同種iPS(様)細胞由来網膜色素上皮細胞

ガイドラインID 2014-HN-RE-020
発出年月日 2014-09-12
発出番号 平成26年9月12日付薬食機参発0912第2号
WG名 再生医療審査WG
制度名 次世代医療機器・再生医療等製品評価指標(審査ガイドライン)
製品区分 再生医療・遺伝子治療
分野

再生医療

GL日本語版ファイル

2014-HN-RE-020 同種iPS(様)細胞由来網膜色素上皮細胞

英文タイトル
GL英語版ファイル

GL:イントロ・スコープ

1.はじめに
ヒト由来の人工多能性幹細胞(iPS 細胞)又は人工多能性幹細胞様細胞(iPS 様細胞)のうち、同種由来 iPS 細胞又は iPS 様細胞を加工した製品(以下「ヒト(同種)iPS(様)細胞加工製品」という。)の品質及び安全性を確保するための基本的な技術要件は、「ヒト(同種)iPS(様)細胞加工医薬品等の品質及び安全性の確保について」(平成 24 年9月7日付け薬食発 0907 第5号厚生労働省医薬食品局長通知)に定められているところである。
本評価指標は、ヒト(同種)iPS(様)細胞加工製品のうち特に網膜色素上皮障害等の治療を目的として適用される再生医療等製品(平成 25 年法律第 84 号第1条の規定による改正後の薬事法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)第2条第9項に規定する「再生医療等製品」をいう。以下同じ。)について、上述の基本的な技術要件に加えて当該製品特有の留意すべき事項を示すものである。

2. 本評価指標の対象
本評価指標は、ヒト(同種)iPS(様)細胞加工製品のうち特に網膜色素上皮障害等の治療を目的として適用される再生医療等製品について、基本的な技術要件に加えて品質、有効性及び安全性の評価にあたって留意すべき事項を示すものである。

3.本評価指標の位置づけ
本評価指標は、技術開発の著しいヒト(同種)iPS(様)細胞加工製品を対象とするものであることを勘案し、留意すべき事項を網羅的に示したものではなく、現時点で考えられる点について示している。よって、今後の更なる技術革新や知見の集積等を踏まえ改訂されるものであり、申請内容に関して拘束力を有するものではない。
製品の評価に当たっては、個別の製品の特性を十分理解した上で、科学的な合理性をもって柔軟に対応することが必要である。
なお、本評価指標の他、国内外のその他の関連ガイドラインを参考にすることも考慮すべきである。

GL:本体

4.用語の定義
本評価指標における用語の定義は、「ヒト(同種)iPS(様)細胞加工医薬品等の品質及び安全性の確保について」(平成 24 年9月7日付け薬食発 0907 第5号厚生労働省医薬食品局長通知)の定義による他、以下のとおりとする。
(1) 網膜色素上皮細胞:網膜 10 層の最外層。単層上皮細胞で、視細胞貪食や視物質(レチナール等)再生能を持ち、血液網膜関門を構成する。加齢黄斑変性の主病巣。
(2) 視細胞:網膜を構成する細胞の1つ。光受容体と言われ、光エネルギーを電気エネルギーに変換する。神経網膜の最外層に位置し、外節と呼ばれる先端部は、網膜色素上皮に恒常的に貪食され、新しい細胞と入れ替わっている。
(3) 原材料:医薬品等の製造に使用する原料又は材料の由来となるものをいう。(生物由来原料基準(平成 15 年厚生労働省告示第 210 号)の定義と同じ)
(4) セル・バンク:均一な組成の内容物をそれぞれに含む相当数の容器を集めた状態で、一定の条件下で保存しているものである。個々の容器には、単一の細胞プールから分注された細胞が含まれている。(ICH-Q5D「生物薬品(バイオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医薬品)製造用細胞基剤の由来、調製及び特性解析について」(平成 12 年7月 14 日付け医薬審第 873 号厚生省医薬安全局審査管理課長通知)の定義と同じ)
(5) クロスコンタミネーション:サンプル間の混入のこと。交叉汚染とも呼ばれる。製造に用いられる原料の間、中間体の間等での混入を意味する。例えば、あるセル・バンクに由来する細胞に別のセル・バンクに由来する細胞が混入する場合や、ウイルス不活化後の原料に不活化前の原料が混ざってしまう場合等が挙げられる。
(6) 貪食能:網膜色素上皮細胞はマクロファージ等と同様に、異物(細菌や細胞の残骸等)を自身の細胞体内に取り込み、消化する能力を持っている。正常状態では視細胞の先端を恒常的に取り込んでいる。
(7) 細胞シート:細胞同士が結合してシート状の形態を呈しているものをいう。
(8) バリア機能:網膜色素上皮細胞では細胞間が接着構造で結合しており、物質が自由に移動できない構造となっている。この機能をバリア機能という。
(9) 網膜下移植:網膜下腔(感覚網膜と網膜色素上皮細胞の間)に意図的にスペースを作成し、組織や器具等を挿入する手術治療をいう。
(10) 眼底検査:眼球の前方から瞳孔を通して眼底に光を入れ、倒像鏡・直像鏡・前置レンズ等を用いて網膜・脈絡膜の変化を観察する検査。
(11) 造影検査:静脈内に蛍光物質(フルオレセイン等)を投与した後、蛍光専用のカメラで眼底を観察、撮影する検査。眼底の血行動態やバリア機能の評価、新生血管の検出ができる。
(12) 網膜断層検査:OCT (optical coherence tomography)と呼ばれる、生体網膜を断層面で観察できる検査。脈絡膜新生血管、網膜剥離等の検出に優れる。
(13) 滲出性病巣:加齢黄斑変性で脈絡膜新生血管が生じた病態。網膜下に貯留した浸出液や新生血管組織により、網膜の構造が乱れ、急速に高度な視力低下を呈
する。
(14) ドライタイプ:加齢黄斑変性の 1 つの型。網膜色素上皮・視細胞・脈絡膜毛細血管板の委縮を主体とする。急激な視力低下はきたさないが、最終的には読書視力は失う。欧米では加齢黄斑変性の 8 割を占めるとされている。
(15) 電気生理学的検査:光刺激を受けた時に網膜、視神経等に発生する弱い電位を検出する検査。網膜の活動電位を記録する網膜電図検査、視神経や脳が発する脳波を測定する視覚誘発電位検査、眼球運動で生じる電位を測定する眼球電図
検査等があり、網膜・視神経・視中枢の機能や、眼球運動の異常等を評価する。
(16) 中心視力:一般に視力検査で測定する視機能の 1 つ。最も解像度に優れた視野の中心(黄斑部に相当する)での 2 点弁別能(解像度)を評価する。文字や図形の形(我が国ではランドルト環(C の字切れ目)を用いることが多い。)を判別ができるか評価する。
(17) 網膜感度検査:網膜上に小さな光を投射し、一点一点の明るさを変化させることで被検者が見える範囲を調べる検査。マイクロペリメトリーや静的量的視野測定等がある。
(18) VFQ-25:米国 National Eye Institute で開発された The 25-item Visual Function Questionnaire。日本語版もある。視覚に関連した QOL を数値化して評価することができる。眼科疾患が日常生活に与える影響や、治療・ケアの結果の評価に用いられている。
(19) 眼底自発蛍光:主に網膜色素上皮内に蓄積したリポフスチンの発する蛍光のこと。専用フィルターを搭載した眼底カメラを用い、蛍光の有無及び多寡を測定し、網膜色素上皮の機能を評価できる。

5.評価に当たって留意すべき事項
本評価指標は、当面、既に再生医療等製品の原材料として株化されているヒト(同種) iPS(様)細胞(細胞株)を主たる原材料として製造所に受け入れ、これを製造所において加工して製造されたヒト(同種)iPS(様)細胞加工製品としての網膜色素上皮細胞に適用することを想定している。再生医療等製品の製造所内でヒト(同種)iPS(様)細胞を体細胞から新たに樹立し、これを原材料とした再生医療等製品の製造を意図するような場合には、本評価指標を参照しつつ、「ヒト(同種)iPS(様)細胞加工医薬品等の品質及び安全性の確保について」(平成 24 年9月7日付け薬食発 0907 第5号厚生労働省医薬食品局長通知)等を参考とすること。
(1)原料
①原料となるヒト(同種)iPS(様)細胞
原料となるヒト(同種)iPS(様)細胞は、再生医療等製品の原材料として株化され、セル・バンク化されたヒト(同種)iPS(様)細胞であって、一定の製造工程を経ることにより網膜色素上皮細胞へ分化することが確認されている、又は合理的に予測されるものである必要がある。また、ゲノムシークエンスにより、網膜色素上皮細胞の機能に関わる遺伝子変異を持たないことを確認しておくことが望ましい。網膜色素上皮細胞の機能に影響する可能性のある遺伝子としては、RPE65、ベストロフィン、SEMA4A、LRAT、RDH12、RP9、RP11 等が挙げられる。
ヒト体細胞への初期化遺伝子導入による遺伝子リプログラミングによりiPS細胞を樹立した場合には、導入された遺伝子の残存が否定されていることが望ましい。残存が否定できない場合には、導入遺伝子が最終製品である網膜色素上皮細胞の品質及び安全性に悪影響を与えないことを確認する必要がある。
また、網膜色素上皮細胞に親和性の高いウイルスの感染(ヒトヘルペスウイルス等)について、ICH-Q5A(「ヒト又は動物細胞株を用いて製造されるバイオテクノロジー応用医薬品のウイルス安全性評価」について(平成 12 年2月 22 日付け医薬審第 329 号厚生省医薬安全局審査管理課長通知))に従った検査により否定されて
いることが望ましい。網膜色素上皮細胞に感染する可能性があるウイルスとしては、ヒトヘルペスウイルス HHV1-8 型の中で HSV-1 (HHV1) (参考資料1), HSV-2 (HHV2) (参考資料2), VZV (HHV3) (参考資料3), EBV (HHV4) (参考資料4), CMV
(HHV5) (参考資料5), HHV6 (参考資料6) 等が挙げられる。
②ドナーの適格性
最終製品の移植部位が脳に近いことから、伝達性海綿状脳症及びその疑い並びにその他の認知症について、既往歴の聴取、問診等を行うとともに、輸血、移植医療を受けた経験の有無等からドナーとしての適格性を判断すること。また可能な場合は、遺伝性の網膜変性疾患の可能性について問診等により確認すること。
(2) 製造工程において特に注意が必要な事項
網膜色素上皮細胞(最終製品)の製造に当たっては、製造方法を明確にし、可能な範囲でその妥当性を以下の項目で検証し、一定の品質を保持すること。
①ロット構成の有無とロットの規定
最終製品及び中間製品がロットを構成するか否かを明らかにすること。ロットを構成する場合には、ロットの内容について規定しておくこと。
②製造方法
原材料となるヒト(同種)iPS(様)細胞株の製造所への受入から、原料となるヒト iPS 細胞、分化段階の進んだ細胞を経て最終製品に至る製造方法の概要を示すとともに、具体的な処理内容及び必要な工程管理、品質管理の内容を明らかにすること。
a) 受入検査
原材料となるヒト(同種)iPS(様)細胞株について、製造所への受入れのための試験検査の項目(例えば、目視検査、顕微鏡検査、生存率、細胞の特性解析、細菌、真菌、ウイルス等の混入の否定等)と各項目の判定基準を設定すること。表現型、遺伝形質、特有の機能等の特性、細胞生存率及び品質に影響を及ぼさない範囲で、必要かつ可能な場合は、細菌、真菌、ウイルス等の検査を行うこと。結果が陽性の場合には、ヒト(同種)iPS(様)細胞株のストック及びその輸送における汚染の有無を確認した上で、改めてヒト(同種)iPS
(様)細胞株を入手する。
なお、技術的な理由により、工程をごく一部進めた上で検査を行うことが適切な場合にあっては、受入れ後の適切な時点で検査を実施すること。治験を開始する前段階の場合は、それまでに得られた試験検体での実測値を提示し、これらを踏まえた暫定値を示すこと。
b) 最終製品の構成要素となる細胞の作製
製造所に受入れたヒト(同種)iPS(様)細胞株から最終製品の構成要素となる細胞を作製する方法(分化誘導方法、目的とする細胞の分離・培養の方法、培養の各段階での培地、培養条件、培養期間、収率等)を明確にし、可能な範囲でその妥当性を明らかにすること。
c) 細胞のバンク化
製造所に受入れたヒト(同種)iPS(様)細胞株からセル・バンクを樹立する等、網膜色素上皮細胞(最終製品)の製造のいずれかの過程で、細胞をバンク化する場合には、その理由、セル・バンクの作製方法及びセル・バンクの特性解析、保存・維持・管理方法・更新方法その他の各作業工程及び試験に関する手順等について詳細を明らかにし、その妥当性を示すこと。ICH-Q5D 等を参考とすること。ただし、より上流の過程で評価されていることに起因する正当な理由により検討事項の一部を省略することは差し支えない。
d) 製造工程中の取り違え及びクロスコンタミネーション防止対策
ヒト(同種)iPS(様)細胞由来の網膜色素上皮細胞(最終製品)の製造に当たっては、製造工程中の取違え及びクロスコンタミネーションの防止が重要であり、工程管理における防止対策を明らかにすること。
(3) 製品の品質管理
品質規格の値の設定について、治験を開始する前段階の場合にあっては、それまでに得られた試験検体での実測値を提示し、これらを踏まえた暫定値を示すこと。なお、出荷製品そのもの又はその一部に対して規格試験の実施が技術的に困難である場合にあっては、妥当性を示した上で並行して製造した製品を用いて規格試験を実施すること。
① 網膜色素上皮細胞としての品質規格設定のための特性解析項目 a)形状確認
位相差顕微鏡観察等により、網膜色素上皮細胞特有の細胞形態(例えば茶褐色の色素、多角形・敷石状細胞形態等)が観察されることを確認すること。
b) 網膜色素上皮細胞としての特異性の確認
網膜色素上皮関連遺伝子(RPE65, CRALBP, MERTK, BEST1 等のうちいずれか)が発現していることを確認すること。
c) 純度確認
特徴的な形態の確認又は RPE65、ベストロフィン、PAX6 等の複数抗体を用いた免疫染色により判断する。または、網膜色素上皮関連遺伝子の一定レベルの発現を確認する。特徴的な形態をもつものでは、ほぼ色素含有細胞は網膜色素上皮と考えられるため、画像処理等で客観的に数値化して有色素細胞数を判定し、純度の確認を行って差し支えない。
d) 未分化細胞が混在していないことの確認
未分化細胞の混在については、文献では、未分化マーカーの免疫染色(Oct3/4, Sox2, TRA-1-60)によるフローサイトメトリーによる解析、定量 PCR によるマーカー遺伝子の定量(one step 45 サイクル定量等による OCT3/4, NANOG, LIN28 等の遺伝子発現量の評価)等が報告されている。この中で特に LIN28 の遺伝子定量解析は、未分化細胞に対する特異性が高くかつ高感度であり、一般的に評価方法として代表的に用いることができる(参考資料7)。
なお、未分化の iPS(様)細胞の混在と造腫瘍性については、必ずしも一致しないものであり、造腫瘍性試験に関しては非臨床試験の項目を参照すること。
e) 機能評価
治療用途に整合性のある網膜色素上皮細胞としての機能特性を有することを製造工程中に確認する。一般的な検査としては、例えば以下のようなものがある。
・貪食能 (蛍光ラベルを行った視細胞外節、蛍光ビーズ等を培養液に添加して細胞の取込み状態をフローサイトメトリー等を用いて評価する。)
・増殖因子分泌能 (VEGF (Vascular Endothelial Growth Factor), PEDF (Pigment Epithelium-Derived Factor) 等 の 分 泌 量 を ELISA (Enzyme- Linked
ImmunoSorbent Assay)で測定する。)
②網膜色素上皮細胞シートとしての品質規格設定のための特性解析項目
網膜色素上皮細胞シートとしての特性を解析する場合は、以下のように形状確認、力学的適合性、機能特性について評価を行い、シート作製方法としての製造工程の妥当性についても明らかにしておくこと。
a) 形状確認として、例えばシートの組織切片の作製や共焦点顕微鏡での3次元観察等により、細胞がシートを形成していることを確認する。
b) 力学的適合性として、剥離、移植片としての準備までを行い、細胞シートとしての破損の有無等を確認する。 c)機能特性(バリア機能)評価として、免疫染色(ZO-1 染色)等バリア機能との相関が報告されている適切なマーカーの発現解析、又は経上皮電気抵抗値
(TEER;Trans Epithelial Electrical Resistance)の計測等を行う。
(4)非臨床試験
①最終製品の品質管理又は非臨床安全性評価のための造腫瘍性試験
ヒト(同種)iPS(様)細胞を加工して製造される再生医療等製品の造腫瘍性を評価する上では、「原料となる iPS 細胞の造腫瘍性と最終製品の造腫瘍性との相関・因果関係は未解明である」という点に注意が必要である。すなわち、臨床適用に際しては、原料となるヒト(同種)iPS(様)細胞ではなくあくまで最終製品としてのヒト(同種)iPS(様)細胞加工製品の造腫瘍性評価が最も重要であることを常に留意しなければならない。したがって、造腫瘍性試験については最終製品を用い、免疫不全動物を利用した検出限界が既知の試験系を用いて造腫瘍性の評価を行うことが有用である。
最終製品の造腫瘍性の評価には目的別に大きく 2 種類ある。「品質管理」のための造腫瘍性試験(造腫瘍性細胞の存在量の確認)及び「非臨床安全性評価」のための造腫瘍性試験(最終製品の細胞がヒトでの投与部位に相当する微小環境で造腫瘍性を示すかどうかの確認)であり、これらは区別して評価することが重要である。前者の例としては観察の簡便性と高感度な特性から、重度免疫不全動物(例: NOD/SCID/γCnull (NOG)マウス(参考資料8、9)、NOD/SCID/IL2rγKO (NSG) マウス、Rag2-γC double-knockout (DKO) マウス)への皮下投与試験が挙げられ、後者の例としては免疫不全動物への網膜下投与が挙げられる(参考資料9、10、11)。最終製品の造腫瘍性に関する品質評価では、免疫不全動物への皮下投与試験以外に、最終製品中に残存する未分化細胞の量を in vitro で確認することも有用である。in vitro の評価法としては、例えば未分化細胞マーカー分子を指標にしたフローサイトメトリー(例:TRA-1-60)や定量 RT-PCR(例:LIN28)が挙げられ(参考資料7)、いずれにしても試験系の検出限界を確認しておくことが結果の解釈において重要である。
網膜下(臨床投与経路)移植については、小動物では手術侵襲が大きく、手術手技により結果判定が困難となる可能性があることに留意する。この際の投与細胞数としては、想定される臨床使用量に種差と個体差の安全係数を掛けた量であることが望ましいが、動物に投与した際に、投与細胞の総容量自体が投与部位の微小環境に大きな影響を与え、アーチファクトとなってしまう可能性を十分考慮する必要がある。すなわち、網膜下移植による造腫瘍性試験の目的は、最終製品の細胞がヒトでの投与部位に相当する微小環境で造腫瘍性を示すかどうかの確認にあることに留意しながら投与細胞数を設定することが重要である。
HLA タイピング等の後に同じ方法で樹立され、最終製品の原料として同等の品質特性を持つことが確認された複数のヒト(同種)iPS(様)細胞セル・バンクから同等の品質特性を持つ網膜色素上皮細胞(最終製品)を製造する場合であっても、原則的には各セル・バンクから製造された最終製品について、ヒトでの投与部位に相当する微小環境で造腫瘍性を示すかどうかを評価する必要がある。免疫不全動物の網膜下への移植による最終製品の造腫瘍性試験は、その代表的な方法として挙げられる。ただし、ヒトでの投与部位に相当する微小環境における最終製品の造腫瘍性のプロファイルを、他の品質特性データから合理的に説明することが可能と判断される場合には、各セル・バンク由来の最終製品に関する当該品質特性データにより、それぞれのセル・バンク由来の最終製品のヒト網膜下での造腫瘍性を推定することができる。(参考資料9)
②最終製品の効力又は性能を裏付ける試験
技術的に可能かつ科学的に合理性のある範囲で、対象疾患に対し適切なモデル動物等を用いて、最終製品の機能発現、作用持続性、ヒト(同種)iPS(様)細胞加工製品として期待される臨床効果の実現可能性(Proof-of-Concept, POC)を示すこと (参考資料 10)。
HLA タイピング等の後に同じ方法で樹立され、最終製品の原料として同等の品質特性を持つことが確認された複数のヒト(同種)iPS(様)細胞セル・バンクから同等の品質特性を持つ網膜色素上皮細胞(最終製品)を製造する場合には、代表的な株から製造された最終製品について、POC を示すことで良い。
③その他
移植時の手技的な安全性の確認、その手技を用いての移植後の局所における短期間での反応等、臨床応用において必要かつ科学的に妥当と考えられる項目については、目的に応じて例えば中型又は大型動物を利用することにより確認を行うことが望ましい。
(5)臨床試験(治験)
①適応
網膜色素上皮等の障害のある疾患
加齢黄斑変性、変性近視、スターガルト病、外傷、網膜色素変性等。
②全身モニタリング項目
移植後に眼以外に腫瘍が発見された場合には、それが移植細胞に由来するものかどうか判断するために、術前に必要と思われる悪性腫瘍の全身的なスクリーニングを行っておくことが望ましい。移植手術後、妥当と考えられる期間を設定し、腫瘍発生等に注意する。
② 移植治療の評価方法
本評価指標で対象とする疾患において、治療効果の評価項目としては、主に以下の a)及び b)に示す解剖学的評価及び視機能評価の2種類がある。どちらをどの時点で評価項目として用いるかについては、対象疾患と治療内容により妥当なものを検討する。対照(コントロール)群については、従来の治療(加齢黄斑変性における抗 VEGF 療法等)で効果が十分に得られない症例を対象とする場合、既存治療の効果を問わず一定基準の症例を対象とする場合等、それぞれの研究デザインに応じて、過去に報告されている治療成績、その対照群等の中から比較に適切と考えられる群と比較することが妥当である。また、遺伝性変性疾患等で両眼がほぼ同様に進行するものについては、反対眼を対照群とすることが妥当である。
評価項目についての眼科該当専門領域での現在の流れを以下に示すが、眼科領域における検査法の進歩は著しく、随時それぞれの試験に妥当、適切と考えられる評価方法を用いることが望ましい。
a) 解剖学的評価眼底検査、画像診断(造影検査、網膜光干渉断層検査等)等。
近年の眼科検査において画像診断手法の進歩は著しい。例えば網膜光干渉断層検査(OCT)は眼底の詳細な断層イメージを非侵襲的かつ高解像度で観察できるため、加齢黄斑変性のような滲出性病巣の活動性の有無、ドライタイプも含めて治療後の実際の視細胞の定量的な残存状態等、網膜の保護効果を客観的、経時的に評価するに当たり、非常に有用かつ信頼性のある検査法の一つである。
したがって、移植細胞の生着、効果を判定する上で、OCT のような画像診断法を用いることは評価法として最も妥当である。また、安全性の評価についても、拒絶反応、腫瘍形成を含め、造影検査及び OCT から判断することが最も感度もよいと考えられることから妥当である。
b) 視機能検査視力、網膜感度、視野検査、電気生理学的検査等。
黄斑部の色素上皮障害及びそこから派生する滲出性加齢黄斑変性にみられるような脈絡膜新生血管等の滲出性の病態発生は、それらが原因となって、徐々に上にある黄斑部の視細胞の変性を進行させる。視機能はこの視細胞の状態に依存するものであり、移植治療の主目的は、これらの疾患においては発症後不可避である黄斑部の視機能障害(視力低下)をできるだけ早い時期に阻止し、健全な色素上皮を黄斑部に補うことにより、残された視細胞機能を保護することである。基本的に失われた視細胞を回復させることは、現状では不可能であり、本治療の目的とはならない。
視機能の代表としては中心視力が一般に用いられるが、これは中心部の健全な視細胞の残存位置に影響を受ける。つまり一般的にはより中心部に近い視細胞が残存しているほど視力は良好となるが、加齢黄斑変性等では同心円状に均一に視細胞が失われていくことではなく、無作為、無秩序に失われる。そのため、黄斑部エリア内での視細胞残存範囲と視力とは必ずしも相関せず、また主観的な視機能の捉え方にもいずれに重点があるかは個人差がある。(主観的には、「視力検査で数字はでるけれども見えている気がしない」又は、「視力は数値としては低いが案外不自由がない」といった乖離が実際に生ずる。)
疾患早期に治療するほど、より中心部に近い視細胞がより多く保護され、一般的には良好な視力が維持される。
一方、進行期に治療する場合には、既に中心部の視細胞は失われているため、視力の改善は望めないが、更にその周辺の視細胞が保護できれば、中心暗点(中央の見えない部分)の減少、といった改善が得られる。
したがって、視機能を評価するに当たっては、対象疾患の進行時期に応じて、視力のみでの判定が不適切と考えられる場合は、視力に加えて網膜感度の検査又は中心視野等、黄斑部内のさらに局所での反応性、範囲に関する指標を含めて総合的に判断することが望ましい。
対象疾患によっては局所解析が可能であれば電気生理学的検査等も客観的視機能検査として良い指標となる。
また、両眼性の患者において、視力優位眼に治療を行う場合は、QOL (quality
of life) 試験として NEI VFQ-25 等も、視機能評価の一つの指標となりうる(参考資料 12)。
④同種移植(免疫抑制剤投与)の際に必要な評価項目
免疫抑制剤を術前後に全身投与されると考えられるが、未だにコンセンサスの得られた方法が無いことについてインフォームド・コンセントを得ること。おそらく術前後の一定期間投与が必要と考えられ、そのための合併症にも留意すること。そのために必要な評価項目を列挙する。
a) 解剖学的評価のために、眼底検査及び画像診断(造影検査、網膜光干渉断層検査、眼底自発蛍光等)を継時的に行う。移植部分だけでなく眼底全体の色調や網膜硝子体・前房を含む眼内の炎症・滲出性変化等に着目する。
b) 視機能検査のために視力、網膜感度、視野検査、電気生理学的検査等を行う。術後回復傾向にあったものが低下した場合等は、特に注意を払う。
c) 免疫抑制剤の全身投与に伴う全身合併症のスクリーニング及び定期的な採血を行う。

GL:付属資料

6.参考資料
1. Tiwari V, Oh MJ, Kovacs M, Shukla SY, Valyi-Nagy T, Shukla D. Role for nectin-1 in herpes simplex virus 1 entry and spread in human retinal pigment epithelial cells. FEBS J.
2008 Nov;275(21):5272-85.
2. Shukla SY, Singh YK, Shukla D. Role of nectin-1, HVEM, and PILR-alpha in HSV-2 entry into human retinal pigment epithelial cells. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2009 Jun;50(6):2878-87.
3. Milikan JC, Baarsma GS, Kuijpers RW, Osterhaus AD, Verjans GM. Human ocular-derived virus-specific CD4+ T cells control varicella zoster virus replication in human retinal pigment epithelial cells. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2009 Feb;50(2):743-51.
4. Usui N. Detection of herpesvirus DNA in intraocular tissues. Nihon Ganka Gakkai Zasshi. 1994 May;98(5):443-8.
5. Tugizov S, Maidji E, Pereira L. Role of apical and basolateral membranes in replication of human cytomegalovirus in polarized retinal pigment epithelial cells. J Gen Virol. 1996 Jan;77 ( Pt 1):61-74.
6. Arao Y, Soushi S, Sato Y, Moriishi E, Ando Y, Yamada M, Padilla J, Uno F, Nii S, Kurata T. Infection of a human retinal pigment epithelial cell line with human herpesvirus 6 variant A. J Med Virol. 1997 Oct;53(2):105-10.
7. Kuroda T, Yasuda S, Kusakawa S, Hirata N, Kanda Y, Suzuki K, Takahashi M, Nishikawa S, Kawamata S, Sato Y. Highly sensitive in vitro methods for detection of residual undifferentiated cells in retinal pigment epithelial cells derived from human iPS cells. PLoS One. 2012;7(5):e37342.
8. Kanemura H, Go MJ, Nishishita N, Sakai N, Kamao H, Sato Y, Takahashi M, Kawamata S. Pigment epithelium-derived factor secreted from retinal pigment epithelium facilitates apoptotic cell death of iPSC. Sci Rep. 2013;3:2334.
9. Kanemura H, Go MJ, Shikamura M, Nishishita N, Sakai N, Kamao H, Mandai M, Morinaga C, Takahashi M, Kawamata S. Tumorigenicity studies of induced pluripotent stem Cell (iPSC)-derived retinal pigment epithelium (RPE) for the treatment of age-related macular degeneration. PLoS One. 2013;9(1):e85336.
10. Lu B, Malcuit C, Wang S, Girman S, Francis P, Lemieux L, Lanza R, Lund R. Long-term safety and function of RPE from human embryonic stem cells in preclinical models of mascular degeneration. Stem Cells. 2009 Sep;27(9):2126-2135.
11. Schwartz SD, Hubschman JP, Heilwell G, Franco-Cardenas V, Pan CK, Ostrick RM, Mickunas E, Gay R, Klimanskaya I, Lanza R. Embryonic stem cell trials for macular degeneration: a preliminary report. Lancet. 2012 Feb 25;379(9817): 713-720.
12. Orr P, Rentz AM, Marfolis MK, Revicki DA, Dolan CM, Colman S, Fine JT, Bressler NM. Validation of the National Eye Institute Visual Function Questionnaire-25 (NEI VFQ-25) in age related macular degeneration. Invet. Ophthalmol.Vis Sci. 2011; 52:3354-3359.

引用関連規格

国内関連GL

海外関連GL

WG開始年月

WG終了年月

WGメンバー

座長
西田幸二  大阪大学大学院医学系研究科 脳神経感覚器外科学(眼科学) 教授

委員(五十音順)
梅澤明弘  国立成育医療研究センター研究所 副所長
小沢洋子  慶応義塾大学医学部 眼科学教室 専任講師
瓶井資弘  大阪大学大学院医学系研究科 脳神経感覚器外科学(眼科学) 准教授
熊ノ郷淳  大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器・免疫アレルギー内科学 教授
齋藤 潤  京都大学iPS細胞研究所 臨床研究応用部門 准教授
佐藤正人  東海大学医学部外科学系(整形外科学) 教授
佐藤陽治  国立医薬品食品衛生研究所 遺伝子細胞医薬部 部長
谷口英樹  横浜市立大学大学院医学研究科 臓器再生医学 教授
星 和人  東京大学大学院医学系研究科 軟骨・骨再生医療寄付講座 特任准教授
万代道子  理化学研究所 網膜再生医療研究開発プロジェクト 副プロジェクトリーダー
  先端医療振興財団先端医療センター病院 診療部眼科 副部長
森永千佳子 理化学研究所 網膜再生医療研究開発プロジェクト 研究員
大和雅之  東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 教授

厚生労働省
古元重和  厚生労働省 医療機器審査管理室 室長
近藤英幸  厚生労働省 医療機器審査管理室 新医療材料専門官
境 啓満  厚生労働省 医療機器審査管理室 企画調整専門官
藤田倫寛  厚生労働省 医療機器審査管理課 先進医療機器審査調整官
津田 亮  厚生労働省 医療機器審査管理室 主査
山下雄大  厚生労働省 医療機器審査管理室 係員

独立行政法人 医薬品医療機器総合機構
奥田大樹   医薬品医療機器総合機構 再生医療製品等審査部 主任専門員
松岡厚子    医薬品医療機器総合機構 規格基準部 医療機器基準課 テクニカルエキスパート

オブザーバー
鎮西清行  産業技術総合研究所ヒューマンライフテクノロジー研究部門 副研究部門長
廣瀬志弘  産業技術総合研究所ヒューマンライフテクノロジー研究部門 高機能生体材料グループ 主任研究員
伊藤弓弦  産業技術総合研究所幹細胞工学研究センター 器官発生研究チーム チーム長
東健太郎  京都大学iPS細胞研究所 医療応用推進室・再生医療G

国立医薬品食品衛生研究所 (事務局)
新見伸吾  国立医薬品食品衛生研究所 医療機器部 部長
澤田留美  国立医薬品食品衛生研究所 医療機器部 第三室 室長
河野 健  国立医薬品食品衛生研究所 医療機器部 第三室 研究員

報告書(PDF)

2014-HN-RE-020-H25-報告書

報告書要旨(最新年)

承認済み製品(日本)

承認済み製品(海外)

製品開発状況

滲出型加齢黄斑変性に対する他家iPS細胞由来RPE細胞懸濁液移植(神戸市立医療センター中央市民病院)

Horizon Scanning Report