって、一定の製造工程を経ることにより軟骨細胞へ分化し、軟骨組織を形成することが確認されている、又は合理的に予測されるものである必要がある。また、ゲノムシークエンスにより、軟骨組織又は軟骨細胞の機能に関わる遺伝子変異を持たないことを確認しておくことが望ましい。軟骨組織又は軟骨細胞の機能に影響する可能性のある遺伝子としては、軟骨細胞外マトリックスタンパク質をコードする遺伝子(COL2A1、COL9A1、COL9A2、COL9A3、COL11A1、COL11A2、ACAN、HAPLN1、COMP、MATN3)、変形性関節症と相関がある遺伝子(6.参考資料の文献1)(GDF5)、軟骨形成異常症の原因遺伝子(6.参考資料の文献2に記載の疾患のうち、軟骨組織に異常を来す疾患の原因遺伝子)等が挙げられる。
ヒト体細胞への初期化遺伝子導入による遺伝子リプログラミングによりiPS(様)細胞を樹立した場合には、導入された遺伝子の残存が否定されていることが望ましい。残存が否定できない場合には、導入遺伝子が最終製品である軟骨組織又は軟骨細胞の品質及び安全性に悪影響を与えないことを確認する必要がある。
(2) 製造工程において特に注意が必要な事項
軟骨組織又は軟骨細胞(最終製品)の製造に当たっては、製造方法を明確にし、可能な範囲でその妥当性を以下の項目で検証し、一定の品質を保持すること。
①ロット構成の有無とロットの規定
最終製品及び中間製品がロットを構成するか否かを明らかにすること。ロットを構成する場合には、ロットの内容について規定しておくこと。
②製造方法
原材料となるiPS(様)細胞株の製造所への受入から、出発原料となるヒトiPS(様)細胞のセル・バンク・システム構築までの履歴、及び出発原料から分化段階の進んだ細胞を経て最終製品に至る製造方法の概要を示すとともに、具体的な処理内容及び必要な工程管理、品質管理の内容を明らかにすること。
a) 受入検査
原材料となるiPS(様)細胞株について、製造所への受入れのための試験検査の項目(例えば、目視検査、顕微鏡検査、生存率、細胞の特性解析、細菌、真菌、ウイルス等の混入の否定等)と各項目の判定基準を設定すること。表現型、遺伝形質、特有の機能等の特性、細胞生存率及び品質に影響を及ぼさない範囲で、必要かつ可能な場合は、細菌、真菌、ウイルス等の検査を行うこと。結果が陽性の場合には、iPS(様)細胞株のストック及びその輸送における汚染の有無を確認した上で、改めてiPS(様)細胞株を入手する。
なお、技術的な理由により、工程を一部進めた上で検査を行うことが適切な場合にあっては、受入れ後の適切な時点で検査を実施すること。例えば、凍結ヒト(同種)iPS(様)細胞株を原材料製造時の試験検査結果(Certificate of Analysis)を基に受入れた後、解凍して拡大培養を実施する際に追加の検査を行うことが挙げられる。治験を開始する前段階の場合は、それまでに得られた試験検体での実測値を提示し、これらを踏まえた暫定値を示すこと。
b) 細胞のバンク化
製造所に受入れたiPS(様)細胞株からセル・バンクを作製する方法及びセル・バンクの特性解析、保存・維持・管理方法・更新方法その他の各作業工程及び試験に関する手順等について詳細を明らかにし、その妥当性を示すこと。ICH-Q5D 等を参考とすること。ただし、より上流の過程で評価されていることに起因する正当な理由により検討事項の一部を省略することは差し支えない。
c) 最終製品の構成要素となる細胞の作製
出発原料となるセル・バンクから最終製品の構成要素となる細胞を作製する方法(分化誘導方法、目的とする細胞の分離・培養の方法、培養の各段階での培地、培養条件、培養期間、収率等)を明確にし、可能な範囲でその妥当性を明らかにすること。
d) 製造工程中の取り違え及びクロスコンタミネーション防止対策
iPS(様)細胞由来の軟骨組織又は軟骨細胞(最終製品)の製造にあたっては、製造工程中の取違え及びクロスコンタミネーションの防止が重要であり、工程管理における防止対策を明らかにすること。
(3) 製品の品質管理
品質規格の値の設定について、治験を開始する前段階の場合にあっては、それまでに得られた試験検体での実測値を提示し、これらを踏まえた暫定値を示すこと。
なお、出荷製品そのもの又はその一部に対して規格試験の実施が技術的に困難である場合にあっては、妥当性を示した上で並行して製造した製品を用いて規格試験を実施すること。
iPS(様)細胞から作られる軟骨組織又は軟骨細胞(最終製品)の移植方法を明らかにすること。移植方法には、例えば関節軟骨の欠損部にこの軟骨組織をそのまま必要数だけ充填し、フィブリン糊等で固定すること、又は、製造した軟骨組織をさらに加工する(例えば、複数の軟骨組織を融合させる、又は複数の軟骨組織をゲルで固めて板状にする)工程を経た後に、移植することが考えられる。
また、iPS(様)細胞から作られる軟骨組織を消化酵素等で消化して軟骨細胞を単離し、単離細胞そのもの、又は更に細胞を加工して移植物とすることも可能である。しかし、軟骨細胞外マトリックスを除去して得られた軟骨細胞は、変質して軟骨細胞の性質を失うことに留意が必要である。
ここでは、iPS(様)細胞から作られた軟骨組織の品質規格を①で、軟骨細胞を加工して作られた細胞シートの品質規格を②で扱う。
①軟骨組織としての品質規格設定のための特性解析項目
a)外観の確認
多くの場合、表面が乳白色~白色である。色素を含む培養液中に存在する場合は、培養液色素の色を帯びる。iPS(様)細胞から製造される軟骨組織は、培養中に軟骨組織同士が融合することがある。大きさ・形状に関する規格を設定することが望ましい。
b)細胞数及び生存率
最終製品における細胞の数及び生存率についても基準を設定する必要がある。なお、軟骨組織から軟骨細胞を効率よく回収する方法が確立されておらず、細胞数及び生存率を測定し規格とすることは技術的に困難である場合にあっては、軟骨組織に含まれる細胞数及び生存率を裏付ける代替指標を用いてよい。ただし、その指標の妥当性について明らかにすること。
c)軟骨組織としての特異性の確認
mRNA発現解析において、軟骨細胞マーカー遺伝子(COL2A1、COL9A1、COL9A2、COL9A3、COL11A1、COL11A2、ACAN、HAPLN1等)の相対的発現量を明らかにすること。タンパク質レベルでの発現定量は、軟骨組織から可溶性の軟骨細胞外マトリックスを抽出する方法が確立していないため難しい。
グリコサミノグリカンの定量を行い、軟骨組織としての特性の指標とすることができる。
また、必要に応じて、組織切片のサフラニンO染色及びタイプIIコラーゲン免疫染色にて、軟骨細胞外マトリックスがよく染色されることを確認すること。組織切片のSOX9免疫染色により、軟骨細胞を同定することができ、その数を数えることで、軟骨細胞への分化効率を調べることができる。
軟骨組織の表層を覆う軟骨周膜様組織は、タイプIコラーゲンを発現している。
d)未分化細胞が混在していないことの確認
未分化細胞の混在については、文献では、定量PCRによるマーカー遺伝子の定量(OCT3/4、NANOG等の遺伝子発現量の評価)等が報告されている(6.参考資料の文献3)。
なお、未分化のiPS(様)細胞の混在と造腫瘍性については、必ずしも一致しないものであり、造腫瘍性試験に関しては非臨床試験の項目を参照すること。
e)機能評価
治療用途に整合性のある軟骨組織としての機能特性を有することを製造工程中又は最終製品で確認する。例えば、最終製品の軟骨組織が、生体軟骨組織と類似した組成を持つことを期待されている場合には、軟骨細胞外マトリックス遺伝子の発現量を測定すること、又は組織学的解析(サフラニンO染色や、タイプIIコラーゲンの免疫染色)を行うことにより、製品の体内における効能を移植前に予測または評価することが可能かもしれない。また、例えば、最終製品の軟骨組織が、生体軟骨組織と類似した力学的特性を持つことを期待されている場合には、粘弾性特性等の力学的特性を測定することにより、製品の体内における効能を移植前に予測または評価することが可能かもしれない。しかし、軟骨組織の力学的機能に重要な力学的特性は明らかにされているわけではない。
②軟骨細胞シートとしての品質規格設定のための特性解析項目
軟骨細胞シートとしての特性を解析する場合は、以下のように形状確認、機能特性について評価を行い、シート作製方法としての製造工程の妥当性についても明らかにしておくこと。
a) 外観の確認
形状確認として、例えばシートの組織切片の作製や共焦点顕微鏡での3次元観察等により、細胞がシートを形成していることを確認する。
b) 細胞数及び生存率
細胞数を測定する方法としては、最終製品の一部を酵素処理して細胞懸濁液とし、血球計算盤やセルカウンターで測定する方法がある。細胞生存率を測定する方法として、トリパンブルーを用いた色素排除法があり、生細胞及び死細胞を計数することができる。足場材料等に細胞を播種し、三次元培養した製品では、使用している足場材料等をタンパク質分解酵素等で消化して細胞懸濁液を得て、それを細胞数及び細胞生存率の測定に用いることが考えられる。
c) 未分化細胞が混在していないことの確認
未分化細胞の混在については、定量PCRによるマーカー遺伝子の定量(OCT3/4、NANOG等の遺伝子発現量の評価)、細胞シートから細胞を単離して未分化マーカーの免疫染色(OCT3/4、SOX2、TRA-1-60)によるフローサイトメトリーによる解析、等が考えられる。
なお、未分化のiPS(様)細胞の混在と造腫瘍性については、必ずしも一致しないものであり、造腫瘍性試験に関しては非臨床試験の項目を参照すること。
d) 機能評価
細胞シートの作用機序は、細胞シートから産生される成長因子等が、損傷したホストの軟骨組織の再生を促すことであると考えられる。よって、有効と考えられる成長因子のタンパク質量やmRNA発現量を測定することにより、体内における効能を移植前に予測または評価することが可能かもしれない。ただし、成長因子等を指標とする場合は、患者における有効性との相関性を予め明らかにすることが望ましい。
(4) 製品の安定性試験
最終製品又は重要なそれらの中間製品について、保存・流通期間及び保存形態を十分考慮して、細胞の生存率及び効能を裏付ける代替指標等を指標に実保存条件での安定性試験を実施し、貯法及び有効期限を設定し、その妥当性を明らかにすること。特に凍結保管及び解凍を行う場合には、凍結及び解凍操作が製品の解凍後の培養可能期間や品質へ与える影響を確認すること。また、必要に応じて標準的な製造期間を超える場合や標準的な保存期間を超える長期保存についても検討し、安定性の限界を可能な範囲で確認すること。ただし、製造終了後直ちに使用するような場合はこの限りではない。
また、出発原料、中間製品及び最終製品を運搬する場合には、それぞれの条件と手順(容器、輸送液、温度管理等を含む)等を定め、その妥当性について明らかにすること。細胞を凍結状態で輸送する場合には、凍結時に使用する培地又は凍結保存液、凍結保護剤等について、製造工程で使用する材料と同様に適切に選択すること。また、非凍結状態で輸送する場合の輸送液等も同様である。製品形態又は細胞種によって、製品安定性を保つための適切な保存形態、温度条件、輸送液等が異なる可能性があるため、製品毎に適切な組み合わせを検討し、安定性を担保する必要がある。
(5) 非細胞材料及び最終製品の生体適合性製品に関係する非細胞材料については、製造工程中で細胞と接触する材料だけでなく、細胞とともに最終製品の一部を構成する副成分となるものや、副構成体等として適用時に併用されるもの(局所封入用の膜、フィブリン糊等)に関しても、材料自体の品質・安全性に関する知見について明らかにするとともに、生体適合性等、患者及び製品中の細胞との相互作用に関する知見について明らかにすること。また、最終製品総体についても患者の細胞組織、特に適用部位周辺組織との相互作用について評価すること。また、最終製品の副成分となる非細胞材料の、製造工程中(培地中)及び体内での分解特性、体内での再吸収特性、分解物の安全性に関して適切な情報を収集すること。特に、生体吸収性材料を用いる場合には、分解生成物に関して必要な試験を実施すること。非細胞材料の生体適合性については、ISO10993-1、JIST0993-1又はASTMF748-04、医療機器の製造販売承認申請等に必要な生物学的安全性評価の基本的考え方について(平成24年3月1日付け薬食機発0301第20号)等を参考にすること。
(6) 非臨床試験
①最終製品の品質管理又は非臨床安全性評価のための造腫瘍性試験iPS(様)細胞を加工して製造される再生医療等製品の造腫瘍性を評価する上では、「原料となるiPS(様)細胞の造腫瘍性と最終製品の造腫瘍性との相関・因果関係は未解明である」という点に注意が必要である。すなわち、臨床適用に際しては、原料となるiPS(様)細胞ではなくあくまで最終製品としてのiPS(様)細胞加工製品の造腫瘍性評価が最も重要であることを常に留意しなければならない。したがって、造腫瘍性試験については最終製品を用い、免疫不全動物を利用した検出限界が既知の試験系を用いて評価を行うことが有用である。
最終製品の造腫瘍性の評価には目的別に大きく2種類ある。「品質管理」のための造腫瘍性試験(主に奇形腫形成が想定される未分化細胞、目的細胞以外の細胞などの造腫瘍性細胞の存在量の確認)及び「非臨床安全性評価」のための造腫瘍性試験(最終製品の細胞がヒトでの移植部位に相当する微小環境で造腫瘍性を示すかどうかの確認)
であり、これらは区別して評価することが重要である。前者の例としては観察の簡便性と高感度な特性から、免疫不全動物(例:SCIDマウス、NOD/SCID/γCnull(NOG)マウス、NOD/SCID/IL2rγKO(NSG)マウス、Rag2-γCdouble-knockout(DKO)マウス)への皮下投与試験が挙げられ(6.参考資料の文献3)、後者の例としては免疫不全動物(rnu/rnu(Nude)ラット等)の関節内投与が挙げられる(6.参考資料の文献3)。いずれの試験も、iPS(様)細胞のセル・バンクを樹立する場合には、原則として当該セル・バンクから製造された最終製品を用いて造腫瘍性試験を行う必要がある。
当該セル・バンク以外から製造された最終製品を用いた造腫瘍性試験結果を用いる場合には、その妥当性を説明すること。最終製品の造腫瘍性に関する品質評価では、免疫不全動物への皮下投与試験以外に、最終製品中に残存する未分化細胞の量をinvitroで確認することも有用である。Invitroの評価法としては、例えば未分化細胞マーカー分子を指標にした定量RT-PCR(例:OCT3/4)が挙げられ(6.参考資料の文献3)、いずれにしても試験系の検出限界を確認しておくことが結果の解釈において重要である。
関節内(臨床投与経路)移植については、小動物では手術侵襲が大きく、手術手技により結果判定が困難となる可能性があることに留意する。この際の移植細胞数としては、想定される臨床使用量に種差と個体差の安全係数を掛けた量であることが望ましいが、動物に移植した際に、移植細胞の総容量自体が投与部位の微小環境に大きな影響を与え、アーチファクトとなってしまう可能性を十分考慮する必要がある。すなわち、関節内移植による造腫瘍性試験の目的は、最終製品の細胞がヒトでの移植部位に相当する微小環境で造腫瘍性を示すかどうかの確認にあることに留意しながら投与細胞数を設定することが重要である。
HLAタイピング等の後に同じ方法で樹立され、最終製品の原料として同等の品質特性を持つことが確認された複数のiPS(様)細胞セル・バンクから、同一の製造方法により同等の品質特性を持つ軟骨組織または軟骨細胞(最終製品)を製造する場合であっても、原則的には各セル・バンクから製造された最終製品について、ヒトでの移植部位に相当する微小環境で造腫瘍性を示すかどうかを評価する必要がある。免疫不全動物の関節内への移植による最終製品の造腫瘍性試験は、その代表的な方法として挙げられる。
②最終製品の効力又は性能を裏付ける試験
技術的に可能かつ科学的に合理性のある範囲で、対象疾患に対し適切なモデル動物等を用いて、最終製品の機能発現、作用持続性、ヒト(同種)iPS(様)細胞加工製品として期待される臨床効果の実現可能性(Proof-of-Concept, POC)を示すこと。モデル動物としては、ラット、ウサギ、ミニブタの関節軟骨に欠損を作製したものが挙げられる。一方、骨髄間葉系細胞による修復を除外するため、及び異種移植における骨髄細胞による拒絶反応の影響を抑えるために、軟骨内欠損をモデルとして使用することが望ましい場合は、軟骨が厚い幼若飼育ブタなどを使うことも一つの方法である。但し、モデルには性成熟に達した動物を用いるべきであり、さらに幼若飼育ブタは急激な体重増加があって軟骨損傷を合併しやすいことに留意する必要がある。ウサギやミニブタのモデル動物にヒトiPS(様)細胞由来軟骨組織を移植する場合は異種移植となり、免疫抑制剤を投与する必要があるが、免疫抑制の効果期間は限られており、短期の観察に限られることに留意すること。治療効果の評価方法にはICRSスコア、
O’Driscollスコア、Wakitaniスコア等を利用することが考えられるが、妥当性については検討を行うこと。HLAタイピング等の後に同じ方法で樹立され、最終製品の原料として同等の品質特性を持つことが確認された複数のiPS(様)細胞のセル・バンクから同等の品質特性を持つ軟骨組織又は軟骨細胞(最終製品)を製造する場合には、代表的な株から製造された最終製品について、POCを示すことで良い。
③その他
移植時の手技的な安全性の確認、その手技を用いての移植後の局所における短期間での反応等、臨床応用において必要かつ科学的に妥当と考えられる項目については、目的に応じて例えば中型又は大型動物を利用することにより確認を行うことが望ましい。
(7)臨床試験(治験)
本指標が対象とする、ヒト(同種)iPS(様)細胞加工製品としての軟骨組織又は軟骨細胞の移植は、HLAをミスマッチ又は主要座をマッチ、そして免疫抑制剤を投与下又は非投与下、のいずれの状況で行われるのかを明らかにすることが重要である。臨床データパッケージ及び治験実施計画書は、対象疾患、目的とする効能及び効果、当該治療法に期待される臨床上の位置づけ等に応じて、非臨床データ等も踏まえて適切に計画されるべきである。
臨床試験は試験に伴うリスクを最小限とし治療による利益を最大限に得られるように計画されるべきである。特に目的とする細胞・組織の由来、対象疾患及び適用方法等を踏まえて適切な試験デザイン及びエンドポイントを設定して実施することが推奨される。
評価項目に関しては、その最終目的に応じて主要評価項目(Primary endpoint)、副次的評価項目(Secondary endpoint)を設定する必要がある。有効性評価項目としては自覚的臨床評価スコア、活動性評価スコア、疼痛のVisual analogue scale(VAS)等が、また、修復組織の構造的改善の評価としてMRIや関節鏡、バイオプシー等から得られる情報が含まれる。
①対象疾患
関節軟骨損傷を適応とするが、その際考慮するべき事項として、年齢、BMI、関節機能、疼痛、変形性関節症(程度、定義)、病変の受傷時期、部位、大きさ、深さ、数、先行治療、共存する関節内病変(半月板損傷、前十字靭帯損傷等)及び関節外病変(変形、アライメント異常等)が挙げられる。
②臨床有効性評価
臨床評価においては、関節の状態、疼痛と機能までの評価を含んだ評価方法を用いることが推奨されるが、修復組織の構造的改善の評価などの副次的評価項目とあわせて評価すべきであろう。
臨床評価法として、Knee injury and Osteoarthritis Outcome Score(KOOS)は関節の状態、痛み、機能、QOLを総合的に評価できるもので、また臨床評価スコアとして国際的に評価の高いWestern Ontario and McMaster Universities Index(WOMAC)をそのまま一部として含んでいることから、軟骨細胞治療の評価法として国際的に最も広く用いられている。また、International Knee Documentation Committee(IKDC) Subjective Knee Evaluation Form-2000も膝関節軟骨治療の臨床評価として国際的に使用されている。KOOS、IKDCとも日本語版が作成され使用されている。
③構造学的評価
a)画像診断評価
(単純X線)
単純X線では再生軟骨の直接的な評価はできないが、再生軟骨周囲の骨組織の評価法として簡便かつ有用であり、経時的な評価に使用することが望ましい。
(MRI)
MRIは再生軟骨の臨床的画像診断法として、現在最も有用な評価法であり、再生軟骨や周囲組織の構造的評価を主眼とした包括的MRI評価法と、修復軟骨の質的MRI評価法に分けられる。
包括的MRI評価法では、MOCART(magnetic resonance observation of cartilage repair tissue)等の客観的な評価基準を用いて、多施設間で統一した評価を行うことが望ましい。撮像法としては、fast spin-echo法を用いたプロトン密度強調像、脂肪抑制プロトン密度強調像、及び三次元等方性ボクセル撮像等を基本として、再生軟骨の位置に合わせた撮像断面で評価を行う。
再生軟骨の質的MRI評価法としては、プロテオグリカン濃度の評価に有用なdelayed gadolinium-enhanced MRI of cartilage(dGEMRIC)、水分含有量やコラーゲン配列の評価に有用なT2 mapping、及びプロテオグリカン濃度や水分含有量の評価に有用なT1ρ mappingなどが挙げられる。しかし、これらの質的MRI評価法の再生軟骨における有用性に関しては未だコンセンサスが得られておらず結果の解釈には注意を要する。
したがってMRI評価にあたっては、包括的MRI評価を第一選択として行い、質的MRI評価はその補助的な評価として用いられるべきである。
b)関節鏡評価
関節鏡は肉眼的評価に加え、硬さなど力学的特性の評価が可能であり、再生軟骨の有用な評価法の一つである。
関節鏡評価法として、International Cartilage Repair Society(ICRS) cartilage repair assessmentが広く用いられている。また肉眼的評価に加え、プロービングによる硬さの評価を行うOswestry macroscopic cartilage evaluation scoreも、ICRS cartilage repair assessmentとともに有用な評価法として国際的に使用されている。
c)バイオプシー
関節軟骨の再生評価として、術後一定期間後に製品移植施行部位からバイオプシーを施行して評価することは、有効性の評価として有用である。バイオプシーには骨生検針を用いることから、深さ方向は十分なものが得られるため、軟骨下骨の評価も可能である。
バイオプシーは、通常関節鏡視下に修復・再生された軟骨部分を確認しながら、骨生検針を用いて施行される。骨生検針の径については、修復・再生の評価が可能かつできるだけ侵襲性が低くなるよう考慮し選択すること。施行の際は、関節鏡視下でモニターしながら実施し、サンプリングバイアスが含まれないように留意する。ヒトでの結果として既に報告のあるOsScore、ICRS組織評価-Ⅰ(Histological assessment of cartilage repair: a report by the histology endpoint committee of ICRS 及びII(ICRS II histology score for the assessment of the quality of human cartilage repair)等(6.参考資料の文献4)も、評価法として考慮すべきである。各種評価法による特徴を把握し、評価の定量化は軟骨組織の状態の比較に有用である。サンプルの組織染色としては、通常サフラニンO染色やトルイジンブルー染色等が軟骨細胞外マトリックス評価に重要であり、タイプIコラーゲンやタイプIIコラーゲン等の免疫組織染色も硝子軟骨と線維性軟骨の鑑別に重要である。組織学的評価により軟骨細胞外マトリックスの構造上の修復・再生の状況が明らかになる。
④全身モニタリング項目
移植後に関節以外に腫瘍が発見された場合に、それが移植細胞に由来するものかどうか判断するために、術前に必要と思われる既往歴の聴取を含む悪性腫瘍の全身的なスクリーニングを行っておくことが望ましい。移植手術後、妥当と考えられる期間を設定し、腫瘍発生等に注意する。
⑤免疫抑制剤を投与しない場合に必要な評価項目下記方法にて移植部位の状態を随時観察すること。
a) 解剖学的評価のために、視診、触診上の関節の炎症反応の確認に加え、画像診断(エコー、単純レントゲン、CT、MRI等)を継時的に行う。移植部分だけでなく関節全体の炎症等に着目する。
b) 関節機能検査のために臨床検査、筋力検査等を行う。術後回復傾向にあったものが低下した場合等は、移植組織または細胞の脱落等による関節の機能障害の発生等の可能性も含めて、特に注意を払う。
c) 炎症反応のモニターのため、定期的な採血を行う。
⑥免疫抑制剤を投与する場合に必要な評価項目免疫抑制剤を全身投与する場合は、⑤に加えて全身合併症のスクリーニング及び定期的な採血を行う。
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