3. 寛骨臼形成不全症の特徴及び対策
3.1 寛骨臼形成不全症の特徴
寛骨臼形成不全症の特徴を図 2 に示す。日本人の骨盤構造の特徴として、欧米人に比べて骨盤が狭く、骨頭の被覆率が低いという特徴がある(寛骨臼形成不全症)。図 2 に示したように大腿骨の骨頭(球体の部分)を覆う骨盤部(寛骨臼)の割合が欧米人に比べて低いため、狭い面積に荷重が集中し大きな応力が加わるため、関節症性変化が起こりやすくなる臨床的特徴がある。
図 2 寛骨臼形成不全症の特徴
寛骨臼形成不全症は、寛骨臼被覆率(AHI)=A/H×100 (%)の指標で表される。ここで、A は、被覆された臼蓋幅を示し、H は、大腿骨の骨頭幅を表している。日本人の AHI は 70%前後で、欧米人と比べて小さく臼蓋形成不全症が多い。
3.2 寛骨臼形成不全症に対する臨床的対応
寛骨臼形成不全では、骨頭の縁が骨盤からはみ出すため、寛骨臼に骨移植やカップサポーターなどを用いて不足部分の補填が行われる。
3.3 カスタムメイド寛骨臼コンポーネント置換術の利点
チタンの積層造形技術の進歩により、寛骨臼形成不全症の患者の治療には、カスタムメイド寛骨臼コンポーネントが有用となる。寛骨臼形成不全症に対応可能な寛骨臼コンポーネントのカスタム化を図 4 に示す。不足部分を補填した臼蓋コンポーネントを設計し、積層造形機を用いて作製する。
また、脆弱な骨盤への長期間の設置により緩みと骨吸収を生じた症例に対しては、図 5に示すような大規模な骨欠損部を補う必要がある。
4. 三次元積層造形プロセス
4.1 三次元積層造形プロセス
三次元積層造形技術を用いてカスタムメイド寛骨臼形コンポーネントを製造する場合のプロセスの例を図 6 に示す。
4.2 積層造形材の安全性評価のポイント
寛骨臼コンポーネントの安全性評価のポイントを表 1 に示す。
表 1 カスタムメイド寛骨臼コンポーネントの安全性評価のポイント
1)原材料
· 粉末の粒径と粒度分布 (JIS Z 8825 等) ・ 粉末の化学成分
· 粉末の融点 (示差熱分析: JIS K 0129 等) ・ 積層造形欠陥の有無
· 造形材の組成変動 ・ 再利用回数 (バリデーションの実施)
2)不純物の混合の有無
3)残留粉末除去の方法
4)物理的・化学的特性
· 化学成分 (JIS T 7401 シリーズ等) ・ 金属組織 (異方性を含む)
· 密度 (JIS Z 8807, ISO 1183 等)
· 機械的性質 (JIS T 7401 シリーズ等) ・ 疲労特性 (1000 万回)
· 溶出特性:一週間当たりの溶出量
· 表面粗さ (JIS B 0601 等に準じて測定)
· 適合性 (設計と造形品の寸法誤差の範囲)
5)生物学的安全性: JIS T 0993-1
6)機械的安全性
· 圧縮試験等
· 最も弱い最終製品での評価
なお、評価項目は、薬食機発 0912 第 2 号 別紙 3 の項目を参考にしている。
4.3 力学的安全性等の評価の一例
製品開発等の促進のため、力学的安全性評価等に関する基本的な考え方を以下に示す。具体的な測定例は、三次元積層造形技術を用いた椎体間固定デバイスの開発ガイドライン 2018 (手引き)が参考となる。
(1) 積層造形用粉末
レーザ積層造形用チタンの粉末粒子径では、60 μm 以下が主に用いられている。チタン粉末粒度径分布の測定例を図 7 に示す。金属粉末の粒度分布の表記に関しては、d10, d50、d90 の代表値表記が推奨される。
(2) チタン材料の化学成分
JIS T 7401 シリーズでは、チタン材料(チタン及び Ti 合金)の化学組成が示され、積層造形材でもインプラント用規格と同等の化学成分であることが推奨される。表 2 に JIS T 7401-1 に規定されたチタンの化学成分を示す。チタン積層造形材での酸素の上限値は、
0.4%以下が目安となる。
(3) ミクロ構造
光学顕微鏡を用いた横断面での組織観察が推奨される。
(4) チタン材料等の耐食性
苛酷試験溶液を用いた評価が推奨される。
(a) 金属材料の溶出(静的浸漬)試験
溶出(静的浸漬)試験は、JIS T 0304 等により規格化されている。苛酷抽出条件の一例を以下に示す。
・試 験 溶 液 :1 mol/L 塩酸+0.9%塩化ナトリウム (pH=2.0)
・試 料 の 数 :3 枚以上
・環境及び期間:37±1 ℃等、7 日間±1h
・浸漬溶液量:例えば、試験片(幅:2 cm、長さ:2 cm、厚さ:0.1 cm)1 枚当たり 50 mL
・元素分析: 化学組成が 1 質量%以上の元素の定量分析
・溶出イオン量 (μg/cm2/7d)の測定
(5) 積層造形材の機械的性質
(a) チタン材料の機械的性質
チタン材料では、JIS T 7402 シリーズ或いは他のインプラント用規格に適合することが推奨される。力学試験片を図 8 に示す。積層造形方向は、縦方向が基本となる。焼鈍処理を行った後の積層造形材の室温引張り試験結果の目安として、JIS T 7402 シリーズの規格値を表 3 に示す。
図 8 力学試験片の形状試験速度:0.2%耐力測定まで、評点間距離の 0.5 %/min (ひずみ制御)
0.2%耐力以降破断まで、3 mm/min (ストローク制御)
(6) 異方性
金属術語辞典によると、異方性とは、 縦方向と横方向で機械的性質等が異なることと定義されている。異方性評価の模式図を図 9 に示す。積層造形材の異方性は、(縦方向造形材の 0.2%耐力)/ (横方向造形材の 0.2%耐力)の値で評価できる。
(7) 積層造形材の疲労特性
(a) チタン材料
局所的な応力集中や微細な内部欠陥等が含まれる場合があるため、疲労特性の把握が推奨される。
例えば、直径 9 mm、長さ 50 mm の丸棒試料を縦方向に積層造形し、図 8 に示した疲労試験片を作製する。疲労試験の条件としては、JIS T 0309 に準じ、大気雰囲気中、サイン波を用いて、負荷応力(最小/最大)比=0.1、周波数 10 Hz の条件が推奨される。
(8) 寛骨臼コンポーネントの力学的安全性評価
寛骨臼コンポーネントに対する力学的安全性試験として、ISO 7206-12 が 2016 年に策定されている。図 10 に示したように 1.0 kN の力で挟み込み、その時のシェル内径 D の変化を計測する。計測はシェルを 120°ずつ回転させ、3 方向の変形データを測定し、平均値を算出する。
寛骨臼コンポーネントの耐久性試験としては、例えば、圧縮試験と同様な冶具を用いて、サイン波、繰り返し周波数:3 Hz 程度, 応力比(最小応力/最大応力)=0.1 の条件で、繰り返し負荷をかけることで試験を行うことができる。
一定の繰り返し荷重で 500 万サイクルでの繰り返し負荷試験後、破断の有無を比較材の結果と比較する。或いは、縦軸に最大負荷荷重、横軸に破断までの繰り返し数を対数表示した L-N 曲線を測定し、500 万サイクルで破断しない最大荷重を耐久限として、積層造形された寛骨臼コンポーネントの耐久限を求める。
比較材としては、セメントタイプ超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)、金属製寛骨臼コンポーネント等が考えられる。セメントタイプ超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)の場合には、超高分子量ポリエチレン表面に臨床使用状態を模擬した骨セメントを被覆することが望ましい。
5. 関連する次世代評価指標、審査ガイドライン及び開発ガイドライン等
参考となる次世代評価指標、審査ガイドライン及び開発ガイドライン等を下記に示す。
(1) 整形外科用カスタムメイド人工股関節に関する評価指標(平成23年12月7日付け薬食機発 1207 第 1 号厚生労働省医薬食品局審査管理課医療機器審査管理室長通知)別添 2
(2) 整形外科用カスタムメイド人工膝関節に関する評価指標(平成 24 年 11 月 20 日付け薬食
機発 1120第 5号厚生労働省医薬食品局審査管理課医療機器審査管理室長通知)別添1
(3) 三次元積層技術を活用した整形外科用インプラントに関する評価指標(平成 26 年 9 月 12 日付け薬食機参発 0912 第 2 号厚生労働省大臣官房参事官(医療機器・再生医療等製品審査管理担当)通知「次世代医療機器・再生医療等製品評価指標の公表について」別紙 3
(4) 患者の画像データを用いた三次元積層技術によるカスタムメイド整形外科用インプラント等に関する評価指標(平成 27 年 9 月 25 日付け薬食機参発 0925 第 1 号厚生労働省大臣官房参事官(医療機器・再生医療等製品審査管理担当)通知「次世代医療機器・再生医療等製品評価指標の公表について」別紙 3
(5) 人工股関節の審査ガイドライン(平成 21 年 3 月 6 日)薬食機発第 0306001 号(厚生労働省医薬食品局審査管理課 医療機器審査管理室長)
(6) 積層造形医療機器開発ガイドライン 2015(総論)(手引き)平成 27 年 12 月公表
(7) 高生体適合性(カスタムメイド)人工股関節の開発ガイドライン 2012 平成 24 年 8 月公表
(8) 三次元積層造形技術を用いたコバルトクロム合金製人工関節用部材の開発ガイドライン
2017(手引き) 平成 29 年 10 月公表
(9) 三次元積層造形技術を用いた椎体間固定デバイスの開発ガイドライン 2018(手引き)平成30 年 10 月公表
(10) FDA Guidance for Industry and Food and Drug Administration Staff, Technical Considerations for Additive Manufactured Medical Devices, 2017 |