1.1 遺伝子発現解析用 DNA チップ
DNA チップは、基板の上に特定の塩基配列を持った DNA を高密度に配置し、固定したものである。この DNA をプローブとして、検体標品を精製・標識など前処理したものに対して反応させ、その反応物をレーザー光や電気的・化学的検出法によって高感度に検出する。これによって多数の遺伝子や多型DNAについて網羅的な解析を可能にするものである。遺伝子発現解析用DNAチップは遺伝子発現をもとに遺伝子の機能状態についての網羅的な解析を目的としたものであり、その解析対象は遺伝子型解析の対象であるゲノム DNA などとは異なり、主に RNA、もしくは、それを調製した試料である。
1.2 本ガイドラインの目的と範囲
DNA チップは、近年の技術的進歩によって、基礎研究用のみならず、あらゆる疾患の検査・診断や各種薬剤感受性の検査などに利用されるようになってきており、新たなジャンルの次世代医療機器として期待されている。一方で、DNA チップは信頼性や再現性、標準化など臨床現場に広く導入するにはまだ問題も多い。これらの問題点を解決し、医療機器として DNA チップの開発意欲を向上させ、DNA チップ及び関連機器の開発を促進し活性化することを目的に、まず遺伝子型(ジェノタイピング)検定用 DNA チップについて「テーラーメイド医療用診断機器(DNA チップ)開発ガイドライン 2007」を策定し、公表した(平成 19 年 5 月、経済産業省)。今回は、遺伝子発現解析用 DNA チップに焦点をあて、医療機器としての遺伝子発現解析用DNAチップ及び関連機器の開発の促進・活性化を目的に、その指標となるためのガイドラインを策定する。
遺伝子発現解析用 DNA チップによる検査・診断への応用としては、疾患の早期発見・早期診断、客観的疾患分類・確定診断、治療法選択、病状変化把握や治療効果モニタリングなどが考えられる。臨床検査や診断などの実臨床で DNA チップを用いる場合、得られるデータの高い信頼性や再現性が重要であり、判定ミスや判定の曖昧さを極力排除しなければならない。特に遺伝子発現解析用 DNA チップの解析対象である RNA は不安定な物質であるため、検体の保管・運搬及び前処理を含めた取り扱いにおける質保証、さらに再現性や信頼性の確保など様々な問題点がある。この点については後に項目別に述べる。
DNA チップは専用の測定装置とともに使用され、複数遺伝子の測定値をアルゴリズムに基づいて解析し、医療情報として提供する。DNA チップおよび関連装置の開発の促進には、高性能な測定装置の開発だけでなく、データの互換性や精度や再現性の向上のための標準化も必要であり、またチップや装置の評価法についても指針が必要と思われる。そこで、本ガイドラインではチップを含めた測定装置、その評価方法、標準化と大きく 3 つの項目にわけて記述する。
2.測定装置(チップと装置)
2.1 原理と構造
(1)遺伝子発現解析用 DNA チップの検出原理
RNA の検出方式、装置で検出する出力信号を生み出す機構について詳細に検討する。
(2)チップと装置の構造
基板やプローブ DNA などチップを構成する主要素の仕様や形状・サイズ・構造などについて検討すること。特にプローブ DNA に関しては、Tm(melting temperature)値、GC(グアニン・シトシン)比、配列の特異性や長さなど、プローブ設計の要件について検討すること。また、PNA や LNA などの人工核酸を用いる場合はその化学的性質についても検討することが望ましい。また装置に関しては、装置本体の構成、装置を構成する各構成要素の仕様、機能の概略などについて検討すること。
(5)その他、性能特性に影響する要因
DNA チップを含めた測定における交差汚染には、別検体・別試料の混入の二者があり得るが、それぞれの予防に対してとるべき操作環境・設備・手順について技術的に検討し、また、交差汚染を評価するための試験を実施しその結果を残すことが望ましい。
検体に含まれる潜在な干渉物質は、必ずしも試料の調製によって除去できるとは限らず、試料の調製、または DNA チップでの検出に干渉する場合もある。したがって、干渉物質が検出性能に及ぼす影響について特性評価をすることが望ましい。なお検査中の各種条件について、その設定根拠、特に RNA の定量に対する安定性について検討すること。
(4)試薬
RNA の抽出・検査など各工程で使用される試薬について、その種類・濃度などに関して検討することが望ましい。試薬を DNA チップと共に提供する場合、再現性、精度等に対する試薬の影響について、プロセスの各段階で検証した結果を残すことが望ましい。試薬を DNA チップと共に提供しない場合には、DNA チップ使用者が適切な試薬を選択できるよう、必要な試薬の仕様および RNA の品質と量を評価するための方法・仕様を技術的に検討すること。
(2)判定アルゴリズムの原理と概要
判定アルゴリズムについて検討すること。その際、判定に用いるプローブ DNA の種類、各プローブの重複数、判定に用いる測定値の定義、各プローブの測定値から判定を行うためのアルゴリズム、判定に必要な基準値の定義とその設定における統計学的な根拠、最終的な判定結果とその信頼度を検証すること。
2.6 データ処理
本装置を用いて取得したデータは、トレーサビリティの観点から、検査日時、検体 ID、 DNA チップ及び試薬ロット、検査プロトコル、測定装置の対応が付けられるようにデータ管理されていること。
2.7 品質管理
(1)DNA チップ
保存方法、保存期間、安定性など、DNA チップの品質に関わる基本情報、チップに固定するプローブ DNA の品質管理について検討すること。特に DNA チップの品質管理に関連しては、ISO/NP16578 規格名称「マイクロアレイを用いた特定核酸配列の検出に関する一般的定義と要求事項」や GMP/QMS(ISO13485)などの製造管理/品質管理体制を検討することが望ましい。
(2)検査装置
装置の校正方法、校正(検査)頻度、校正に用いる標準物質、合格規格、交換部品など、検査装 置の品質に関わる基本情報、検査装置の品質管理に関連した GMP/QMS(ISO13485)などの製造管理/品質管理体制に関して、検討することが望ましい。
3.評価法
3.1 評価項目
当該 DNA チップの評価法としては、以下の項目を含むことが望ましい。
① 他発現解析手法との比較
② データ解析、解析ソフト
③ 有意差の検定
④ 比較試験・臨床評価試験
⑤ 判定アルゴリズム
⑥ データ管理
⑦ 安全性
3.2 他の発現解析手法との比較
DNA チップの評価にあたっては、他の遺伝子発現の解析法と比較検討すること。原則として試料の種類、試料数、試料の調製法あるいは起源、試料の使用目的(特異性など)等の記録を残すことが望ましい。また比較は診断上重要な遺伝子について重要性を言及した後、該遺伝子を対象に、少なくとも 1 種類の同一と見なされる RNA を鋳型にして定量する方法により行い、両者の一致率を遺伝子ごとに検討することが望ましい。遺伝子定量法としては、当該プラットフォーム以外の一般的な手法、もしくは性能が確認されている承認済みの他の DNA チップ等を用いることができる。
3.6 判定アルゴリズム
DNA チップを用いた診断においては、複数遺伝子の発現パターンよりアルゴリズムで判定を行う。アルゴリズム作成に必要な検体数について規定はないが、アルゴリズムの検証のための臨床性能試験は、一般の既存の体外診断薬に関する基準に基づき、複数施設から収集したサンプルを用いた統計的有意差を示すデータの提出が要求される。ただし、患者数が限られている場合や、より少ない症例数で有効性が十分に示される場合は、その科学的根拠に基づいて説明すること。
3.8 安全性について
交差汚染を評価するための試験を実施して結果を残すとともに、判定に失敗した場合、あるいは判定結果の解釈に失敗した場合のリスクも評価し、その際に用いたリスク分析手法についても検討すること。
4.標準物質
4.1 目的
遺伝子発現解析用 DNA チップ開発にあたって用いる標準物質は、当該開発品を用いた遺伝子発現解析データの信頼性が確保されることを担保し、評価に耐えうる臨床試験での事
例数と複数機関において検討されたデータから臨床上の有効性を確認すること。
4.2 標準物質に求められる要件
DNA チップ開発に用いられる標準物質は、特性の異なる様々なチップ技術の性能評価および結果表示のためのアルゴリズム検討の参照として用いる一次標準物質と、当該開発品製造時のトレーサビリティの確認や日常検査における精度管理に用いる二次標準物質とする。従って、当該開発品製造業者は、一次標準物質を品質管理用内部標準物質とし、二次標準物質を設定し、これを用いて性能の確認を行う。
4.2.3 外部標準物質の入手
国内において、臨床検査における遺伝子関連検査については日本臨床検査標準協議会(JCCLS)が「遺伝子関連検査検体品質管理マニュアル」を公開し、その中で検査対象遺伝子疾患を紹介している。また、DNA チップの標準化に関するコンソーシアムは、国内ではバイオチップコンソーシアム(JMAC)、米国では MAQC(MicroArray Quality Control)コンソーシアムや ERCC(External RNA Control Consortium)、欧州では EMERALD(Empowering the Microarray-based European Research Area to Take a Lead in Development and Exploitation)コンソーシアムと業界関連団体が検討を進めており、データベースとの連携をするコンソーシアムも存在する。こうした検査対象の遺伝子配列情報を、国内公的機関、例えば産業技術総合研究所が入手し、ライブラリとして保存及び管理を行い、必要に応じて JMAC などと連携して該開発品の機能評価を受託業務として実施する。なお、ヒトゲノムサンプルの保存中または培養による後天的変異を監視するための定期的な検査も管理業務に含めるものとする。