2. 用語の定義
・インシデント (incident):中断・阻害、損失、緊急事態又は危機になり得る又はそれらを引き起こし得る状況(JIS Q 22300 参照)
・環境維持操作 (implement measures necessary for maintaining the environment):清浄化および除染・消毒
・除染 (decontamination):空間や作業室を含む構造設備に生存する微生物を再現性のある方法により予め指定された菌数レベルにまで減少させること。
・消毒 (disinfection):対象物又は対象物の局所的な部位に生存する微生物を減少させること。
・初期化 (reprocessing):使用する設備や機器を工程が開始できる状態にすること。
・清拭 (wipe away):不織布等を使用した、汚れや粒子などの異物を取り除き、一度取り除いた汚染物質を再付着させない清掃の手段。(Appendix A2参照)
・清浄化(cleanup):製品の品質に影響しうる汚れや粒子などの異物を取り除くことで、次作業の開始時において影響を及ぼさない状態まで、低減させること。
・清掃 (cleaning):汚れや粒子などの異物を取り除くこと。
・チェンジオーバー (changeover):工程を切り替えること。
・微生物 (microorganism):細菌及び真菌を指す。
・飛沫(splashed droplet):液滴を指す。
・拭き上げ (rub away):洗浄剤、不織布等を使用した、バイオフィルム等の固着した汚れや粒子などの異物を取り除く清掃の手段。(Appendix A2参照)
・無菌 (sterile):定められた方法で予め対象とする微生物が検出されないこと。・無菌操作 (aseptic processing):微生物および微粒子を許容レベルに制御するために、供給する空気、原料および資材、構造設備並びに作業者を管理した環境下において無菌製品に対する作業を行うこと。(ISO 13408-1参照)
・無菌的操作 (processing using aseptic technique):外因性の微生物汚染を排除するために、供給する空気、原料および資材、構造設備並びに作業者を管理した環境下において、作業を行うこと。(ISO 18362参照)
・無菌操作等区域 (cell processing area):無菌操作または無菌的操作を行う場所。
・滅菌 (sterilization):全ての種類の微生物を殺滅または除去し、対象物または空間中に微生物がまったく存在しない状態を得ること。
3. チェンジオーバーの基本的考え方
再生医療等製品の製造において、チェンジオーバーを実施する場合は、複数の工程によって無菌操作等区域や製造機器を共有することが、特定の製品の製造において採用できることを、予めリスク評価により確認する必要がある。このとき、チェンジオーバーの採用は、製造対象となる製品の特性を理解し、製品の混同や交叉汚染など、同一の区域で複数の工程を共有する運用による影響、および、インシデントが生じたときの影響について、十分なリスク評価を行ない、各々の品質マネジメントシステムの管理下にて製造を実施できることを前提に、決定されることが求められる。
チェンジオーバーの実施では、その施設で製造される全製品および全工程の特性を理解の上、各工程の実施によって生じるリスクを評価し、次工程に向けて、どのように無菌操作環境を継続的に維持あるいは再構築(回復)すべきかを、工程ごとで決定する必要がある。各施設での無菌操作環境の管理方法(運用手順)や、各工程終了時の課題(リスク評価)は、細胞加工機関ごとで異なる。また、製造品目や生産数により変動が生じることも予想される。従って、無菌操作環境を継続的に維持するには、ケースバイケースにて、どのような方法と手順を実施すべきかを検討し、最終的に実施する手順の妥当性を確保することが求められる。
3.1 再生医療等製品の製造におけるチェンジオーバー
安全キャビネットやアイソレータシステム内を無菌操作等区域として採用し、容器を開放し操作を行う工程の実施を前提とする施設では、清浄化が行われた無菌操作等区域において、無菌操作等区域とその隣接区域の清浄度が適切に管理されることで、無菌操作環境が構築され、工程の開始が可能となる。一般的な無菌操作による工程が実施された場合、工程終了後も清浄度が維持されることが原則であるが、無菌操作等区域での無菌(的)操作には飛沫など細胞加工に依存する残留物という予め想定されるリスクが生じる可能性がある。また、自己細胞由来製品の製造工程では、無菌が保証されない原料等が無菌操作環境に導入される無菌的操作が実施される場合があり、清浄度などが一時的に無菌操作の管理値を外れる可能性が想定される。このため、工程終了時の無菌操作等区域内の残留物の状態と無菌操作等区域とその隣接区域の清浄度管理の状態については、無菌操作環境の継続性を考慮する上で表1のように分類される。
工程終了時に、清浄度が管理値内に維持された状態で、無菌操作等区域内に飛沫等の残留物が生じない場合、無菌操作環境は維持される(A)。残留物が生じても、予め決められた手順により制御が可能な場合も、適切な清浄化手順の実施により、環境の継続性が維持される(B)。このとき、清浄度が管理値を外れたとしても、工程上で想定されたインシデントであれば、清浄化とともに適切な除染・消毒を実施することで環境の継続性が維持される(C)。一方で、残留物のリスクが制御されていない場合や、適切な清浄化手順が構築できない場合では、環境の継続性の維持が不可あるいは困難となる。この場合、無菌操作環境は、初期化を行うことが要求される(D)。
このような工程終了時の状態をふまえ、チェンジオーバーの実施は、無菌操作環境が継続して維持されるか否かで、異なる進めかた(処理方法)が想定される。1つは、表1のDに相当する、工程終了時に無菌操作環境が解除され、次工程の開始前に無菌操作環境を再構築する、初期化を伴う方法。もう1つは、表1のA~Cに相当する、清掃など、無菌操作終了時にリスクに応じた清浄化を行うことで、次工程に必要な無菌操作環境が継続できる方法である。このような、環境の初期化を伴わないチェンジオーバーは、清浄度が維持されており、かつ、残留物によるリスクが次工程で受け入れられることで、採用することが可能となる。現状の再生医療等製品製造においては、無菌操作環境の構築と維持が、必ずしも工程ごとで独立せず、施設の運用開始時に初期化され、一定の期間、継続的に維持される運用が想定されている場合、環境の初期化を伴わないチェンジオーバーの採用が検討される。
【解説】
一般的な無菌操作を伴う製造工程においては、工程開始前に無菌操作を実施できる環境(製造ライン)を構築し、適切な清浄化および除染・消毒により無菌操作環境を構築した後、環境モニタリングの結果による確認を経て製造を開始する。本ガイドラインでは、このような手順の無菌操作環境の構築を「環境の初期化」と定義している。再生医療等製品製造においても、施設の年次点検後の再立ち上げ時などはこの手順が該当すると考える。他方、施設の運用時では、再生医療等製品製造の工程(培地交換、継代など)が細胞の成育に合わせ1日あるいは数日おきに繰り返し実施されるので、無菌操作を実施する無菌操作等区域の無菌操作環境はその間継続的に維持されていることが望ましい。無菌操作等区域で容器を開放して無菌操作を実施する場合、1つの工程終了時に無菌操作環境を継続するには、各工程の作業後に適切な清浄化作業を行い、工程終了時に無菌操作環境が維持されている必要がある。無菌操作環境が維持されるための清浄化手順は、それぞれの工程の作業手順よりリスク評価を実施し、予め適切な手順を構築し、検証が行われていることが要求される。本ガイドラインでは、検証された清浄化手順により無菌操作環境が維持可能な作業後の状態について無菌操作環境の継続性が維持できる、「継続可能」な状態と定義している。
表1.工程終了時における無菌操作環境の継続可能性
3.2 工程実施における無菌操作環境維持の進め方
チェンジオーバーに向けた無菌操作環境の維持は、図1のような運用が求められる。一般的に、1つの工程の終了時において、無菌操作等区域およびその隣接区域の清浄度等が管理値から外れ、かつ、無菌操作環境が継続できない状態ならば、初期化が必要となる。このとき、初期化の清浄化および除染・消毒手順は、リスクが評価できない非管理状態からの、完全な回復(再構築)であり、十分条件の清浄化と、無菌化のための除染・消毒手順を実施することが不可欠となる。また、初期化実施後の微生物清浄度評価については、除染などの予め妥当性評価された工程を除き、環境モニタリング等の事後評価を行った後に合否を判断することが必須となる。また、清浄度が維持されていたとしても、予め定められた手順ではない、動線や操作の不明な想定外の作業により、汚れや微粒子の付着部位や付着量を想定することができない状態では、特定の部位のみを清浄化して対処を行うような、簡易な回復手順を構築することは困難であり、同様に、初期化の実施が必要となる。
上記に対し、本ガイドラインにおける、環境の初期化を伴わないチェンジオーバーでは、原則として、無菌操作等区域とその隣接区域の清浄度が定められた手順を介し継続的に維持が確認できることと、工程に由来し無菌操作等区域に生じるインシデント(残留物)が受け入れられるかで、チェンジオーバーの採否が判断される。インシデント受け入れとは、適切な対処手順を構築し、予めその妥当性を検証することで、無菌操作環境が継続し、次工程に影響を生じさせないことの妥当性が得られるインシデントに限定される。具体的には、無菌操作等区域とその隣接区域の清浄度が継続的に維持されていることが確認された上で、工程から生じた飛沫などの残留物(無菌操作等区域のリスク)が次工程の開始に向けて受け入れ可能なものであれば、無菌操作等区域を維持するための適切な方法と手順を構築することにより、環境の継続性の維持はできる。環境維持のための方法および手順は、実施された工程が予め定められた手順書に従ったものであり、残留物の種類や量、分布する範囲が想定可能なものであれば、構築可能であり、予め方法及び手順の妥当性を検証することで、無菌操作環境を継続的に運用することができる。
図1.工程運用時における無菌操作環境の管理フロー
3.3 環境の初期化を伴わないチェンジオーバー
環境の初期化を伴わないチェンジオーバーの採用は、無菌操作等区域およびその隣接区域の清浄度を継続的に維持することが可能で、無菌操作等区域への残留物リスクが受け入れ可能な場合においてのみ検討ができると考える。想定される残留物が受け入れできないものである場合には、採用は困難である。受け入れ困難な残留物とは、予めリスク評価が実施されていない操作に由来するもので、万一、次工程の製品が触れてしまった場合、その品質に影響を及ぼす可能性が否定できないものを意図する。これらを不活化できる処理が要求されるならば、初期化と同等の評価(回復確認)が求められる。受け入れ可能な残留物については、必要に応じて、適切な清浄化を実施することで対処できる。清浄化の方法(清掃手段)や手順の要求は、工程の終了時における残留物について、次作業の開始時において取り扱う製品に影響を及ぼさない状態まで、低減させていることで達成できる。
上記の要件を満たすとき、環境の初期化を伴わないチェンジオーバーにおける清浄化の要求は、初期化のように製品への影響が未知数の状態から無菌操作環境の回復を求めるものではなく、製品への影響が予め評価された特定の作業に対してのみ交叉汚染を生じさせないレベルまでの低減を実施することで達成が可能である。例えば、無菌操作等区域の床面等、作業者や工程資材が触れる可能性のある表面に付着した工程操作時の飛沫は、次工程においてグローブの手指や工程資材に転写され、その後、別の場所で触れることあるいは落下することで拡散すると想定する。このため、表面に付着した飛沫処理は、グローブの手指や工程資材に転写されないことなど、工程ごとに、想定される範囲と量の飛沫が除去できる手順が構築できていれば、適切な対処手順として妥当性を得られると予想する。このとき、リスクが生じないと判断できる表面への対処は要求されない。安全キャビネットを無菌操作等区域に採用した場合における、飛沫管理の考え方については、Appendix A1を参照のこと。清浄化において、表面に付着した飛沫を除去する清掃の方法と手順の構築については、Appendix A2を参照のこと。また、無菌操作環境の構築時における初期化の考え方については、参考としてAppendix A3に示すので、適宜参照すること。
【解説】
構築された清浄化の手順は、検出可能レベル以下で拡散するリスクは否定できない。従って、定められた手順による清浄化を実施後に、残留し続ける汚染リスクの幅を考慮し、工程ごとで受け入れ可能か否かを判断し、妥当性を推定することが求められる。清浄化手順は、扱う細胞・組織の種類や数量を含む、対象となる製品の工程特性、残留物の種類や量の想定あるいは無菌操作環境の使用頻度や遊休する時間などを考慮して、工程ごとに、リスク評価の結果をもとに、必要な清浄化(拭き上げや清拭等の方法を含む清掃の手順)や、必要に応じて除染または消毒の要否と条件(範囲と頻度)を決定し、適切な手順、適切な間隔にて実施することで、無菌操作環境の継続的な維持を達成できるように決定する必要がある。このとき、清浄度管理におけるインシデント発生は、早期に検出する方法と手順を構築することが重要であり、必要に応じて微生物迅速試験法の採用を検討することも有用である。また、人による作業ミスなどから生じるインシデントについて、できる限り除外できるように努めることや、万一生じた場合の検出の可否等については、リスクの受け入れ可否の判断に不可欠な情報と考える。必要に応じて、予めこれらの対処方法も手順に定めておくことが必要である。
4. 施設の設計要件
再生医療等製品の製造においては、外因性の汚染を防止し、適切な無菌操作環境を構築可能な、施設(構造設備・機器)と、それに合わせた運用体制(組織)が必要である。
4.1 無菌操作環境の構築
製造においては、適切な無菌操作環境を実現できる構造設備・機器が整えられていること。その上で、適切に工程が開始できる無菌操作環境が構築されていること。構造設備の設計においては、外因性の微生物が混入しない運用手順に対応していること。
4.2 清浄化および除染・消毒対応構造
工程における、一連の細胞・組織加工作業の後に、飛沫等、残留物の付着が想定される場所や培養容器の破損、損傷などにより培養液が飛散する可能性のある場所は、清浄化のための適切な清掃ができる構造、材質であること。また、除染・消毒ができる構造、材質であること。
4.3 環境管理方法の設定
無菌操作環境を継続的に維持するため、工程終了時に清浄度(微粒子・微生物)が維持されていることの確認方法(モニタリング方法、管理値等)を設定しておくこと。また、外因性の汚染が発生した際に、速やかな検出と適切な対応(原因究明、再発防止措置等)が実施できる体制を構築しておくこと。
5. 無菌操作環境を継続的に維持する手順の妥当性確認
無菌操作環境の継続的な維持を行うために設定した清浄化に係る方法および手順について、要求された効果が期待できること、および、妥当性を有することの確認を行うこと。
6. 環境の初期化を伴わないチェンジオーバーにおける交叉汚染防止の要件
無菌操作等区域において、容器を開放し、無菌操作を伴う工程を実施する場合、チェンジオーバーの設計時および実施時においては、製品の品質確保のため、特に、交叉汚染の防止について留意する必要がある。
6.1 設計
1) 同一の無菌操作等区域において、同時に複数の工程を行わないこと。
2) 工程の作業手順は、無菌操作等区域への機器、工程資材の持ち込みを最小限とするように設計すること。
3) 工程中に生じる残留リスクを最小限とするように手順を設計し、飛沫等の残留物が有る場合は、リスクに応じて、適切に清浄化の方法および手順を設定すること。
4) 清浄化の手順は、無菌操作環境の形状やそれに伴う気流を考慮し、工程ごとに作業の特性および手順を分析し、作業中に生じる残留物が次作業に及ぼす影響についてリスク評価を行い、適切な方法と手順を構築すること。手順は定期的に見直し、必要に応じて是正・予防すること。
5) 安全キャビネットやアイソレータ内の壁や床面を清浄化する場合は、適切な清浄剤を選択し、拭き上げと清拭の手段を適切に組み合わせることで、無菌(的)操作時に付着した汚れや微粒子に対して、妥当性のある清掃方法を構築し、手順化すること。
6) 除染剤は無菌が保証されたものを使用し、化学物質等の残留リスクが想定される場合は予め残留の評価を行い、必要に応じて除去手順の検証を行うこと。
7) 無菌操作等区域とその隣接区域の清浄度管理方法を決定すること。清浄度が管理値を外れたときの対処方法について、予め工程ごとに定めておくこと。
6.2 実施
1) 工程において、無菌操作等区域に飛沫等の残留物が付着した場合、予め決められた手順に従い、適切な清浄化を実施すること。
2) 工程終了後は、無菌操作等区域内の全ての物(機器、原料、工程資材)を取り出し、汚染物として処理すること。未使用の工程資材は、飛沫等の付着による交叉汚染の可能性があるため、原則として廃棄すること。機器を再使用する場合は、適切な洗浄手順および滅菌あるいは除染処置を講ずること。洗浄手順は必要に応じて妥当性を確認すること。
3) 無菌(的)操作終了後における、必要に応じた清浄化は、予め承認された手順書に従って実施すること。
4) 無菌(的)操作終了後に培養容器をインキュベータに戻す際、インキュベータ内にある他工程の容器や、必要以外の部位に触れないこと。
5) 無菌(的)操作終了後、飛沫等が付着する可能性のある手袋、無塵衣は原則として工程終了時に汚染物として扱う。再使用を行う際には、予め決められた手順に従い適切な清浄化を実施すること。
6) 工程中に培養液等をこぼした場合は、予め決められた手順に従い、処理を進めること。
無菌操作環境の回復を行う場合は、予め定められた手順により、清浄化および除染・消毒を実施すること。
7. 作業者への教育訓練
一般的な無菌(的)操作技術、微生物に関する基礎知識、施設の構造設備、衛生管理、再生医療等製品の製造工程に関する教育は、製造施設に入退室する全ての作業者に実施する必要がある。
製造においては、製品の混同や交叉汚染を確実に防止するために、本ガイドラインに基づいて定めたチェンジオーバーを適切に行うための遵守すべき手順書、基準について、必要な教育訓練等の措置を継続的に講じること。
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