7. 参考規格等
・再生医療等製品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令(平成 26 年 8 月 6 日厚生労働省令第 93 号)
・再生医療等製品の無菌製造法に関する指針(平成 23 年 4 月 20 日厚生労働省事務連絡)
・無菌操作法による無菌医薬品の製造に関する指針(平成 23 年 11 月 28 日厚生労働省事務連絡)
・ISO13408-1 ヘルスケア製品の無菌操作-第 1 部:一般要求事項
・ISO13408-7 ヘルスケア製品の無菌操作-第 7 部:医療機器及び複合製品の代替プロセス
・ISO18362 細胞ベースのヘルスケア製品の製造―操作中の微生物リスクの管理
・品質リスクマネジメントに関するガイドライン(平成 18 年 9 月 1 日厚生労働省薬食審査発第 0901004 号/薬食監麻発第 0901005 号)
・再生医療等製品(遺伝子治療用製品を除く)の製造におけるチェンジオーバーに関するガイドライン2019(手引き)(令和元年 12 月)
・再生医療等製品(遺伝子治療用製品を除く)の製造装置についての設計ガイドライン2
021(手引き)(令和 3 年 8 月)
Appendix
A1. 細胞製造性【工程設計】
A1.1 細胞製造性とは
生きた細胞を製品とする再生医療等製品の製造を安定化させるためには、細胞製造性を考慮した製造工程を構築する必要がある。細胞製造性とは、「生物学的見地と工学的見地を理解し橋渡しした工程による、細胞の製造に対する可能性」と定義されている1)。すなわち、細胞製造性を考慮するとは、細胞側が受ける生物学的な反応に対する、操作側が施す工学的なパラメータをそれぞれ理解した上で、それらを結びつけることが重要となる。
A1.2 細胞製造性を考慮した製造工程構築における設備設計
再生医療等製品の製造では、図 A1.1 に示すように、原料細胞を含む原料等を入力として、製造工程を通して、最終製品を出力とした際に、工程および製品の安定性を損なう変動を考慮したシステムを構築する必要がある。適切なシステムを構築するためには、その運用を含む設備設計は、無菌医薬品製造と同様に、製造工程に対する外乱(外因性の汚染)による影響を制御できることが前提となる。この時、製造工程に対する原料等の受け入れおよび導入では、ユーザー側が予め設定した規格を満たすものが受け入れ可能となるようにするとともに、導入時に外因性の汚染が混入しないように留意する必要がある。
製造工程は、原料であり製品である細胞が不確定であり、評価が困難であるため、堅牢かつ再現性が高い手順でなければならない。この時、細胞製造性における重要な点として、内なる乱れを考量する要求が生じる。細胞は、自らが反応に依存する変化を逐次的に引き起こすことで、プロセスに内部的なバラツキを生じさせる。具体的には、時間に依存してその性質を変化させ(時間依存性)、変化時においては、表現型として提示されるまでに反応開始時点から時間がかかること(時間遅発性)があげられる。加えて、作業者側の視点では、目的細胞が得られたかの判定は、検出開始から結果が出るまでのタイムラグが存在する(時間遅延性)。多くの製造では、製造期間が長期かつ複数の一連の工程群を関連付けて実施する為、内なる乱れが累積することで製品品質の変動によるバラツキが助長すると考えられる。また、工程群はこれらの変動と結びついているために、個別に解析・代替することが難しい。工程手順に関わる設備設計時においては、これらの特性を理解し、変動を最小化することや、変動の互換性を確保することが要求される。
図 A1.1 細胞製造における種々の変動の概念図
A1.3 参考文献
1) Kino-oka M., Mizutani M., Medcalf N. Cell manufacturability. Cell Gene Therapyinsights 2019
A2. アイソレータシステム
A2.1 アイソレータの歴史的経緯
ISOLATOR TECHNOLOGY1) によれば、アイソレータ技術は 1957 年に英国の原子力プラントでハザード物質を扱うアイソレータから始まったものとされる。日本では、1994 年頃より無菌製剤の組み立て用として国内製薬に導入され、現在では多くの企業に採用されている。規制当局によるアイソレータのガイドラインとしては、1997 年 EU-GMP2)の Annex、 2004 年 FDA c-GMP3)に記載されている。これらの流れから、各国のガイドラインに収載されるようになり、多くの団体によるアイソレータを含めたバリアシステムに関するカンファレンスが活発に行われるようになった。さて、国際標準では ISO13408-6 は ISO/TC198 WG9 で討議され 2005 年に初版を発行し、途中小規模な改訂を挟み 2020 年に大幅な改訂が行われ、正式発行直前となっている。各国のガイドラインと ISO13408-6 の最も大きな違いは Isolator と Isolator systems を明確に区別していることである。本章では ISO の国際標準の会議で合意された事項を中心にアイソレータシステムについて説明する。
ISO13408-6 と各国のガイドラインにおけるアイソレータの定義を記載する。
(1)ISO13408-6 (ISO FDIS 13408-6)4)
・isolator
<aseptic processing> enclosure capable of preventing ingress of contaminants by means of physical separation of the interior from the exterior that is capable of being subject to reproducible interior biodecontamination and where operators always remain separated from the interior of the enclosure by means of an absolute physical barrier.
Note 1 to entry: If containment requirements apply (i.e. aseptic processing of hazardous materials) egress also has to be prevented.
[SOURCE: ISO 11139:2018, 3.149]
・isolator system isolator (3.4) with transfer system(s), and ancillary isolator equipment (3.1) [SOURCE: ISO 11139:2018, 3.150]
(2) 無菌操作法による無菌医薬品の製造に関する指針アイソレータ(isolator): 環境及び職員の直接介入から物理的に完全に隔離された無菌操作区域を有する装置であって,除染した後に HEPA フィルター又は ULPA フィルター(ultra low penetration air filter)によりろ過した空気を供給し,外部環境からの汚染の危険性を防ぎながら連続して使用することができる装置をいう.
(3) PIC/S Annex 1 (glossary)
Isolator – A decontaminated unit, with an internal work zone meeting Grade A conditions that provides uncompromised, continuous isolation of its interior from the external environment (e.g. surrounding cleanroom air and personnel). There are two major types of isolators
i. Closed isolator systems exclude external contamination of the isolator’s interior by accomplishing material transfer via aseptic connection to auxiliary equipment, rather than use of openings to the surrounding environment. Closed systems remain sealed throughout operations.
ii. Open isolator systems are designed to allow for the continuous or semi-continuous ingress and/or egress of materials during operations through one or more openings. Openings are engineered (e.g. using continuous overpressure) to exclude the entry of external contaminant into the isolator.
A2.2 国際標準におけるアイソレータシステムの合意
各ガイドラインにおける定義は記載通りであるが、アイソレータとアイソレータシステムを明確に区別しているのは、ISO 文書だけであり、ISO 国際会議での各国のコンセンサスとしては以下の通りとなる。
①アイソレータシステムはアイソレータを含むものであり、アイソレータとそれに付随する周辺装置(例:除染装置や空調装置、その他の補助装置)を組み込むことによって、アイソレータシステムとして機能する。アイソレータシステムにより、アイソレータ内の重要なプロセスゾーンが保護される。
②アイソレータシステムは”open”や”closed” のアイソレータシステム の選択、アイソレータインターフェース、周辺環境などを QRM(Quality risk management)により全ての構成要素について汚染制御と製品に関連したリスクを評価すべきである。
この国際標準における「アイソレータ」の定義は「再現性のある除染を行うことができ、外部から内部を物理的に隔離することで汚染物侵入を防止することができるもので、絶対的な物理的障壁によりオペレータが内部から常に隔離された囲い.」とされ、日本のガイドラインを含めて多くのガイドラインと大差ない記述となった。また、「アイソレータシステム」の定義については、「移送装置やアイソレータの補助装置が付属したアイソレータ」として正式に合意した。
A2.3 国際標準におけるアイソレータシステムの基本原則
形式知または暗黙知として蓋然的に理解されていたアイソレータシステムの主な基本原則として、以下の事項が標準文書として記述された。
①アイソレータシステムを出入りする物質はアイソレータ内の管理された環境の品質を維持するうえで主要なリスクであり、アイソレータへの物質の出入りは管理された移送装置を経由して微生物的除染を行う必要がある。
②アイソレータシステムはその構成と運用によりオープンアイソレータシステム / クローズドアイソレータシステムに分類され、オープンアイソレータシステムは気流のバリアにより周辺環境と分離し、クローズドアイソレータシステムは物理的なバリアにより周辺環境と分離する。
③製品への直接接触面は滅菌されていなければならず、オペレータは物理的なバリア(グローブなど)を介してアイソレータ内へアクセスする必要がある。
アイソレータシステムの基本概念図として図 A2.1 を添付する。この基本概念図は日本より提案し、国際合意された、経済産業省支援事業「平成 29 年度戦略的国際標準化加速事業:再生医療製品の製造に対して有効なフレキシブルモジュラープラットホームの要となる無菌接続インターフェースに関する国際標準化」及び「再生医療の産業化に向けた細胞製造・加工システムの開発/ヒト多能性幹細胞由来の再生医療製品製造システムの開発(心筋・神経・網膜色素上皮・肝細胞)」の成果である。図中の 2 種類のトランスファーポートは、無菌接続インターフェースを国際標準として表したものである。
図 A2.1 アイソレータシステム 定義と気流や物の流れを示した基本原則図 5), 6)
A2.4 参考文献
1) Carmen M. Wagner, James E. Akers. ISOLATOR TECHNOLOGY: Applications in the
Pharmaceutical and Biotechnology Industries. Interpharm Press, Inc. 1995
2) EU-GMP: EU Guide to Good Manufacturing Practice 1997
3) FDA: Sterile Drug Products Produced by Aseptic processing 2004
4) ISO: ISO/FDIS 13408-6 Aseptic processing of health care products —Part 6: Isolator systems
5) 経済産業省: 無菌接続インターフェース設計ガイドライン 2012
6) 経済産業省支援事業「平成 29 年度戦略的国際標準化加速事業:再生医療製品の製造に対して有効なフレキシブルモジュラープラットホームの要となる無菌接続インターフェースに関する国際標準化」
A3. 設備設計の考え方と凡例
A3.1 設備設計の考え方
「再生医療等製品の無菌製造法に関する指針」1)では構造設備は、作業所における製造に必要な環境を維持するための建築物や設備とされている。再生医療等製品の製造を行うための設備は、外因性の汚染を防止して無菌性を担保し、安全性や品質を確保できるように設計する必要があり、外部からの汚染防止、交叉汚染防止、取り違え防止を実現するために、清浄度区分管理、ヒトと物の動線管理、室圧管理、風向管理、更衣管理、換気回数管理などを考慮し、無菌操作等区域を構成する設備の特性に応じて設計する必要がある。容器を
開放して無菌操作を行う筐体密閉型の設備に求められる基本要求は次の通りである。
(1)清浄度区分管理
GCTP 省令では、清浄度の考え方として定量的な清浄度区分(グレード A~D 等)は設定されておらず、再生医療等製品の製造性を考慮して適用区域(無菌操作等区域、清浄度管理区域)を規定することとなっている。但し、「再生医療等製品の無菌製造法に関する指針」
1)には、無菌操作等区域は、微生物及び微粒子を許容レベル以下に制御するために、供給する空気、原料等及び工程資材、設備並びに職員を高度に管理した環境であるため、その清浄度レベルは「無菌操作法による無菌医薬品の製造に関する指針」2)で規定されているグレード A にすることが記載されている(表 A3.1)。また、清浄度管理区域は役割に応じた清浄度レベルが要求されるため、作業内容に適したグレード D 以上の清浄度レベルを設定することが記載されている。
表 A3.1 清浄区域の分類(出典:無菌操作法による無菌医薬品の製造に関する指針 2))
清浄度管理区域の清浄度レベルは、無菌操作等区域に隣接する区域か隣接しない区域か、また無菌操作等区域に隣接する区域においては、無菌操作等区域を構成する設備の特性に応じて適切に設定する必要がある。無菌操作等区域を構成する設備は、現状の技術レベルにおいて次のような大分類が考えられる。
①開放式製造装置(例:安全キャビネット、RABS 等)
②閉止式製造装置(例:アイソレータシステム)
③閉鎖式製造装置(例:容器密閉型自動培養加工装置)
無菌操作等区域を構成する設備に隣接する清浄度管理区域の清浄度レベルは、設備の仕様に応じて適切に設定する必要がある。また、その周辺の清浄度レベルを段階的に設定することにより、無菌操作等区域の清浄度レベルを担保するように設備を設計する必要がある。今後の技術開発の進展に伴い、無菌操作等区域を構成する新しい設備が提案された場合でも、清浄度レベルを担保する方法に関しては基本的に同様の考え方とすることが望ましい。
(2) ヒトと物の動線管理
交叉汚染防止や取り違え防止のために、ヒトと物の動線は極力一方通行とすることが望ましい。構造的に一方通行とすることが難しい場合は、作業に時間差を設けるなど運用管理により対応する。ヒトと物の動線は分けることが望ましく、搬入出の多い動線は最短になるように配置することが望ましい。
(3) 室圧管理
外部から室内への汚染を抑えるために室圧を管理する必要がある。清浄度の高い部屋の室圧を隣接する部屋の室圧より高くすることで清浄度を維持する。封じ込めを行う必要がある場合は、対象の部屋の室圧を隣接する部屋の室圧より低くすると同時に外部汚染を防止できるように室圧調整可能な機器やシステムを設定する。いずれの場合も、室圧に逸脱がないことを確認するためにモニタリングを行う。
(4) 風向管理
HEPA フィルターを通った清浄空気は天井から吹き出し、側壁などから吸い込むことで一方向気流を作ることができる。風上側には高い清浄度が求められる製造設備を設置し、風下側にはエアロゾル等を発生しやすい製造設備を設置する。
(5) 更衣管理
更衣室を適切な場所に設置して差圧管理を行う。無菌操作等区域に隣接する清浄度管理区域の室圧を高く設定することで無菌操作等区域の清浄度を保持する。入退出においては、着衣室と脱衣室は別々に設置することが望ましい。
(6) 換気回数管理
ヒトは最大の汚染源であり、無塵衣を着用していても微粒子の放出を防止することは難しい。よって、部屋の空気を 1 時間当たり適切な回数だけ HEPA フィルターを通過させて清浄化する必要がある。再生医療等製品の無菌製造法に関する指針 1)では、グレード B の部屋では 30 回/h、グレード C の部屋では 20 回/h を確保することが望ましいとされている。
A3.2 設備設計の凡例
無菌操作等区域を構成する設備の種類(A4.1(1))に応じて作業所を構成する設備の凡例を示す。
① 開放式製造装置(安全キャビネット、RABS 等)
設備において開放式製造装置は安全キャビネットや RABS 等がある。開放式製造装置(安全キャビネット)の清浄度区分の凡例を図 A3.1 に示す。安全キャビネットは開放部があり周辺環境の状況に内部の清浄度が影響を受けるため、無菌操作等区域が設置されている清浄度管理区域の清浄度はグレード B とする必要がある。このグレード B の清浄度を維持するために隣接する部屋の清浄度をグレード C としており、さらにその周辺の清浄度をグレード D として段階的に清浄度を設定することで無菌操作等区域のグレード A を担保している。
ヒトの動線の凡例を図 A3.2 に示す。一次更衣室、二次更衣室で更衣を行い、エアーロック室を通って入室し、退出はエアーロック室を通って、脱衣室で脱衣を行って退出することにより一方通行を実現している。物の動線の凡例を図 A3.3 に示す。原料や工程資材等はパスボックスを経由して細胞調製室へ搬入する。再生医療等製品や廃棄物は対面のパスボックスから搬出することで一方通行を実現している。
差圧管理、空気の流れの凡例を図 A3.4 に示す。再生医療等製品の品質を確保するためには、清浄度を管理して外因性の汚染リスクを抑制する必要がある。そのために隣接する部屋の間に差圧を設け空気の流れを一方向に管理する。二次更衣室から細胞調製室への空気の直接的な流入を防ぐためエアーロック室(AL)を設けており、エアーロック室の差圧を最も高く設定している。
図 A3.1 開放式製造装置(安全キャビネット)(清浄度区分)
図 A3.2 開放式製造装置(安全キャビネット)(ヒトの動線)
図 A3.3 開放式製造装置(安全キャビネット)(物の動線)
図 A3.4 開放式製造装置(安全キャビネット)(差圧管理、空気の流れ)
②閉止式製造装置(アイソレータシステム)
アイソレータシステムは物理的に隔絶されておりグローブを介して間接的に無菌操作等区域に介入する構造であるため、設置されている清浄度管理区域の清浄度はグレード D 以上を加工作業の仕様に応じて適切に設定する必要がある。炭酸ガスインキュベータ等の製造設備がグレード A 内に設置されている場合は、清浄度管理区域の清浄度はグレード D に設定することができる(図 A3.5)。製造設備がグレード A 内に設置されておらず、培養容器が清浄度管理区域を経由してグレード A と製造設備(炭酸ガスインキュベータ等)の間を往復する場合は、清浄度管理区域の清浄度はグレード C 以上に設定することが望ましい(図 A3.6)。ヒトの動線、物の動線、差圧管理・空気の流れのそれぞれの凡例は開放式製造装置(安全キャビネット)と同様となる(図 A3.2、図 A3.3、図 A3.4)。
図 A3.5 閉止式製造装置(アイソレータシステム)(清浄度管理区域(グレード D))
図 A3.6 閉止式製造装置(アイソレータシステム)(清浄度管理区域(グレード C))
② 閉鎖式製造装置(容器密閉型自動培養加工装置)
無菌操作等区域に直接的、間接的にヒトが介入しないバッグやチューブで構成された容器密閉型の自動培養加工装置などの閉鎖式製造装置の場合は、設置されている清浄度管理区域の清浄度はグレード D 以上を適切に設定することができる(図 A3.7)。
ヒトの動線、物の動線、差圧管理・空気の流れのそれぞれの凡例は開放式製造装置(安全キャビネット)と同様となる(図 A3.2、図 A3.3、図 A3.4)。
図 A3.7 閉鎖式製造装置(容器密閉型自動培養加工装置)
(清浄度管理区域(グレード D))
A3.3 参考文献
1) 再生医療等製品の無菌製造法に関する指針
2)「無菌操作法による無菌医薬品の製造に関する指針」の改訂について
A4. 作業室の除染
A4.1 一般要件
除染の定義としては「空間や作業室を含む構造設備に生存する微生物をあらかじめ指定された菌数レベルまで減少させる」とされている。アイソレータや RABS(Restricted Access Barrier System)などでは除染が一般的になってきているが、清浄度管理区域を中心としたヒトの介在の有る比較的広い空間においても部屋の除染等として区域の除染が行われるようになっている。区域の除染は、環境維持操作の一つであり、無菌操作を開始する際の初期化に用いられることもある。従って、空間の広さや構造物の有無にかかわらず微生物の減少には一定の効果を示さなくてはならない。除染は除染剤の性質により空間が広くなるほど効果を一定に保つことが難しい。また、効果に注視しすぎるとヒトや物への影響が大きくなる。そのため以下を必ず実施する必要がある。
①区域や構造物に応じた効果的な除染システムを確立すること
②有効性については定期的に検証すること
③ヒトや製品への安全性は常に検証すること
A4.2 除染システム
区域の除染はグレード B、C などの清浄度管理区域を対象として実施される。また、安全キャビネットなどの開放式の無菌操作等区域を設置している場合には同時に実施することもある。比較的大きな空間ならびに構造物が存在している状況下で想定する結果を安定して得るためには、除染剤の性質、発生器の位置や気流など詳細に定め、評価検証により構築しなくてはいけない。除染システム構築までの流れの例を以下に示す。
①除染対象の区域(空間体積)を定める。
②設備の規格、広さ、構造物の状況を把握する。
③除染効果の評価基準を設ける。
④除染剤を選定する。
⑤1)~4)の条件に合わせ除染剤発生位置を設定する。
⑥除染剤を対象範囲全体に拡散させるために送風機の位置を決める。
⑦バイオロジカルインジケーター(BI)を複数個所に設置し除染検証を 3 回以上繰り返す。
仕様設計時にはケミカルインジケーター(CI)なども活用することを推奨する。
⑧構築した除染プロセスのバリデーションを行う。
⑨区域や構造物に追加など変化があった場合には除染プロセスの見直しを行う。
⑩除染に関わる作業者には適切な教育を実施する。
※区域の除染は除染剤の特性によりアイソレータなどの空間に比べて非常に複雑である。除染剤によっては温度や湿度条件が僅かに異なっただけで想定した除染が確立できないことも多いため、システム確立には十分な注意を払わなくてはならない。
A4.3 除染剤と除染法
現在汎用的に使用されている除染剤と除染法を以下に示す。これらに使用されている除染剤の多くが強力な酸化力により微生物を死滅させる作用機序を利用している。そのため、設備に使用される材質に対しては事前に適合性の評価が必要となる。ここに示した除染剤・除染法以外でも、その有効性とヒトや製品への安全性が確認された除染剤は使用することができる。除染剤によっては再生医療等製品に対して影響を及ぼす可能性のあるものも存在することから除染剤選定や仕様設計の際には十分な注意を払う必要がある。以下、除染剤の事例を示す。
(1)過酸化水素
過酸化水素水を加熱することにより蒸発させ拡散し除染を行う。物理的な刺激を受けた過酸化水素が特有の酸化力により微生物を死滅させる方法である。除染後の過酸化水素は速やかに水と酸素に分解されるため安全性が高いとされている。過酸化水素は水に非常に溶け込みやすい性質を有しているため、水気の存在する環境での使用は注意しなくてはならない。また、分解速度も他の除染剤と比較すると早いため大空間や複雑な構造物の存在下では発生器の位置や気流の調整が非常に重要になる。
(2) 過酢酸(過酢酸製剤)
過酢酸水溶液と過酸化水素などの補助剤を混合した製剤をミスト状にして噴霧し拡散させることで除染を行う。過酢酸が揮発化される際に生じる強力な酸化力により微生物を死滅させる方法である。除染後は水と酢酸に分解され安全性が高いとされている。過酢酸だけでは分解が早く広範囲の除染には対応できないが、製剤にすることにより過酸化水素が可逆的な役割を果たし広範囲に酸化力のある状態で拡散することが可能となる。噴霧器により強制的に除染剤を拡散させるため湿度が上がりやすくなる。除染時に結露が発生すると腐食や変色の起こしやすくなるため十分な湿度コントロールが必要となる。
(3) 二酸化塩素
亜塩素酸ナトリウムと塩酸を混合させるなどの化学反応により二酸化塩素ガスを発生させ拡散させることで除染を行う。常温で気体であり二酸化塩素自体の強力な酸化力により微生物を死滅させる方法である。常温で安定したガスの性質から気中拡散性に優れ、大空間、複雑な構造物、HEPA フィルターの透過などでは有効である。しかし、拡散性が良いため設備構造の僅かな隙間からも外部に漏洩するため設備の事前調査は不可欠となる。
※使用する除染剤によっては、気中濃度、温度、湿度(絶対、相対)、気流、接触時間等の条件設定が複雑となるため専門的な知見を有すると認められた者の下、実施することが望まれる。また、自らで実施が困難と判断された場合には除染システムの構築を含め専門家へ委託することを推奨する。
A4.4 評価法
区域の除染の場合、一般的にはバイオロジカルインジケーター(BI)を用いて除染効果の評価を行う。評価基準として日本薬局方参考情報では無菌操作等区域内(アイソレータなど)の場合指標菌である芽胞の 6 Log 以上減少、清浄度管理区域などの作業室では芽胞の 3 Log 以上減少としている。しかし、日常的な清掃や定期的なサニテーションなどにより汚染リスクが低いと判断された場合にはリスクベースで評価基準を自ら設定することができる。バイオロジカルインジケーター(BI)は培養法により、生残菌の有無を確認する方法が一般的である。また、培養法以外に同等以上の評価が可能な方法であれば使用することができる(微生物迅速法など)。バイオロジカルインジケーターの評価において○Log 以上減少と全数死滅とは意味が異なる。例えば、103 CFU のバイオロジカルインジケーターを用いて指標菌の芽胞が 3 Log 以上減少することを実証する場合,除染後のバイオロジカルインジケーターを全数死滅させることが要件ではない 1 か所に複数のバイオロジカルインジケーター(BI)を設置することにより統計学的解析手法を用いることも可能である。定期的に実施される除染プロセスにおいてバリデーションで想定する結果が常に得られると判断された場合には必要なパラメータの監視を行うことによりバイオロジカルインジケーター(BI)での評価を省略することも可能である。その場合バイオロジカルインジケーター(BI)を用いた定期的な検証は必須である。また、バイオロジカルインジケーター(BI)以外にも同等の評価が可能と判断された高精度のケミカルインジケーター(CI)の採用を検討してもよい。
A4.5 留意事項
①除染は空間に蒸散や噴霧などにより拡散させるため、空気中の微生物を対象としているように思われがちだが、主に空間や設備の表面に存在する微生物を対象としており物理的に拭き上げや清拭による消毒では困難な場所に対して効果的に消毒を行う方法である。
②除染を行う際には工程において発生した飛沫や、たんぱく質や油分などの汚れを事前に清浄化することが前提となる。常にドライな環境が維持されており日常の清掃や、定期的なサニテーションにより飛沫や汚れのリスクは低いと判断された場合はその限りではない。
③区域除染では除染剤により除染機器が複雑に構築されているものが存在する。除染対象エリアに外部から持ち込む際には現在の状態よりも微生物汚染を拡散させてしまう恐れがあることから適切な処置をとって持ち込む必要がある。 |