3. 定義
・トレーニングカリキュラムの設計プロセス関連の用語については、ISO 10015:1999 およびInstructional Design (8)(9)の用語に準じる。
・医療機器に関するリスクマネジメント関連の用語については、JIS T 14971:2012 (ISO 14971:2007) に準じる。
3.1 トレーニング、トレーニングシステム、トレーニングカリキュラム、トレーニングコース
・トレーニング:個人・組織が、職務で要求される事項を確実に実施できる能力を身につけるための教育・訓練。「研修」と同義。広い概念であり、一般には、トレーニングシステム、カリキュラム、コースなどを指して使われることがある。
・トレーニングシステム:トレーニングを実施するための環境(実施主体、受講者、ハードウェア、マネジメント)、およびトレーニングの内容の総称。本ガイドラインでは、トレーニング、またはシステムと略すことがある。
・トレーニングカリキュラム:ある要求事項について必要な内容を教授するための一連のトレーニング。狭義にはその内容を指す。カリキュラム、シラバスとも言う。本ガイドラインでは、カリキュラムと略すことがある。
・トレーニングコース:トレーニングカリキュラムを実践する一連の講習会。本ガイドラインでは、コースと略すことがある。
3.2 課程修了コース
講習会を履修したことをもって修了とするコース。技能レベルなどの認定テストは必須ではない。
3.3 資格認定コース
指導者がチェックリストなど何らかの評価指標により達成度認定テストを実施し、受講者に資格を授与するコース。
3.4 インストラクター、ファシリテーター
トレーニングにおいて、受講者を指導する方法は二つのタイプに分けることができる。
インストラクターは講師であり、講義・解説により受講者を指導する。ファシリテーター
は、受講者の傍らに居て受講者を指導する。具体的な指導法として、研修中の事実の確認・
批評を含まない分析・受講者への問いかけ・討論を通じて、受講者の良い振舞を強化しつ
つ、受講者の気づきと振り返りを促し間違いに気づかせる。
3.5 OSCE
Objective Structured Clinical Examination の略。客観的臨床能力試験。診察・検査などの技能や態度など、ペーパーテストでは評価できない臨床能力を客観的に評価する実技試験である。1975 年に英国で R. Harden らによって開発され(10)、欧州・北米から世界的に用いられるようになった。技能とその評価基準を詳細にリスト化し、客観的な評価を実現する。OSCEの具体的な構成要件と開発・運営方法については、北米での実施例が Association for Surgical Education より(11)、また日本では「臨床実習開始前の教養試験」OSCE の内容が公益社団法人 医療系大学間共用試験実施評価機構より公開されている(12)。
4. トレーニングシステム開発の骨子
トレーニングの目的は、使用者に、取扱説明書や添付文書に文章で記載されている内容を実際に実施できるようになってもらうこと、そしてその機器を使ってできることとできないことをきちんと理解してもらうことである。
なお、手術への製㐀販売業者の立会いは法的に制限されているため (13)、機器は医療従事者のみで操作できるように設計されていなければならず、また実際に医療従事者のみで操作できるようトレーニングする必要がある。例えば、新規に納入した医療機器を適正使用するための立会いは、1 手技/1 診療科につき 4 回まで(かつ 4 ヶ月以内)が限度であり、実施状況を「立会い実施確認書」に記録する必要がある(14)。
4.1 トレーニング開発プロセスの基本サイクル
ISO 10015:1999 に示されるように、トレーニングの開発は以下の 4 ステップを 1 サイクルとするプロセスとして考える。
(1) 必要なトレーニング内容を定義
(2) トレーニングの設計
(3) トレーニングの実施
(4) 効果の評価
この 4 ステップのサイクルは、良く知られているマネジメントの PDCA サイクル (Plan 計画 → Do 実行 → Check 評価 → Action 改善)、あるいはインストラクショナルデザインのプロセス ADDIE( Analyze 分析 → Design 設計 → Development 開発 → Implement 実装・実施 → Evaluate 評価)(8)(9)に相当する。本ガイドラインをまとめるにあたり、実際に新規開発中の医療機器について ADDIE サイクルを実践して講習会を設計・実施した経緯を報告しているので、参考にされたい(15)。
・従来機器には無かった新しい点について、特に重点を置くことが必要である。
・上記のプロセスは、一度実施して終わるものではなく、何回も繰り返して開発を進め、完成度を上げて行く。機器の市販後も、定期的に改訂する必要がある。
・トレーニング開発プロセスにおいては、その機器を使用した経験の無い受講者を対象と6
して、講習会テキストやカリキュラムの問題点を明確にすることが大切である。
4.2 受講者の種類
トレーニングを受ける受講者として、下記が想定される。
(1) 機器のユーザ
・医療従事者: 医師、看護師、臨床工学技士(ME)
・在宅機器の場合: 患者本人、患者の家族、介護者
・上記のメンバーから構成されるチーム
(2) トレーニングのインストラクター、ファシリテーター
・医療従事者、製㐀販売業者
4.3 医療従事者に対する医療機器トレーニングの段階と範囲
一般に、医療従事者の機器使用におけるトレーニングの過程は、以下の 3 段階に分類できる。これらの各段階・受講者の種類・能力レベルごとに、トレーニングのカリキュラムを開発する必要がある。以降、本ガイドラインでは、機器の製㐀販売業者が実施主体となる第一段階の基本操作トレーニングカリキュラムについて、設計方針と講習会テキストのひな形を示す。
・第一段階: 基本操作トレーニング
機器の安全な使用方法を習得する段階。インストラクターが指導する基本操作講習会を、機器の製㐀・販売者が実施主体となって実施する。コースタイプは課程終了型で、認定テストは必須ではない。
・第二段階: 手技トレーニング
機器を使いこなし、手技タスク/手技操作を習得する段階。ドライラボ(人工物やバーチャルリアリティによるシミュレータ)またはウェットラボ(動物・献体)を使用して、インストラクターによる指導を受ける。実施主体は医療従事者、学会、機器の製㐀販売者。技術認定など、達成度認証による資格認定のコースであることが多い。
・第三段階: 臨床トレーニング
臨床現場、すなわち患者治療場面での研修(見学を含む)である。新規医療機器導入時だけでなく、さらなるスキルアップの段階を含む。実施主体は医療従事者あるいは医療機関で、資格を有する医療従事者がインストラクターあるいはファシリテーターとして、医療現場で機器を使用した指導を行う。機器導入後の医療機関では、有資格者および有資格者から指導を受け経験を積んだ熟練者が同僚を指導する形となる。
4.4 医療機器開発過程との関係
新医療機器の開発過程と、第一段階の基本操作トレーニングカリキュラム開発プロセスとの関係を、図 1 に示す。なお、第二段階以降の手技トレーニングおよび臨床トレーニングに関しては、本ガイドラインの検討範囲外であるため図 1 には記載していないが、承認条件のトレーニング内容に、当該機器の術者としての必要症例数などとして含まれることがある(16-19)。
基本操作トレーニングカリキュラムの開発過程は、下記の経過を辿る。
・医療機器の設計段階から、トレーニング内容を意識して機器の開発を進める。特に新規参入企業の場合は、医療現場特有の概念を工学側担当者に十分理解してもらえるよう、また工学側の専門用語を医療従事者に誤解無く伝わるよう言い換えるなど、用語の統一も含めて意思疎通を十分に図る(20)
。また、ユニバーサルデザイン(21)(付録 1-31)について配慮することは、トレーニングテキストを作りやすくする。
・機器の設計は、トレーニングに優先する。例えば、わかりにくい操作方法の設計により誘発される可能性のあるリスクを、ユーザをトレーニングすることのみにより低減させようとしてはならない(4)。まず、直感的に操作を間違えにくい機器設計とした上で、設計では対処しきれない使用上のリスクを低減する手段のひとつがトレーニングである。
・安全性試験・臨床研究の初期段階までに、一通り完成したトレーニングカリキュラム(プレカリキュラム)を作成する。申請までに、トレーニングの開発サイクルを複数回、実施する。これは、ユーザビリティ/ヒューマンファクター開発プロセスの一環として、特にヒューマンファクター評価テストの際に必要となる(3)(5)(22)。
・臨床研究から臨床治験において、機器の小改良とトレーニング内容とを相互にフィードバックさせて完成度を高める。臨床治験前にトレーニングカリキュラムが出来上がっていれば、臨床治験に参加する医師のスキルレベルを揃えることが容易になる。
・機器審査時には、審査機関の求めに応じてトレーニングシステム案を提出する。
・薬事の承認条件として関連学会が連携するトレーニングが義務づけられた場合、トレーニングカリキュラムは、学会または複数学会から構成される組織に認定(オーソライズ)される必要がある。厚労省の「新医療機器使用要件等基準策定事業」として、学会が公募で選定される例もある。
・市販後は、機器のバージョンアップ、関連する規定・標準・実施基準等の改定にあわせ、トレーニングカリキュラムも随時改訂する。
5. トレーニングカリキュラムの開発ガイドライン
5.1 開発するトレーニングカリキュラムの種類
3つのトレーニング段階、受講者の種類、および能力レベルのそれぞれについて、トレーニングカリキュラムが必要である。
5.2 実施基準
実施基準として、以下を定める。機器の特性により、当てはまらない項目や、下記以外の項目が必要となることがある。具体例として、付録の医療機器基本操作講習会テキストひな形を参照されたい。
(1) 実施施設基準:その医療機器(開発中の新医療機器)を使用する医療施設が備えるべき基準
① 設備機器 : 手術室/治療室等に備えられているべき装置類などを指定する
② 人員 : 緊急時にも対応可能な人員が配置できることが必要である
③ 手術/治療実績 : その医療機器を使用する予定の手術/治療および関連する手術/治療の最低の年間施行例数を定める
④ 医師の協力 : 緊急時に、他科を含め必要な医師の協力が迅㏿に得られることを要する
(2) 実施医基準 : 機器を使用する医師が備えるべき条件
① 学会資格 : 学会の定める認定医、専門医資格を指定できる
② 基礎経験 : 指定する種類の手術/治療の経験症例数の下限を指定、助手・術者の別を明記する
③ 研修義務 : その機器を使用するための所定のトレーニング(すなわち、本ガイドラインに従って作成するトレーニングコース)を受講していること
④ 使用経験 : その機器を使って手術/治療を実施した最低症例数、本ガイドラインでの第三段階トレーニングに相当する
(3) 指導医基準 : 手技トレーニング(第二段階)・臨床トレーニング(第三段階)で指導者を勤める医師が備えるべき条件
① 学会資格 : 学会の定める専門医、認定医などの資格を指定する
② 基礎経験 : 指定する種類の手術/治療の経験症例数の下限を指定する
③ 研修義務:その機器を使用するための所定のトレーニングを指導するための研修(本ガイドラインに従って作成するトレーニングコースのひとつ)を受講していること
④ 使用経験 : その機器を使用した手術/治療の成功症例数の下限を指定する
(4) その他の事項
① 適応判定 : トレーニング受講後、最初の数例について、その機器を使用する対象となる疾患、患者および機器用具の選択について、指導医から助言を受けるよう指定する
② 改訂時期 : 承認条件として指定された市販後調査期間終了までには随時適切に改訂の要否を検討する
③ 画像診断方法 : 特に指定する必要がある場合は、断層画像の解像度や撮影条件を指定する
④ 調査体制 : 市販後調査、あるいは追跡調査を実施する場合に、協力できる体制であることが必要である
⑤ 発足時の特例 : トレーニングカリキュラムが学会の承認を得た発足当初は、認定コースを受けた指導者が存在しないため、最初の指導者の備えるべき資質を別途定めることがある
5.3 実施医向けの基本操作(第一段階)トレーニングカリキュラム開発指針
実施医向けの基本操作トレーニングカリキュラムには、以下の項目が含まれる必要がある。機器の特性により、当てはまらない項目や、下記以外の項目が必要となることがある。
なお、具体例として、付録の基本操作講習会テキストひな形を参照されたい。
[第一部:基礎知識] 座学・オンライン学習により、ハンズオン実習の前に学習する。医療機器およびその適正使用について、知識を習得する。
(1) 製品の概要 : 承認条件を含む
(2) 実施基準 : 5.2 参照
(3) 研修カリキュラムの全体構成の概要
(4) 適応、禁忌
(5) 機器の構㐀、各部名称、特徴 : 動作原理を含む
(6) 機器の使用方法:手術/治療を含む一連の流れに沿って、手順をひととおり具体的に示す。取扱説明書へのリンクを載せ、索引としての機能を持たせる。
A. 機器の準備 : 安全管理区域の設定、保護具 等を含む
B. 搬入
C. 始業点検
イ. 電源投入前の始業点検 : 外観目視検査、滅菌状態、可動部分の緩み 等
ロ. 電源投入後の始業点検 : 動作、精度、漏電 等
D. 起動方法
E. 使用前の準備 : ドレーピング方法、投薬 など、機器により必要な項目
F. 設置方法
G. 基本的な機器操作 : 位置決め、各構成要素の操作・交換方法、退避方法、使用中の
点検など、機器により必要な項目
H. 停止方法
I. 撤去
J. 終業点検
K. 消毒、保管、管理
L. 機器使用上のリスクと対処方法 : 取扱説明書の内容から、患者に対して重篤な影響のあるものを抜粋 し、使用者から見た現象をもとに下記の要因について記述、また取扱説明書への参照リンクを記載
イ. 記載する項目: ユーザから見た現象、患者への有害事象、対処法、予防法、管理上の注意点
ロ. リスク原因の分類: 操作に起因するリスク、機器に起因するリスク
ハ. リスクの種類: 機械的リスク、電磁気的リスク、化学的リスク、熱的リスク
ニ. 機器の不具合の内訳: 機械的な故障、電気的な故障、ソフトウェアの不具合
(7) 関連する法規・規制等 : 法律、所轄官公庁からの通知、ISO/JIS などの標準、学会・業界団体などの定めるガイドライン 等
[第二部:実技実習] 第一部で得た基礎知識を、実際のもの・動作・操作と結びつけ、実施できるようにする。
(8) ハンズオントレーニング : 実習の順序は、第一部の説明順序と同一である必要は無い。付録 1 では、核心部分から実習を始めるステップアップ式のカリキュラムを呈示している。
(9) 確認テスト:付録 1 に OSCE の例を示す。第一部と第二部を別の日に/別の場所で講習する場合(第一部がオンライン自習である場合など)、第一部の後に基礎知識に関する テストを設ける。
[第三部:実施後]
(10) アンケート : トレーニングカリキュラムの改善に利用するだけでなく、内容の冗長化を防止する意味でも実施する
5.4 本ガイドラインに含まれない範囲
5.3 に示した以外のユーザおよび段階におけるトレーニングカリキュラム開発指針は、講習会テキストひな形も含め、未検討事項である。 |