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4.用語の定義
本評価指標における用語の定義は、平成 24 年 9 月 7 日付け薬食発 0907 第 4 号厚生労働省医薬食品局長通知「ヒト(自己)iPS(様)細胞加工医薬品等の品質及び安全性の確保について」の定義による他、以下のとおりとする。
(1) 網膜色素上皮細胞:網膜 10 層の最外層。単層上皮細胞で、視細胞貪食や視物質(レチナールなど)再生能を持ち、血液網膜関門を構成する。加齢黄斑変性の主病巣。
(2) 視細胞:網膜を構成する細胞の1つ。光受容体と言われ、光エネルギーを電気エネルギーに変換する。神経網膜の最外層に位置し、外節と呼ばれる先端部は、網膜色素上皮に恒常的に貪食され、新しいものと入れ替わっている。
(3) 貪食能:網膜色素上皮細胞はマクロファージ等と同様に、異物(細菌や細胞の残骸など)を自身の細胞体内に取り込み消化する能力を持っている。正常状態では視細胞の先端を恒常的に取り込んでいる。
(4) バリア機能:網膜色素上皮細胞では細胞間が接着構造で結合しており、物質が自由に移動できない構造となっている。この機能をバリア機能という。
(5) 細胞シート:細胞が集合してシート状の形態を呈しているものをいう。
(6) 網膜下移植:網膜下腔(感覚網膜と網膜色素上皮細胞の間)に意図的にスペースを作成し、組織や器具などを挿入する手術治療をいう。
(7) 滲出性病巣:加齢黄斑変性で脈絡膜新生血管が生じた病態。網膜下に貯留した浸
出液や新生血管組織により、網膜の構造が乱れ、急速に高度な視力低下を呈する。
(8) 眼底検査:眼球の前方から瞳孔を通して眼底に光を入れ、倒像鏡・直像鏡・前置レンズなどを用いて網膜・脈絡膜の変化を観察する検査。
(9) 造影検査:静脈内に蛍光物質(フルオレセイン)を投与したのち、蛍光専用のカメラで眼底を観察、撮影する検査。眼底の血行動態やバリア機能の評価、新生血管の検出ができる。
(10) 網膜断層検査:OCT (optical coherence tomography)と呼ばれる、生体網膜を断層面で観察できる検査。脈絡膜新生血管、網膜剥離などの検出に優れる。
(11) 網膜感度検査:網膜上に小さな光を投射し、一点一点の明るさを変化させることで被検者が見える範囲を調べる検査。マイクロペリメトリーや静的量的視野測定などがある。
5.評価に当たって留意すべき事項
(1)製品の品質管理
①網膜色素上皮細胞としての品質規格設定のための特性解析項目a)形状確認
位相差顕微鏡観察等により、網膜色素上皮細胞特有の細胞形態(例えば茶褐色の色素、多角形・敷石状細胞形態など)が観察されることを確認する。
b)網膜色素上皮細胞に特徴的な遺伝子の発現確認
網膜色素上皮関連遺伝子(RPE65, CRALBP, MERTK, BEST1 など)が発現していることを確認する。
c)純度確認
RPE65、ベストロフィン、PAX6 などの複数抗体を用いた免疫染色により判断する。あるいは関連遺伝子を確認して純化培養をしたもので、特徴的な形態をもつ細胞ではほぼ色素含有細胞は網膜色素上皮と考えられるため、画像処理な
どで客観的に数値化して有色素細胞数を判定し純度の確認を行うこともできる。d)未分化細胞が混在していないことの確認
未分化細胞の混在については、文献的には、未分化マーカーの免疫染色(Oct3/4, Sox2, TRA-1-60)によるフローサイトメトリーによる解析、定量 RT(Reverse Transcription)-PCR によるマーカー遺伝子の定量(one step 45 サイクル定量等による OCT3/4, Nanog, Lin28 などの遺伝子発現量の評価)などが報告されている。この中で特に Lin28 の遺伝子定量解析は、未分化細胞に対する特異性が高くかつ高感度であり、一般的に評価方法として代表的に用いることができる(参考資料 1)。
なお、iPS 未分化細胞の混在と造腫瘍性については必ずしも相関しないものであり、造腫瘍性試験に関しては非臨床試験の項目を参照のこと。
e)機能評価
治療用途に整合性のある網膜色素上皮細胞としての機能特性をもつことを、製造工程中に確認する。一般的な検査としては例えば以下のようなものがある。
・貪食能 (蛍光ラベルを行った視細胞外節や蛍光ビーズなどを培養液に添加して細胞へのとりこみ状態をフローサイトメトリー等を用いて評価する)
・増殖因子分泌能 (VEGF (vascular endothelial growth factor), PEDF
(Pigment epithelium-derived factor) な ど の 分 泌 量 を ELISA
(Enzyme-Linked ImmunoSorbent Assay)で測定する)
②網膜色素上皮細胞シートとしての品質規格設定のための特性解析項目
網膜色素上皮細胞シートとしての特性を解析する場合は、以下のように形状確認、力学的適合性、機能特性について評価を行い、シート作製方法としての製造工程の妥当性についても明らかにしておく。
a)形状確認として、シートの組織切片の作製、または共焦点顕微鏡での3次元観察等により、細胞がシートを形成していることを確認する。
b)力学的適合性として、剥離、移植片としての準備まで行い、細胞シートとしての破損の有無などを確認する。
c)機能特性(バリア機能)評価として、免疫染色(ZO-1 染色)などバリア機能との相関が報告されている適切なマーカーの発現解析、または経上皮電気抵抗
値(TEER;Trans Epithelial Electrical Resistance)の計測等を行う。
(2)非臨床試験
①造腫瘍性試験
製造工程の妥当性の検証として、同じ方法で作製した同じ品質基準を満たす最終製品について可能であれば別個体より得られた3ライン以上を用い、免疫不全動物を利用した検出感度が既知の試験系を用いて一定数以上の局所(網膜下あるいは皮下)における造腫瘍性の評価を行うことが有用である。必要に応じ、科学的妥当性があると考えられる場合は軟寒天培地法や核型分析などで総合的に解析する。ただし、これらの造腫瘍性の検討に関しては、今後の臨床応用でのデータの蓄積に応じ見直しが必要となる可能性もある。
なお、造腫瘍性試験を含む非臨床安全性に関する一般的な考え方として、最終製品の安全性と原材料(iPS 細胞)の安全性は原則区別されるものである。自己 iPS 細胞などに由来する網膜色素上皮細胞の非臨床試験全般について、網膜色素上皮細胞は機能的に成熟したものを用いるため、この評価指標に示す網膜色素上皮細胞の評価に当たって留意すべき事項に対し十分な検討がなされ特性が明らかにされている場合には、個体やライン、製造方法の軽微な変更に関わらず、非臨床安全性において最終製品を同等とみなせる可能性がある。
②効力又は性能を裏付ける試験
網膜色素上皮移植については、ほぼ機能的に成熟した状態の細胞を移植することになるので、原則、RCS ラット(Royal College of Surgeons rat)など網膜色素上皮機能不全動物モデル網膜下に移植を行い、網膜色素上皮細胞としての網膜保護効果を確認する。
③その他
シート挿入などで特別な手技を必要とする場合、手技的な安全性の確認、及びその手技を用いての移植後の局所における短期間での反応など、臨床応用において必要かつ科学的に妥当と思われる項目については、中、大型動物での確認を行う事が望ましい。
(3)臨床試験(治験)
①適応
網膜色素上皮等の障害のある疾患
加齢黄斑変性、変性近視、スターガルト、外傷、網膜色素変性、など。
②全身モニタリング項目
移植後に眼以外に腫瘍が発見された時にそれが移植細胞に由来するものかどうか判断するために、術前に、必要と思われる悪性腫瘍の全身的なスクリーニングを行っておく事が望ましい。移植手術後妥当と思われる期間を設定し腫瘍発生などに注意する。
③移植治療の評価方法
本評価指標で対象とする疾患において、治療効果の評価項目としては、主に以下のa)及びb)に示す解剖学的評価及び視機能評価の2種類がある。どちらをどのタイミングで評価項目として用いるかについては、対象疾患と治療内容により妥当なものを検討する。対照(コントロール)については、従来の治療 (加齢黄斑変性における抗 VEGF 療法など)で効果が十分に得られない症例を対象とする場合、既存治療の効果を問わず一定基準の症例を対象とする場合等、それぞれの研究デザインに応じて、過去に報告されている治療成績及びその対照群などの中から比較に適切と思われる群と比較するのが妥当と思われる。また遺伝性変性疾患などで両眼がほぼ同様に進行するものについては反対眼を対照とするのが妥当と思われる。
以下、評価項目についての眼科該当専門領域での現在の流れをまとめるが、眼科領域における検査法の進歩は著しく、随時それぞれの試験に妥当、適切と思われる評価方法を用いるのが望ましい。
a)解剖学的評価眼底検査及び画像診断(造影検査、網膜光干渉断層像検査など)など。
近年の眼科検査において画像診断手法の進歩は著しく、例えば網膜光干渉断層像検査(OCT)は眼底の詳細な断層イメージを非侵襲的かつ高解像度で観察できるため、加齢黄斑変性のような滲出性病巣の活動性の有無、またドライタイプも含めて、治療後の実際の視細胞の定量的な残存状態など、網膜の保護効果を客観的、経時的に評価するにあたり、非常に有用かつ信頼性のある検査法の一つである。従って、移植細胞の生着、効果を判定する上で、OCT のような画像診断法を用いるのは評価法として最も妥当である。また安全性の評価についても、拒絶反応、腫瘍形成を含め、造影検査、及び OCT から判断するのがもっとも感度もよく妥当である。
b)視機能検査視力、網膜感度、視野検査、電気生理学的検査など。
黄斑部の色素上皮障害及びそこから派生する滲出性加齢黄斑変性にみられるような脈絡膜新生血管等の滲出性の病態発生は、それらが原因となって、徐々に上にある黄斑部の視細胞の変性を進行させる。視機能はこの視細胞の状態に依存するものであり、移植治療の主目的は、これらの疾患においては発症後不可避である黄斑部の視機能障害(視力低下)をなるべく早い時期にくいとめて、健全な色素上皮を黄斑部に補うことにより、残された視細胞機能を保護することである。基本的に失われた視細胞についてはそれを回復することは現状では不可能であり、本治療の目的とはならない。
視機能の代表としては中心視力というものが一般に用いられるが、これは厳密には中心部の健全な視細胞の残存位置に影響をうける。つまり一般的にはより中心部に近い視細胞が残存しているほど視力は良好となるが、加齢黄斑変性などでは同心円状に均一に視細胞が失われていく訳ではなく、ある意味で無作為、無秩序に失われる。そのため、黄斑部エリア内での視細胞残存範囲と視力とは必ずしも相関せず、また主観的な視機能の捉え方にもいずれに重点があるかは個人差がある。(主観的には、「視力検査で数字はでるけれども見えている気がしない」又は、「視力は数値としては低いが案外不自由がない」といった解離が実際に生ずる。)疾患早期に治療するほど、より中心部に近い視細胞がより多く保護され、一般
的には良好な視力が維持される。
一方進行期に治療すると、既に中心部の視細胞は失われているため、視力の改善は望めないが、更にその周辺の視細胞が保護できれば、中心暗点(真ん中の見えない部分)の減少、といった改善が得られる。
従って、視機能を評価するにあたっては、対象疾患の進行時期に応じて、視力のみでの判定が不適切と思われる場合は、視力に加えて網膜感度の検査または中心視野など、黄斑部内のさらに局所での反応性、範囲に関する指標を含めて総合的に判断するのが望ましい。対象疾患によっては局所解析が可能であれば電気生理学的検査なども客観的
視機能検査として良い指標となる。
また、両眼性の患者において、視力優位眼に治療を行う場合は、QOL (quality
of life) 試験として NEI VFQ-25 なども、視機能評価の一つの指標となりうる(参考資料2)。
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GL:付属資料 |
6.参考資料
1. Kuroda T, Yasuda S, Kusakawa S, Hirata N, Kanda Y, Suzuki K, Takahashi M, Nishikawa S, Kawamata S, Sato Y. Highly sensitive in vitro methods for detection of residual undifferentiated cells in retinal pigment epithelial cells derived from human iPS cells. PLoS One. 2012;7(5):e37342.
2. Orr P, Rentz AM, Marfolis MK, Revicki DA, Dolan CM, Colman S, Fine JT, Bressler NM. Validation of the National Eye Institute Visual Function
Questionnaire-25 (NEI VFQ-25) in age related macular degeneration Invet.
Ophthalmol.Vis Sci. 2011; 52:3354-3359.
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WGメンバー |
H24年度報告書
座長
西田幸二 大阪大学大学院医学系研究科 脳神経感覚器外科学(眼科学) 教授
委員(五十音順)
飯田知弘 東京女子医科大学 眼科学教室 主任教授
梅澤明弘 国立成育医療研究センター研究所 副所長
小沢洋子 慶応義塾大学医学部 眼科学教室 専任講師
瓶井資弘 大阪大学大学院医学系研究科 脳神経感覚器外科学(眼科学) 准教授
平形明人 杏林大学医学部 眼科学 主任教授
万代道子 神戸理化学研究所 網膜再生医療チーム 研究員 神戸市立先端医療センター病院 診療部眼科 副部長
大和雅之 東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 教授
厚生労働省
浅沼一成 厚生労働省 医療機器審査管理室 室長
東健太郎 厚生労働省 医療機器審査管理室 新医療材料専門官
藤田倫寛 厚生労働省 医療機器審査管理室 先進医療機器審査調整官
津田 亮 厚生労働省 医療機器審査管理室 主査
独立行政法人 医薬品医療機器総合機構
紀平哲也 医薬品医療機器総合機構 再生医療製品等審査部 審査役
小池和央 医薬品医療機器総合機構 再生医療製品等審査部 審査専門員
オブザーバー
本間一弘 産業技術総合研究所ヒューマンライフテクノロジー研究部門 副研究部門長
弓場俊輔 産業技術総合研究所健康工学研究部門 組織・再生工学研究グループ長
廣瀬志弘 産業技術総合研究所ヒューマンライフテクノロジー研究部門 高機能生体材料グループ主任研究員
国立医薬品食品衛生研究所 (事務局)
松岡厚子 国立医薬品食品衛生研究所 医療機器部 部長
佐藤陽治 国立医薬品食品衛生研究所 遺伝子細胞医薬部 部長
澤田留美 国立医薬品食品衛生研究所 医療機器部 第三室 室長
河野 健 国立医薬品食品衛生研究所 医療機器部 研究員 |