in silico評価に関する開発ガイドライン2019(手引き)

ガイドラインID 2019-E-DE-045
発出年月日
発出番号
WG名 ナビゲーション医療 PDT 医療機器開発 WG
制度名 医療機器等開発ガイドライン策定事業(開発ガイドライン)
製品区分 医療機器
分野

ナビゲーション医療

GL日本語版ファイル

2019-E-DE-045 in silico評価に関する開発ガイドライン2019 手引き

英文タイトル
GL英語版ファイル

GL:イントロ・スコープ

1章 はじめに
1−1 in silico 評価の位置づけ
in silico 評価は、in vitro(試験管内、を意味する。現在ではベンチテスト全般のこと)評価、in vivo(生体内)評価にならぶ、第三の実験評価手法である。in vitro 評価は更に動物組織・細胞を用いるもの、ヒト組織・細胞を用いるもの、患者本人の組織・細胞を用いるものに分けられる。in vivo 評価は更に動物実験と臨床試験(治験)に分けられる。

図 1.1 これまでの多くの開発で行われている、in vitro および in vivo 評価の関係:開発上の問題解決に対し、in vitro と in vivo 評価では倫理的、経済的、技術的観点から限界がある場合も多く、その間は開発が滞る。

図 1.2 これまでも行われてきているが、今後更に期待される in silico, in vitro, in vivo 評価の関係:いずれも医療機器開発の出発点となり、切れ目なく開発を行う。3つの評価を活用することで、開発上の問題に対して倫理的、経済的、技術的観点から生じるそれぞれの限界を相互補間する。医療機器開発における、in vitro、in vivo、in silico 評価の関係を積極的に構築していくことが、医療現場への有用な医療機器の迅速な導入につながる。

in silico 評価のインパクトとして、例えば以下を期待することができる。
・臨床試験のように長期の評価期間、多くのコストを要する評価法を合理化して、開発の迅速化を図る。
・臨床試験が倫理上、経済上、統計学上等の理由で合理的に実行できない場合あるいはin silico 評価の方が合理的に実施可能な場合の代替手段となる。動物実験についても同様に代替手段となる。
・動物実験の結果をヒトに当てはめられるかどうか(外挿性)が不明確な場合、あるいは外挿性の妥当性確認(validation)に多大な期間とコストを要する場合等の代替手段となる。
・in vitro あるいは in vivo 評価を行う際の実験条件の設定、特に上限値や下限値、取り得る値、標本数の導出など、実験で確認しておくべき事項の概略を in silico 評価によって決める。
・個々の患者ごとに医療機器の有効性・安全性を評価する。
・ その対象において起こりうる未知現象(未知の危害等)を予測する。
反面、その主要な手段である数値計算の位置づけ、その結果の解釈、信頼性、限界等は誤用や誤解が散見される。適切な妥当性確認を経ずに数値計算の結果を受け入れることは危険である。
あくまでも in silico 評価は技術評価の一手段であり、数値計算は in silico 評価の手段の一部であることに留意すべきである。数値計算はその適合性確認と妥当性確認(verification and validation)を経てはじめて意味のある情報となる。

1−2 本ガイドラインの目的
本ガイドラインは、in silico 評価を医療機器の開発段階、特に技術評価段階に
おいて活用する際の基本的な考え方を示すことを目的とする。
数値計算は計算機による設計支援(Computer Aided Engineering; CAE)の主要な手段でもある。本ガイドラインでは、CAE については直接的には扱わない。しかし、CAE においても数値計算の適合性確認と妥当性確認(V&V)は必須であり、評価ツールと設計ツールが統合される流れは当然想定されることから、本ガイドラインでの内容は医療機器の CAE にも応用可能である。

2章 本ガイドラインの対象機器、使用者、効果
2−1 対象機器
すべての医療機器を対象とできるが、特に1章で述べた倫理的、期間的、費用的に in vitro、in vivo 評価では困難であることが予想される機器では、in silico 評価がブレークスルーになり得るので、検討する価値がある。

2−2 使用者
医療機器開発全般に in silico 評価を適用することを検討している開発者および事業者(新規参入者も含む)。
Note:計算受託業者は品質 V&V を考慮すること。付録2を参照のこと。

2−3 効果
倫理的問題の回避、開発期間・費用の短縮、また実験だけでは得られない多量かつ高品質情報の収集が出来るようになることである。広く使われるようになることで、医療機器の前臨床試験を加速し、臨床試験への導入を早めることができ、本ガイドラインは医療機器開発の振興に寄与する。

2−4 関連する国内外の文書
本ガイドラインは、関連する他団体の文書および関連する国際標準との関係について、考慮している。

GL:本体

3章 用語の定義
3−1 モデル(model)
実現象の状態および事象の進展を表すために、所期の利用目的に即して必要となる、概念的、数学的もしくは数値的な表現、又は実験装置および計測系から構成される実験設備[出典:日本原子力学会標準 シミュレーションの信頼性確保に関するガイドライン:2015[9]]。

3−2 数学モデル(mathematical model)
数値計算の基礎となる物理現象の幾何学的形状、支配方程式、構成則、境界条件、初期条件、外部からの入力値、特性値等から構成される数学的表現。[出典:日本原子力学会標準 シミュレーションの信頼性確保に関するガイドライン: 2015[9]の数理モデルの項;修正]。
Note:既存の書籍中の日本語−英語対応を確認した。「現代数理科学事典第2版」では mathematical model への訳語を数理モデルとしている。「岩波 数学辞典 第4版」では mathematical model への訳語を数理モデルとしている。「マグローヒル数学用語辞典」では mathematical model への訳語を数学的モデルとしている。「工学シミュレーションの品質保証と V&V」[1]では、mathematical model への訳語を数学モデルとしている。また、「リーダース英和辞典」では、 mathematical は、数学(上)の、数理的な;数学(の公理)を用いた[に即した]、と訳されている。

3−3 数値計算モデル(computational model)
数学モデルを実際に数値計算する機器(主にコンピュータ)上で扱えるよう表現したプログラム、データの集合。空間的、時間的な離散化の方法や、計算アルゴリズムも含む。

3−4 評価者(evaluator)
モデルを用いて得られた数値計算結果(あるいは予測結果)あるいは実験結果を V&V により評価しようとする者。in silico 評価の場合には、設定された課題を解決するために数学モデルを用いて得られた数値計算結果(予測結果)を V&V により評価する者。
Note : 実験は、モデルを評価する主要な一手段である。

3−5 実験実施者(implementor of experiment)
実験(in vitro、in vivo、in silico など)を立案、実施してその結果をまとめる者。
Note : 実験実施者は評価者と同一とは限らない。

3−6 適合性確認(verification)
全体又は部分として、規定された要求事項、要件、条件に適合していることを、客観的証拠の調査及び提示によって確認する行為[出典:JIS Z8115;一部修正]。
Note 1:なお、verification に対しては国内、例えば日本計算工学会などでは「検証」と訳されることが多いが、「検証」は世間では曖昧に色々な意味で使われているため、曖昧さを避け、また、validation に対する邦訳である「妥当性確認」に対応させて、本ガイドラインでは verification を「適合性確認」と称する。
Note 2: in silico においては、数値計算が適切に実行されて、数学モデルを正しく解いているかどうかを確認する行為を言う。

3−7 妥当性確認(validation)
全体として現実に比較して妥当であることを、客観的証拠の調査及び提示によって確認する行為[出典:JIS Z8115;修正]。
Note : in silico においては、数値計算で得られた結果が、抽出した課題にふさわしい解を与え、目的が達成されているかどうかを確認する行為を言う。

3−8 V&V(Verification & Validation)
適合性確認と妥当性確認を合わせた行為。
Note : validation & verification と言うこともある。評価の対象により verification と validation の順番は異なる。

3−9 シナリオ(scenario)
モデルが正しい場合(あるいは正しくない場合)、こうなるはずという予想。

3−10 VOUP(V&V Of Unknown Provenance)
方法などが公知で一般に利用できるが、誰がどのように行ったか、十分な記録が利用できない V&V 過程と、そのような実験。
Note 1:provenance は、起源、由来の意味。
Note 2:この呼称は、IEC 62304 の SOUP(Software Of Unknown Provenance)、
IEC 62366-1 の UOUP(User interface Of Unknown Provenance)に似せている。

4章 医療機器開発に向けた in silico 評価の特徴
in silico 評価に用いるモデルは、個体差などの不確かさによるばらつきを持たないよう単純化できるので、実現象の本質を把握しやすくする利点を有する。一方、実現象を全てモデルで表現することは不可能で、何らかの知り得ない特性値が存在することに留意しなければならない。さらには、数学モデルから作成した数値計算モデルを使い、実現象とは全くかけ離れた計算結果を得ることが往々にしてある。従って、要所要所でモデルが適切か、それを用いた in silico 評価が適切か、十分に検討する必要がある。以下、十分な検討により in silico 評価が最適と判断し実際に行う場合、特に留意すべき点を示す。

4−1 モデルの評価と V&V
in vitro、in vivo、in silico それぞれの実験、あるいはそれらを組み合わせた実験は、モデルを評価する一手段である。in silico 実験は次のプロセスに分けられる。
1. 数学モデルに基づくシナリオ(そのモデルが正しい場合にこういう現象が観察される、などの実験のもとになる予想)を構築する。
2. シナリオの全部あるいは一部を実験として実行する。
3. 実験結果がシナリオを支持するかどうかを考察する。
4. 数値計算モデルが、確立した学説や技術に照らし合わせて妥当であるかを考察する。
(ア) 数値計算手法を含む数値計算モデル(実験系)が数学モデルの対象となる系を適切に扱っているかを考察する。
5. 数学モデルが内包する仮説やその成立条件を考察する。
(ア) それらの論理は相互につながっているか、穴が無いかを考察する。(イ)複数の仮説が含まれる場合、実験の条件によっては切り分けができない場合がある。

4−2 in silico 評価に内包される VOUP について
実験結果の V&V に用いられる知識、実験法や計測法は上述のように積み重ねられてきた。しかし、現実には実験法や計測法の V&V を誰がいつどのように行ったか、文献的に明らかなケースは極めてまれである。数多くの経験からその実験の限界や条件に関する理解が共有され、あたかも所与の事項、自明の事実のように受け入れられているのがほとんどである。
このような V&V 過程が不明の実験を VOUP と呼ぶことにする。実験を実施する者は、VOUP の程度を明らかにし、実験の方法と条件について自らの目的に応じて判断する。
例えば、血圧の最高値、最低値を測定する実験で電子血圧計を使用するとする。血圧計の数値の正しさについて V&V がどのようになされたか製造業者は公開しない。製造業者は代わりに、血圧計の正しさについて、正常な使用で取り得る誤差範囲を示し、その範囲内に収まることを保証する。血圧計の場合、その使用者は数値の正しさをその誤差範囲内において信用できると考えて良いだろう。
しかし、被験者の肢位(姿勢)に無関係と期待して実験を行うと想定外の結果を得ることとなる。
工業製品としての実験機器は、その数値の正しさや性能の限界、計測時の注意事項を説明書等で解説していることが多い。あるいは実験実施者が常識として扱い方を知らねばならない。一方、他人の論文に記載される実験方法は必ずしも懇切丁寧にこれらを記載していない。それについては実験実施者が実験の方法と条件について自ら解釈して工夫しなければならない。
in silico 評価の場合、数学モデルを導出するまでに様々な簡単化や抽象化がなされており、それらが既知の知見に立脚していることが普通である。しかしその既知の知見がどのようにして得られたか、厳密に遡ることができないこともまれではない。よって、VOUP の程度を明確にすること、その中で詳細は不明だが受け入れることができる事項をもとに in silico 評価を進める。

4−3 妥当性確認の方法
妥当性確認は、発見的事実(実験結果を含む)の蓄積(客観的証拠)と、それに基づく主観的な判断により成り立つ。事実だけでは妥当性確認はできない。事実に基づいて評価者あるいは先人が行った主観的な判断によっており、先人の判断は多くの場合は権威主義的である。例えば、有識者委員会の合意、学会の合意、著名人の賛同などにより形成される。
in silico 評価においては、客観的証拠の蓄積と主観的判断がどう行われたかを明らかにすることが望ましい。

4−4 モデルに基づく外挿と内挿を行うときの留意点
ここで内挿とは、in vitro、in vivo 評価と in silico 評価の置き換えが可能な場合を指す。
外挿とは、in vitro、in vivo 評価と in silico 評価の置き換えが困難な場合を指す。
内挿、外挿を行う際、どのように実現象をモデル化して数値計算を行ったか、そのモデルの妥当性確認がどのようにされているか、また内挿、外挿で得られる値の用途はなにか、等に十分留意する。
内挿の場合、得られる値は容易に受け入れられるが、既に確認されている評価を、in silico 評価で再度行う目的を十分に検討する必要がある。
実現象の持つ特性を理論的に演繹して導出され、帰納的に調整されたモデルに基づく外挿は、in vitro 評価および in vivo 評価では解決困難な問題への対処を可能にする予測値となり得る。一方、外挿で得た予測値が、実現象を正しく表現しているか、という妥当性確認を行うことは必要である。つまり、適合性確認(モデルに基づく計算を正しく行っているか)と妥当性確認(計算結果が実現象を正しく表現しているか)を繰り返し行うことで、モデルが表現する範囲を適切に広げていくことを検討するべきである。妥当性確認の方法として例えば、権威主義による場合は、その権威の了解する範囲で、外挿は可能である。妥当性確認
の方法によって、モデルの信頼性に影響を与えることに留意する。

5章 医療機器の in silico 評価にあたり考慮すべき事項
ここでは、倫理的、経済的、技術的に従来の in vitro および in vivo 評価では困難が予想され、医療機器の in silico 評価を実施することを選択した後、実施にあたり考慮すべき事項を示す。

5−1 課題の決定
具体的な臨床などで発生する課題の中で in silico 評価の対象とすべき現象を抽出し、どのような課題に対し、どのような目的で、どのような現象を対象として、どのような内容の数値計算を行い、in silico 評価を行うのかを記述する。

5−2 課題達成の目標設定
課題達成の目標を、自身の知見や、公的規格、学会基準、文献等を参考にして設定する。

5−3 数値計算対象の構成要素の列挙
数値計算を行う対象の構成要素を列挙する。

5−4 数値計算の物理現象とそれを表す数学モデルの記述
数値計算の基礎となる物理現象とそれを表す数学モデルを記述する。なお、物理現象を表す数学モデルにおける現象の単純化およびその限界について検討し、それらがある場合は記載する。

5−5 数学モデルの各種パラメータ設定
数学モデルで必要となる各種パラメータを記述する。
(1) 数値計算を行う対象の形状、寸法:数値計算を行う対象の形状、寸法を記述する。
(2) 数値計算の境界条件:数値計算を行う際に必要な境界条件を記述する。
(3) 数値計算の初期条件:数値計算を行う際に必要な初期条件を記述する。
(4) 対象への外部からの入力:数値計算を行う際に必要な対象への外部からの入力(例:エネルギー、荷重、加振力等)を記述する。
(5) 数学モデルに現れる特性値:数学モデルに現れ、数値計算に不可欠な特性値を記述する。
(6) 数値計算の単位系:形状、寸法、特性値、外部入力などに使用する単位系を記述し、単位の整合性を確認する。
なお、形状、寸法、境界条件、初期条件、外部からの入力、特性値には、数学モデルが前提とする範囲内に限られる。対象とする課題の各種条件がこれらの範囲外にあるときは in silico 評価の対象外となるため、対象とする課題の各種条件が数学モデルの前提条件に適合することの検討結果を記述する。

5−6 数値計算の手法の説明
有限要素法、境界要素法、差分法、モンテカルロ法など、数学モデルの数値計算を行う方法について詳細に説明する。空間的、時間的離散化を行った場合には、その方法および要素についても記述する。

5−7 数値計算結果の記述
数値計算で得られた結果を、図、表、あるいは画像などを用い、課題を解決し、
目的が達成されたかどうかを判断できるように分かり易く表現する。

5−8 数値計算の適合性確認
数値計算が適切に実行されて、数学モデルを正しく解いているかどうかを、数値計算手法と数値計算結果から判断し、数値計算の適合性確認を行って、結果を記述する。

5−9 数値計算の妥当性確認
数値計算で得られた結果が、抽出した課題にふさわしい解を与え、目的が達成されているかどうかを判断し結果の妥当性確認を行って、確認の結果を記述する。妥当性確認には、数値計算結果を得るための各種現象の単純化や前提条件な
どが対象機器の特性に与える影響についての考察も含まれる。

5−10 in silico 評価の妥当性確認
妥当性確認のできた数値計算結果が、医療機器の有効性、安全性および品質を直接的に評価していれば、数値計算の妥当性確認を行うことで in silico 評価の妥当性確認も行ったこととなる。数値計算結果が直接的に医療機器の評価になっていない場合、これまでの in vitro、in vivo、in silico の知見を用い、行った in silico 評価の妥当性確認を行う。

図 5.1 in silico 評価実施のフローチャートなお、数値計算のために用意すべき情報の量、質、および数値計算の量、質は、個々の in silico 評価において異なり、本ガイドライン使用者がそれぞれ考慮して決定するものである。

6章 in silico 評価の技術課題
数値計算に用いる各種パラメータを実験結果によらない手法の一つに、材料関係で用いられている第一原理計算がある。第一原理計算は、量子力学に基づいて、原子番号だけを入力パラメータとして、非経験的に物性予測を行う計算手法である。第一原理計算を医療機器開発の in silico 評価に導入すれば、少なくとも validation に関する疑問点を払拭できる可能性があり、医療機器開発に多大なる恩恵がもたらされるが、現状では生体組織を含めた第一原理計算は時期尚早であり、今後の発展が待たれる状況である。in silico 評価と類似の評価手法として、ダミー等の模型を用いる評価手法もある。

GL:付属資料

参考資料
[1]白鳥ら、工学シミュレーションの品質保証と V&V、丸善出版(2013)
[2]Reporting of Computational Modeling Studies in Medical Device Submissions、FDA(Document issued on : September 21, 2016)
[3]Guide for Verification and Validation in Computational Solid Mechanics (ASME V&V 10-2006),
ASME(2006)
[4]Standard for Verification and Validation in Computational Fluid Dynamics and Heat Transfer
(ASME V&V 20-2009), ASME(2009)
[5]SAFESA Technical Manual, NAFEMS(1995)
[6]How to Plan a CFD Analysis, NAFEMS(2003)
[7]Engineering Simulation – Quality Management Systems – Requirements, NAFEMS(2008)
[8]Guide for the Verification and Validation of Computational Fluid Dynamics Simulations (AIAA
G-077-1998(2002)), AIAA(1998)
[9]シミュレーションの信頼性確保に関するガイドライン:2015、日本原子力学会(2016)
[10]ものづくり支援のための計算力学シミュレーションの品質保証に向けて、日本学術会議
(2011 )
[11]工学シミュレーションの品質マネジメント、日本計算工学会(2014)
[12]工学シミュレーションの標準手順、日本計算工学会(2011)
[13]学会標準(HQC001&002)事例集、日本計算工学会(2015)
[14]測定における不確かさの表現のガイド TS Z 0033:2012(ISO/IEC Guide 98-3:2008)、日本規格協会(2012)
[15]Valerio LG Jr, “In silico toxicology models and databases as FDA Critical Path Initiative toolkits”,
Hum Genomics. 2011 mar;5(3):200-7
[16]http://physiomeproject.org/
[17]http://www.fda.gov/MedicalDevices/DeviceRegulationandGuidance/GuidanceDocuments/uc m371016.htm
[18]http://avicenna-isct.org/

付録1 本ガイドラインの使用例と解説
「除細動治療機器の性能評価(催細動を起こさない、低エネルギー除細動法の性能評価)」

以下、5章の各項目について、例および解説を示す。心室性不整脈の除細動治療において、患者への負担を減らすために通電エネルギーを低減させる方法をコンピュータシミュレーションによって調べるという課題を例として挙げる。なお、この参考例のようなレベルの詳細な情報提供を厳密に求めるものではなく、評価対象の性質などに合わせて、in silico 結果の適合性確認、妥当性確認に必要な最低限の情報を提供するように努めることを促すのが、本ガイドラインの趣旨である。

1. 課題の抽出
(数値計算(in silico 実験)により解決すべき課題の目的・内容・対象を説明する。どのような対象に対し、どのような目的で、どのような内容の数値計算を行って、in silico 評価を行うのかを明記する。)
心室性不整脈の除細動治療において、通電刺激を用いた除細動治療は一旦発生した心室性不整脈を即時に停止させる事の出来るほぼ唯一の治療手段である。
心臓の興奮電位伝播において、リエントリーと呼ばれる、同じ興奮電位波が繰り返し伝播する現象がある。リエントリーは洞結節からの興奮信号より短い周期で伝播するので、心房、心室のどちらにも不整脈を引き起こす原因となる。リエントリーは解剖学的な構造(リエントリー回路)に依存する場合と、構造によらない(機能的リエントリー)場合があり得る。旋回性不整脈興奮波(スパイラルリエントリー)は、機能的リエントリーの一つであり、根治的な治療法のカテーテルアブレーションによるリエントリー回路の焼灼で対処することは難しい。従って、細動を起こす患者に対し、通電刺激を用いた除細動治療が、現実的となる。しかし、通電刺激による除細動は、通電刺激による催細動の危険性が否定しきれない点、また、通電エネルギーが過大なため患者への負担が大きく QOL の改善が望まれている点、さらに、心臓の三次元的な解剖学的構造の中で発生するスパイラルリエントリーに対して通電刺激がどのような影響を与えるのかその詳細なメカニズムが不明である点、などの課題がある。
近年、in silico により心筋組織へ通電印加した際に生じる仮想電極分極現象 (Virtual Electrode Polarization: VEP)の存在が提唱され、in silico と in vitro が互いを補完しあって VEP から生じるスパイラルリエントリーの存在が確認された。スパイラルリエントリーの位相特異点に、適切な強度と向きの刺激を与えると、スパイラルリエントリーは消失する。この現象を用いて、既存のスパイラルリエントリーの位相特異点(Phase singularity)に VEP によるスパイラルリエントリーの逆位相特異点を重ね、旋回興奮を房室間溝などの解剖学的に興奮伝播の障壁となる箇所へ移動させることにより旋回興奮を停止させるスパイラルシフト法が提案されている。この方法を用いることにより、従来の通電刺激と比べて低エネルギーで催細動なしに除細動が可能となる。
スパイラルシフト法で除細動を確実に行うには、VEP により発生させるスパイラルリエントリーの大きさ、残存するスパイラルリエントリーの旋回中心が既存のスパイラルリエントリーに対してどの方向に移動するか、の2点を明らかにする必要がある。しかしながら、培養心筋を用いた in vitro 評価ではスパイラルリエントリーを確認するサイズの培養組織の作製が技術的に難しい。また、 in vitro 評価に用いられる、摘出生体心臓を対象にしたオプティカルマッピングでは、倫理的、経済的に、印加する電流値およびその印加位置を網羅的に変化させて実験を行うことは難しい。一方、in vivo 評価においては、生体心臓と微小針電極を用いて計測するが、電極数および密度に限界がある。また、計測機器と計測対象が電気的に絶縁されていないため、心筋組織へ通電刺激を加えた直後は電位計測が不可能になる、という技術的問題、さらに、生体を使用するという倫理的問題があり、やはり条件を変えて多くの実験を行うことは難しい。そこで、in silico を用いて、心筋組織への通電刺激の電流値や印加場所を任意に変えて網羅的に数値計算(シミュレーション)を行い、スパイラルシフト法による低エネルギー除細動を実現する条件を見出すことが期待される。
本 in silico 評価においては、通電刺激による除細動機器を対象とし、スパイラルシフト法を有効に行う条件を明らかにすることを目的に、心臓に通電刺激を印加した後の心筋内興奮波伝播現象を数値計算することにより適切な通電刺激法を決定することを内容とする。
解説:本 in silico 評価における対象機器、目的、内容を記述する。

2. 課題達成の目標設定
(目的達成の可否を判断する基準を、自身の知見や、公的規格、学会標準、文献等を参考にして設定する。)
心筋組織への通電刺激により心筋内に旋回性興奮波が生じる現象を数値計算によって解析し、異なる電流値で生じる VEP によるスパイラルリエントリーと既存のスパイラルリエントリーを対消滅させて生じる残存スパイラルリエントリーの旋回中心と、既存のスパイラルリエントリーの旋回中心の位置関係を明らかにすることを目標とする。
解説:必ずしも数値として基準が設定出来るわけではない。また、出版されていないものの、医療機器が使用される分野では広く認識されている情報が有用な場合もある。基準設定では、広く情報収集を行うことが望ましい。

3. 数値計算対象の構成要素の列挙
(数値計算を行う対象の構成要素を列挙する。)
旋回性興奮波と通電刺激による VEP で発生する旋回性興奮波が生じる現象の数値計算に必要な構成要素は、心筋組織とカソード電極とグランド電極である。
解説: ここでは、実施する数値計算に必要な構成要素を列挙する。

4. 数値計算の物理現象とそれを表す数学モデルの記述
(数値計算の基礎となる物理現象とそれを表す数学モデルを明記する。)
通電刺激も含めた心筋組織での活動電位伝播現象を表すモデルとして、バイドメインモデルを採用した。バイドメインモデルは、同一箇所を仮想的に細胞内と細胞外の2つに分割し、電位、導電率を細胞内、細胞外で設定するモデルで、今回対象とする現象は、以下の式で表される。なお、式中の符号は細胞内は湧き出しを正とし、細胞外は吸い込みを正としている。また、全ての変数は位置ベクトル r と時刻 t の関数であるが、簡単のために必要と考えられる場合を除いて省略する。

数式(1)
数式(2)
数式(3)
数式(4)
数式(5)
数式(6)
数式(7)
数式(8)
数式(9)
数式(10)
数式(11)
数式(12)
数式(13)
数式(14)
数式(15)
数式(16)

これらの方程式は適切な初期条件および境界条件の下で、次のようなプロセスで解かれ、得られた膜貫通電位 Vm の分布が画像として表示される。
Step 1:ある時刻 t において、Vm(r, t)と dVm/dt が求められ、あるいは t = 0 の初期条件として与えられており、外部から与える体積電流密度、Istim(r, t)、を所定の大きさ、および、所定の空間分布で与える。
Step 2:式(8), (9), (10), (11), (12)を式(16)に代入して Iion(Vm, t)を求める。
Step 3:Vm(r, t)を用いて G(Vm, t)に関する式(7)を解き、時間ステップ∆t だけ進んだ時刻 t + ∆t の G(Vm, t + ∆t)を求める。
Step 4:式(6)に求められている Vm(r, t),dVm/dt,Iion(Vm, t)および G(Vm, t + ∆t)を代入して時刻 t + ∆t の Im(r, t + ∆t)を求める。
Step 5:得られた Im(r, t + ∆t)を式(4), (5)に代入し、式(4)と式(5)を連立方程式として境界条件を用いて解き、電位分布 Vm(r, t + ∆t)と Ve(r, t + ∆t)を求める。
Step 6:得られた細胞外電位分布 Vm(r, t + ∆t)を画像化する。
Step 7:Step 1 に戻り、時刻を時間ステップ∆t だけ進ませて Step 6 までを繰り返す。所定の時刻に達すれば終了する.

解説:数値計算を行う対象の物理現象を述べ、その現象を表す数学モデルを説明し、使用する数学モデルを選択した論拠を明らかにする。対象とする物理現象および数学モデルが2次元空間あるいは3次元空間で時間に依存するかどうかを目的との整合性に留意して記述する。

5. 数学モデルの各種パラメータ設定
(数学モデルで必要となる各種パラメータを明記する。)
(1) 数値計算を行う対象の形状、寸法:(数値計算を行う対象の形状、寸法を明記する。)数値計算を行う対象は図 A1.1 に示す心筋組織モデルであり、線維の配向方向は水平とした。心筋線維は心筋細胞単位で構成され、本評価では 100000 個の心筋細胞が配置してある。また、グランド電極は組織の水平方向の両端に配置し、カソード電極は図中の99点にそれぞれ配置して計算を行った。

図 A1.1 解析対象の形状および寸法(上)、点刺激による VEP の形成(下)解説:実物の形状、寸法を実測し使用する場合もあるが、単純な形状、寸法(単純な形状、寸法であれば、結果確認が容易になることが多い)を用いる場合もある。単純な形状、寸法を使う場合には、その単純化、単純化の前提条件が臨床使用状況を模擬していることを説明する。
(2) 数値計算の境界条件:(数値計算を行う際に必要な境界条件を明記する。)バイドメインモデル(式(1), (2))に適用する境界条件は、細胞内、細胞外共に4辺すべてで、Neumann の境界条件(境界での法線微分に値を与える。ここでは変数の法線微分値をゼロに設定した。つまり境界を通過する電流は0とした)とした。
解説:臨床使用を考慮した境界条件(形状、寸法が臨床での形状を用いる場合と、臨床の形状とは全く異なる単純な形状、寸法である場合では異なることが多い。)を明らかにする。この際、単純化、単純化するための前提条件を用いる場合、その論拠を明らかにする。
(3) 数値計算の初期条件:(非定常の数値計算を行う際に必要な初期条件を明記する。)移動対象となるスパイラルリエントリーは、S1-S2 クロスフィールドプロトコルで発生させた。S1-S2 クロスフィールドプロトコルでは、直行する2つの興奮電位を用いる。適度な強度と時間間隔をもつ2つの興奮電位の伝播は、互いに他方の不応期以外の心筋細胞を持続的に興奮させ、スパイラルリエントリーを発生させる。今回は、S1 の刺激を印加した時間を0として、時間微分による常微分方程式を連立させて解くために、変数の初期値をそれぞれ、    数式      はそれぞれの定常値とした。また、S1 および S2で与える刺激値、また S1 と S2 の時間間隔は、安定したスパイラルリエントリーが得られるよう適宜修正した。本解析では S1 から 528ms 後のスパイラルリエントリー(周期は 48ms)が発生している状態を初期条件とした。
解説:非定常計算を行う際には初期条件を記述する。臨床使用を考慮した初期条件であることを説明する。他の計算結果を初期条件とする場合も考えられる。その場合は、使用する妥当性についての論拠を明らかにする
(4) 対象への外部からの入力:(数値計算を行う際に必要な対象への外部からの入力(エネルギー、荷重、加振力等)を明記する。)刺激を印加するカソード電極の大きさは、
8.1✕10−3cm2 とし、刺激の印加時間は2ms とした。印加電流を、4、8、16および 24mA とした。印加するタイミングは、スパイラルリエントリーの周期を8等分し、それぞれの時間、具体的には 528、534、540、546、552、558、564、570ms、とした。
解説:必ずしも、実際の状況を模擬する必要はなく、単純化、前提条件を用いて簡素な計算を行うこともある。その場合は、単純化、前提条件を使用することの論拠を明らかにする。
(5) 数学モデルに現れる物性値:(数学モデルに現れ、数値計算に不可欠な物性値を明記する。)数学モデルに現れる物性値および定数を表 A1.1 に示す。それぞれの値は実験および文献から得たものであり、これまでの研究で用いられており妥当と考えられる数値である。
解説:数式モデルで必要となる各種パラメータについて、値、取得方法及び選択した理由を明らかにする。取得方法は例えば、自身の実験結果、論文、各種データベース等が考えられる。選択した理由として、例えば、対応した実験結果であること、多くの研究で引用され精査された結果であること、多くの情報を統合して作成した結果であること、等が考えられる。
(6) 数値計算の単位系:(形状、寸法、物性値、外部入力などに使用する単位系を明記し、単位の整合性を確認する。)SI 単位系を使用した。具体的には、長さには cm、時間には ms、電圧には V、電流には A、静電容量にはµF、電気伝導率には mS/cm を用いた。
解説:数値計算で認識されている打ち切り誤差、まるめ誤差、桁落ち等が生じないよう、適宜、形状、寸法、物理特性の定数の夫々について整合性を確認しながら与える数値の桁に留意し、必要なら用いる数値の単位系を変換する。
6. 数値計算の手法の説明
(有限要素法、有限境界法、差分法、モンテカルロ法など、数学モデルの数値計算を行う方法について詳細に説明する。空間的、時間的離散化を行った場合には、その方法および要素についても、記述する。)時間微分による常微分方程式系は stiff な方程式となっているので、時間増分に留意し、1ステップを 0.00125ms から 0.01 ms の間で変化させ、前進オイラー法を用いて解いた。各時間ステップで得られる電流値を用いて、バイドメインモデルを表す偏微分方程式系を反復解法である逐次加速緩和法(Successive Over-Relaxation 法:SOR 法)で解いた。なお空間は 0.0075cm で水平、垂直の両方向を離散化し要素数は 100000 とした。SOR 法のパラメータとして、加速度係数を 1.6 と設定し、残差を 10−5 と設定した。刺激印加を行う 99 点に対して、入力するタイミングが8条件、入力する電流値が4条件となり、計 3168 通りの計算を行った。
解説:数学モデルで必要とする各種パラメータ以外で数値計算に必要なパラメータを含む場合(収束条件探索に最尤法を用いる場合等)は、可能な限りそれらを明らかにする。数学モデルを計算モデルで表現する際に、単純化、その前提条件を用いる場合がある。単純化、前提条件を使用する場合は、その論拠を明らかにする。

7. 数値計算結果の記述
(数値計算で得られた結果を、図、表、あるいは画像などを用い、課題を解決し、目的が達成されたかどうかを判断できるように分かり易く表現する。)
刺激を印加するタイミング、部位によって、カソード電極直下の膜興奮電位の絶対不応期タイミング、相対不応期タイミング、静止電位タイミングそれぞれで刺激を印加することになる。図 A1.2 に、印加するタイミングと刺激強度毎に VEP によるスパイラルリエントリーが既存のスパイラルリエントリーに作用し、旋回中心が移動した場合の移動方向、また VEP によるスパイラルリエントリーが発生したが旋回中心が移動しない場合、スパイラルリエントリーが発生しない場合を、刺激点別に示す。刺激強度が低い場合、刺激点が既存のスパイラルリエントリーの旋回中心付近の場合、VEP によるスパイラルリエントリーを作用させ移動させることが出来た。刺激強度が高くなると旋回中心を移動させられる刺激点が増加するが、VEP によるスパイラルリエントリーが発生するだけの点も増える。

図 A1.2 スパイラルシフト法による旋回興奮の移動解説:計算条件が多いと結果も多くなるが、多くの結果をまとめずに図示することは、数値計算結果を理解し難くする場合が多い。結果をまとめる工夫が必要である。また、チャンピオンデータまたはワーストデータのみを図示することは避け、極端な結果の取り扱いについては十分留意する必要がある。

8. 数値計算の適合性確認
(数値計算が適切に実行されて、数学モデルを正しく解いているかどうかを、数値計算手法と数値計算結果から判断し、数値計算の適合性確認を行って、結果を記述する。)
常微分方程式系の解法には前進オイラー法を用い、空間微分の偏微分方程式系の解法には SOR 法を用いた。どちらの解法も LR-A モデルおよびバイドメインモデルを時間的、空間的に離散化して得られる差分式、連立一次方程式の計算に用いられており、本数値計算で対象とした数学モデルを正しく解く方法として受け入れられている。この点から数値計算の適合性確認はできている。
解説:設定された課題の解を得る際に用いた数値計算手法が正しく行われているかどうかを確認するのが適合性確認(検証)である。同じ計算手法を用いて、正しく行われたと確認されている他の計算結果との整合性を確認するのが最も良い。しかしながら適合性確認の方法は計算対象により異なることも多く、その場合は他の適切な方法を採用することが必要である。なお、適合性の確認においては「2.課題達成の目標設定」の内容に留意すること。

9. 数値計算の妥当性確認
(数値計算で得られた結果が、解決すべき課題にふさわしい解を与え、目的が達成されているかどうかを判断し、結果の妥当性確認を行って、確認の結果を記述する。妥当性確認には、数値計算結果を得るための各種現象の単純化や前提条件などが対象機器の特性に与える影響についての考察も含まれる。)
LR-A モデルおよびバイドメインモデルは、多くの研究で使用されておりその信頼性は十分に確立されている。一方、ここでは数値計算の際、スパイラルリエントリーを発生しやすくするために、膜イオン電流のうち、遅い内向き電流を考慮していないので、従来のモデルから改変されている。しかし、計算対象のスパイラルリエントリーは、本数値計算結果が臨床上の知見と一致しており、数値計算の元となる数学モデルは現象を適切に表現していると考えられる。この点から数値計算は妥当と判断した。
解説:過去の研究により、用いた計算手法の妥当性が確立され、その計算手法が適用できる範囲が明確になっている場合には、用いた各種条件がその範囲内であれば、数値計算結果の妥当性は確認されたと考えられる。あるいは、得られた結果が臨床的知見などと比較して矛盾が無いと客観的に判断することが可能であれば、それにより妥当性が確認されたとすることが可能である。なお、妥当性の確認においては「2.課題達成の目標設定」の内容に留意すること。

10. in silico 評価の妥当性確認
(妥当性確認のできた数値計算結果が、医療機器の有効性、安全性および品質を直接的に評価していれば、数値計算の妥当性確認を行うことで in silico 評価の妥当性確認も行ったこととなる。数値計算結果が直接的に医療機器の評価になっていない場合、これまでの in vitro、in vivo、in silico の知見を用い、行った in silico 評価の妥当性確認を行う。)
数値計算を、生体の反応を対象に行っており、9.で数値計算の妥当性の確認が出来たので、in silico 評価の妥当性も確認出来ている。
解説:数値計算結果が直接的に医療機器の評価になっていない場合、計算結果を機器評価につなげる推論が必要になる。その推論に必要な仮定を抽出し、従来の知見から仮定を妥当と出来るか、十分検討する必要がある。なお、妥当性の確認においては「2.課題設定の目標設定」の内容に留意すること。

表 A1.2 イオン電流密度について

付録2 国内外の V&V 関連資料について
現在、in silico 評価における V&V には2つの系統が存在する。一つは、実現象のシミュレーションを目的とし、その手引として米国機械学会(The American Society of Mechanical Engineers : ASME)や、米国航空宇宙工学協会(American Institute of Aeronautics and Astronautics : AIAA)、日本原子力協会が作成している guide、standard および標準(参考資料[3,4,8,9])がある。これらの手技は、“工学シミュレーションの品質保証と V&V(参考資料[1])”中で、モデリング&シミュレーションにおける V&V(モデル V&V)と呼ばれる。モデル V&V の適合性および妥当性確認は、それぞれ、“方程式を正しく解いているか”“正しい方程式(実験結果、現実世界、を許容出来る範囲の差異で示す方程式)を解いているか”と定義される。ASME におけるモデル V&V のフローチャートでは、不確かさ(参考資料[14])の定量も重要な観点である。

図 A2.1 ASME におけるモデル V&V のフローチャート 二つ目は、製品、を顧客が希望するもの、または意図した使用で顧客に提供したいもの、とみれば、工学シミュレーションの解析結果に対して、品質マネジメントシステムの要求事項(JISQ9001,ISO9001)を適用することは理にかなっている。しかしながら参考資料[1]によれば、解析結果は実体の種類(紙への印字や、電子媒体への記録)を問わず、等しい情報を提供するものであり、顧客が希望したものかどうか、意図した使用を目的として顧客に提供したいものか、は容易に判断がつくとは言い難い現状がある。この点が電化製品、自動車等、実体を持ち現物によって判断が付けられる有体物とは異なる。このような観点から、日本計算工学会およびイギリスの NAFEMS は、JISQ9001 もしくは ISO9001 を元に、工学シミュレーション独自の要求事項を追加する形でガイドラインを作成している。NAFEMS、日本計算工学会のガイドライン(参考資料[5,6,7,11,12,13])は、今日の工学シミュレーションの広がりから、主に既存ソフトウェアを用いた解析業務に主眼をおいた信頼性確保を目的としている。これらが行うことを参考資料[1]では“品質マネジメントにおける V&V”(品質 V&V)と呼ぶ。品質 V&V の適合性確認、妥当性確認の定義は、それぞれ、“使用を満たしているか”、 “(顧客が要求した、もしくは顧客に提供した)意図したことが出来る使用を満たしているか”と表現出来る。
モデル V&V と品質 V&V との違いは、最上位に位置するのが、“顧客”と“現実世界”という点であり、それは適合性確認、妥当性確認の定義の違いに反映される。また、品質 V&V はその中でモデル V&V も行っており、広く範囲で用いることが出来る考え方となっている。

付録3 FDA Draft Guidance について
2014 年1月 17 日に Draft Guidance として FDA から出された“Reporting of Computational Modeling Studies in Medical Device Submissions(参考資料[2])” は、2016 年 9 月 21 日に Guidance となった。in silico 評価に関する考えが示してある。内容は、in silico 評価全般を対象にした FDA に報告する事項の説明と、個別の分野として流体力学、固体力学、電磁気学および光学、超音波、伝熱学に関する個々の説明となっている。この Guidance では、Scope の章の最後の段落にあるように、行った in silico 評価について FDA に報告する事項を与えているだけであり、V&V のレベル、in silico 評価の方法には言及しておらず、また in silico 評価が医療機器の承認申請に十分足りているか、適切か、をこのガイドラインで保証することは推奨していない。したがって FDA が何を知りたいかを示しているが、開発者側が in silico 評価で考えるべき点について明記されているわけではない。
全般的な報告の事項は、I. 報告の要約、II. 背景/導入、III. コードの適合性確認、IV. in silico 評価の対象の構成、V. 支配方程式/構成則、VI. in silico 評価の対象の特性、VII. in silico 評価の対象の状態、VIII. in silico 評価の対象の離散方法、IX. 数値計算の方法、X. 妥当性確認、XI. 結果、XII. 考察、XIII. in silico 評価の適用範囲、XIV. 結論、XV. 参考資料となっている。
流体力学に関して、報告の事項は、I. 報告の要約、II. 背景/導入、III. コードの適合性確認、IV. in silico 評価の対象の構成、V. 支配方程式/構成則、VI. in silico 評価の対象の特性、VII. in silico 評価の対象の境界および初期条件、VIII. in silico 評価の対象の離散方法、IX. 数値計算の方法、X. 妥当性確認、XI. 結果、XII. in silico 評価の適用範囲、XIII. 考察/結論、XIV. 参考資料となっている。
固体力学に関して、報告の事項は、I. 報告の要約、II. 背景/導入、III. コードの適合性確認、IV. in silico 評価の対象の構成、V. 構成則、VI. in silico 評価の対象の材料特性、VII. in silico 評価の対象の境界および初期条件、VIII. in silico 評価の対象の要素分割、IX. 数値計算を実行するソフトウェア、X. 妥当性確認、XI. 結果、XII. in silico 評価の適用範囲、XII. 考察/結論、XIV. 参考資料となっている。電磁気学および光学に関して、報告の事項は、I. 報告の要約、II. 背景/導入、 III. コードの適合性確認、IV. in silico 評価の対象の構成、V. 支配方程式/構成則、 VI. in silico 評価の対象の特性、VII. in silico 評価の対象の状態、VIII. in silico 評価の対象の離散方法、IX. 数値計算の方法、X. 妥当性確認、XI. 結果、XII. 考察、 XIII. in silico 評価の適用範囲、XIV. 結論、XV. 参考資料となっている。
超音波に関して、報告の事項は、I. 報告の要約、II. 背景/導入、III. コードの適合性確認、IV. in silico 評価の対象の構成、V. 支配方程式、VI. in silico 評価の対象の特性、VII. in silico 評価の対象の境界および初期条件、VIII. in silico 評価の対象の離散方法、IX. 数値計算の方法、X. 妥当性確認、XI. 結果、XII. 考察、XIII. in silico 評価の適用範囲、XIV. 結論、XV. 参考資料となっている。
伝熱学に関して、報告の事項は、I. 報告の要約、II. 背景/導入、III. コードの適合性確認、IV. in silico 評価の対象の構成、V. 支配方程式、VI. in silico 評価の対象の特性、VII. in silico 評価の対象の境界および初期条件、VIII. in silico 評価の対象の離散方法、IX. 数値計算の方法、X. 妥当性確認、XI. 結果、XII. 考察、XIII. in silico 評価の適用範囲、XIV. 結論、XV. 参考資料となっている。
それぞれの事項の詳細は、原本を参照願いたい。
なお、Guidance は ASME の V&V を参照しており、いわゆるモデル V&V の考えに基づく内容となっている。
本ガイドラインでは考慮すべき項目の検討にあたり、FDA の Guidance を参考にした。

付録4 数値計算に用いる生体組織特性値の特徴
原子力プラント、飛行機、自動車等の分野では、数値計算を、小さい単位から段階的に全体(コンポーネント単体から始めて、サブシステム、システム全体の数値計算)へと広げていくのが一般的である。各段階で verification&validation が行われ、数値計算に使用する各種特性値(実験により収集される)のばらつき、 validation に使用する実験結果のばらつきを考慮し、最終的にシステム全体に関する数値計算結果の validation が行われる。
今後、数値計算は、対応する実験条件以外、すなわち予測で使用することが望まれる。例えば、日本原子力学会が作成している“日本原子力学会標準 シミュレーションの信頼性確保に関するガイドライン:2015(参考資料[9])”では、エレメント4:シミュレーションモデルの予測性能の判断および不確かさを考慮した予測評価の実施、の項目で、数値計算による予測に関して手順および考慮する観点を示している。
医療機器開発における数値計算も、開発全体の期間、費用、倫理的問題を最小にするため、開発の最終段階で、機器と生体組織(最終的なシステム)を対象(医療上の効果を明らかにする)とし、予測のために使用することが想定される。しかしながら、生体組織の各種特性値は、生体組織を対象とした実験を必要とする。この場合、倫理的観点から統計的に十分な量を得られないことが多い。また、生体組織から試験片を作成する際、計測する特性値に依存した作成手技およびその熟練度によって、計測結果のばらつきの範囲が大きく異なる。生体組織は最終的なシステムの数値計算で始めて扱われる場合が多く、階層的な数値計算結果を保有していないため、数値計算結果に与える生体組織特性値のばらつきの影響を定量化することは難しい。可能な限り計測結果をばらつかせないよう、作成手技およびその熟練度には注意を払う必要がある。一方、感度解析を行い、定性的には特性値の影響を評価することは出来る。また、幾何的変数に数値計算結果が大きく依存する場合、特性値のばらつきの影響を無視することも出来る。 本ガイドラインでは、数値計算に用いる生体組織の特性値について、実験のみならず、文献、各種データベース等を参照して設定する際、留意する点について示している。

付録5 in silico 評価の普及活動について
in silico 評価の普及について、国内では日本計算工学会は品質 V&V に関する講習会を行っている。海外では、ASME が毎年主催している Verification and Validation Symposium がある。そこでは、in silico 評価に伴う V&V について、 verification を行う suite(code verification に関して、使用するデータ生成からレポート作成まで行うスクリプト)や、validation に使用する目的の標準実験の議論(数値計算が実験の解像度を上回る場合、実験に意味あるのか、高解像度の実験結果を誰もがアクセスするようメンテナンスを行うのは誰か等)が行われている。
また、数値計算を行う際に使用可能な各種生体パラメータをデータベースとして公開しているホームページがある(例えば、http://www.itis.ethz.ch/virtualpopulation/tissue-properties/overview/ および http://cfd-duo.riken.jp/cbmsmp/j/等)。ホームページ上からデータおよびその参考文献のリストを閲覧もしくはダウンロードすることが出来る。なお、後者のホームページの情報は学術利用のみ許可されている。
行政の動きとして、国内では“ものづくり支援のための計算力学シミュレーションの品質保証に向けて(参考資料[10])”では、原子力プラント、飛行機、自動車を例に、活用に関する期待が示されている。また、海外状況(欧州および米国)は、2008 年頃から、FDA は創薬領域において臨床試験前にコンピュータモデルを用いた安全性や効能効果評価に用いる計画を発表していた.また 2000 年代に入ると生体実験が難しい毒物学の分野を中心に in silico model を活用した研究が報告されている(参考資料[15])。
元々1990 年代に米国 National Simulation Resource(NSR)、 University of Washington を中心に The Physiome Project が立ち上げられ、生体の小器官、細胞、組織、器官、個体といった多階層の生体機能の解析、計測、装置開発、プログラム記述化を目的とし、生体をシステムとしてとらえた場合の機能情報のデータベース化が試みられた(参考資料[16])。このときに参画した主要な組織が多く参加する形で、2012 年 12 月には FDA が『医療機器開発と評価に用いるコンピュータシミュレーションのデータ収集』に関して、病院、大学、ソフトウェア企業を巻き込んだ産学連携を促すプロジェクト(Virtual Physiological Patient project)を立案しており、2013 年に入ると人工弁、手術器具、インプラント、血管内グラフト等の機器においてシミュレーションモデルを用いることで医療機器の評価・開発にかかる時間と経費を削減するのに必須であるとして、in silico 評価を認めるなど、医療機器開発・評価における in silico は注目すべきトレンドになっている。
2013 年 6 月、米国 FDA(米国食品医薬品局)、NIH(国立衛生研究所)、NSF (全米科学財団)の主催でコンピュータシミュレーションモデルと医療機器の検証(validation)に関するワークショップを開催。
さらに 2014 年 1 月には FDA から”Reporting of computational modeling studies in medical Device Submissions – Draft guidance for industry and food and drug administration staff – DRAFT GUIDANCE”が刊行された(参考資料[17])。 Draft かつ comment purpose only という条件は付くものの、事実上世界初の in silico evaluation for medical device submission のためのガイドラインとなる。
一方、ヨーロッパでは 2014 年に in silico clinical trial を促進するための Avicenna コンソーシアムが設立された(参考資料[18])。Avicenna は 3 つの目的(1.In silico clinical trials の手順と導入の指標を確立、2.In silico を用いた医療機器開発を目的とする医用生体分野の産業界と欧州研究機関のマッチング、3.In silico clinical trials の最初の適用例の決定に必要な技術を明らかにすること)を掲げ、欧州における in silico の活用を基礎から産業界まで一気通貫にカバーしている。Avicenna において in silico clinical trials は医療機器開発(原著”development”)と評価(原著"assessment phase”)の両方に対して有益なプロセスと記述されている。2016 年 1 月には ISCT(in silico clinical trials)のロードマップとして 120 ページに及ぶテクニカルリポート”in silico Clinical Trials: How POCS computer simulation will transform the biomedical industry”を web 刊行している。

引用関連規格

国内関連GL

海外関連GL

WG開始年月

WG終了年月

WGメンバー

(五十音順、敬称略、※座長)

芦原貴司   滋賀医科大学 循環器内科・不整脈センター 学内講師
荒井恒憲   慶応義塾大学 理工学部 物理情報工学科 教授
荒船龍彦   東京電機大学 理工学部 理工学科 電子・機械工学系 助教
伊関 洋   早稲田大学  理工学術院 先進理工学研究科 教授
川瀬悠樹   パナソニックヘルスケア(株) 首都圏地区 モノづくりセンター 医療機器事業統括部 技術3課
岸本眞治   東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 リサーチアドバイザー
※山田幸生  電気通信大学脳科学ライフサポート研究センター 特任教授

開発WG事務局
鎮西清行   産業技術総合研究所 生命工学領域 健康工学研究部門 副研究部門長
鷲尾利克   産業技術総合研究所 生命工学領域健康工学研究部門 セラノスティックデバイス研究グループ

報告書(PDF)

2019-E-DE-045-H27-報告書

報告書要旨(最新年)

承認済み製品(日本)

承認済み製品(海外)

製品開発状況

Horizon Scanning Report