3. スーチャーアンカー及び骨接合材料等の製品イメージ
スーチャーアンカー及び骨接合材料等の製品イメージを図 1 に示す。スーチャーアンカーとは、縫合糸付きの骨内埋め込み型インプラントで、腱板断裂等の修復手術等においてアンカー効果を利用して、腱や靭帯等の軟部組織を骨に固定するために用いられる。
骨接合材料としては、負荷荷重が比較的少ない非荷重領域を中心に、上腕骨(近位及び遠位)骨折、前腕骨(尺骨及び橈骨)骨折、手根骨(舟状骨等)骨折、手指骨骨折、足指骨骨折、脳外科用及び顎顔面用に用いられるミニプレート及びスクリュー等がある。
a) b) 腱板修復用スーチャーアンカー
図 1 a) スーチャーアンカー及び b) 骨接合材料等の使用イメージ
4. マグネシウム合金の特徴
マグネシウム合金は、体内に存在する水分、各種酸等と反応しやすく、生体内に多量に存在する塩化物(Cl-)イオン等による粒界腐食を生じやすいため、腐食生成物の生体への影響を把握することが重要である。特に、生体内での分解過程で、次の反応により発生する水素ガスの排出による生体への影響を考慮する必要がある。特に、インプラント埋植後の骨内で発生した水素に関しては、空隙になる可能性が懸念されるため、インプラント周囲の骨内での空隙の有無の観察が必要となる。
Mg+2H2O→Mg2++2OH-+H2
マグネシウム合金の特徴、製造プロセス、合金添加元素の効果、開発が期待される合金組成、機械的性質、耐食性等の評価方法等に関しては、マグネシウム合金の医療応用に関する開発ガイドライン 2017(総論)(手引き)が参考となる。特に、マグネシウム合金の組成、強度及び製造コストのイメージを図 2 に示す。
図 2 マグネシウム合金の組成、強度及び製造コストのイメージ
5. マグネシウム合金を用いた骨ねじの製造プロセス
骨ねじの製造に関しては、切削加工によるものと、転造や鍛造を利用するものに分かれる。なお、熱処理は、切削加工/機械加工の前に行う場合もある。
図 3 マグネシウム合金を用いた骨ねじの製造工程
2. 表面処理
骨プレートは、骨折が治癒するまで必要な機能を維持し、その期間が過ぎれば速やかに分解消失することが望ましい。このような分解吸収過程を実現するため、適切な表面処理を行う必要がある。また、表面処理層の分解生成物の生体内での挙動の把握も必要となる。マグネシウム合金の表面処理に関しては、電気化学的処理[陽極酸化処理、マイクロアーク酸化処理(Micro-arc Oxidation:MAO)、プラズマ電解酸化処理(Plasma Electrolytic Oxidation: PEO)など]、化学的処理(化成処理、水溶液処理など)、及びめっきなどの方法で行うことが検討されている。これらの表面処理のメリットとデメリットを表 1 に示す。陽極酸化処理では、酸性やアルカリ性溶液にて表面皮膜を作製することが可能であり、時間や電流の制御により皮膜厚さをコントロールすることができるが、陽極酸化処理後は、アルカリ性または酸性溶液にて中和処理等を行う必要がある。なお、マグネシウム合金の純度を高くした方が良質な表面皮膜を作製できる。表面処理は、耐食性だけでなく、力学的安全性、生物学的安全性との両立が重要となる。
表 1 表面処理のメリットとデメリット
処理種類 メリット デメリット
陽極酸化処理など 耐食性が高い。 比較的高価である。皮膜が溶解し
難い為、溶解速度の調整が難しい。
化成処理など 比較的安価である。 耐食性が低い薄膜のため傷つきやすく取扱が難しい。
めっき 多層膜の作製が可能である。 ガルバニック腐食による耐食性
低下の懸念がある。比較的高価である。
(1) 陽極酸化処理:電解液中で材料を陽極にして電気を流すことにより、材料表面に酸化皮膜を生成させる表面処理。
(2) 化成処理:溶液中で化学酸化剤などの反応により、材料表面に皮膜を生成させる表面処理。
(3) めっき:材料表面に金属膜を生成させる表面処理。
図 4 陽極酸化処理方法
3. マグネシウム合金の分解過程の評価
マグネシウム合金では、分解生成物の生体内での挙動の把握が重要となる。マグネシウム合金を用いた製品開発の促進の観点から、現状、有用と考えられる評価方法の一例を以下に示す。
3.1 生体吸収性材料の加速分解と分解生成物の評価
分解過程の評価には、動物や細胞等を用いた評価が有用となる。材料をそのまま動物に埋植する試験及び抽出液を動物等に作用(ばく露)させる試験がある。
(1) 埋植試験
ISO 10993-6「医療機器の生物学的評価-第 6 部:埋込後の局所的影響の試験」には、「インビトロで予め分解した材料(例: 50%の重量減または 50%の機械的強度減)を埋植することにより、埋植後期の状況を早期に観察してもよい。しかし、実時間のインビボにおける分解挙動を検索する試験の代替とはならない。」との記述がある。埋植試験においては、フィージビリティを確認する予備検討試験として加速分解させた材料を用いて検討することは可能であるが、最終的な評価においては、別途フルタイム試験を実施することが必要となる。
フルタイムの埋植試験では、分解過程と組織再生のバランスを確認しつつ、埋植初期(材料の分解が最小限の時期)及び埋植中期(材料の分解が活発な時期)、そして、埋植後期(ほとんど吸収された時期)の評価が必要である。ただし、埋植後期になり、残存する分解物等が線維性組織の被包に一旦被われると、それ以上分解が容易には進まなくなる場合が考えられ、そのようなケースでは、動物の寿命に達しても評価ができない可能性が生じる。ISO 10993-6 では、埋植後期において、最小限の残存を許容していることから、線維性組織に覆われ周囲の反応が安定化している場合には、それをもって後期の観察時期とみなすことができ、完全吸収されない場合でも評価が可能と考えられる。
(2) 抽出液を用いる試験
埋植試験以外の生物学的安全性評価試験では、抽出液を細胞や動物に直接作用(ばく露)する場合が多く、抽出溶媒と抽出条件が試験によって異なっている。日本のガイダンス(平成 24 年
3 月薬食機発 0301 第 20 号)に挙げられている抽出方法を表 3 に示す。
表 3 標準的な抽出条件
生理食塩液及び植物油抽出液を調製する場合の温度条件
121 ℃:1 h、70 ℃:24 h、50 ℃:72 h、37 ℃:72 h、室温:72 h
これらの抽出法は、有機ポリマーを基本として確立された方法で、感作性及び遺伝毒性試験においては、金属材料について、構成金属元素の塩化物などの水溶性のイオンを用いてそれぞれ試験を行うような記述と、酸による苛酷抽出を行う旨の記述がある。後者の酸による苛酷抽出については、ISO 16428 の Annex A に例示されている pH 2 の希塩酸生理食塩液中で、37℃で抽出後、水酸化ナトリウム溶液中和した抽出液を用いて試験を行うことが可能と考えられる。
ただし、抽出操作により生体内ではあり得ない高濃度となると、例えそれが生体で必須のミネラルであったとしても、細胞毒性や刺激性等の毒性反応が認められる場合があるため、溶媒や抽出条件については慎重な選択が重要となる。マグネシウムでは、生理食塩液を用いた場合に pH 及び Mg 濃度が上昇することが知られているため(参考文献(1))、緩衝作用のある溶媒で、分解挙動が体液(血清など)と類似する溶媒を用いて予め検討することが効果的となる。
一方、分解生成物の体内動態の把握において、生体吸収性材料を体内で分解する際のワーストケースとして、適用直後に一度にすべて分解して、体内に分解物が急激に放出されるリスクの検討が有用となる。このような分解が生じる可能性がある場合には、すべの構成物質が一度に体内に放出された際に全身に及ぼす影響(全身毒性)を評価することが有用と考えられる。
参考文献 1) Z. Zhen et al.: Hemolysis and cytotoxicity mechanisms of biodegradable magnesium and its alloy, Materials Science and Engineering,C46:202–206(2015).
7.2 分解生成物の解析
ISO 10993-15「第 15 部:金属及び合金からの分解生成物の同定及び定量化」においては、電気化学試験及び浸漬試験が挙げられており、それぞれの試験で得られた液について、原子吸光光
度法、ICP 法、または ICP-MS 法などを用いて、定性または定量分析する方法が参考となる。
7.3 分解過程における力学的安全性評価
分解過程でのマグネシウム合金の機械的性質は、JIS Z 2241 に準じて評価できる。スモールサイズの力学試験片としては、図 5 が参考となる。室温引張りの試験速度としては、0.2%耐力測定までは、0.5%/min (ひずみ制御)、0.2%耐力測定以降の破断までは、3 mm/min (ストローク制御) の条件が参考となる。
溶液中での腐食疲労試験は、JIS T 0309 に準じて評価できる。疲労試験の条件としては、サイン波を用いて、負荷応力(最小/最大)比=0.1、周波数:10 Hz、繰り返し回数:1000 万回の条件が参考となる。
図 5 力学試験片の形状
7.4 スーチャーアンカーの力学的安全性評価
スーチャーアンカーにとって最も重要な特性としては、初期の引き抜き強度が高く、腱・靭帯が生着するまでの間に緩みや脱転が発生しないことである。スーチャーアンカーの引き抜き強度評価の模式図を図 6 に示す。アンカーを骨表面に対して 90 度の角度に挿入し、アンカーの長軸に平行と 45 度の角度での引張り試験を行うことが望ましい。10 N 程度のプレロード(Preload):を付加した後、クロスヘッド速度: 1 mm/s でプルアウトするまで引張り荷重を加える。詳細は、参考文献(2)が参考となる。
引き抜き試験に用いる模擬骨としては、ASTM F1839 に力学試験用ウレタン製模擬骨が規格化され、模擬骨の圧縮強度、圧縮ヤング率、せん断強度、横弾性係数のデータがあり、臨床使用する骨に近い模擬骨を選択できる。例えば、正常な海綿骨のモデルとして、ASTM F1839 のグレード 15 が、骨粗鬆症の海綿骨モデルとしては、グレード 5 が推奨される(参考文献(3))。 ASTM F1839 グレード 15 は、ソーボーン製の模擬骨では、Solid Rigid Polyurethane Foam 15 pcf が該当する。ソーボーン製の模擬骨では、比較的孔径が小さいSolid Rigid及び孔径が大きいCellular Rigid がキャンセラス模擬骨として販売されている。必要に応じて、5 及び 15 pcf の模擬骨に骨皮質と
して 2 ㎜厚の short-fiber-filled epoxy sheet を貼り付けた模擬骨での試験も可能となる。その他、ブタ等の動物骨を用いた試験も参考となる(参考文献(4))。生着するまでの間の緩みおよび脱転の評価に関しては、スーチャーアンカーの吸収性と骨の再生過程において十分な強度が維持されているかを経時的に把握する強度試験が有用となる。
図 6 スーチャーアンカーの引き抜き強度評価の模式図
参考文献(2) H. Nagamoto et al.: A biomechanical study on suture anchor insertion angle: Which is better, 90 degrees or 45 degrees ?, J Orthop Sci;10.1016/j.jos.2016.08.010 (2016).
(3) C. M. Yakacki et al.: Bearing area: a new indication for suture anchor pullout strength?, J Orthop Res 27:1048-1054 (2009).
(4) F. A. Barber et al.: Biomechanical analysis of pullout strengths of rotator cuff and glenoid anchors: 2011 update, Arthroscopy 27:895-905(2011)
7.5 骨接合材料の力学的安全性評価
骨接合材料の力学的安全性評価としては、JIS T 0311 及び JIS T 0312 が参考となる。
7.6 生物学的安全性評価及び臨床評価
生物学的安全性評価及び臨床試験実施に際しては、以下の通知が参考となる。
(1) 平成 24 年 3 月 1 日薬食機発 0301 第 20 号 医療機器の製造販売承認申請等に必要な生物学的安全性評価の基本的考え方について
(2) 平成 17 年 3 月 23 日厚生労働省令第 36 号 医療機器の臨床試験の実施の基準に関する省令
(3) 平成25年2月8日薬食機発0208第1号 「医療機器の臨床試験の実施の基準に関する省令」のガイダンスについて
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