3. 積層造形プロセス
3.1 造形プロセス
積層造形技術プロセスの例を図 3 及び図 4 に示す。積層造形品の形状、表面性状及び適合精度等は、歯科医師の技工指示書による。
図3 歯科補綴装置の三次元積層造形のイメージ
図4 歯科補綴装置の三次元積層造形プロセスの流れ
3.2患者データの取得から積層造形プロセスにおいて考慮すべき項目
患者の画像データを用いた三次元積層技術によるカスタムメイド整形外科用インプラント等に関する評価指標(平成27年9月25日付け薬食機参発0925第1号厚生労働省大臣官房参事官通知
「次世代医療機器・再生医療等製品評価指標の公表について」別紙3)を参考とした場合の、患者
データの取得から積層造形プロセスまでにおいて、考慮すべき項目を表1に示す。
表1 患者データの取得から積層造形までの造形プロセスにおいて考慮すべき項目
4. 積層造形材の安全性評価のポイント
三次元積層技術を活用した整形外科用インプラントに関する評価指標(平成26年9月12日付け薬食機参発0912第2号 厚生労働省大臣官房参事官(医療機器・再生医療等製品審査管理担当)通知「次世代医療機器・再生医療等製品評価指標の公表について」別紙3)を参考とした場合の積層造形補綴装置に対する安全性評価のポイントを表2に示す。
表2 歯科補綴装置の安全性評価のポイント
5. 力学的安全性等の評価の具体例
製品開発及び医療機器製造販売承認申請等の促進のため、力学的安全性評価等に関する考え方を、また、事務局が中心となり実施した実証試験結果を以下に示す。
(1) 金属粉末
最適な Co-Cr-Mo 合金等の粉末粒子は、造形装置と造形物によって異なるが、球形の粉末粒子径では、45μm以下が主に用いられている。金属粉末の粒度分布の表記例を表3に示す。また、積層造形用金属粉末粒子径分布の測定方法を附属書Aに示す。
表3 レーザー積層造形用金属粉末の粒子径分布の記載例
(2) 化学成分
JIS T 6115では、Coを主成分とし、Cr 25%以上、Mo 4%以上、及びCo、NiとCrの合計が85%以上とされている。
積層造形材の微量元素の許容量は、最終製品において、医療用規格に規定された範囲内あるいは耐久性や耐食性等に影響を示さない範囲が目安となる。積層造形材と鋳造材の主成分元素(JIS T 7402 シリーズで規定されているCo-Cr-Mo合金、鋳造材及び鍛造材の化学成分)と化学成分以外の微量元素の測定例を表4(A、Eの記号は図5参照)に示す。積層造形材と鋳造材での微量元素の差は、高感度の分析法を用いているため、原料等由来の元素が極くわずかに見られるが、耐食性、力学特性等に影響を及ぼす範囲に比べてかなり小さいと考えられる。
表4 積層造形材と鋳造材の主成分元素と微量成分元素の測定例
主成分元素と微量元素の測定は、以下の方法により行った。
主成分元素の分析方法
Co、Cr、Mo、W:酸分解-誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析法
C、S:燃焼-赤外線吸収法
O:不活性ガス搬送融解-赤外線吸収法
N:不活性ガス搬送融解-熱伝導度法
H:不活性ガス搬送融解-熱伝導度法微量元素の分析方法
GD-MS(グロー放電質量分析法)
(3) ミクロ構造
積層造形技術では、組織異方性が生じやすく、転位や空孔等の欠陥密度及び内部エネルギーが高い状態となる場合が多い。縦方向に造形した造形材の横断面の光学顕微鏡組織及び透過電子顕微鏡組織
を図5及び図6に一例として示す。図中のA、C及びDは、ISO 22674、ISO 5832-4、ISO 5832-12、JIS
T 6123、JIS T 6115、JIS T 7402-1及びJIS T 7402-2に規格化され、インプラント等広く用いられている化学組成に準じた粉末を用い、レーザー積層造形した結果、Bはレーザー積層造形材で、陶材との焼付け性向上を目的としてWを添加し、ISO 22674、JIS T 6115に適合するCo-Cr-Mo合金の結果を示している(以後、A~Hの記号は同様)。Dは、積層造形後、750℃で1時間保持後空冷する焼鈍熱処理を行った試料である。例えば、積層造形材 B の粉末組成は、Co:63.8mass%、Cr:24.4%、Mo:5%、 Si:1.2%である。積層造形材 C の粉末組成は、Co:63.46%、Cr:28.4%、Mo:6.1%、Mn:0.76%、
Si:0.73%、C:0.27%、Fe:0.26、Ni:0.02%である。
歯科鋳造材E及びF(W添加材)は、JIS T 6115を満足している。また、歯科鋳造材G(W無添加材) は、JIS T 6115、ISO 05832-4及びJIS T 7402-1を満足し、表6にはメーカー報告値が示されている。
歯科鋳造材Gの化学組成及び物性値を次に示す。Co:63.1mass%、Cr:28%、Mo:6%、Mn:1%、Si,
W, C:微量、密度:8.4g/cm3、ビッカーズ硬さ:410(Hv 5)、固相線温度:1335℃、液相線温度:1365℃、鋳造温度:1530℃。
積層造形材の光学顕微鏡組織は、歯科鋳造材(W添加E材)及び鍛造まま材(H)と異なっている。歯科鋳造組織に比べて、積層造形材の方が急冷凝固の効果により、微細な組織となっている。この微細な効果は、図6に示した、積層造形材(A)の試料の透過電子顕微鏡組織からもわかる。光学顕微鏡組織では、鍛造組織に比べては、溶融の方向性(異方性)が見られるが、方向性を持った大きな粒内がさらに小さな結晶粒で構成され、その結晶粒界(粒界の3重点付近)には、微細な析出物が存在している。
図5 積層造形材、歯科鋳造材、鍛錬材の光学顕微鏡組織の比較例
図6 積層造形材(A)の透過電子顕微鏡組織
析出物を同定するため、電解液として 10%アセチルアセトン-1%塩酸-メタノール溶液を用いて定電流電解し、介在物の抽出を試みた。抽出残差のX線解析結果を図7に示す。
今回の抽出条件では、母相のγ相が抽出残渣に含まれているが、積層造形材(A)の方が歯科鋳造材(W 添加E材)に比べて、析出物(CoCrW系炭化物等)のピークの数が少ない。急冷凝固の効果により、ほぼ同じ電解量(0.35g)に対して歯科鋳造材(残渣量:0.014g)に比べて、積層造形材の残渣量は0.004g で析出物の量が3分の1以下となっている。また、図6に示した微細な析出物は、今回の析出条件では、
母相のγ相から十分に分離抽出されなかったと考えられる。
図7 抽出残差のX線解析結果の例
図5及び図6に示したように微細な組織であるため、用途に応じて、熱処理等を実施しミクロ構造の最適化を行う必要がある。
(4) 耐食性
JIS T 6115、JIS T 6121に適合することが推奨される。内部欠陥等を含み、金属イオンの溶出量が上昇することが懸念されるため、加速試験溶液を用いた評価が推奨される。
(a) 酸化皮膜の観察
Co-Cr-Mo合金表面に形成された酸化皮膜の観察結果を図8 に示す。Co-Cr-Mo 合金表面には、約1 nmの厚さの酸化皮膜が見られる。酸化皮膜の観察では、試料最表面の酸化皮膜を保護するため、真空蒸着装置にてカーボン膜を、またFIB加工装置にてタングステン膜をコーティングした。その後、FIBマイクロサンプリング法にて試料を抽出し、FIB加工で薄片化し、透過電子顕微
鏡において酸化皮膜の状態を直接観察した。
図8 酸化皮膜の観察例
この酸化皮膜により、生体内での金属イオンの溶出が防止できる。酸化皮膜の特性は、静的浸漬試験及びアノード分極試験等により評価できる。
(b) 静的浸漬試験
静的浸漬試験は、JIS T 0304、JIS T 6002等により規格化され、口腔内の模擬環境下で、金属材料から溶出する金属イオンの定量的なデータを提供することを目的とした加速試験である。浸漬試験の条件を以下に示す。
· 試 験 溶 液 :0.1 mol/L乳酸+0.1 mol/L塩化ナトリウム(pH=2.3±0.11)
· 試 料 表 面 積 :10 cm2 (例えば、35 mm×15 mm、厚さ:1 mm)以上、
1200番で最終研磨
· 試 料 の 数 :2枚以上
· 溶 液 量 :試料表面積1 cm2 当たり1 mL
· 環境及び期間:37±1 ℃、7日間±1h
· 元 素 分 析 :試験溶液の定性及び定量分析
· 溶出イオン量(μg/cm2/7d)の測定
上記の条件で測定し、文献等で報告されている1週間当たりの溶出イオン量を表51)に示す。歯科鋳造材に比べて、積層造形材の溶出量(μg/cm2)は、少なくなっている。歯科用Co-Cr-Mo合金鋳造材での溶出量の情報として、Co:61mass%,Cr:26%,Mo:6%,W:5%合金の静的浸漬試験での1週間当たりの溶出量は、7μg/cm2とのカタログ報告がある 2)。Co:57.8%,Cr:31.6%,Mo:5.6%,その他5%合金 (歯科鋳造材J)およびCo:60.6%,Cr:24.7%,Mo:6.5%,W:5%,その他3.2%合金(歯科鋳造材K)の1週間当たりの溶出量は、それぞれ4.8μg/cm2および2.3μg/cm2との結果がある。
表5 溶出イオン量の比較
文献1):樋口鎮央 「レーザーを用いた金属粉末積層クラウンの製作」日本歯科理工学会誌 Vol. 30 No. 6, Nov. 2011. p.365-368.
2): BEGO Non-Precious Alloy
(c) 耐食性の電気化学的評価試験
生体内あるいは口腔内で使用する金属材料の耐食性を、電気化学的に評価する方法には、以下の3つの試験がある。その中では、アノード分極試験が広く行われている。
1) 動電位測定(アノード分極測定): JIS T 0302、JIS T 6002
2) 交流インピーダンス測定
3) 開回路電位測定: JIS T 6002
樹脂包埋せずに薄板状試料を用いて測定できるアノード分極試験用フラットセル等及び積層造形材のアノード分極曲線を図9及び図10に示す。図10に示したように、積層造形材(B)、整形インプラントに用いられているCo-28Cr-6Mo合金焼鈍材(I)、JIS T 6115に準じた歯科鋳造材(J)のアノード分極曲線は、ほぼ一致している。不動態化電流密度、不動態維持電流密度、過不動態化(孔食電位)等も同じ値で、積層造形材の耐食性は既存材料と同等であると考えられ
る。交流インピーダンス測定は、技術が新しいため、測定の原理等について附属書 B に示す。
図9 アノード分極試験用フラットセル等
図10 積層造形材及び鋳造材のアノード分極曲線の例
(5) 機械的性質
JIS T 6115、JIS T 6121に適合することが推奨される。実証試験で用いた力学試験片を図11 に示す。積層造形方向は、縦方向とした。積層造形材、歯科鋳造材、JIS T 7402-2に準じた鍛造材の室温引張り試験結果の比較を表6に示す。
図11 力学試験片の形状
JIS T 6115では、0.2%耐力:500 MPa以上、破断伸び:2%以上、ヤング率は:150 GPa以上とされている。積層造形材(4 条件)は、鍛造材に近い機械的性質を示すことがわかる。歯科分野では、引張試験片形状に直接鋳造している場合が多い。今回の歯科鋳造材(W添加EおよびF材)では、積層造形材と同一形状とするため、直径 9 mm、長さ 50 mmの通常使用よりは太めの丸棒状に鋳造している。W添加及び鋳造太さの影響による鋳巣の発生等により、JIS T 6115を満足していないと考えられる。
試験速度:0.2%耐力測定まで、0.5 %/min (ひずみ制御)
以降破断まで、3 mm/min (ストローク制御)
表6 室温引張り試験結果(n=3~5)の例
(6) 疲労特性
組織異方性や内部欠陥等が含まれるため、疲労特性の把握が推奨される。Co-Cr-Mo 合金の積層造形材は、鋳造品と比較した場合には、同等以上の特性を有することがわかる(図12)。図中のA~ Dはレーザー積層造形材の結果、Bは、レーザー積層造形材であるが、陶材との焼付け性向上を目的として、Wが添加されたCo-Cr-Mo合金の結果、■及び▽は、JIS T 6115に準じた既承品である歯科鋳造材(W添加EおよびF)での結果を示している。JIS T 7402シリーズに準拠したインプラント用Co-Cr-Mo合金鍛造材及びCo-Cr-Mo鋳造材(人工股関節ステム、I)の結果も比較のため▲で示している。積層造形材では、急冷凝固等の影響により、歯科鋳造材よりは疲労強度は高くなる。歯科鋳造材(EおよびF)は、歯科鋳造欠陥を含み、炭化物等の析出等の影響により整形外科用の鋳造材に比べて、疲労強度が低下する。一方、繰り返しの急冷効果のみでは、鍛錬の効果が十分ではないため、鍛造まま材(H)よりは疲労強度が低くなる。
積層造形材は、直径9 mm、長さ50 mmの丸棒試料を縦方向に造形し、図11に示した同一形状の引張及び疲労試験片を作製した。疲労試験の条件は、JIS T 0309に準じ、大気雰囲気中、サイン波を用いて、負荷応力(最小/最大)比=0.1、周波数10 Hzの条件とした。比較のため、鍛造材及び焼鈍材の疲労特性を附属書Cに示す。
図12 Co-Cr-Mo合金の疲労特性の測定例
(7) 製品での耐久性評価
破損等のリスクが最も大きいと考えられるクラスプに対する試験としては、適合性試験、耐久性、曲げ特性等の測定が考えられる。クラスプとは、支台歯を抱え込むようにし、アンダーカット部に先端を位置させることにより、維持力を発現する支台装置の一つである。
クラスプを用いた耐久性評価の治具の例を図13に示す。荷重負荷による変位量としては、0.1 mm、 0.2 mm、0.4 mm等が考えられる。今回の形状で変位制御での耐久性試験の実施は、制御が困難となる場合は多く、繰り返し荷重(荷重制御)による耐久性試験が現実的となる。測定例を図 14に示す。図14は、クラスプ1とクラスプ2の2種類の形状のクラスプを積層造形と歯科鋳造により作製し比較している。クラスプ2は、クラスプ1に比べて細い形状になっている。クラスプ1の積層造形材(B)及びクラスプ2の積層造形材(C)とJIS T6115に準じた歯科鋳造材(W添加:
EおよびW無添加:G)で作製したクラスプの耐久性は、両クラスプにおいて歯科鋳造材と同一線上或いはそれ以上にあり同等以上の耐久性を有すると考えられる、表6に示した引張試験結果では、JIS T 6115を満足しなかったが、W無添加で太さが小さいクラスプの耐久性は、W添加積層造形材と同じ傾向が見られた。耐久性試験の条件は、大気雰囲気中、サイン波を用いて、負荷荷重(最小/最大)比=0.1、周波数3 Hzの条件とした。
図13 耐久性評価の治具の例
図14 クラスプの耐久性試験結果の例
(8) 適合精度
全面が粘膜に接するコンプリートデンチャーで300μm程度が許容されるが、クラウン・ブリッジでは、100μm 以下の適合精度が求められる。クラスプの役割及びクラスプに求められる評価の考え方を附属書Dに示す。
(9) 生物学的安全性
歯科補綴装置の生物学的安全性の評価試験の項目を表7に参考として示す。積層造形した歯科補綴装置の生物学的安全性の評価試験データは少なく、データの構築が期待される。
平成24年3月1日付け薬食機発0301第20号通知「医療機器の製造販売承認申請等に必要な生物学的安全性評価の基本的考え方について」別添「医療機器の生物学的安全性試験法ガイダンス 第2部 感作性試験」において、金属材料等を構成する金属のイオンとしての感作性が、適切な感作性試験によって既に確認されている場合には、あらためて試験を実施する必要はないとされている。また、加速試験の例として、酸(希塩酸など)による苛酷条件で抽出し、中和して(水酸化ナトリウムなどによる中和)pH を中性付近にした金属イオンと金属沈殿物微粒子から成る懸濁液について、感作性の強さを評価することが示されている。今回、遺伝毒性試験(復帰突然変異試験)、及び刺激性/皮内反応試験においても、この苛酷抽出条件の適応が可能であることが示された。苛酷抽出条件の例を附属書 E に参考として示す。
一方、加速試験環境下での金属イオンの溶出量及び耐食性の電気化学的評価等により、既存の歯科補綴装置に比べて、溶出量及び耐食性が同等以上で、微量元素の著しい増加がなく、化学成分の量が既存の歯科補綴装置及びインプラント等の規格値を満足する場合には、既承認品に比べて比劣性を示すこ
とはなく、生物学的安全性は、許容範囲内にあると考えられる。
表7 生物学的安全性の評価項目
(10)その他の試験
必要に応じてJIS T 6115 、JIS T 6121に準じることが推奨される。
|